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上間綾乃 『はじめての海』インタビュー

上間綾乃 『はじめての海』 インタビュー

 沖縄が生んだ美人唄者、祖母の死を飲み込み、故郷への愛を深め、東京での暮らしも愛し、歌えなくなった季節を越え、ここに最高傑作を完成させた。上間綾乃の大きな分岐点、ここに記録する。

祖母のことについて歌う勇気をもらえた感じがします

上間綾乃 3rd Album『はじめての海』全曲ダイジェスト試聴
▲上間綾乃 3rd Album『はじめての海』全曲ダイジェスト試聴

--いよいよ夏本番ですが、夏はお好きですか?

上間綾乃:大好きです!

--沖縄で育った上間綾乃にとって夏ってどんな季節なんでしょう?

上間綾乃:沖縄って春と秋があんまり感じられなくて。ですので、東京に住むようになってから四季というものを感じられて、こういう楽しみ方もあるんだなって分かったんですけど、沖縄は大体暑いですから。沖縄と言えば夏だなっていうイメージは私にもあるんで、今回のアルバム『はじめての海』も夏と海をテーマにしてるんです。

--東京で暮らし出してから四季を感じて、そこで戸惑ったりもした?

上間綾乃:「あ、こうやって紅葉するんだな」とか「桜って4月に咲くんだな。桜が咲いたら1年生って歌があるのは、こういうこなんだな」とか、そういう日々の発見が新鮮でした。だから戸惑い……まぁ1年前は東京に慣れる大変さはありましたけど、今はその四季を楽しめている。梅雨になると紫陽花が咲いてとか、四季と花が連動しているのも楽しくて。

--沖縄ってずっと夏みたいなイメージもあるじゃないですか。故に観光地としても人気あると思うんですけど、そうなると夏が特別な季節でもなくなるのかなと思って。

上間綾乃:沖縄から離れてみてから特別なものだったんだなって気付きました。それで故郷への愛情も増したし。あたりまえの夏や海だったんだけど、より特別に感じられるようになって。

--東京で夏を迎えると、沖縄を思い出すから、そういう意味では特別な季節になっているのかもしれませんね。「オキナワのともだち」の歌詞じゃないですけど。

上間綾乃:そうですね。変わらずにいてくれる家族や友達、そして故郷のことを想いながら歌ってる。ずっと「心開けば、どこでもふるさとだよね」って思っていたんですけど、心の奥底ではどこか寂しくて。東京に慣れなくて「東京に慣れる人なんていないでしょ」って思ってたんです。住むと決意はしたものの。でもひとりでも多くの人に歌を届ける為には、沖縄から出て東京で暮らすことが必要だと思ったから決心して。だから「オキナワのともだち」みたいな曲を歌うと、今まで以上に故郷への想いが強くなるし、「だから頑張らなきゃいけないんだ」とも思うし。

--決意して東京に出てきたときはどんな心境だったんですか?

上間綾乃:「頑張るぞ」って決めたもののすごく不安で。「離れると沖縄は私を忘れるんじゃないか」とか「私は寂しくて歌えなくなってしまうんじゃないか」とか。でもそんなことはあってはいけないから、自分をしっかり持って頑張ろうと思って。すごく必死でした。必死すぎて心に余裕がなかったんですよね。引き篭もりもしてたし!

--そうなんだ?

上間綾乃:「今日は休みだ。じゃあ、部屋にいよう。電車怖いし」って。今では電車と友達ですけど。電車は私が行きたいところへ連れて行ってくれるので。それで活動範囲がだんだん広がるようになって、音楽もいろんなものを聴くようになって、いろいろなジャンルのアーティストのコンサートに行ったり、ステージを観に行ったり、そういう刺激を受けられるのが東京という土地なので、刺激を楽しみだしてからは「いろんなものを吸収したい」って思い始めました。 それで引き篭もりもやめて、どんどん外に出るのが楽しくなって。

--前回のインタビューでは、亡くなったおばあちゃんや師匠の話を涙ながらにしてくれました。今はもう自分の中で昇華できましたか?

