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平原綾香 『ノクターン/カンパニュラの恋』インタビュー
平原綾香があの倉本聰の新作ドラマ「風のガーデン」で女優デビューを果たす。しかもその主題歌まで務め、ショパンの名曲『ノクターン』に歌詞を乗せ、歌うというのだから、実に驚かされた。驚いたし、ワクワクした。そして彼女は大きな期待に応え、初挑戦とは思えない演技を見せ、また主題歌ではこれまで以上に高次元な表現に果敢に挑戦し、聴く者の心を震わせる歌声を聴かせている。そんな挑戦の日々を本人に振り返りながら語ってもらった。
「あ~、大人って大変だ」って思いました(笑)
--『今、風の中で』リリースタイミング以来、約1年ぶりのインタビューになるんですが、この1年は本当に精力的に活動されていましたね?
平原綾香:そうですね。昨年とは違って、間隔を開けずにどんどんどんどんCDもリリースしていったんですけど、実は1曲1曲ちゃんと大切に、急ぐことなくリリースできてる印象なんです。それは学校を卒業したのが大きいんですけど、すごく今は理想的な活動ができてますね。あと、今年はホールツアーがなかったので。だからこそドラマにも出演して、女優業っていうものを経験できたし。で、それをしっかり終えて、11月からはライブハウスツアーが始まるという、良い仕事の回り方をしてると思います。
--僕は前回のインタビューの後に、全編オーケストラとの共演【平原綾香シンフォニックコンサート2007】を観させて頂いてるんですが、かなりエキサイティングしたんじゃないですか?
平原綾香:すごく嬉しくて、あんまり気負いもせずに楽しむことができました。私はクラシック音楽が大好きなので、それまでも全編クラシックの壮大な感じでも良いなと思っていたぐらいで。ただみんなが盛り上がれるアッパーな曲もやった方が良いんじゃない?とか、そういうバランスを考えてライブはやってきていたんですけど、オーケストラがいるとそういうことを気にしなくていい。「クラシックだから」って言えてしまう感じが、私には合ってたかな。
--あと、かつて家の小さなスタジオの中にこっそり入って、歌マネをしたり、エアサックスを吹いたりして興奮していたという、ホイットニー・ヒューストンの『I Will Always Love You』のカバー。見事でしたよ。
平原綾香:あれは挑戦でしたね。小さい頃の記憶と当てはめて何かやってみようと思って。あと、サックスと歌を共存できる曲がいいなと思っていたから、あの曲を選んだんですけど、当然ながらホイットニーのイメージが強いじゃないですか。それだったらホイットニーのを聴いた方がいいなっていう葛藤もあって。でも私があの頃にエアボーカルとエアサックスで楽しんでいた曲を、今の自分はちゃんと出来るんだぞっていうところを聴いてもらいたかったというか、見てもらいたかったんですよね。
--で、実はあの日、今回のニューシングルでもある、ショパンの『ノクターン』を歌っていたのを僕はよく憶えていてですね。リリースされるのを聴いたときは「お!ようやく出るのか」と、ちょっぴり興奮しました。
平原綾香:アハハ!
--しかもドラマ「風のガーデン」の主題歌ということで。で、詳しく聞きたいんですけど、あの『ノクターン』が生まれてから、こうしてドラマ主題歌としてシングルリリースするまでの流れを教えてもらえますか?
平原綾香:ちょうど1年前ぐらいにあの『ノクターン』のデモテープを録ってあったんですね。レコーディングをするわけでもなく「いつかクラシックだけのアルバムを作りたい」って思って。で、そのときに今回のアレンジと同じようなアレンジを椎名(邦仁)さんが施してくれていて、すでに歌詞も史香さんが付けてくれていたんです。でもその状態でしばらく眠らせていたんですね。そしたら今回、倉本聰さんから女優のお話を頂いて、その際に主題歌の話も頂いて、しかも「クラシックが良い。ショパンが良い」と仰ったんですよ。ただ、そのときはショパンの違う曲のタイトルを口にしていたんですけど、私が「1年前にこういう歌をうたったことがあって」と言って耳元で歌ったら「あ、それ良いね!」っていう感じになって、『ノクターン』が主題歌に決まったんです。
でも不思議ですよね。ライブでも披露していた『ノクターン』をなぜそれまでリリースしなかったんだろう?と思って。きっと倉本さんのドラマを待ってたんでしょうね。まるで仕組まれていたみたい。
--そもそも『ノクターン』を歌いたいと思ったキッカケは?
