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<インタビュー>長谷川白紙 初のビルボードライブ公演──正当性の外で鳴る音楽

Interview & Text: 黒田隆憲
Photo:Naoki Takehisa / Yukitaka Amemiya
ビルボードライブで、「これまでにない長谷川白紙」が姿を見せる。昨年リリースのアルバム『魔法学校』で到着した頂を経て、「正当性の時代」への違和感が創作の核に変わりつつあるという長谷川。トリオ編成で挑む今回のステージでは、どのような表現が立ち上がるのか。変化のただ中にある現在地から、2026年の展望までを率直に語ってもらった。
※この記事は、2025年12月発行のフリーペーパー『bbl MAGAZINE vol.214 1.2月号』内の特集を転載しております。記事全文はHH cross LIBRARYからご覧ください。
一度も目にも耳にもしたことのない形のビルボードライブ公演
――今回のビルボードライブ出演が決まったとき、率直にどんなお気持ちでしたか?
長谷川:最初にお声がけをいただいたときは、正直「意外だな」と感じました。ビルボードライブという会場が育んできた伝統や文化、そして現在の受け止められ方を考えると、自分はそこにそぐわないタイプの人間だと思っていたので。ただ、今回は細井徳太郎さん(Gt)、相川瞳さん(Per)とのトリオ編成で出演します。この編成であれば、ビルボードライブに合った形で表現できるし、お力にもなれるのではないかと思いました。

――今回のセットリストや構成について、現時点での構想を話せる範囲でお聞かせいただけますか?
長谷川:なんというか……「ほのぼのした感じ」になるのではないかと。ビルボードライブはお食事をしたりお酒を飲んだりする場所ですよね。そうした体験を、私の音楽が阻害するものであってはいけないというのをまず一番に考えています。「年始は必ずビルボードライブに行く」と決めているような方も、きっといらっしゃると思うんです。それも含めて会場の背景や文脈なので、そこに寄与できないものは避けたい。ですので、これまで私のことを追ってくださっている方でも、一度も目にも耳にもしたことのない形になるのではないかと思っています。
愛憎のような感情も入り混じっているアルバム
――セカンドアルバム『魔法学校』は、リリースから1年以上が経ちますね。改めて振り返ると、あの作品は長谷川さんのキャリアの中でどんな位置づけになりますか?
長谷川:作品としての言語的な枠組みがあり、それを過不足なく達成するという意味では、高い水準に到達できたと感じています。ただ、それが音楽的な趣味として今の自分が非常に好きなものか?と問われるとまた別で、少し違うのかなという気もしています。なので、『魔法学校』には愛憎のような感情も入り混じっている、そんな作品ですね。
――では、これから作ろうとしている作品はどんなものになりそうですか?
長谷川:おそらく『魔法学校』よりもいろんな人の癇(かん)に障る作品が増えていくと思います。というのも、私はそれが今の時代に必要だと感じているからです。人を少しイラッとさせるような作品、そういうものを作りたいなと。

――なぜ今それが必要だと思うのでしょう。
長谷川:これは言うのが少し怖いというか、誤解されるおそれもあるので、あまり積極的に話したくはないのですが…… 一番大きいのは、現代の時代背景が影響している気がします。今は正当性の時代であり、私の感覚では、ここ3〜4年でその傾向が強まってきた気がします。たとえば作品を見るとき、すべてを何かの暗喩として読むような姿勢が、ひとつの文法として一般化してしまっている。ある要素があったとき、それにどんな正当性があるのかを細かく検証することが、いま主流の鑑賞スタイルになっている。
もちろん、それ自体を否定するつもりはありません。ただ、現代ではもはや正当性と要素が切り離せない関係になってしまった。正当性がなければやってはいけないし、正当性があればやらなければならない──そんな捉え方が一般化しているように思います。でも、音楽というのは本来そういうものではない、と私は同時に考えています。正当性のないことが普通に起きるし、これまで正当だと思われていたものが、まったく正当でなくなることもある。その逆で、正当ではないとみなされていたものが、後に正当や伝統と認識されることもある。音楽はもっと複雑で、もっと得るものが少ない── ある種どうしようもない側面を持つ芸術ではないかと。
――おっしゃる通りだと僕も思います。
長谷川:多分、皆さんが思っているよりも、音楽はもっとくだらない面を持っています。私はそこが好きなんです……いや、正確には「人」のそういうところが好きなのだと思います。そのことを、もう一度思い出したい。そんな気持ちがありますね。

――2025年によく聴いた音楽、影響を受けた作品などがあれば教えてください。
長谷川:一番趣味的なレベルで好きだったのは、佐藤優介さんが「想像力の血」名義でリリースされた『物語を終わりにしよう』というアルバムですね。再生回数という意味でも、おそらく今年いちばん聴いていたと思います。それから、綿菓子かんろさんの『リサージュの風景』や『クヴェールと貼箱』も、リリース自体は昨年ですがよく聴いていました。ほかには、韓国のトラックメーカーkimjの『KOREAN』がすごく良かったですし、ザック・ヴィレルの『SNOEY』やクラークの『Steep Stims』なども印象に残っています。
長谷川:あと、なぜかマイルス・デイヴィスをよく聴いていましたね。特に理由はなくて、突然ピンと来た感じなんですけど。主に『Miles Smiles』ですね。エルメート・パスコアールとトン・ゼーも本当にたくさん聴いていました。これは、パスコアールが亡くなったというニュースの影響も少しあると思います。
――最後に、2026年に向けての抱負を聞かせてもらえますか?
長谷川:さっきも言ったように、今後は人を苛立たせるような作品を作ることになるので、そのぶん心を強くしておきたいです(笑)。本来の私は、わりと周りに合わせたいタイプなんですよ。できれば波風を立てずにいたい。でも、それでも作らずにはいられないという感じです。だからこそ、起こりうる苛立ちや軋みを覚悟しながら、それでも進む。そんな1年にしたいなと思っています。

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