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2021/07/13 18:00

『ヴィンス・ステイプルズ』ヴィンス・ステイプルズ(Album Review)

 米カリフォルニア州コンプトン出身のラッパー/シンガー、ソングライター、俳優としても活動するヴィンス・ステイプルズ。2011年にミックステープ『Shyne Coldchain Vol. 1』をリリースしてから今年でキャリア10周年を迎えるわけだが、そのタイミングで自身の名前を冠したアルバム『ヴィンス・ステイプルズ(Vince Staples)』を発表することには「何か特別な意味があるのだろう」と……安易ながら想像してしまった。

 10周年目云々はさておき、ヴィンスはセルフ・タイトルにしたことについて「これまでの作品では表現しなかった自身についてのストーリーが詰まっている」と話している。つまりは想像力豊かなストーリー・テリングではなく、自らの思想や体験等を曝け出したアルバムということだ。ソウルやジャズの名盤にありがちな“顔のアップ”からも」ヴィンス・ステイプルズをフィーチャーした作品」というコンセプトが伺える。

 アルバムをトータル・プロデュースしたのは、前作『FM!』(2018年)でも素晴らしい仕事っぷりを発揮したケニー・ビーツ。前作ではキュービーツやハグラー等も参加していたが、本作では全ての曲を担当しトーンを均一に仕上げている。

 全11曲/22分16秒でまとめた『FM!』をさらに縮小し、全10曲/22分6秒とよりコンパクトにまとめたことも重要なポイント。チャートの功績においては曲数の多さ(ストリーミング数)が必須となるが、楽曲ごとのインパクトを残すにはこれくらい短い方が効果的といえる。たしかに、ひとつひとつのフレーズやインタールードでさえ厳密な目的を果たしていて、聴き終えた後の充実度は高い。

 ボーカル、ラップ・ゲストが不在というわけではないが、著名なアーティストを起用しておらず、一部のコーラスやフックを除きほぼ全編をヴィンスのラップ&ボーカルで構成するあたりも『ヴィンス・ステイプルズ』というタイトル/コンセプトそのもの。

 アルバムは、ラップとボーカルを絶妙な配分で混ぜ合わせたミッドテンポの「Are You with That?」で幕開けする。印象的なスネア&ハンドクラップとシンセによるサウンド、ノスタルジックなメロディ・ラインなど、単調ながらずっと浸っていたくなる中毒性がある。政治的な内容を絡めたオルタナティブ・ヒップホップ調の次曲「Law of Averages」もいい曲で、気怠いトーンで差別や倦怠感を淡々とラップするヴィンス・ステイプルズならではの業が堪能できる。

 3曲目の「Sundown Town」は、ダウンビートにソウルフルなボーカルを歪ませたタイトル直結のアーバン・メロウ。無秩序で単調なラップ・ラインには、悲惨な現実と喪失感を払拭しようとする強さが綴られている。独特なテンポを刻むビート、スピーカーを突き破ってきそうなほど重圧感のあるベース、少しなまりを加えたラップ・ラインによるローファイ・サウンドの「The Shining」でも、爽やかなタイトルとは裏腹に厳しい現実と世の中の不条理が歌われた。

 アルバムのハイライトと絶賛されている「Taking Trips」は、地元米カリフォルニアのビーチが脳裏に浮かぶ軽快なバウンスのサイケデリック風トラップ。ユーモアある皮肉や今っぽいサウンド・プロダクション含め、若者に支持されるのも納得の出来栄え。7曲目に収録された「Take Me Home」は、Fousheéという米ニューヨークを拠点とする女性R&Bシンガーをフィーチャーした古典的なヒップホップ・ソウル。彼女のシルキーな声質が高低音共に心地よく、弦の音との相性も抜群で、この曲に関してはゲストの存在感が十二分に発揮された……といっても過言ではない。これから迎える蒸し暑い夏の夜にも清涼感を与えてくれそう。

 かつての出来事を綴った「Lil Fade」~一連の騒動を音声でリアルに再現した「Lakewood Mall (Free Pac Slimm)」~力強いラップとハードなトラックで締め括る「MHM」まで、若い時代の経験や苦悩、トラウマから精神状態と内省的な内容・瞬間がほぼ一人称で綴られている。だからこそ(の)堅実で最高のプロジェクト。やさしさもあれば厳しい真実もあり、リアルに溢れている。音の壁を突き破るようなヴィンスのラップ/ボーカルも感情的で、これまで以上の音楽的アプローチができたといえる。

 最新作『コール・ミー・イフ・ユー・ゲット・ロスト』が先日の米ビルボード・アルバム・チャート“Billboard 200”で1位に初登場したタイラー・ザ・クリエイターや、アール・スウェットシャツなど、同色のアーティストたちほど商業的な功績は遺せていないが、そんなことはお構いなしにこれほど赤裸々な作品を堂々と発表する、その姿勢にも感服した。ここ最近は、かつてのヒップホップらしいサウンドに回帰した作品が増えていて、その世代を通過した我々にとってはうれしい限り。

Text: 本家 一成

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