平原綾香:私はピアノも弾いていたので、自然とショパンの曲を弾いたり聴いたりする機会が多かったんですが、『ノクターン』はメロディがすごくしっかりしていて、すごく悲しい曲なんだけれどもすごく情熱的で。女性的なんだけれどもどこか爆発させるような巨大な力があって。凄い曲だなと思って聴いていたんですけど、自分で歌うとは想像してなかったんですよ。だから自分で選んだわけではなくて、アレンジャーの椎名さんとスタッフが「こういうのはどうだろう?」って提示してくれた曲なんですよね。でも今回の機会に歌ってみて、新たな自分を見つけられたような気がして。歌えて良かったなと思いました。
--ドラマ主題歌の話を頂いたときはどんな気持ちになりました?
平原綾香:英語詞の発音は気を付けようと思ってましたね。ただ、あんまり気を付けすぎると、日本人である平原綾香が歌う意味がなくなっちゃうから、やっぱりアジアの要素を残しつつ、英語で伝えたいなと思って。個性を潰しちゃいけないと思って歌いました。で、特にドラマを意識したのは、日本語詞バージョンの『カンパニュラの恋』の方で。『カンパニュラの恋』っていうタイトルは台本にあったので、もう歌う前から決まっていたんです。それでカンパニュラが花であることを分かってもらえる詞にしなきゃとか、いろいろ考えて。あとは倉本先生にも気に入ってもらわなきゃいけないし、自分にも気に入ってもらわなきゃいけないし、ドラマにも合わせなきゃいけないし。改めて「あ~、大人って大変だ」って思いました(笑)。だから何回も何回も書き直しました。クラシックに歌詞を付けるってこと自体、神聖な作業ですし。この曲のファンの人たちに失礼じゃないように歌うのも、とても大切なことだと思うので、そこは気を付けましたね。
Interviewer:平賀哲雄
天国に居る緒方さんも喜んでくれる
--で、更にはドラマにも出演することになって。
平原綾香:あまりにも想定外のことだったので、驚きました。例えばミュージカルだったら、私は歌に目覚めたキッカケが高校の文化祭のミュージカルだったりするので、そんなに驚かなかったと思うんですけど、まぁドラマはないだろうと思ってましたね(笑)。なので最初はお断りしたんですけど、倉本先生から直々にもう一回お話を頂いて、直接ストーリーを聞かせてもらったんですよ。そしたら自然と涙が出てきちゃって。それぐらい感動するストーリーだったんですよね。それで「やってもいいかな」っていう気持ちになってきて、上手くできなかったら先生のせいにしちゃおうと思って(笑)。
--毎週『風のガーデン』は観させて頂いてるんですけど、平原さんの演技が初挑戦とは思えないほど違和感を感じさせないものになってて。なんで?って思うぐらい。
平原綾香:良かったぁ~。緊張しながら何かをやるのがすごく嫌なので、一生懸命セリフも練習して、泣くシーンの練習のために無闇に泣いてみたり(笑)。で、私はよく「こういう場所だったら私はこうやって歌うな」って無意識にいろいろ考えてるんですけど、それをセリフでも出来たらなって思って。その場の雰囲気をちゃんと感じながら喋ってみる。そう思って現場には入りました
。あと、中井貴一さんが素晴らしい俳優さんなので、だから私も自然に演じることができたんだと思いますね。自分で観てても、すごく素の自分が出てるので面白くて。だけど言動は本当の私とは正反対だったりするので、不思議な気持ちです。
--現場の中井さんはどんな人だったりするんですか?
平原綾香:中井さんは普段話してるときも演じているような感じです。ある出来事を話すときに1人で3役、4役ぐらいを演じきって話をしてくれるので、すごく面白いんですよ。で、とっても気さくな方で、すごく敷居が低いというか。何でも受け止めてくれる、そういう器を感じましたね。私が自然に現場に溶け込めたのは、本当に中井貴一さんのおかげだと思います。
--あと、これは僕が個人的にファンだからというのもあって聞きたいんですけど、緒方拳さんともお話されたりしたんでしょうか?
