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<コラム>清水翔太 最もダークでポップ、異色の新作『Pulsatilla cernua』に滲む“痛み”と“歩み”の先に浮かぶ光
Text:猪又孝
この一枚を作るために彼はどれくらい自分を追い込んだのだろう。歌う理由。音楽家としての業。表現者としての使命。残された者が背負う十字架。清水翔太のニューアルバム『Pulsatilla cernua』は、そうしたものにとことん向き合って作り上げられた一枚だ。
アルバムの幕開けは過去イチ、ヘヴィ。いつもと顔つきが大きく異なる。書き換えることのできない過去。無情に流れ続ける時間。前に進むための覚悟。今回のアルバムはドキュメンタリーの割合が多く、過去に見たことのない“裸の翔太”がここにいる。ひとりのアーティスト、ひとりの人間として作らざるを得なかった作品。旅を続けるために刻まなければならなかった言葉たち。本作は清水翔太にとって、第二の人生の始まりと言っていいくらい、新たな一歩を踏み出す転機作になるだろう。
いつもと性質が異なるという点では、そもそもタイトルの付け方が違う。“プルサティア・セルヌア”と読むこの言葉はオキナグサの学名で、これまでのオリジナル・アルバムはすべて英語1ワードだったが、今回は2ワード。デビューアルバム『Umbrella』以来の、実体を備えているものが題されている。加えて本作は、2024年3月に拠点を地元・大阪に移した彼が、初めてアルバムを丸々一枚、ホームで作り上げた作品だ。生まれ育った場所での制作ということもあってか歌詞はとてもパーソナル。苛立ちや葛藤、孤独、悲しみなど、うつむいた感情を飾ることなく生身な言葉でむき出しにしている。一方で、ホームがもたらすリラックス効果からか、ほっこりする場面やピースフルな描写などポジティブヴァイブスも表出。感情の高低差がある感じや少しガチャっとした感じ、無邪気に胸の内を吐露していく感じは、10代の“少年・清水翔太”をありったけ詰め込んだデビューアルバムと重なるところがある。

ただし、本作にはデビューから17年の深みがある。サウンド面では、ダークなドリルビートに尺八という“和”のエッセンスを取り入れた1曲目の「Bad Karma」で、トラックメイカーとしての独創性を提示。後半でビートスイッチして感情をより爆発させる作り方も、これまでの清水翔太にはなかった手法だ。やさしくソウルフルなJ-POPバラード「KAGEROU」ではメロディメイカーとしての非凡な才能を発揮し、オルガンの音色が軽やかな「Syrup」や、清爽なアコースティック・ソウル「tomato」ではポップス職人としての腕を振るう。曲調はバラエティに富み、陰影も濃く、アルバム全体の音像は巧みにデザインされていてとても聴きやすい。だが、歌われている内容は奥深くて重層的。こちらをハッとさせる鋭利な言葉や、ぶん殴られるような重い言葉が歌詞の要所で牙をむく。困難に立ち向かい試練を乗り越えアーティストとしても、人間としても経験を積んだ今の清水翔太が、苦しくて苦しくて吐き出さざるをえなかった思いが、ここには綴られている。
清水翔太 11th Album『Pulsatilla cernua』Teaser
大阪に拠点を移した後、彼が初めてリリースした楽曲は、本作の実質ラストに収められている「PUZZLE」だった。この曲のテーマはふたつ。ひとつは、叶えられずに壊れてしまった夢の破片を残された者たちで紡いでいくこと。もうひとつは、会えなくなってしまった人や居なくなってしまった人のことを忘れないこと。その後者のテーマが、今回のアルバムに大きな影を落としている。
本作はざっくりと3つのブロックに分かれているように思う。第1ブロックは1曲目から4曲目。このブロックに通底するモチーフは“死”だろう。1曲目「Bad Karma」と2曲目「DON’T FORGET MY NAME」は連作のような作りになっていて、喪失の痛みからの脱却がテーマ。前者はアーティストとして、後者は残された者として、生きる目的を歌う。ありきたりなカップルの日常を描いた3曲目「Syrup」では、自身のルーツとなったゴスペル歌手、カーク・フランクリンのプロデューサーとして知られるショーン・マーティンの「The Yellow Jacket」を引用。ショーン・マーティンは昨年2024年8月に45歳で早逝しており、追悼の意もあったのではないか。ここでサンプリングした音源は、Instagramで見つけた韓国のピアニスト、Ming Leeが同曲を演奏したもの。スマホとPCを繋いでサンプリングするというユニークな手法が取られている。
Syrup / 清水翔太
そして4曲目「ひこうき雲」は荒井由実の名曲カバー。この曲はユーミンが亡き友に向けて書いたもので、死んだ人間は在るときのまま、人の記憶で生き続けることを伝えている。また、「ひこうき雲」は宮﨑駿監督のスタジオジブリ作品『風立ちぬ』(2013年)の主題歌としてリバイバルヒット。『風立ちぬ』のキャッチコピーは「生きねば。」だった。映画はズタズタになりながらも一日一日を大切に生きようとした人物を描いた作品だったが、その姿勢は1曲目と2曲目にも重なるところがある。
