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<インタビュー>「日本から世界へ」、音楽と文学を通じて雨穴が語る活動のヒントとは【WITH BOOKS】

Interview & Text:黒田 隆憲


 Billboard JAPANが新たに立ち上げた書籍チャート「Billboard JAPAN Book Charts」。その記念すべき初週の総合チャートで、第1位を獲得したのが、覆面ホラーミステリー作家・雨穴の最新作『変な地図』だ。

 文章に加え、図版や絵・イラストといったビジュアル要素を多用しながら物語を構築する独自のスタイルで、本を普段読まない方々でも引き込まれると日本だけでなく世界からも注目を集めてきた雨穴。シリーズ4作目となる最新作『変な地図』は文章と200枚以上の地図とが絡み合いながら、海沿いの廃集落や風化したトンネルなど不穏な風景を舞台に、これまでの「変な」シリーズで培ってきた集大成ともいえる一冊となっている。

 同作は本を普段読んだことがない方々にも読みやすく新しい読者体験ができると、早くも70万部を突破し“国民的マップミステリー”として話題となり、Billboard JAPANの紙書籍・電子書籍・図書館貸出しを統合した総合書籍チャート“JAPAN Book Hot 100”にて初週1位を獲得。“Billboard JAPAN Hot Bungei Books”においては、11月27日公開分まで4週連続1位をした。

 12月16日に開催された「Billboard JAPAN Book Charts」の授賞式には雨穴本人も登壇。本インタビューでは、その直後に行われた取材を通して、『変な地図』の制作背景や「変なシリーズ」への思いに加え、YouTubeでの発信、楽曲制作や映像コンテンツなど、小説の枠を越えた創作活動についても話を聞いた。さらに、音楽メディアであるBillboardならではの視点から、雨穴が普段どのように音楽と向き合い、それが創作にどのような影響を与えているのかにも迫る。

音楽から時代を知り、自分に吸収する

――普段、雨穴さんはどんな音楽を聴いていますか?

雨穴:子どもの頃にイギリスに住んでいて、その頃はスパイス・ガールズやウエストライフ、ステップスなどが流行っていました。カーステレオでずっと聴いていましたね。オアシスやR・ケリーも流行ってはいたんですが、子ども心には少し難しくて、あまりピンときていませんでした。日本に帰ってきてから最初に好きになったのがサザンオールスターズです。これもカーステレオで聴いていて、「すごく沁みるな」と感じたのを覚えています。中高生になると、「この音楽のルーツを知りたい」という気持ちが強くなって、桑田佳祐さんが影響を受けた音楽を辿るように、60年代や70年代のロックやポップスを聴くようになりました。そこから80年代、90年代へと、少しずつ時代を行き来するような聴き方をしていった感じです。

――これまで聴いてきた音楽の中で、もっとも印象に残っているお気に入りの一曲は?

雨穴:たまの「さよなら人類」です。最初はテレビで、昔の映像としてほんの10秒ほど流れただけだったんですが、それでも「これは他と全然違う」と感じました。サザンともまったく違って、強烈に引っかかったんです。当時、周りで流行っていた曲は恋愛の歌が多くて、子どもだった自分にはあまり共感できず、「大人の世界の歌だな」という距離を感じていました。でも、たまの曲は、月や星といった子どもにも身近なものを題材にしていて、むしろ一般的なポップスよりも距離が近く、すっと理解できたんです。だから「さよなら人類」は、今でも特別な一曲ですね。

――新しい音楽はどのように探していますか?

雨穴:Billboardのグローバルチャートを見ることが多いです。基本的にはチャートを追っていますね。正直、なかなか馴染みにくい曲もありますが、「ちゃんと聴かなきゃな」という半分義務感に近い感覚で聴いています。自分はアマチュアですが、動画で音楽を発表することもあるので、「今どんな音が鳴っているのか」は把握しておきたい。自分がその音楽をやるというより、まずは知っておく、という意識が強いです。

――ご自身の好きな音楽を、周りの人にシェアすることはありますか?

雨穴:それはあまりないですね。少し恥ずかしい、というのもあって。逆に、人から音楽をシェアされることもあまりありません。身近な人たちと話す話題も、音楽よりは配信番組やお笑いが多くて、音楽について語り合うノリやカルチャーは、周囲にはあまりない気がします。

――普段はどんなシチュエーションで音楽を聴くことが多いですか?

雨穴:毎晩ウォーキングをしていて、その時間がだいたい1〜2時間くらいあるので、その間にアルバムを1枚通して聴くことが多いですね。まとめて、じっくり聴く感じです。

――執筆活動において、音楽からインスピレーションを得ることはありますか?

