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<インタビュー>iri、EP『Seek』で描いた“静けさ”と“変化”――やりたいことも、コンプレックスも自然にみせる今の心境とは
Interview & Text:高橋梓
唯一無二の歌声、クールなキャラクター、真似したくなるファッションセンス……と多くの魅力を持ち、人々を虜にしているシンガーソングライター・iri。5月21日には、約2年ぶりのパッケージとなるニューEP『Seek』をリリースし、ファンを喜ばせたことは記憶に新しい。リリースから約3週間経った6月中旬、彼女にインタビューを実施。リリースから少し時間が経ったことで見えた『Seek』の魅力を聞いてみた。
好きなプレイヤーたちと作れたEP
――『Seek』をリリースして約3週間が経ちました。嬉しかった反響や思わぬ反応などもあったのではないでしょうか。
iri:これまで、わりとダンストラックや打ち込み系の楽曲が多いイメージがあったと思うんです。でも、今回はどちらかというと繊細な楽曲が多くて。自分の中では「やったことがなくてどうなるかわからないけど、とりあえずやってみたい」という気持ちで制作した作品だったんです。今って情報が多い世の中なので、ひとりになれる空間や、自分の時間を持てる静けさみたいなものを表現できたらいいなと思って『Seek』を制作していました。そういう捉え方をしてくれるリスナーの方がいらっしゃったのは嬉しかったです。
――「こういうふうに聴いてもらいたいな」と思ったことが、きちんと伝わった、と。
iri:そうですね。「難しいかな」「伝わりづらいかな」と不安に思っていましたが、何回も繰り返し聴いてくれて、いろんなことを感じ取ってくれたり、理解してくれたりしたのかなと思いました。
――曲調という面で見ると、「Faster than me」あたりから『Seek』へのジャブが始まっていたのかなと感じていました。
iri:「Faster than me」は私が制作に携わっていない曲なので特別意識してはいなかったのですが、音を少しタイトにするという意味では、もしかしたら影響を受けたのかもしれません。
――作り方が『Seek』とは違いますが、やはりご自身で制作されたほうが表現はしやすいですよね?
iri:そうですね。トラックメイカーさんが作ったものに歌を乗せるという面白さを「Faster than me」で味わいましたが、もともと私は弾き語りから曲作りを始めていて、プレイヤーの方々とセッションしながら作るスタイルなんですよね。昨年ハナレグミの永積(タカシ)さんと一緒に曲を作らせていただいた時も、プレイヤーの方と話し合いながら作るのが楽しいなと感じていて。それに、私は音を聴きながら感じたことを歌詞にしていくので出てくる歌詞も違いますし、メロディーラインや歌い方なども、作り方が違うと全然変わってくると思っています。
Faster than me / iri
――そういう意味でも『Seek』はiriさんらしさが詰まっている作品と言えそうです。『Seek』は「あまり考えすぎないで、自分がやりたい音に身を委ねた」と仰っていましたが、そもそも『Seek』を通してどんな表現をしたいと考えていたのでしょうか。
iri:『Shade』や『Sparkle』あたりでやっていた、「好きなプレイヤーたちと曲を作る」のをもう一度やりたかったんです。たとえば、私は学生時代ジャズクラブで働いていて、セッションに参加していたこともあって、ジャズが好きなんです。なので、ジャズのテイストを混ぜ込みたくて石若(駿)さんにドラムを叩いてもらいました。一定のビートではなく、変拍子や変わっていくビートに乗せてリリックを書くということもやってみたくて。それを今回できたのは嬉しかったです。
――今作では新しいクリエイターの方々とご一緒されていますよね。良かった点はありましたか?
