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<インタビュー>Billboard International Power Players vol.10 齋藤妙子 EMPIREアジア太平洋地域ビジネスアフェアーズ担当シニアバイスプレジデント

米Billboard誌が、アメリカ以外の国で音楽ビジネスの成功を牽引しているリーダーを称える【Billboard International Power Players】。各国から音楽業界を牽引するリーダーが選ばれた中、EMPIREでアジア太平洋地域ビジネスアフェアーズ担当シニアバイスプレジデントを務める齋藤妙子が、初めて選出された。今回、本選出を記念し齋藤氏へインタビュー。EMPIREの事業内容や、各国におけるストリーミング市場の成長、そして日本の課題について話を聞いた。(Interview&Text: 高嶋 直子 l Photo:筒浦奨太)
マイノリティの音楽を世の中に広めていきたい
――これまでのご経歴をお伺いできますでしょうか。
齋藤妙子:幼少期は主にアメリカで過ごし、大学卒業後はAAMという音楽プロデューサー・マネジメント会社にアシスタントとして就職しました。その後、SONGS Music Publishingという出版社のA&Rに転職し、ディプロや、ロード、ザ・ウィークエンドの契約を担当しました。その後、Downtown Music Publishingに転職して日本支社設立に携わり、2023年からEMPIREで働いています。
――EMPIREの事業内容についてもお伺いできますでしょうか。
齋藤:EMPIREは、もともと音楽ディストリビューションの会社として2010年に設立した会社です。当時、ジャンルに特化したディストリビューション会社は、ほとんど存在していなかったのですが、我々はヒップホップに特化した事業を展開し、その後レーベルや音楽出版へと拡大して、今に至ります。
――ヒップホップに特化されている理由は、なんでしょうか?
齋藤:マイノリティの音楽を世の中に広めていきたいという思いからです。CEOのガジ(Ghazi)自身が、移民世代であることも影響しているかもしれません。出身もサンフランシスコで、ストリートカルチャーと共に育てられたので自然な流れのように感じます。なので、ここ最近はヒップホップに特化しているというより、アフリカやアジアなどへと広がっていています。特に、EMPIREに所属しているアーティストで最も勢いがあるのは黒人のカントリーアーティストである、シャブージーですね。
音楽ストリーミングが主流になり、レコード会社に所属しなくても自分の作品を世の中に届けられるようになりました。アーティストが全て自分でできるようになりましたが、細かなやり方が分からず、選択肢が複数あること等を知らない人もいます。なので我々はインディペンデントな活動をしたいアーティストに対して、様々な契約方法やオプションを提案するようにしています。既存の枠内だけでなく、もっと色んな形で羽ばたけるんだということを証明できればなと。
――その中で、齋藤様のご担当はアジア・太平洋地域ですね。
齋藤:そうですね。基本的にアジアが中心です。私以外には、シンガポールとインドネシアにスタッフがいて、連携しながら進めています。とはいえEMPIREには、様々な文化をバックグラウンドに持った人が多く働いていて。出身国もバラバラですし、様々なカルチャーが交じり合っているので、本社のメンバーも同じチームとして動いてくれて心強いです。
――ストリーミングの市場は鈍化しつつも成長が続いていて、特にアジアやアフリカ、南米の伸びが注目されています。EMPIRE内では、この状況をどのように捉えてらっしゃいますか。
齋藤:アジアの成長に対する期待はとても大きいですね。例えば、最近私が担当した契約はカンボジアのレーベルです。カンボジアでSpotifyが使えるようになったのって、つい4年前(2021年)なのです。
――ごく最近ですね。
齋藤:ええ。音楽ビジネスが、とても若い国で。我々が契約したレーベルの中で、最もヒットしているアーティストはVannDaというアーティストなのですが、YouTubeで何億回と再生されていて、ここ1年でも目まぐるしい成長を続けています。他にもミャンマーやラオスも、若年層が多いということもあって、新しいサービスに対して国全体が意欲的です。
ただ、ビジネス面で言うと印税のレートが低いという課題があって。日本はアジアの中で最も高いのですが、他の国はアジア以外の地域と比べて非常に低い。このあたりは国同士の問題でもあると思いますが、会話を続けていけば一層成長が見込めるのではと思っています。

