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<コラム>ブラックバーズ/パトリース・ラッシェン来日記念特集 ~ソウルクラシックスの両雄がシーン与えた影響とその功績
Text:林 剛
ソウルクラシックスの両雄、ブラックバーズとパトリース・ラッシェン。ともに50年を超えるキャリアを持ち、今なお世界中のツアーをこなす現役のプレイヤーでありながらも、音楽史に絶大な影響力を与えたレジェンドだ。なかでもヒップホップ世代からはサンプリングソースとして爆発的な人気を誇り、またロバート・グラスパー以降のジャズシーンの隆盛においても、その功績は計り知れない。そんな2組の来日公演、その見どころに迫る。
※この記事は、2025年6月発行のフリーペーパー『bbl MAGAZINE vol.208 7月号』内の特集を転載しております。記事全文はHH cross LIBRARYからご覧ください。
ジャズから出発したファンク・バンド
7月上旬、梅雨と盛夏の境目にブラックバーズとパトリース・ラッシェンが相次いで来日すると聞いて、心の中を涼風が通り抜けた。それぞれジャズを出発点としてソウル/R&Bの世界で活躍してきたベテランたち。インストゥルメンタルの曲にも力を入れている彼らの音楽は、レア・グルーヴやサンプリング・ソースとして話題になることも多い。むろんそれは、メロディやフックの親しみやすさ、演奏能力の高さあってこそ。彼らは今もライブをこなしながら現役で活動を続けている。
ワシントンDCのハワード大学で教鞭をとっていたジャズ・トランペッター、ドナルド・バードの教え子たちで73年に結成されたのがブラックバーズだ。グループ名はバードがブルーノートから出したラリー・マイゼルのプロデュースによるジャズ・ファンク名盤『Black Byrd』(73年)に由来する。
70年代前半には、ロイ・エアーズのユビキティ(70年の『Ubiquity』)やハービー・ハンコックのヘッドハンターズ(73年の『Head Hunters』)など、急進的なジャズ・ミュージシャンたちが自身のリーダー作の名前を冠したジャズ・ファンク系のグループをスタートさせたが、ブラックバーズも同じパターンだった。ジャズから出発してファンク・バンドとなった点では、クール&ザ・ギャングやアース・ウィンド&ファイアーにも近い存在だと言える。
73年に契約したファンタジー・レコーズでは、恩師のバードが手掛けたブラック・ムービーのサントラ『Cornbread, Earl and Me』(75年)も含めて7枚のアルバムを残している。途中メンバー交代はあったが、初期のラインナップは、キーボードのケヴィン・トニー、ドラム/ヴォーカルのキース・キルゴー、ギターのバーニー・ペリー、サックス/クラリネットのアラン・バーンズ、ベースのジョー・ホールといった面々。
このメンバーで、ラリー・マイゼルのスカイ・ハイ・プロダクションと組んで完成させたアルバムが、74年のセルフ・タイトル作だった。ハワード大学の先輩にあたるロバータ・フラックがライナーノーツを寄せた同作には、「Do It,Fluid」のようなグリッティなファンクと、「Summer Love」のような清涼感溢れるコーラスを交えたメロウ・チューンという、剛柔の二面で魅せる彼らの美点がしっかりと刻まれていた。
代表曲は、75年にビルボードのR&BやHot 100といったチャートでトップ10ヒットを記録した「Walking In Rhythm」。
端正なユニゾンのボーカル、間奏の涼しげなフルートが光る滑らかなフュージョン・ソウルだ。ディスコ・ソングとしては「Happy Music」(75年)や「Dancin’ Dancin’」(80年)の人気が高い。後年にレア・グルーヴやサンプリング・ソースとして注目を浴びた曲も多く、なかでも「Rock Creek Park」(75年)が持て囃された。
ビッグ・ダディ・ケインやデ・ラ・ソウルなどの曲でサンプリングされたこれは、ジェイムズ・ブラウンの曲に通じる小刻みなギターやスペーシーなアナログ・シンセが特徴となるファンク・ジャムだ。また、77年作『Action』からもアーニー・ワッツのソプラノ・サックスが映える「Mysterious Vibes」などが同様の文脈で再評価/再利用され、現在ではこれも定番となっている。
ジョージ・デュークと組んだ80年の『Better Days』を最後に解散状態となり、以降はケヴィン・トニーがソロで活動するなどしたが、99年に再結成。2012年には復活アルバム『Gotta Fly』を出した。
現在はケヴィンもアラン・バーンズも鬼籍に入ったが、キース・キルゴーとジョー・ホールの古参を含めた復活作の参加メンバーを中心に活動中。2023年には結成50周年を記念するワールド・ツアーも行った。今回は9名での来日で、以前レイ・パーカーJr.のビルボードライブ公演で父親のケヴィンとステージに立ったR&Bシンガーのドミニーク・トニーも同行する。海外のジャズ・フェスで行った昨年のライヴ映像を観ると、恩師バードのレア・グルーヴ人気作『Places And Spaces』(75年)の曲も交えて小気味よく洒脱なプレイで会場を沸かせていた。また、ワシントンDC発のライヴ・プラットフォーム〈Noochie’s Live From The Front Porch〉ではヒップホップでの再評価を踏まえたセットリストのパフォーマンスを観ることができた。公演が待ち遠しい。
