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<インタビュー>TAKU INOUE、2nd EP『FUTARI EP』で描いた様々な“ふたり”のストーリー

インタビューバナー

Interview & Text:沖さやこ
Photo:興梠真穂



 TAKU INOUEがソロ名義の2nd EP『FUTARI EP』をリリースする。同作にはデジタルシングルとしてリリースされた、春野とSARUKANIを客演に招いた「ハートビートボックス」と、なとりを招いた「ライツオフ」に、ロクデナシのボーカリスト・にんじんを招いた「トラフ」、SNSで頭角を現した新進気鋭のマルチクリエイター・なるみやを招いた「ピクセル」、インスト曲「FUTARI」の新曲を加えた計5曲が収録される。

 “ふたり”をテーマにした同作にはシチュエーションの異なるラブソングが並び、新曲にはギターがシンボリックなマスロック/オルタナ要素を含んだ楽曲が多い。様々なクリエイター/ボーカリストが参加した自主企画イベント【TAKU INOUE EXHIBITION MATCH】や、『FUTARI EP』の初回生産限定盤に収録されたリミックスCDの話題なども交え、TAKU INOUEが目指すクリエイティブの実情を探った。

いろんなふたりの群像劇のようになったら

――「ハートビートボックス」時のインタビューで「普段作らないラブソングに挑戦した」とおっしゃっていましたが、それが『FUTARI EP』のコンセプトにつながっていったのでしょうか?

TAKU INOUE:あの曲がきっかけでしたね。それまで自発的にラブソングを書こうと思ったことは一度もなかったので新鮮で。あと、いつもより制作スピードも早かったんです。初挑戦だったからアイデアのストックがあったんだろうなというのと、ここ数年好んで恋愛漫画を読んでいたのも大きかったのかもしれません。


――前回のインタビューで『ジャンプ+』や『りぼん』の恋愛漫画を読んでいるとおっしゃっていましたが、読み始めたきっかけはラブソングを書くためではなかったんですね。

TAKU INOUE:もともと漫画が好きなんです。『ジャンプ+』に恋愛漫画が増えたので自然と手が伸びて、年齢的なものもあってか客観的に読めたし、結婚もしているので恋愛と遠い生活をしているから新鮮だったと同時に、「自分も学生時代こんな感じだったな」と懐かしくなったり、エモくなったんですよ。それで2022年に「ハートビートボックス」やEPの2曲目の「ピクセル(feat.なるみや)」を作ってみて、やっぱり恋愛はわかりやすいテーマなんだなと思いました。


――キャッチーですよね。年齢問わず多くの人が経験しているものでもあるので。

TAKU INOUE:恋愛に何かひとつ要素を加えれば、オリジナルストーリーが1曲できるんです。世の中にラブソングが多いことにも納得しました。その後しばらくほかの制作が立て込んでいたので、ソロワークスは寝かせて、「ハートビートボックス」を2024年にリリースして。それに続いて男性ボーカルでラブソングを作ろうと、なとりくんに声を掛けて作ったのが「ライツオフ(feat.なとり)」です。彼の声をしっかり聴かせられる曲で、なおかつ彼のソロワークスでは見せていないところが見せられたらなお良し、という着想から曲作りを始めました。彼の歌はある程度のキーの高さに達すると、声がしゃがれてくるんですよ。それがすごく好きなので、サビでフィーチャーしてみたかったんです。


――ジャズテイストの生楽器から始まり、サビで一気に打ち込みになったと思いきや、そのあとにどんどんそのふたつが折り重なっていく展開は、TAKU INOUEサウンドの心地よさだなと感じます。

TAKU INOUE:1個のジャンルで1曲を作り上げるのが苦手で、ふたつぐらい組み合わせると楽しく作れるタイプなんです。飽きっぽいのかもしれない(笑)。なとりくんの声はセクシーな雰囲気が似合うので、ジャズのテイストは入れたくて。曲と一緒に譜割りのイメージとして書いた仮歌詞を彼に送ったら、返してくれた歌詞がすごく良かったので、そのまま採用しました。


――「ライツオフ」にははっきりと“ふたり”というワードが入っていますが、このEPの伏線だったということでしょうか?