上間綾乃:はい。だいぶ受け入れられました。思い出して悲しくなって泣くこともたまにあるんですけど、でも本当に強くなれた。悲しみ越えたら人って強くなるんだなって。最初は飛び起きて泣いたりしてたんですけどね。当時のことがフラッシュバックしちゃって。でも今はだいぶ落ち着きました。

--今作に収録されている「あの角を曲がれば」は、まさに今の上間綾乃の心境ですよね。

上間綾乃:「あの角を曲がれば」は川江美奈子さんが書いてくれていて、なんでこんなに私のことが見えちゃうのかなと思って。私のライブに何度か来てくれていて、そこで私が祖母のことを話していて、それを聞いて書いてくれたんですけど、あまりにも自分の心境とシンクロしてるから驚きました。本当に私のあのときの心境そのままだったので。祖母のことについて歌う勇気をもらえた感じがします。

--「あの角を曲がれば」でも歌っていますけど、大切な人との別れを越えたことで見えてくる新しい景色もあるし、それまで以上に人に優しくできる自分が出てきたりしますよね。その優しさって「もうこれ以上誰も失いたくないな」っていう想いの表れでもあるのかなって。今、目の前にあるすべてのものを抱きしめていたいっていう。

上間綾乃:それはありますね。「もうみんないなくなるんじゃないぞ」って思うし、体調悪そうな人がいたら「ちゃんと病院行ってちょうだい」って言います。「健康診断に行ったら、ちゃんと上間に報告してね」とか(笑)。そういうのにも敏感になって、“今”ってどんどん通り過ぎていくから時は大事にしたいなってずっと思ってはいたんだけど、そのことがあってから尚更そう思うようになって、みんなと過ごす時間を大事にしたいって心の奥底から思えるようになりました。

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--それは歌や音楽にも良い影響を与えてる?

上間綾乃:そうですね。やっぱり歌っていうのは息で、自分の感情の息が出るからそこに想いは乗っていく。ただその想いを伝えたいなと思うだけでは伝わらなくて、伝えたいと伝わるは違うから。今までは民謡の伝承者としての使命感から「伝えたい」っていう想いのほうが強くて、「どう伝わるんだろうな」っていうところまで意識はいってなかった。歌うので精一杯で。でも今は「伝わる歌ってなんだろう。みんなは何を想ってるんだろう?みんなの生活にそっと寄り添える歌をうたいたい」って思うから、ウチナーグチだけではなくて標準語で歌いたい。だから今回のアルバムでウチナーグチは「てぃんさぐぬ花」だけであとは標準語なんですけど、苦労しました(笑)。上手く発音できなくて!

--なるほど。

上間綾乃:自分がこう発音しているだろうなと思っているものと、スピーカーから聞こえてくるものが違ってて、なんでこんなに違うんだろう、と驚いて。そして、東京住むようになってから表現方法の幅を広げたくて、ボイストレーニングに通っています。民謡だけなら今までのイントネーションでもいいんですけど、標準語の歌をうたうなら標準語を喋れないと声の通り道が出来ないんです。それを先生に教わりました。だから普段から標準語で喋るように心掛けて、久々に会う人には「喋り方が変わったでしょ?」って聞いてるんですけど、この前「そうかなぁ?」って言われて(笑)。

--「こんなに努力してるのに!」っていう。

上間綾乃:まだ足りないのかと思いました。でも変わったと思いませんか?

--変わったと思いますよ。

上間綾乃:ですよね! !!

--今の流れで俺も「変わってない」って言ったら落ち込むでしょ(笑)?

上間綾乃:アハハハ! 泣いちゃう!

--いや、本当に変わりましたよ。

上間綾乃:もっと頑張ろうと思います!でもそういう日々の積み重ねが大事だなと思うし、歌の為なら努力を惜しみたくないし、伝わる歌をうたいたい。でも沖縄の人には「東京に住むようになって上間のイントネーションが標準語になってる。上間は大丈夫なのか。沖縄離れて島の言葉も使わなくなって」みたいな。

--「東京に染まって」みたいな(笑)。

上間綾乃:だから「違う違う、東京に染まってない。私は東京を染めようとしてるの」って言って。

--おー!