プリンスも惚れ込んだサウンド
そのブラックバーズの75年作『City Life』にも参加していたのがパトリース・ラッシェンだ。ジャズとソウル/R&Bを跨ぐ鍵盤奏者にしてシンガー・ソングライター。1954年にLAで生まれ、ピアノの神童と呼ばれていた彼女はハービー・ハンコックを慕い、74年にデビュー。初期には地元のメンターである名匠レジー・アンドリュースの制作でプレスティッジから3枚のアルバムを出し、最初の2作ではピアニストとしてストレートアヘッドなジャズやフュージョンを展開していた。が、徐々にブラック・コンテンポラリーに接近。交流のあったシリータやシェリー・ブラウンにも通じるチャーミングで透明感のある美声でR&B路線のボーカル・ナンバーを増やしていく。
その才能が広く知れ渡ったのは、70年代後期から80年代中期まで在籍したエレクトラ時代だろう。この時期に誕生したのが「Forget Me Nots」(82年)のクロスオーバー・ヒット。シンセやハンドクラップをアクセントにしながら可憐な表情でグルーヴする同曲は、インストの「Number One」とともにアルバム『Straight From The Heart』(82年)のハイライトとなった。
後にウィル・スミスの「Men In Black」(97年)などでサンプリングされ、現在もフレッシュな輝きを失っていない。また、同アルバムからはヒップホップやR&Bでサンプリング・ソースとして多用されたことでクラシックに昇格したキラー・チューンもある。「Remind Me」だ。ローズ・ピアノとシンセを巧みに使ったメロウ・グルーヴの名曲で、メアリー・J.ブライジやコモンの曲でフックが歌われ、ジュニア・マフィアやフェイス・エヴァンスなどの曲でイントロがループされ、その結果、90年代にパトリースの再評価ブームが起こった。
79年作『Pizzazz』もサンプリング・ソースの収録アルバムとして人気が高い。ジャネイやカーク・フランクリンの曲で使われたダンス・ナンバー「Haven’t You Heard」、ミュージック・ソウルチャイルドfeat.エイリーズやトリーナ&タマラなどがカバーしたラブ・バラード「Settle For My Love」がよく知られている。他のアルバムからも、ディスコ・ブギーの「Never Gonna Give You Up」(80年)がSWVの曲でサンプリングされ、プレスティッジ時代の「Let Your Heart Be Free」(77年)がジャザノヴァにリメイクされるなど、こうした使用例はいくらでもある。
初期のプリンスもパトリースのサウンドに惚れ込んでいた。しかも恋心まで抱き、そんな片思いの気持ちを曲にしたのが「I Wanna Be Your Lover」(79年)だったとされる。ハービー・ハンコック、ケニー・バレル、エディ・ヘンダーソン、また渡辺貞夫、高中正義、神保彰、佐藤博など、レコーディングで関わったアーティストも多い。シーナ・イーストンの93年作『No Strings』ではプロデュースを手掛け、同時期にはジャネット・ジャクソンのツアーで音楽監督も務めていた。テレビや映画の音楽も多数担当。バークリー音楽大学から名誉音楽博士号を授与され、南カリフォルニア大学ポピュラー音楽学部で学部長を務めたのも納得の華々しいキャリアだ。
リー・リトナー率いるジェントル・ソウツでも腕利きたちと手合わせしていたパトリースはライブ・パフォーマンスも一級。今回の来日公演では、87年作『Watch Out!』にも参加していたドラマーのレイフォード・グリフィンをはじめ、クインシー・ジョーンズやアル・ジャロウのツアー・メンバーでもあったトランペッターのマイケル“パッチェス”スチュワート、ダイアン・リーヴスからベイビーフェイスまで多数のセッションに参加してきた、サックス奏者のラスティン・カルフーン、ホイットニー・ヒューストンやマイケル・マクドナルドなどに関わってきたベーシストのアンドリュー・フォードといった熟練のプレイヤーに若手奏者を加えたバンドでステージに立つ。直近のライブ映像でも確認できるパフォーマンスはモダンでファンキー。世代を超えて体験されるべきものだと強く思う。
公演情報
The Blackbyrds
2025年7月1日(火)7月2日(水)東京・ビルボードライブ東京
1st stage open 16:30 start 17:30 2nd stage open 19:30 start 20:30
公演詳細
Patrice Rushen
2025年7月4日(金)7月6日(日)東京・ビルボードライブ東京
1st stage open 16:30 start 17:30 2nd stage open 19:30 start 20:30
公演詳細
2025年7月7日(月)神奈川・ビルボードライブ横浜
