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<インタビュー>Billboard International Power Players vol.11 藤倉尚 ユニバーサルミュージック合同会社 社長兼CEO

5年連続、通算6度目となる【2025 Billboard Global Power Players】に選出されたユニバーサル ミュージック合同会社 社長兼最高経営責任者(CEO)藤倉尚氏。今年のインタビューでは、他国のユニバーサルから見た日本のポテンシャルや課題、そしてMrs. GREEN APPLEや藤井 風のヒットについて、話を聞いた。(Interview: 礒崎 誠二/高嶋 直子 l Text: 高嶋 直子 l Photo: 筒浦奨太)
日本の音楽マーケットの課題と可能性
──IFPIによると2024年の原盤収益について、世界は10年連続で成長しましたが、日本は前年比より減少しました。アルバムCDと音楽ビデオの売上が減少し、それをデジタルがカバーできなかったのが要因ですが、これについてどのように感じてらっしゃいますか。
藤倉尚:まず世界の音楽市場が10年連続で成長を続けているのは、当たり前のことではなく、本当に素晴らしい結果だと感じています。アメリカでは2025年の成長率は比較的緩やかですが、中国ではストリーミングの会員数がアメリカを超えたというニュースもあります。国によって違いはありつつ、全世界で見ると成長を続けているのは本当に素晴らしい成果ですよね。
日本はデジタルシフトの遅れが指摘されていますが、グローバルの会議に出席すると、日本は従来のような極東のユニークなマーケットという評価ではなく、世界が参考にするべきビジネスモデルとして語られ始めています。多くの国がストリーミングをメインに売り上げを立て、どれだけシェアを取ることができるかで競い合っている一方、日本は売上の60%がフィジカルで、ストリーミングと共存していますから。なので、そこまで悲観的な状況ではないかなと。実際、当社のアーティストですとMrs. GREEN APPLEは日本で初めて自身の楽曲の総ストリーミング数が100億回を突破しつつ、ベストアルバム『10』は初週で77万枚以上を売り上げていますし、timeleszはNetflixでのオーディションが話題になり、アルバム『FAM』も初週で約65万枚を売り上げました。デジタルシフトが遅れているとも一概には言えないのではないかなと。
一方で、欧米ではストリーミングの月額使用料が日本円に直すと1,500~2,000円であることに比べて、日本は1000円前後で、さらには学割が設定されているサービスもあります。音楽の価値が、こんなにも安くて良いのだろうかと感じることもあります。
──日本も値上げが必要でしょうか。
藤倉:もちろん、リスナーの皆様にとって、価格は抑えられるに越したことはないでしょう。このままの価格で有料会員数が増えていくことは、カタログを多数保有しているアーティストや、いまヒットしているアーティストにとっては良い状況かもしれません。ですが、新しいアーティストにとっては、大変厳しい時代です。彼らが活動を続けていくためには、様々な形で収益化を図っていく必要があります。テイラー・スウィフトも、Mrs. GREEN APPLEもそれぞれ等しく「1曲」です。将来的には、価格も国際的な水準に近づけていくのが理想だと思っています。
──これからの日本の課題として、もう一つ輸出力の強化が求められています。Luminateが発表している【国別の輸出力ランキング】によると2024年は1位アメリカ、2位イギリス、3位カナダ、4位韓国で日本は14位でした。輸出に対して、日本はどのような課題があると考えてらっしゃいますか。
藤倉:海外に向けたマーケティングのリソースや経験が不足していると思います。良いアーティストや作品を、その文化圏に響く言葉で魅力的に伝えられる人が足りていないのではと。海外でのヒットにおいては、我々は成功体験が乏しいのが現状で、もっとチャレンジが必要です。ただし重要なのは、言葉の壁を超えるユニバーサル(普遍的)な魅力を持つ楽曲やアーティストが出てくることであって、それによって一気に扉が開けるのではないでしょうか。
──Adoは、米Billboardのポッドキャストに出演し、記事にも取り上げられていました。
藤倉:Adoは2025年、世界33か国でツアーを開催し、合計50万人以上を動員しました。彼女はマーチャンダイズも非常に人気なので、経済効果は計り知れません。映画『ONE PIECE FILM RED』をきっかけに、Adoは言語の壁を超えて世界中の方から「1度、聴いておきたいアーティスト」として注目されるようになりました。各国での公演の客層はほとんどが現地のファンの方でした。グローバルでの成功というのは、アワードで表彰されることや、チャートの上位を獲得する以外に、こういう成功の仕方があるのだと実感させてくれましたね。