上間綾乃:血は薄まらないし、戻ることはいつでも出来るの。沖縄の人と電話すればすぐになまって、いつでも戻れる。でもずっと変わらなかったらそれは自己満足でしかなくて、プロじゃない。目標に進む為には何が必要なのか、少しずつ見えてきたので、それはやっぱり実践しなきゃいけないんですよね。その為に変わることは怖れちゃいけない。進化しないと何の刺激もないし、何も変わらなかったら歌じゃない。だから皆さんは心配しなくていいんですよ。自分はやりたいことをやってるだけで、故郷への想いとか愛情、今まで応援してくれた人を大切にしていきたい気持ちは変わらないので。自分の信念、芯さえブレなかったらどんどん変わっていきたい。それを今回のアルバムから感じ取ってもらえたらいいなって思っています。

--今作『はじめての海』はどんな想いが込められた作品なんですか?

上間綾乃:私は生まれも育ちも沖縄で、故郷の海が一番綺麗で、それに並ぶ海なんてないと思っていたんです。今回のアルバムはレコーディングに9ヶ月かかってしまって、それは歌いたい歌がうたえなくなって、理想に近づけなくて。あまりにも寂しかったり、日々慣れることに必死すぎて、ゆとりがなかったんですよね。それが歌にも表れてしまってレコーディングをストップしてしまった。でも今年の3月に撮影で葉山に行ったんですよ。海ですよね。コロムビアチームはすごくテンションが上がってたんですけど、私はその理由が分からなくて。「へー。そんなに楽しみなんだ、そこの海が」って(笑)。

--沖縄の海で育ったプライドもあるし(笑)。

上間綾乃:でも実際に葉山に行って、そこに広がる海を見ていたら心の奥底から素直に「美しいな」って思ったんです。その海はちゃんと私の故郷にも繋がっていて、それは頭では分かっていたんですけど、実感することがなかった。でもその海に出逢ってから今までモヤモヤしていたものとか、歌えず苦しみもがいていたものとか、なんか心のつかえみたいなものがパッと取れたんです。気持ちがすごく軽くなったんです。それから嘘みたいにパァーって歌えるようになって。その気付きがあったから心の扉を開くことができて、日々の生活も楽しめるようになって、10の物語が出来ました。

--ゆえに『はじめての海』というタイトルに?

上間綾乃:はい。

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--そのアルバムの仕上がりを聴いたときはどんな印象や感想を?

上間綾乃:感激。苦しみもがいた分、愛情もひとしおです。苦しみもがいたからこそ生み出せた作品。良いものが仕上がった自信もあって、最後のマスタリングのときに全部通しで聴いた時に、「あの角を曲がれば」から「オキナワのともだち」の繋がりの部分で泣いちゃった。寂しい曲から、前に進もうと頑張ってるこの応援歌への流れがすごく切なくて。

--とてもポップスだし、優しいアルバムですよね。痛みや苦しみを味わった者すべての心を包み込めるぐらいの力はあると思います。実際、そういうアルバムであってほしい想いは強いですか?

上間綾乃:そう包み込んでもらったからこそ、私も包み込んであげたいと思ったんですよね。大きな海を見て「自分ってちっぽけだな」と感じて救われることってあると思うんですけど、なかなか海には行けなかったりするから、このCDで海を感じて、誰かを感じて、あったかい気持ちになってくれたらいいなって。あとは夏フェスで盛り上がる曲もあるし、いろんなシーンでみんなに寄り添うアルバムになればいいなって思ってます。

--また、今作には井上陽水さんの「海へ来なさい」も収録されていますが、こちらを歌おうと思ったのは?