TAKU INOUE:実は「ライツオフ」ができたときには、EPのタイトルはまったく決めていなくて。タイトルを考えてるときに、さすがに“LOVE EP”はちょっとなあ……でも恋愛を匂わせるワードにはしたいなと、いろいろとヒントを探しているときに「ライツオフ」の“ふたり”という文字を見て、そこから引っ張りました。“ふたり”は恋愛を彷彿とさせるけれど、恋人同士に縛られないすごくちょうどいいワードだと思うんです。いろんな人に自分事として受け取ってもらいたかったので、いろんなふたりの群像劇のようになったらいいなとは思っていました。


――おっしゃる通り、聴いていると5種5様の深夜0時を迎える瞬間が思い浮かんできました。INOUEさんの楽曲はやはり夜のムードが似合いますね。

TAKU INOUE:やっぱり夜が好きなんでしょうね。夜更かししてラジオを聞いたり、小学生の頃から夜は考え事が捗る時間だなと思っていて、妄想するのが好きだったので寝る前に「今日は自分がドラクエの主人公になろう」とワクワクしながら床に就いたりもして。その頃とあんまり変わっていないのかも。だから夜をテーマにした曲は書きやすいんですよね。どうしてもにじみ出てしまうものなのかもしれない。


――また、今回EPに新規収録されているのが「トラフ(feat.にんじん from ロクデナシ)」「FUTARI」「ピクセル(feat.なるみや)」ですが、どの曲もINOUEさんのギターがシンボリックなのも印象的でした。

TAKU INOUE:ここ数年は自分のユニットのMidnight Grand Orchestraやanoちゃんのサポートとか、ライブでギターを弾く機会が増えたんです。だから制作でも入れることが自然になりました。3月6日のイベント【TAKU INOUE EXHIBITION MATCH】で『FUTARI EP』の告知をした後に「トラフ」を作り始めて、最後に「FUTARI」を作ったので、ギターありきで作り始めることも多かったです。


――生活と制作は自然とつながるんですね。

TAKU INOUE:やっぱり制作は生活の一部であり、生活の延長線上にあるものなんでしょうね。もともとバンドもやっていたし、ルーツはロックミュージックなのもあって「やっぱギター楽しいな」という気持ちが数年大きくて。さっき話したように違う要素をふたつぐらい組み合わせると楽しく作れるタイプなので、打ち込みだけで作った曲よりは、どこか揺れていたりよれていたりする音が欲しくなっちゃうんです。ギターはそれを満たしてくれるし、2022年の時点で「次回のソロワークスはギターを使うことになるだろうな」という予感もありました。


――「トラフ」のギターワークは、2000年代のジャパニーズ・オルタナティブロックを彷彿とさせました。

TAKU INOUE:まさにそのイメージで作りました。そういうギターで始まって、サビで全然違う雰囲気にしようとは思っていたんですけど、出来上がってみたら気持ちよさもありつつ、めちゃくちゃ変な曲になったなあ……って(笑)。でもそれが成立しているのは、にんじんさんのボーカルが曲のムードを引っ張ってくれているのも大きいと思います。実は「トラフ」は曲が先にあって、うちのスタッフがにんじんさんをフィーチャリングすることを提案してくれたんです。それでダメもとでオファーしてみたら快諾していただいて、おまけに予想をはるかに超えるものになりました。


――INOUEさんの楽曲はボーカリストとの相乗効果で、より魅力的に輝くものが多い印象があります。

TAKU INOUE:声は他の楽器に比べて不安定でノイズも入りやすいから、曲を生き物にしてくれる感覚があって好きなんです。恋愛をテーマにしたEPを作るなら体の話もしなきゃいけないし、不適切な関係の話を書こうというところから作ったのが「トラフ」で、下世話な雰囲気はしないけど、なんとなくそういう話なのかなと連想できるぐらいの濃度にしたくて。にんじんさんの声は湿度と清涼感がどちらもあって、「トラフ」の不安定さや憂鬱さを湛えてくれて。無機質な印象を与えそうなトラックに血を通わせてくださいましたね。


――「トラフ」と「ピクセル」をつなぐのはマスロック的アプローチのインスト「FUTARI」です。ギターとベースはINOUEさんで、ドラムはDTMで制作されたそうですね。