ちなみに、「DON’T FORGET MY NAME」は、フロウや歌詞から、過去に彼の「Overflow」をサンプリングしてビートを作ったJJJ(今年4月逝去)への追悼なのでは?とSNS上で言われているが、実はこの曲は2024年2月のZeppツアー会場でBGMとしてすでに流されていたことを記しておく。
DON’T FORGET MY NAME / 清水翔太
2つめのブロックは5〜7曲目。いずれもラブソングで、5曲目「KAGEROU」は初恋に代表されるようなピュアな恋心を描いたナンバー。「花束のかわりにメロディーを」以来の超王道ラブソングで、同曲は男性目線の歌詞だったが、こちらは初めての女性目線の歌詞となっている。6曲目「tomato」は自身の人気曲「milk tea」の令和版ともいえる楽曲。自身が苦手なトマトを題材にしてカップルの仲睦まじい場面を描きながら、支え合うことや愛し合うことについて歌っている。双方向をテーマにした曲の題名が、上から読んでも下から読んでも同じトマトであるところが(偶然かもしれないが)お見事だ。「花束のかわりにメロディーを」はもはや結婚式の定番ソングだが、今後は「tomato」もウェディングソングとして人気を集めそう。7曲目「Sick of u」は好きな相手のわがままに翻弄される恋愛ストーリー。この気持ちは“好き”か、“依存”か。そんな恋愛あるあるを真っ正面から綴った楽曲とあって多くの共感を呼ぶのではないか。
そして3つめのブロックは8曲目と9曲目。8曲目「ないものねだり」は、「Sick of u」の前日譚のようなラブソングにも思えるが、2ヴァース目から様相が変わり、人生観にフォーカスしたような歌詞にスライドしていく。2ヴァース目の始まりの〈大人になりなってのは/俺にも向けた言葉〉という歌詞は、失意のどん底にいる1曲目や2曲目の自分に向けた言葉とも解釈できるからだ。その2曲目「DON’T FORGET MY NAME」では〈後悔のない人生を選び続けるのは/とても難しい/それも定め〉と歌っていたが、「ないものねだり」では〈雁字搦めの人生も/きっと意味があるんだろ/誰かの事羨んでも/自分の運命は変わらない〉と、前に進み出した自分を肯定し、背中を押すような歌詞が出てくる。そして、続く9曲目「PUZZLE」では、前述のように夢を追う姿や足りないピースをテーマにしながら、〈終わりのない旅路を行こう〉と力強く歌う。
このアルバムの始まりには、救われぬほどの喪失感と身を噛むような孤独に半分ヤケクソになりながら激しく抗っていく清水翔太がいる。けれども、最後の「PUZZLE」には、〈もしもあなたが居なくなったとしても/必ず帰ってくると信じてる/夢の欠片を集めて/パズルのように埋めていく〉と上を向いて再び歩き始めた清水翔太がいる。
PUZZLE / 清水翔太
本作のタイトルになったオキナグサは、うなだれたように下向きに咲く花が特徴。花が咲き終わると、茎が上を向いてぐんぐん伸びていき、最後はふわふわの白い綿毛をまとった姿へと大変身する。その様子が今回のアルバムで描いた自身の姿にも重なることから、このタイトルをつけたのではないか。また、オキナグサには命にかかわるほどの強い毒性があるという。「Bad Karma」の刺々しいラップはまさに毒々しいが、オキナグサの毒には痛みを鎮める効果もあるそうだ。使い方次第で毒にも薬にもなる。“シロップ”はまさにそうだが、そんなところも、聴き方によって印象を変える今回のアルバムに通ずるかもしれない。
白い綿毛に乗って飛ばされた種子は、新しい地で新たな芽を出す。清水翔太も大阪に帰って心機一転。デビューアルバムに似た雰囲気ということで初心に返ったところもあったのではないか。今回のアルバムは“生まれ変わる”が大きなコンセプトのひとつになっているように思う。
最後に、本作の歌詞には、曲のつながりを連想させるようなワードやダブルミーニングがたくさんちりばめられている。たとえば「Bad Karma」には〈今更帰れない〉(「HOME」)が出てきたり、「DON’T FORGET MY NAME」には〈浅い眠り〉という前作のアルバムタイトル『Insomnia』(不眠症)を連想させる言葉が出てくる。「KAGEROU」はつかめそうでつかめない陽炎と、儚い命を象徴する昆虫である蜻蛉のダブルミーニング。「Syrup」では相手の存在をシロップに例えたが、その後の「tomato」では相手を〈honey〉と呼んでいて、繋がりがあるようにも解釈できる。そんな言葉を探しながら本作を深読みしてみてはいかがだろうか。また、清水翔太のInstagram(@s.shota0227)のハイライトには、本人が『Pulsatilla cernua』という架空の小説になぞらえて綴った各曲の背景にある思いが投稿されている。それをヒントにこのアルバムの深部を紐解いてみるのも一興だろう。

リリース情報
関連リンク
Pulsatilla cernua
2025/06/18 RELEASE
SRCL-13332
Disc01
- 01.Bad Karma
- 02.DON’T FORGET MY NAME
- 03.Syrup
- 04.ひこうき雲
- 05.KAGEROU
- 06.tomato
- 07.Sick of u
- 08.ないものねだり
- 09.PUZZLE
- 10.Epilogue
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