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ボビー・マクファーリン 来日記念特集
“声の魔術師”と形容される歌い手は多々いるかもしれないが、おそらく名実ともに頂点に立つのはこの人ではないだろうか。その名は、ボビー・マクファーリン。誰もが一度は耳にしたことがあるであろう「ドント・ウォーリー、ビー・ハッピー」をヒットさせたジャズ・シンガーである。いや、ジャズにカテゴライズするには、あまりにもスケール感が大き過ぎる。人間が発する声の限界に挑んだ実験的なスタイルながら、一般受けするポップな側面も併せ持つスーパー・パフォーマー。ここでは、彼の足跡を辿ってみたい。
数々のセッションを経て1982年にアルバム・デビュー
ボビー・マクファーリンは、1950年米国ニューヨーク生まれ。父親はオペラの名門メトロポリタン歌劇場で、黒人として始めて舞台に立ったことで知られるバリトン歌手のロバート・マクファーリン。ちなみにボビーの本名はロバート・マクファーリンJr.である。いわゆる音楽エリートの家庭で育ったボビーは、幼い頃からピアノやクラリネットを学び、ハイスクールからジャズ・バンドで活動を始めた。その後も地道に音楽活動を続け、しばらくしてピアノの弾き語りで歌い始める。1979年にサンフランシスコに移ってからは、ジャズ・シンガーとして多くのミュージシャンと共演。そしてジャズ・フェスの出演などでじわじわと人気を集めていく。この時期の代表的なセッションとしては、後にクラブ・クラシックとなるファラオ・サンダース「You Got To Have Freedom」(1980年)へのコーラス参加がある。
▲記念すべきデビュー・アルバム
『Bobby McFerrin』(1982)
遅咲きではあったが、1982年にデビュー・アルバム『Bobby McFerrin』を発表。本作はあくまでも、コンテンポラリーなサウンドに乗せてしなやかな歌を聴かせるジャズ・ヴォーカル作品だ。しかし、「Hallucinations」ですでに彼特有のヴォーカル多重録音が完成されている。続く1984年のセカンド・アルバム『ザ・ヴォイス』では、そのヴォーカル・パフォーマンスをライヴ・テイクで収録。ビートルズの「ブラックバード」、ジェームス・ブラウンの「アイ・フィール・グッド」、デューク・エリントンの「A列車で行こう」など、ジャンルにとらわれない魅力が満載だった。いわば本作が、真のデビュー作といってもいいかもしれない。ここから、ボビー・マクファーリンという個性派シンガーの快進撃が始まる。3作目の『Spontaneous Inventions』(1986年)では、ハービー・ハンコックやウェイン・ショーターが参加し話題を呼んだ。
1988年、「ドント・ウォーリー、ビー・ハッピー」が世界的大ヒット
パフォーマーとしての最初の頂点は、なんといっても1988年のヒット・シングル「ドント・ウォーリー、ビー・ハッピー」だろう。
▲「Don't Worry Be Happy」
[Music Video]
トム・クルーズ主演の映画『カクテル』のサウンドトラックに使用されたこともあって、ビルボード・ホット100にて2週連続1位を獲得。アカペラ曲でここまでのチャート・アクションを起こした楽曲は、後にも先にもこの曲のみである。そして、グラミー賞のソング・オブ・ザ・イヤー、レコード・オブ・ザ・イヤー、最優秀男性ポップ・ヴォーカル賞を受賞しただけでなく、同曲収録のアルバム『Simple Pleasures』もトリプル・プラチナムという驚異的な売り上げを記録した。このアルバムは、完全にボビーの身体から発する音だけで作られており、前代未聞の実験性とビートルズやクリームの有名曲を取り上げたポップ性のバランスが見事な傑作だ。彼の全キャリアを代表する作品といっていいだろう。
チック・コリア、ヨーヨー・マら数多くのミュージシャンと共演
不動の地位を築いたボビーは、次のステップとして多くのミュージシャンとのコラボレーションを行う。なかでもチック・コリアとの共演は感動的だ。
ライヴ・レコーディングされたアルバム『Play』(1990年)を聴けば、火花が散るような声とピアノの掛け合いに興奮させられるだろう。チックとはその後も、『The Mozart Sessions』(1996年)や『Beyond Words』(2002年)などでコラボレーションを重ねていく。他にも、ディジー・ガレスピー、モダン・ジャズ・カルテット、アル・ジャロウ、マンハッタン・トランスファー、ウィントン・マルサリスと、ジャズ・ミュージシャンとの邂逅は数限りない。また、ジャズ以外のミュージシャンからもラブコールは多い。同じくヴォイス・パフォーマーとして知られるローリー・アンダーソンや、ブラジルの歌姫ガル・コスタ、R&Bコーラスグループのアン・ヴォーグなど、ジャンルを超えて彼の声は熱望された。
クラシックでも例外ではなく、天才チェリストのヨーヨー・マとはアルバム『Hush』(1992年)を共作。チェロと声のみという異色作ではあるが、彼らにしか出し得ないロマンティシズムとユーモアに満ちた作品に仕上がっている。
アレンジャー、指揮者…尽きないその才能
ボビーの才能は、ヴォイス・パフォーマンスにとどまっていない。アレンジャーや指揮者としても頭角を現すようになる。父親の影響もあるだろうが、片手間ではなく小澤征爾から直々に学んだというから筋金入りだ。40歳になった時に自分への誕生日プレゼントとしてサンフランシスコ交響楽団を指揮しただけでなく、1994年からミネソタのセントポール室内管弦楽団の顧問に就任。その後もウィーン・フィル、ロンドン・フィル、ニューヨーク・フィルなど、世界の名だたるオーケストラでも指揮棒を振ることになる。彼の指揮者としてのスタイルの面白さは、やはりその声との融合だ。個性的なパフォーマンスは、セントポール室内管弦楽団と共演したアルバム『Paper Music』(1995年)に記録されている。
他にも、ヴォーカリストのみで結成したオーケストラのヴォイセストラ、声だけで構成したオペラの『Bobble』、原点回帰ともいえる声にこだわったプロジェクト・アルバム『VOCAbuLarieS』(2010年)など、活動の幅は限りなく広い。今年発表された最新作『スピリチュオール』では、エスペランサ・スポルディングをゲストに迎え、幼い頃に父親の影響で歌っていた黒人霊歌やゴスペル、ボブ・ディランの「アイ・シャル・ビー・リリースト」までをボビー流に解釈している。彼の興味はまだまだ尽きないだろうし、その声と肉体があるかぎりこれからも刺激的な作品を生み出し続けてくれることだろう。
text:栗本 斉
公演情報
ボビー・マクファーリン
公演中止のお知らせ(Billboard Live)日時:2013年9月10日(火)
会場:ビルボードライブ大阪
日時:2013年9月12日(木)
会場:ビルボードライブ東京
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