雨穴:歌詞から影響を受けることもありますし、構成面で影響を受けることもあります。たとえば前作の『変な家2 ~11の間取り図~』は、11編からなる連作短編集ですが、読む順番は決まっていない構成なんです。ただ、並び方にはかなり悩みました。そのときに、「これを1枚の音楽アルバムだとしたら、どういう曲順になるだろう?」と考えて、短編ひとつひとつを“曲”に見立てました。1曲目はこういう雰囲気、最後はこう締めたい、とアルバムの流れを意識して構成しています。そういうところに、音楽好きの習性が結構出ている気がしますね。

――Billboardの書籍チャートを実際に見て、何か感じたことはありますか。

雨穴:やはり漫画が強い、という印象ですね。最新週の1位も『ワールドトリガー 29巻』(著:葦原大介)ですし、総合チャートなので漫画や写真集が並び、夏頃のテストチャートではドリルがランクインしていたこともあって、とても面白いなと思いました。私自身、漫画が好きなので以前から感じていたことでもあるんですが、今いちばん多くの人に読まれ、愛されている「本」は、正直、漫画だと思っています。一方で、文芸という文脈では、漫画が少し下に見られがちだった歴史もあったと思います。最近は改善されてきたとはいえ、まだその空気は残っている。だからこそ、このチャートができたことで、「今、本を盛り上げ、紙の本や書店を支えているのは漫画家さんたちなんだ」ということが、目に見える形で示されるのは、とても意義のあることだと感じました。文芸に携わる人間として、「支えていただいている」という感覚がありますし、そういう意味で「ありがとうございます」と伝えたい気持ちもありますね。

――雨穴さんの本は海外でも多くの読者に読まれていますが、海外の読者には、どんなところを楽しんでもらえたら嬉しいですか?

雨穴:日本語の文法や日本文化を深く理解していないと読めない、という作品には、できるだけならないように意識しています。「日本の文化を知らないと分からない」「前提知識がないと楽しめない」ということは、極力避けたいんです。なので、海外の方にも、「日本の小説だから」と構えずに、まずは気軽に読んでもらえたら嬉しいですね。その中で、結果的ににじみ出てくるアジアっぽさや、日本っぽさを自然に感じ取ってもらえたらいいなと思っています。とにかく読みやすい作品だと思っているので、「お時間のあるときに、気軽に読んでみてください」という気持ちがいちばん強いです。

――新刊『変な地図』についてですが、資料では「これまでのシリーズの要素を詰め込んだ集大成」と紹介されています。特に力を入れたポイントはどこにありますか。

雨穴:最初に出した『変な家』は、当時まだ自分の実力が足りず、特に結末部分でミステリーとしてうまくまとめきれなかった、という心残りがずっとありました。そこで今回は、『変な家』以来となる長編小説として、あの作品にあった廃集落や廃村といったモチーフを取り入れつつ、ミステリーとしてきちんと成立する物語を書きたいと思ったんです。さらに、『変な絵』で身につけた文芸小説としての書き方や、『変な家2 ~11の間取り図~』で挑戦した複雑な伏線構成など、これまでの3作を通して得たもの、やりたかったことをすべて集約する意識で書きました。「雨穴とはどんな作家なのか」と聞かれたときに、制作には約一年近くをかけ、「まずはこれを読んでください」と満を持して手渡せる一冊にしたかったんです。

――海沿いの廃集落や、寂れた民宿、風化したトンネルなどが印象的でした。どこか昭和的でノスタルジックなモチーフでもあると思いますが、そうした場所に惹かれる理由はどこにあるのでしょうか。

雨穴:一人旅が好きで、北陸のほうによく行くんです。電車に乗っていると、窓の外に森の中の集落がぽつんと見えたりすることがあって。そういう風景を眺めていると、旅先ならではの気分や、一人旅特有の少し寂しい感覚も重なって、なんとも言えない不思議な気持ちになるんですよね。もともと鉄道が好きで、「電車でGO!」をよく遊んでいたこともあって、電車や田舎、大衆的な風景には昔から惹かれてきました。そうした自分の好きな要素……電車や地方の風景、時代に取り残されたような場所を組み合わせて、作品にしたいと思ったんです。

――作品の中では、戦中戦後の闇や、閉鎖された集落で起きる陰惨な出来事も描かれています。そうしたモチーフにも惹かれる理由があるのでしょうか。

雨穴:江戸川乱歩や横溝正史といった古いミステリーやホラー小説が好きで、丸尾末広さんの作品も学生の頃によく読んでいました。そうした作品をかなり読み込んできたので、意識して「戦中戦後の闇を書こう」と構えているというより、自然体で物語を考えていくと、結果的にそういうところに行き着く、という感覚に近いです。自分の中に染みついている表現や世界観が、無意識のうちに作品に表れているんだと思います。

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『変な地図』から世界へ

――「変なシリーズ」でおなじみの栗原さんを今回、主人公にしようと思った経緯は?