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グラミーの受賞と商業的な成功は、両立できない場合もある

――音楽市場において、日本はCD売上とストリーミングを両立させている珍しい国として捉えられています。この状況をどのように感じてらっしゃいますか。
齋藤:日本の作品は細かいクオリティにもこだわられていますし、1人1人のファンをとても大切にしているという点で、すごく素晴らしいなと思います。ですが、同じやり方がそのままアメリカでも受け入れられるかというと、そうでもないのかなと。文化の違いや、受け入れられるものとそうでないもの、消化しやすいもの、しにくいものってありますよね。なので作品のプレゼンテーションの仕方は、国によって大きく違うと感じています。
あとは、アーティストによって、求めている成功が違うのかなと。例えば、「これから世界で活躍したいから、グラミー賞を狙う」アーティストがいるとします。ですが、「グラミー賞を獲得すること」が目標なのか、「グラミーの会員達に、“この人はグラミーを獲るべきアーティストだ”と認められる」ことが目標なのか。この2つは、同じようでいて、ストーリーラインが大きく異なります。
さらに、目標が「Billboardで1位を獲得する」のだと、もっと変わってきますよね。グラミー賞にノミネートされるアーティストや作品は、商業的に成功しているというより、カルチャーや音楽性、メッセージが重要視されていますから、グラミーの受賞と商業的な成功は、両立できない場合もあります。
なので、日本と海外の差という点においていうと、まさに日本人が想像する成功と、海外における成功は違うのかなと。CDを買ってくれるようなファン、1人1人に一生愛されるような関係を築いていくという日本のやり方と、海外でのやり方は全然違っていて、そこが今まで、繋がっていなかったのかなと思います。ただ、これまでに様々な人が挑戦し、K-POPという前例も見ることができて、良い意味で国全体が意欲的になってきていると思うので、あとは臨機応変に対応しつつ、チャレンジを続けることが大事なのではないでしょうか。
――ここ10~20年、アメリカで感じる変化はありますか。
齋藤:大きく変わったのは、インディペンデントの音楽シーンですね。20年前は、インディペンデント・レーベルというと、オルタナティブなバンドなどがイメージできましたが、今は様々なアーティストが自分で権利を持って、自ら発信するようになりました。なので、その変化を思うと日本も、同じことができるんじゃないかって思います。アイドルグループなどに関しては、プロデューサーが主導なプロジェクトだと思うので、彼/彼女らが権利を主張するのは当然だと思います。ただ、自分で曲を書くようなシンガー・ソングライターやバンド、ラッパーなども同じ仕組みでマネジメントされるべきなのかというと、違うのかなと。そういう座組でも良いと思いますし、自分で管理して配信リリースしていくという方法でも良いですし。今後は、後者のマーケットがますます大きくなっていくのではないでしょうか。そうなったときに、メジャーレーベルや事務所が、どれだけ幅広く対応できるかが重要だと思います。
オーガニックなリアクションを見ていると、1回のバズで終わってしまっているケースも多々見受けられます。そういう時に重要になってくるのは、アーティストのブランディングやファンダムを形成する力だと思います。今の若い人たちは回転率が速くて、すぐに次のトレンドに移り変わってしまいます。そのような状況の中、追いかけ続けたいアーティストというのは、どういう人なのかを考えることができるのは、レコード会社や事務所の強みなのではないでしょうか。
そしてアーティストの皆さんに選ぶ権利があるからこそ、どの方法が自分に最も合うかをご自身で考えていただきたいと思っています。私はアーティストと契約するときに、「EMPIREは、どんなアーティストにも合う万能なレーベルではない」と伝えています。EMPIREが契約するアーティストは、その人自身がビジネスオーナーであり、自分の事業をどれだけ変革して、拡大していくかを考えられる人です。EMPIREに合うアーティストは、ごくわずかだと思いますが、合うアーティストはどこよりも伸ばせる自信があります。
――日本人で、契約しているアーティストはいますか?
齋藤:最近、Littyというアーティストにサインしました。彼女は去年から楽曲をリリースしはじめたばかりで、アーティストとしての活動はまだ1年程度です。先日、当社が開催したソングライティング・キャンプにも参加してもらって、初めて海外のアーティストとセッションしてもらったのですが、スポンジのようにどんどん吸収していて、素晴らしかったです。
――Billboardは、最近アフリカにも立ち上がりました。欧米以外の音楽シーンに、一層注目が集まっています。
齋藤:なぜアフリカの音楽がここまでアメリカで浸透したのかについて、一概には言えませんが、アメリカの黒人コミュニティの中で、自分のルーツを知りたい人が一定数いるのかなと。急上昇ランキングなどを見ていると、アジア人の楽曲がこれまで高く評価されてこなかったことに対して、アメリカに住むアジア人たちが反応しているのかなと感じる瞬間があります。K-POPを筆頭に、これまでメインストリームではなかったアーティストのヒットを見ていると、自分のルーツやアイデンティティを大事にしている人達が増えていることの表れなのかなと感じています。
――アメリカは、世界で最も音楽マーケットが大きい国であり、多民族国家です。様々なルーツの人が住むアメリカだからこそ、色んな国の音楽が聴かれ、それがSNSやストリーミングによって世界へ伝播するようになっていったのですね。
齋藤:その通りです。音楽業界には、今とても面白い変化が起きています。国境を越えて、様々な音楽が聴かれるようになりましたし、その状況をリスナーが受け入れる体制が整いました。我々にとっても、アジアはまだまだこれからです。今後もEMPIREの強みを活かしつつ、それぞれの国にどのように当てはめていくのか探していきたいと思います。




