TAKU INOUE:クライアントワークスでもよくやる手法なんですけど、生ドラムのサンプルをめちゃくちゃ切り刻んで作っています。トータスやtoeとかがすごく好きで、一度マスロックと正面から向き合った結果、生感と無機質感の両方が反映できたのですごく気に入った曲になりました。「FUTARI」からスムーズに「ピクセル」に行ってほしかったので、曲と曲の間が途切れないように最後に時計の音を入れています。


――確かに、あれであらためて曲にぐっと入り込む感覚がありました。

TAKU INOUE:時計の秒針の音は空間に溶けていくというか、耳につかないのに存在感を出してくれる。ああいう効果音を入れると情景が浮かんでくるんですよね。自分が生活のふとした瞬間や旅先の風景をよく覚えていたりもするので、情景が見える音は重要視しているところでもあります。


――「ピクセル(feat.なるみや)」は、ほか3曲とは異なる“ふたり”の切り取り方ですよね。

TAKU INOUE:後半は爽やかでプラトニックな恋愛の話にしたくて、「ピクセル」と「ハートビートボックス」を置いています。歌詞をパッと見ただけで情景が浮かんできたらいいなって。「ピクセル」も“140字”という響きがきっかけで歌詞が広がって、2022年ぐらいにある程度できていたので、2025年に見るといろいろと古いんですよ。TwitterはTwitterではなくなっているし、140字以上入力できるし、Instagramも正方形じゃなくなったし、“Hey Siri”も“Alexa”も前ほど聞かないし。


――おまけに数年前はSiriやAlexaがやってくれるようになるのかなと思っていたことを、ChatGPTがやってくれるという。

TAKU INOUE:ほんとこの3年弱で時代が変わってますよね。今風にアップデートしたほうがいいのかなと考えたんですけど、AIが発達している今なら書けないし、ちょっと古い感じがある意味面白く聴けるだろうとも思ったのでこのままにしました。インターネットより現実のほうが優れているという話にはしたくなかったけど、インターネットはある一定以上のラインは超えてくれないことを、肯定も否定もしない曲にしたかったんです。あの時代のインターネットとの距離感が表せたなとは思います。


――では「ピクセル」も曲に合うボーカリストを探されたのでしょうか?

TAKU INOUE:そうです。大人の雰囲気もありながら幼さも感じられる声がいいなとチーム内で相談をして、にんじんさんをレコメンドしてくれたスタッフがなるみやさんを提案してくれたんです。ほかで聴かない感じの耳に残る声と歌い方だし、曲に彩りを与えてくれましたね。


――大人っぽさと青さをどちらも持っているというのは、『FUTARI EP』参加のボーカリストに共通しているかもしれませんね。

TAKU INOUE:そうそう、そうなんですよ。なとりくんも大人っぽさと子どもっぽさの両方を持っていると思うし。自分もそういう対比をひとつにすることが好きなので、自然とそういうボーカリストを求めるのかなと思います。


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こんな幸せな日が本当にあるのかと思いました

――『FUTARI EP』初回生産限定盤は2枚組で、Disc2は“Remix CD”としてINOUEさんと親交のある5組のクリエイターが参加しています。

TAKU INOUE:インターネットミュージック好きにはたまらないメンツなんじゃないかなと思います。「この曲をやってもらうならこの人だな」という方々にオファーをした結果、仲のいい人たちが集まりました。まず原口沙輔くんは間違いなく「3時12分」を聴いたことのない感じにしてくれるだろうなと思ったら、その通りでした。ギターソロをこういうふうに使うんだ!と驚いたし、良すぎて1曲目にしちゃいました(笑)。「3時12分」はクラブ大好きソングで、それを作るにあたってやはりtofubeatsくんの「水星 feat. オノマトペ大臣」からの影響はあったんです。だから彼にこの曲のリミックスをお願いしたかった。初対面はだいぶ昔だけど、初めて仕事でご一緒できました。僕のいちばん大好きな雰囲気の、ハッピーなtofubeatsパーティーチューンを差し出してくれて超気に入ってます。


――若くして世に出たtofubeatsさん、現代の若者の最先端を行く原口沙輔さんと、それぞれのカラーが出た「3時12分」になったと思います。

TAKU INOUE:この2曲もそうだし、MusicarusとPAS TASTAそれぞれの「ライツオフ」リミックスもまさにそうですね。Musicarusは福岡在住のトラックメイカーで、オーセンティックなハウスが得意なんです。想像通りにセクシーさとクールさを増した仕上がりにしてくれました。ああいう王道な攻め方で飽きずに聴かせられるところに、彼のスキルを感じますね。Musicarusと同じく四つ打ちで攻めながらも、PAS TASTAはまた全然違うものをくれて。もっとビートを崩してくるのかなと思っていたら、すげえ踊れる感じにしてくれたという意外性もうれしかったです。