雨穴:『変な家』の頃から栗原さんを登場させてきましたが、読者の方にもとても愛されているキャラクターだと感じていて、いつか一度、主人公にしたいという気持ちはずっとありました。今回は、旅や冒険、ほんの少しの恋愛要素もある物語にしたいと思っていたんですが、そういう話に“軽いキャラクター”は似合わないと感じたんです。だからこそ、あえて栗原さんを主人公にしてみようと。そこから何か化学反応が起きるんじゃないか、という期待がありました。

――少し変わった魅力を持つ栗原さんというキャラクターは、どのようにして生まれたのでしょうか。

雨穴:自分の中にある、ひねくれた部分や、社会生活の中で抑え込んできた内面というか、表には出さない少し面倒くさい部分ですね。そういうものを切り取って、いわば“二個組”のような形でキャラクターにしています。正直、ここまで愛してもらえるとは思っていませんでした。むしろ嫌われるだろうと思っていたくらいなので、本当に驚いています。

――栗原さんは、謎を解明していく過程でトラウマを乗り越え、内面的にも成長していく人物として描かれています。

雨穴:今回は最初から、異形ながら「王道の長編小説をやりたい」という気持ちがありました。王道であれば、主人公は最初に欠けたものや問題を抱え、それを努力や出会い、挑戦の中で乗り越え、最後に何かを手に入れて終わる。そういう構造があると思っています。4作目であえて長編を書くなら、そうした王道の成長譚には、きちんと向き合いたい、やらなければいけないと思っていました。

――『変な地図』は“JAPAN Book Hot 100”の初週第1位獲得に留まらず、“BillboardJAPAN Hot Bungei Books”では4週連続首位を記録しました。発行部数は70万部(2026年1月時点)を突破していますが、ここまで大人から若者、子供まで日本中の多くの方々に読まれた理由について、ご自身ではどう分析されていますか。

雨穴:前作からかなり間が空き、2年ほど新刊を出していなかったので、そこまで待っていただけていたこと自体が本当に驚きでしたし、ありがたいと感じています。これはもう、待ってくださっていた読者の皆さんのおかげですね。自分としては、今回も「自分が面白いと思うもの」を書いただけです。結果的に多くの方に読んでいただけましたが、それは読者の皆さんに作品を育てていただいた結果だと思っています。

――お話を聞いていると、読者が何を楽しむのか、エンタメ的な視点も強く意識されているように感じます。「こうしたら売れるのでは」という発想はありましたか?

雨穴:そこについては、一貫して考えていることがあります。「多数の人に向けて書こう」と思ってしまうと、少なくとも自分の場合は、うまくいかないだろうな、と。なので、読者が仮に一人だとして、その“たった一人”に向けて書く、という意識でやっています。書いている最中も、頭の中でその人の反応を想像して、「どうですか?」「次はこれだとどうですか?」と問いかけるような感覚です。もしかしたら自問自答なのかもしれませんが、「一人の読者を喜ばせる」という点だけは、ずっとブレずに続けています。

――覆面をかぶって活動しようと思った、そもそものきっかけを教えてください。

雨穴:最初は単純に、顔を見られたくなかった、隠したかった、という理由でした。ただ、活動を続けるうちに、それ自体がひとつのアイデンティティになった、という感覚があります。

――白い仮面なのは、横溝正史『犬神家の一族』のスケキヨへのオマージュなのでしょうか。

雨穴:当時は「白しかないな」と思っていました。今考えると、黄色でも青でもよかったのかもしれませんが、それでもやっぱり白だな、と思っていたんですよね。ホラーやホラーミステリーに登場するお面には、白いものが多いというイメージがどこかにあったのかもしれません。それに、『名探偵コナン』(著:青山剛昌)が好きで、作中でも白い仮面が印象的に使われる場面がよくあります。そうした影響も、無意識のうちにあったのだと思います。

――YouTubeなどで活動されていると、ファンとの距離感や交流も生まれると思いますが、そのあたりはいかがですか。

雨穴:ファンの方と直接お会いしたことはありませんが、SNSやYouTubeの反応は本当によく見ていますし、かなり気にしています。コメントも含めて、どういう反応が返ってきているのかは、常に意識していますね。

――そうした反応が、次の作品や活動のヒントになることもありますか?

雨穴:あります。多くは「面白かった」という声ですが、その中に、ごくたまに、本当に0.1%くらい「その人の本音がふと漏れたのかな」と感じるコメントが混じることがあります。たとえば、「昔よりホラー要素が薄くなって、少し寂しい」といったような、強く主張しているわけではない言葉ですね。そういう声に対して、「もしかしたら、そこに何か本質があるのかもしれない」と考えることがあります。もちろん、その意見に合わせて作品を変えるわけではありません。「ただ、今の自分は、少しこちらに寄りすぎているのかもしれない。次は別のバランスを意識してみよう」といった形で、間接的に影響を受けることはあります。

――今後の展望についても伺いたいです。会見では「その時に書きたいものを書く」とおっしゃっていましたが、今、興味のあるテーマやジャンルはありますか?

雨穴:正直、ちゃんと書けるかどうかは分かりませんが、政治劇や金融ものには少し興味があります。これまでまったく手を出してこなかった分野ですが、そのぶん面白い作品が多く、自分の好みにも合いそうだと感じていて。もし実現するとしたら、これまでとは少し違った作風になるでしょうし、何年後になるかは分かりませんが、いつか挑戦できたらいいですね。

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