平原綾香:一緒に演技をするシーンはなかったんですけど、本読みとか記者発表のときにお会いして、お話しさせて頂いたんですよ。で、すっごく本物の人だなって思いました。男だなっていう感じ。撮影中とかに絶対に苦しい顔を見せたりしなかったんですって。普通だったら仕事なんて出来ないような状態だったのにも関わらず。それと、話しているときの笑顔がすっごく優しいんです。目がキラキラしていて。そんな素敵な方、緒方拳さんと同じ作品に関われたことがすっごく幸せで。だからこのドラマをたくさんの人に観てもらって、感動したりしてもらえたら、私も嬉しいですし、きっと天国に居る緒方さんも喜んでくれると思うし。だから今いっぱい宣伝してます。
--初めてのドラマ出演で、あそこまで素晴らしい方たちと共演してしまったら、ちょっとこの先、女優業も真剣に考えようかなってなるんじゃないですか?
平原綾香:女優は引退しました(笑)。
--(笑)。
平原綾香:しっかりと音楽をやっていきたい。ただ、演じることによって歌の幅がすごく広がったような気がしていて。いろんな新たな発見があったんです。だから本当に自分がまた「演じたい」って思ったり、そういう話が来たら、もしかしたら受ける自分がいるかもしれない。歌のプラスになることは間違いないってことは今回分かったので。
--ジャンルは違えど、日本を代表する表現者たちと共演したわけですからね。
平原綾香:それは本当に勉強になりました。例えば、中井貴一さんを見ていても、自分のことだけじゃなくて他のスタッフの動きも全部分かってるんですよ。カメラも照明も共演者も全部見てるので、その現場とかそのシーンを総合的に最高なものへ持っていくことができるんです。それを私に置き換えてみると、例えばレコーディングとかコンサートをするときに、自分の歌のことはもちろん、ミュージシャンがどんなことをやっているのか、照明の人がどんなことをやってるのか、総合的に見られるスキルを身に付けられたら、もっと良いものができるんだろうなって。
--物凄く良い経験をしましたね。
平原綾香:本当に。
--あと、『ノクターン』の内容の方についても話を聞いていきたいんですが、自身では仕上がりにどんな印象や感想を持たれていますか?
平原綾香:まずは「やっと出来た」っていう気持ちです。1年前からデモがあって、今回レコーディングをすることになって、日本語詞も付けて。その間、ずーっとショパンの『ノクターン』と付き合っていたので、まずは「出来た!」っていう喜びがありました。で、その後に「聴き手によっていろんな聴き方ができるアレンジだな」と思って。暗い曲だと思えばすごく暗いし、なんて美しいメロディなんだと思えばすごく女性的な歌に感じるし、聴き手によって変化できる、不思議な曲だなって自分では思いました。あと歌っていても、落ち込んでるときに歌うと悲しみのどん底から歌うパワーが生まれてくるし、幸せなときに歌うと“愛”を聴いてもらいたいって思えるし、なんか、自分の心が如実に出てきちゃう、隠そうと思っても隠しきれない曲だなと感じてます。
Interviewer:平賀哲雄
何もかも受け止められる大きな器
--僕は今作を聴いて、最初の、空気の張り詰めた静寂の中で第一声を口にする瞬間、あそこにすべてを懸けてるんだろうなと感じました。
平原綾香:そうですね。正にそんな感じ。自分の心を開くことができなければ、一番最初の“Love”っていう歌詞が出てこない印象です。絶対に寝転んでは歌えない曲(笑)。
--あと、クラシックの名曲に歌詞を乗せて歌うという点では、『jupiter』以来の作品になるわけですけど、やっぱり平原さんの声はクラシックに合うなと。自分ではどう思います?