上間綾乃:歌っちゃいました。最初は「凄い名曲だし、歌えるのかな?」と思ったんですけど、挑戦してみようと思って。ハードルが高いのは分かっていたんですけど、歌うからには上間綾乃の歌として世に出す訳だから、面白いものができると信じて。それで倉田信雄さんにコーラスとピアノとアレンジを頼んだんですけど、あんなスゴいアレンジになるとは思っていなくて。毎回、倉田さんのアレンジには驚かされます。この曲は子守唄のように優しい曲に仕上がりました。それを最初にスピーカーで聴いたとき、全く別の曲に聴こえたんですよね。スピーカーから目に見えるような音が飛び出してきて、ああいう感覚は初めてでした。

--この曲って「太陽に敗けない肌を持ちなさい」ってフレーズからして、世にある他の海のうたと存在感が違うじゃないですか。どんな風に解釈しながらカバーしていったんですか?

上間綾乃:「持ちなさい」って強い言い方なんですけど、決して上から目線な言葉じゃなくて「持ってほしい」っていう願いが込められてると思っていて。「そういう人になりなさい」っていう大きな愛を感じる。

--母親が言っているような感じですよね。

上間綾乃:そうそう。母親の子に対する想い、愛情を意識して、子守唄みたいに歌いました。

--あと、歌詞の強さはこの曲も負けてません。「あなたには守ったものがある」。聴いてて鳥肌立ちっぱなしでした。自身ではどんな印象を?

上間綾乃:自分がお世話になった人たちへの「ありがとう」ソングで、応援歌でもある。私もそうですけど「これでよかったのかな」って思うことっていろいろあるじゃないですか。「もしかしたら間違っていたのかな、違う生き方もあったのかな」って思うときもあるけど、でも今が幸せならその選択は間違っていなかった。だから「間違ってないんだよ。ありがとうね」っていう気持ちを込めて。

--「あなたには守ったものがある どんな日も 陰になり 支えになり あなたには守ったものがある それを平凡というのなら 名もなき花の豊かさよ 誇らぬ人の 清(すが)さよ」この歌詞ってどんな背景や想いがあって生まれたんでしょうね。

上間綾乃:康珍化さんと都志見隆さんが「私にこういう歌を私にうたわせたかったんだろうなぁ」って最初に思ったんです。そういう上間像を見てるんだろうなって。だからそれに応えたいと思って、大きな大きな心で歌わないとこの曲は成立しないから、大きな心を持って歌いました。

--で、この曲から「てぃんさぐぬ花」へと流れて終わるその優しさ。痛みや苦しさを味ってきた人なら誰もが愛おしく感じるアルバムだと思いました。間違いなく上間綾乃の最高傑作ですよ、このアルバム。

上間綾乃:ありがとうございます。私も愛おしい。1曲1曲、本当に大変だったし、言葉の問題もあって、歌えなくなった時期もありました。でも苦しみがあったからこそ出せる想いが歌でも音でも表現できたと思う。それから、「花言葉」はこういう歌をずっとうたいたいと思っていて。私のルーツである沖縄音楽とポップスが融合したような、上間綾乃ならではの新しい音楽になったと思います。J-POPの枠に収まらない、ノスタルジックだけど新鮮な歌をうたいたいなと思っていたんです。それを歌えたことで、これからが見えたと思うんです。みんなの心にスッと入るような歌をうたっていけそう。だから上間の成長物語でもある。本当に自信作です。最高傑作。

--では、最後に、この歌を届けたい皆さんへメッセージを。

上間綾乃:今回の作品、苦しみながら作ってはいるんですけど、その苦しみがあって、それを乗り越えて、今伝えたい音楽が、みんなの心に寄り添える曲が出来たと思っているので、みんなの生活の中のワンシーンで聴いてほしいです。

Music Video

上間綾乃「はじめての海」

はじめての海

2014/07/23 RELEASE
COCP-38613 ¥ 3,080(税込)

詳細・購入はこちら

Disc01
  1. 01.はじめての海
  2. 02.波
  3. 03.花言葉
  4. 04.夏いちりん
  5. 05.童神
  6. 06.あの角を曲がれば
  7. 07.オキナワのともだち
  8. 08.海へ来なさい
  9. 09.あなたには守ったものがある
  10. 10.てぃんさぐぬ花

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