iri:たくさんあります。例えば、TAARくんはずっと一緒に制作をしてきているのである程度サウンド感が想像つきますし、Taka PerryくんもSIRUPくんの曲をリミックスするなど近い界隈でやっていらっしゃるのでなんとなくわかるんです。でも、西田(修大)さんやKota(Matsukawa)さんは深く知らなかったので、どんなアイデアが出てくるのかワクワク感が大きかったです。とくにKotaさんと一緒に作った「river」は、ここまで落ち着いた曲は今までなかったんじゃないかなと、作っている間も「どんな曲になるんだろう」と楽しみでした。
river / iri
――なるほど。
iri:今回は新しい出会いの中でいろんな発見や変化があればいいなと思っていたのですが、皆さんと一緒に作っていく中で、自分が解放されていく感じがありました。「harunone」は「こういう曲がやりたかったんだな」としっくり来たというか、デモが届いた時点で感動がありましたね。
――「こういう音楽をやってみたい」という思いが浮かんでくるのは、どんな時が多いのでしょうか。
iri:曲を聴いている時や、「最近このアーティストかっこいいな」と影響を受けた時が多いです。あとは自分のルーツを引っ張り出す。それと、流れですね。毎回、リスナーの方には「次どんな曲を出してくれるんだろうな」と思ってもらえていると思うんですね。たとえば、このEPの最後は「otozure」という曲で、「次、何かいいことが起きるような予感がする」という内容になっています。その「otozure」のあとにどんな曲が繋がっていくんだろう、という想像を繋げて皆さんに楽しんでもらいたいという気持ちが軸になっている部分はありますね。
――そういった流れも美しいですね。
iri:あとは、過去の作品と同じ感じの曲は絶対に作りたくないので、全然違うジャンルを引っ張ってきてみたり。今回の「river」だったら、ちょっとブルガリアンボイスのような感じにしてみました。そんなふうに、観た映像や友だちから教えてもらった曲、たまたまかかっていたBGM、テレビから流れてきた音など、生活のいろんなところで出会う「いいな」と思ったものを採用しています。なので、作品を紐解くと、私がどんな生活を送っているかがすぐにわかると思います(笑)。

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曲作りで大切にしていること
――今「リスナーの方には『次どんな曲を出してくれるんだろうな』と思ってもらえている」という言葉を聞いてふと疑問に感じたのですが、リスナーからの期待と自分がやりたいクリエイティブのバランスって、絶妙に難しいのでは?
iri:そうなんです。私の場合、アルバムやEPだったら、1曲目は「皆さんが求めているであろうわかりやすい楽曲を作ろう」と思って取り組んでいます。ライブで披露してもしっかり乗れる、みたいな曲です。『Seek』でいうと、「Butterfly」はローファイ・ヒップホップだけど、沈みすぎずにキラッとさせていています。他の曲はそういったことを意識せずに作りました。
Butterfly / iri
――なるほど。ちなみに、新しいクリエイターとタッグを組む時はどんなことから始めるのですか?
iri:仲良くなる!(笑) たとえば、西田さんは永積さんの曲でご一緒させていただいて、その後何回か連絡を取り合っていました。でも、Kotaくんは「キッズコーラスを入れたい」、「こういうテンションの曲がいい」ということだけ伝えて、個人的な連絡は全然取っていないんです。一方、よく一緒に制作をするTAARくんとはバンバン連絡を取り合って、気になったことがあったらすぐに話して曲を作っていて。そうやって、めちゃくちゃコミュニケーションを取ってできる作品が良いと思っていたのですが、そうでもないのかなって。Kotaくんのようにあまり近づきすぎず、音だけ交換しあって作る方法もすごく楽しいと思ったんです。このトラックに対してどんな景色を見たんだろう?と想像したり、なんでこの音を入れたんだろう?と考えてみたり。音だけで探って想像するというやり取りも楽しいんだと学びました。
――TAARさんとは真逆のやり方なんですね。
iri:そうですね。それで、作り方の違いで作品も変わってくる。難しいのですが、密にやり取りをすることでいい曲になることもあるし、逆に転ぶ場合もある。やり取りしすぎて、本当はいらない音が入っちゃう、とかもありますよね。

――今作を通して新しい制作の形が増えた、と。ちなみに今気になっている、組んでみたいクリエイターの方はいらっしゃいますか?
iri:たくさんいるから悩んじゃいます。でも、ライブで活躍されているプレイヤーさんと作るっていいなと思いました。SANABAGUN.の(澤村)一平くん、(隅垣)元佐くん、ペトロールズの(三浦)淳悟さん、ハマ(・オカモト)くんと音を重ねてレコーディングした時なんかは、すごく楽しくて、空気感も好きでした。音楽を“楽しめる”仕事になったな、と。そういう、自分の好きなスタイルにトライして新しいものを作り出していきたいです。
――今後作られる作品も楽しみです。今作のテーマは「新たな旅立ち」でしたが、行ってみたい場所はありますか?