平原綾香:・・・合うと思います(笑)。多分大好きだから合わそうとするんだと思う。それにチェロとかバイオリンの弦と弓が擦れる、あのイメージで歌ったりする場合が多いんです。そういうイメージをいつもしているからこそ、オーケストラとかね、ストリングスの音を聴いたりすると、それがもっともっと自分の喉に共鳴してくるんですよ。それはすごく気持ち良い。自分も弦楽器になったような気持ちにさせてくれるんですよね。
--ただ、同じクラシック曲とは言え、『jupiter』は無限大の宇宙を駆けるイメージでしたけど、『ノクターン』はもっと内側に深く入っていく感じですよね。これまでのすべての平原さんの楽曲と比べても、ここまで深いところを表現したのは初なんじゃないかなと思うんですけど。
平原綾香:こんなにも身を削るような歌に出会ったのは初めてかもしれない。この歌をレコーディングするときに、エディット・ピアフを想像したんですよ。ショパンも確か晩年はパリで過ごしていたと思うんですけど、メロディを聴いてるとどこかフランスの悲しげな、シャンソンのイメージがあったので。あと、私の大好きなララ・ファビアンも、フランスではないんですけどそういう要素を感じさせるので、自分の中に一度彼女たちを入れて歌って練習してみたりしたんです。エディット・ピアフの映画も観て、常に“愛”と“死”が隣り合わせにあった感じとかを自分の中に入れ込んで。そういうフランスのメロディを初めて歌ったという意味でも、挑戦だった曲ですね。
--前回のインタビューで平原さんは「音楽って今まで聴いてきたいろんなアーティストの総合だから、自分の音楽ってあり得ない。でも自分の世界っていうのはあり得る」と話していたんですけど。
平原綾香:正にそういうことですね。そういうフランス的な感情を日本人が伝えるとどうなるか?そこが自分の世界観になってるのかもしれないんですけど、それにはすっごくエネルギーが要るんですよね。喉だけじゃ歌えない。大地をひっくり返すかのような、そんなイメージ。なので、ライブで歌ったときも他の曲と全く違う印象があって。その場の空気が変わる。自分もその曲に変えさせられてるというか。今までは自分が曲をコントロールしていたはずなのに。凄いなと思いましたよ。ちょっと怖いと思ったくらい。
--それだけの曲を今回、凄まじい気力でレコーディングしてみせたっていうのは、これまた前回のインタビューで平原さんが言っていた「今年っていうのは自分を変えていって、来年にすっごく良い自分、良い心で音楽を伝えられる器を持ちたい」という、器の話とあながち関係なくもないのかなと。
平原綾香:私もそう思います。1年前にデモで録っていた歌を聴いても、全然違う声ですからね。少しずつではありますけど、何もかも受け止められる大きな器を広げてる感覚っていうのは今でもあって。だから、そのショパンの『ノクターン』を歌うという出来事は1年前にやって来たんだけど、それを歌いきれる器になっていなかったから、その時にはリリースできなかったのかもしれない。でもそういう器に少しずつなってきて、自然とリリースする話に繋がっていったような気がします。
--12月にリリースされるニューアルバムにも、その進化系の平原綾香がたくさん詰まってるんでしょうね?
平原綾香:そうですね。ニューアルバムは2008年に自分たちがやってきたことの、言わば集大成になっているので。あと、ドラマを観てくださって「わりと平原綾香って笑うんだ」とか「平原綾香って普通に話すんだ」と知った、これまで私を全然知らなかった方に聴いてもらっても、自然に聴ける内容になってると思います。そしてずっと私の歌を聴いてくださってる方には、また新しい発見があるアルバムになってると思うし。どんな反応が待ってるのか分からないですけど、私的にはすごく聴いてもらうのが楽しみな1枚です。
--では、最後になるんですが、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
平原綾香:まずは『ノクターン』とその日本語詞バージョン『カンパニュラの恋』をどんな形でもいいから、ぜひ聴いてもらいたいなと思ってます。そして好きになってもらえたらすごく嬉しいです。それから12月にリリースされるニューアルバムは、聴いてくださる人の心にフィットする曲が1曲でもあったら嬉しいですね。いろんな感情を歌っているので。それでCDを聴いた後には、生で歌声を聴いてほしいという気持ちがあるので、ぜひコンサートにも来てほしいです。
Interviewer:平賀哲雄
ノクターン/カンパニュラの恋
2008/11/12 RELEASE
MUCD-5142 ¥ 1,100(税込)
Disc01
- 01.ノクターン
- 02.カンパニュラの恋
- 03.ノクターン~Vocal-less Track~
- 04.カンパニュラの恋~Vocal-less Track~
- 05.BAMBINA (Special Track)
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