ヒット曲を生み出すために守り続けていること

──アーティストが目指す、新たな記録の一つになりそうですね。アワードに関しては、2026年も【MUSIC AWARDS JAPAN】の開催が発表されました。
藤倉:当社は、日本のアーティストの海外での活動については、これまでも久石譲や布袋寅泰、Perfume、MIYAVIなど様々なアーティストとご一緒してきました。そんな中、いま日本の音楽業界が会社や団体の垣根を越え、政府の支援も得ながらチャレンジできるのはありがたいことだと思います。先日、ニューヨークで当社の各国の代表とミーティングをしてきたのですが、ドイツの代表が「よく、実現できたね」と驚いていました。
──最優秀アーティスト賞が発表された時、Mrs. GREEN APPLEの後ろで喜んでらっしゃった、藤倉社長の姿も印象的でした。
藤倉:実は、もともと2階席で授賞式を見ていたんです。でも発表が進んでも Mrs. GREEN APPLEの名前が呼ばれず心配で。それで休憩のタイミングでいてもたってもいられなくなり、彼ら(Mrs. GREEN APPLE)の近くの席に移動しました。発表された時は本当に驚きと嬉しさで思わず立ち上がってしまいました。その様子が映像にも映ってしまったようですね。投票ですから、結果は直前まで予想がつかなくて不安だっただけに喜びも大きかったです。
──藤倉社長の笑顔と、メンバーの皆さんが安堵された表情が印象的でした。そして、今年もMrs. GREEN APPLE、そして藤井 風がチャートを賑わせています。5か月連続リリースに加えて、NHKの連続テレビ小説や映画にも出演されるなどマスに向けた露出が続くMrs. GREEN APPLEと、全編英語詞のアルバムがヒットした藤井 風。異なるアプローチをした2組がいずれもヒットしている状況を、どのように感じてらっしゃいますか。
藤倉:大森元貴にも、藤井 風にも共通点があって、彼らは2組とも「自分が必要とされるところで、歌いたい」というのが、それぞれモチベーションの源になっています。社員には「アーティストの価値を最大化すること」を常に伝えています。
藤井 風に関しては、その結果 我々からお願いするのではなく複数の海外レーベルから「一緒にやらせてくれないか」と言われ、契約が決まりました。そして、全編英語詞で作られた藤井 風の『Prema』が初週に約20万枚というヒットを達成し、ストリーミングでも各曲が聴かれているという素晴らしい結果が生まれました。今、日本では洋楽リスナーの減少が課題になっています。そのような中で、彼が新しいマーケットを切り開いてくれた面は大きいと思います。引き続き楽しみですね。
──藤井 風は日本以外に東南アジアにもファンが数多い印象です。今回のリリースも、日本以外を意識してプロモーションされたのでしょうか。
藤倉:「Hachikō」の配信日は、日本ではなくタイでイベントを開催しました。その結果、タイのみならず世界各国にその様子が拡散されることになりました。これまでであれば、リリース当日に日本にいないなんて考えられませんでしたが、これだけリスナーが世界に広がると、熱狂を生むためにどこにいるべきか、何をすべきかが変わってきましたね。
──今年も、下半期になりましたが、どのような半年になりそうでしょうか。
藤倉:毎年同じことをお伝えしているかもしれませんが、良いアーティストが存在しないと、そこに熱量も沸いてきませんし、ヒット曲は生まれません。なので、手法やマネタイズばかりにとらわれず、中心にいるアーティストや作品が強くないといけない。今年の下半期も、そこはブレずにやり続けたいと思っています。




