1st stage open 16:30 start 17:30 2nd stage open 19:30 start 20:30
公演詳細
2025年7月9日(水)大阪・ビルボードライブ大阪
1st stage open 16:30 start 17:30 2nd stage open 19:30 start 20:30
公演詳細
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<プレイリスト>時代を超えて受け継がれる、ソウルクラシックスのルーツ
ソウルクラシックスを象徴する2組の巨星によるそれぞれの名盤、そしてそのサウンドが時を越えて影響を与えたサンプリング楽曲を、音楽ライター柳樂光隆氏が厳選。コメントとともに、ルーツと継承の物語を繙く。
Text: Mitsutaka Nagira
柳樂光隆が選ぶThe Blackbyrdsの名盤
ORIGINAL ALBUM
『City Life』
トランペット奏者ドナルド・バードが教鞭をとっていたハワード大学の教え子たちを自身のアルバム『Black Byrd』で起用し始めた。そこから派生したグループがブラックバーズ。ファンクに身を投じた恩師ドナルド・バードはマイゼル兄弟と組んでプロダクションによる洗練に向かったが、教え子たちは若さ溢れるやんちゃなジャズファンクにこだわった。代表曲「Rock Creek Park」が収録された『City Life』はUSのジャズやR&Bチャートでも大ヒットし、UKのブリットファンクやアシッドジャズにも影響を与えた。ドナルド・バードの1973年の未発表ライブが最高なのはブラックバーズのメンバーの好演のおかげだ。
SAMPLING-①
Massive Attack「Blue Lines」
「Rock Creek Park」(『City Life』)
SAMPLING-②
The Baker Brothers「Rock Creek Park」
COVER
SAMPLING-③
2Pac「Lord Knows」
「All I Ask」(『City Life』)
SAMPLING-④
Gang Starr「Say Your Prayers」
「Wilford's Gone」(『Cornbread, Earl and Me 』)
SAMPLING-⑤
Jungle Brothers「Tribe Vibes」
「Blackbyrds' Theme」(『Flying Start』)
柳樂光隆が選ぶPatrice Rushenの名盤
ORIGINAL ALBUM
『Straight From The Heart』
演奏と作曲が高く評価されジャズの世界で頭角を現したのち、ポップソングを書き、それを自身で歌ってヒットさせた女性のアーティストがいたことの衝撃は計り知れない。当時は「歌う器楽奏者」も「女性の作曲家」も少なかった時代。ジャンルを超え、様々な要素をキャッチーに融合させたパトリース・ラッシェンの音楽は再評価の声が絶えない。彼女の代表作に収められた楽曲はヒップホップやR&Bのインスピレーションになり、そこを経由して後の世代にも影響を与えている。ジャンルをまたぐ歴史的名盤だ。LAのシーンを席巻する彼女の教え子たちの影響源でもある。
SAMPLING-①
Will Smith「Men In Black」
「Forget Me Not」(『Straight From The Heart』)
SAMPLING-②
Mary J. Blige「You Remind Me」
「Remind Me」(『Straight From The Heart』)
SAMPLING-③
Butcher Brown「Remind Me」
「Remind Me」(『Straight From The Heart』)
SAMPLING-④
Lakecia Benjamin「Jubilation」
COVER
SAMPLING-⑤
NxWorries「Droogs」
「To Each His Own」(『Now』)
公演情報
The Blackbyrds
2025年7月1日(火)7月2日(水)東京・ビルボードライブ東京
1st stage open 16:30 start 17:30 2nd stage open 19:30 start 20:30
公演詳細
Patrice Rushen
2025年7月4日(金)7月6日(日)東京・ビルボードライブ東京
1st stage open 16:30 start 17:30 2nd stage open 19:30 start 20:30
公演詳細
2025年7月7日(月)神奈川・ビルボードライブ横浜
1st stage open 16:30 start 17:30 2nd stage open 19:30 start 20:30
公演詳細
2025年7月9日(水)大阪・ビルボードライブ大阪
1st stage open 16:30 start 17:30 2nd stage open 19:30 start 20:30
公演詳細
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