iri:ベトナムやタイなどが気になっています。知らない楽器もいっぱいありそうですし、温かくて自然を感じる場所で曲を作ってみたいですね。最近はタイでフェスなどもおこなわれていて、盛り上がっているので、そういう環境に身を置いてみたいと思っています。
――東南アジアの楽器を使ったiriさん流の曲も楽しみです。では、iriさん自身についても質問させてください。多くの作品をリリースしてきたiriさんですが、リリース後に「もっとこうしたかった」と思うことはあるのでしょうか。
iri:基本的にはないです。マスタリングをした直後に「あれ?」と思うことはありますが、その一瞬だけ。多分、聴きすぎて神経質になっているんでしょうね。でもフラットに聴くと、「最高じゃん」となれます(笑)。
――ご自身で楽曲制作をされることが多いですが、突き詰めるOKラインはどこに置いているのですか?
iri:デモはいつも家で録音するんです。自分の気に入った音色、リバーブ具合などがすでにあって、それ込みで曲の世界観を想像しています。それで、なるべく家で録ったものと似た環境でレコーディングをして、ミックス、マスタリングをしてとても良くなる……というのが理想の流れ。でも、やっぱりスタジオの環境やミックスをしてくださる方とのコミュニケーションの取り方で、当初想像していた世界観にならないこともあるんです。一応OKラインとして最初のデモの世界観を置いていますが、そこと違っていても、後から聴き直すと「こっちもいいじゃん!」となることが結構あります。
――客観的な目線の重要さ、ですね。ちなみに、長く音楽をやっていらっしゃいますが、ご自身の変化などを感じることはあるのでしょうか。
iri:私は伝えたいことがあるから表に立ちたい人間だけど、ビビリなんです。心配性だし、人前に立つことを怖いと思ってしまうんですね。でも、『Seek』を作り始める少し前くらいから、いい意味で“諦められる”ようになりました。年齢的なこともあるかもしれないですが、なにか起きたとしても一回一回心を引っ張られなくなったというか。さっきの曲作りに関しても、今までだったら「もっとこうしたかった」と思うことがありましたが、最近は「はい、最高。次の曲を作ろう」と思えるようになりました。
――そういう考えになってから、音楽性にも変化があったり?
iri:力が抜けたかもしれませんね。柔らかくなったと思います。それこそ昔、ナイキとのコラボレーションで「Watashi」をリリースしたこともあって、インタビューで毎回「iriさんは強い女性というイメージがあるんですけど……」と言われていたんです。そうすると、自分の中で「強めのことを曲の中でかまさなきゃ」と思ってしまって(笑)。でも、最近ではそういうものを一度取っ払って、素直にリラックスして、やりたい音楽を冷静にやれるようになったのかなと思います。もちろん、タイアップ曲などはわかりやすく、刺激のある作品のほうがいい場合もあると思うのですが、カップリングやアルバム曲などでは、自分のやりたい、好きな作品を表現できたらいいなと思うようになりました。
――そう考えると、今iriさんのアーティストとしての姿勢がやはり『Seek』に集約されているというか。
iri:そうですね。自分の考えをこうやって形にできることが幸せだなと感じています。

――そんなiriさんですが、6月13日からは【iri Hall Tour 2025 "Seek"】がスタートしていますね。
iri:EP『Seek』を引っ提げてのツアーなので、私の変化を感じてもらえるライブになると思います。それに、皆さんも一緒に解放できるライブになったらいいなと思っていて。アッパーな曲で気持ちを解放するのもそうですが、脱力系の解放も感じてもらえたら素敵かな、と。
――ライブをする上で大切にしていることはありますか?
iri:今までは「うまく歌うぞ」という感覚でライブをしていましたが、今は「自分の気持ちを歌に乗せられたら素敵だな」と思うようになりました。だからこそ、お客さんの表情をよく見るんです。で、感じたことが声になっているという。
――まさに「ライブ」ですね。iriさんにとってライブはどんな場所なのでしょうか。
iri:コンプレックスをさらけ出せる場所、かな。私は元々声が低くてコンプレックスに感じていたのですが、歌ってみたら「いいじゃん」と言ってもらえて歌っています。そのコンプレックスが“いい”とされる瞬間ですね。動きとかも、スッと立ってきれいに歌えなくてコンプレックスなのですが、そういったコンプレックスたちが演奏の中に組み込まれる感じがするんです。自分が気にしているものが武器となるのがライブなのかなと思っています。たくさんの方にライブに来ていただいて、私の音楽を楽しんでいただけたら嬉しいです。

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