――そして最後に収録されている「ハートビートボックス(Hylen Remix)」に虚を突かれました。

TAKU INOUE:ノイズミュージックじゃん!っていう(笑)。すごく好きなトラックメイカーだし、普段から僕の曲のブートレグを送ってくれたりもしているので「とにかく変な感じにしてほしい」とはお願いしたんです。届いたのを聴いたら序盤はわりとよそ行きな感じなのかな?と思ったら、最後1分ぐらいでえらいことを(笑)。すぐOKしました。やっぱりリミックスは、するのもされるのもめちゃくちゃ好きですね。


――『FUTARI EP』は2022年、2024年、2025年にINOUEさんがお作りになった曲が収録された作品になりましたが、となると今のINOUEさんのモードは「トラフ(feat.にんじん)」や「FUTARI」あたりのオルタナ/マスロックが近いのでしょうか?

TAKU INOUE:その2曲が今の自分っぽい感じかも。ロックっぽいものと何かのハイブリッドに魅力を感じていますね。国内外問わず、世の中的にもちょっとロックが復権してきた感覚もあるし、自然とロック色の強い音楽を聴く傾向にある気がします。


――では日常的に音楽も掘り続けて。

TAKU INOUE:でも年齢を重ねてきたからか、昔より音楽を聴くことに気合いが必要な瞬間も正直あるんですよ。こんなに音楽が好きでそんなことになるわけないと思ってたんですけど、本当になるんだなあ……(苦笑)。メジャーレーベルになぜか在籍させてもらって、今後自分はどう立ち振る舞えばいいのかというのは四六時中考えています。ありがたいことにクライアントワークスにも恵まれていますけど、40過ぎた人間の曲を若い人にもちゃんと届けるためには、努力も必要だなという自覚はあって。でも自分が若かったころを思い返すと、若い子にすり寄ってくるおっさん全然かっこよくなかったなとも思って(笑)。


――(笑)。確かにそうですね。

TAKU INOUE:それよりも自分を持っている人に魅力を感じていたし、流行や世間に媚びることが正解でもないことはわかっているので、どんなスタンスでいくのがいいのかなあと試行錯誤の日々です。『FUTARI EP』や3月のイベントにもリスペクトするたくさんのクリエイターやアーティストが参加してくれて、あらためて「この人たちと同じ土俵にちゃんといられる自分でいないとな」「この人たちと対等な関係を築ける人間であらねばな」と思ったんです。尊敬できる仲間とつるめなくなるのは寂しいし、そのためには彼らと渡り合えるくらいの人間でなければいけない。それは自分のモチベーションになっていますね。


――3月のイベントは、まさにそんなINOUEさんの生き方を投影したような1日だったと思います。

TAKU INOUE:こんな幸せな日が本当にあるのかと思いました。みんないい意味でリラックスしていたし、楽屋もすごくいい雰囲気で、あれきっかけで仲良くなってくれた人とかもいて。お客さんも僕のことを知らない人もいただろうし、あの日のSARUKANIで初めて生のビートボックスを聴いてビビってくれた人もいたみたいだし、クラブに行ったことのない人がクラブの空気を体験できたり、新しい音楽とのハブになれていたらうれしいですね。自分ならではの日にできた実感もあったし、またこんな日ができるのかな……と思っていたら、袖に下がった瞬間にレーベルのヘッドから「2回目やりましょう!」と言ってもらって。それだけ特別な夜になりました。


――今後も音源もライブも含めて、TAKU INOUEの描く“夜”を楽しみにしています。

TAKU INOUE:いやあ、天邪鬼な部分もあるからソロワークスで急に今まで苦手だった朝っぽい曲に挑戦するかもしれないし、これだけギターギター言いながら来年めちゃくちゃテクノになってる可能性もあります(笑)。すべての仕事を楽しくやるというのは自分の大きなテーマなので、今後もこんな感じで生活できたらなと思っています。


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