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<インタビュー>Tani Yuuki 「分かり合えなくても、分かち合える」――茅ヶ崎の海から武道館へ、過去~現在~未来をたどるアルバム『航海士』が示す“第三の答え”
Interview & Text:黒田隆憲
Photo:堀内彩香
シンガー・ソングライターのTani Yuukiが、前作から約2年ぶりとなる通算3枚目のフルアルバム『航海士』をリリースした。
デビュー5周年の節目に完成した本作には、「人生という航海の舵を取るのは自分自身である」という覚悟と、故郷・茅ヶ崎の海への想いが込められている。学生時代に書いた初期曲、既発曲、書き下ろしの新曲で構成され、自身の過去~現在~未来をたどるような構成に。フォーク、ロック、エレクトロ、アイリッシュ、スペイシーなサウンドスケープまで多彩なジャンルが交錯し、Taniの音楽的な振れ幅と成熟を際立たせている。
「分かり合えなくても、分かち合える」──そんな静かな祈りのようなメッセージとともに、今を生きる人々に寄り添う全12曲。日本武道館ワンマンを控えた今、彼は何を見つめ、どこへ向かおうとしているのか。最新インタビューで、その“現在地”を語ってもらった。
自分の“原点”を見つめ直して
――まずは『航海士』というタイトルに込めた想いや、そこに至った経緯を教えてください。
Tani Yuuki:今回、5周年という節目にライブやアルバム制作、ツアーを見据えるなか、これは自分の原点を見つめ直すタイミングでもあるなと。「航海士」と聞くと、船の進路を決める役割の人を思い浮かべるかもしれません。僕の地元は神奈川県の茅ヶ崎市で、海がすぐ近くにあるんですよ。自分を形作ってきたのはやっぱり地元や海だと感じたのもあり、「人生の航海士は自分自身である」という意味も込め、このタイトルにしました。
――歌詞を読むと、自分自身の弱さや不器用さ、傷つきやすさを肯定していくものが多いなと感じました。Taniさんご自身は、今回のアルバムを通してどんなことを伝えたかったのですか?
Tani:本作は、過去~現在~未来の3つの時間軸が交差しているような作品です。というのも、学生時代に作った曲、すでにリリースした曲、そして今回書き下ろした新曲がそれぞれ4曲ずつ収録されていて。新曲の「後悔史」「他人り言」「吾輩は人である」「Survivor」には、これまで感じてきた“生きづらさ”や葛藤、失敗から生まれた思いが色濃く反映されていて、それに対する自分なりの“答え”を提示しているように感じます。
振り返ってみると、過去の楽曲の方がもっと繊細さや葛藤が前面に出ていたかもしれません。今聴くと、「この人、めちゃくちゃ葛藤してるなー」と思いますし(笑)。そこから時を経て、少しずつ心に“余白”ができた。このアルバムには、そうした感情のグラデーションが収められている気がします。

――感情のグラデーション、ですか。
Tani:たとえば、「everyday」「Dear drops」「自分革命」「最終想者(アンカー)」の4曲は、活動初期に書いたものです。今聴くと「若いな」「青いな」と思いますし、視野も狭いなと感じます。「誰に向けて歌っているか」も定まっていなかったけれど、今はその矢印の本数が増えて、少しずつ外へ、未来へと広がっていっている実感があります。なので、“青い”曲を書いていた時期も、今の自分を形作るための必要なプロセスだったと思うんですよね。
――ちなみにアルバムの中で最も古い曲は?
Tani:5曲目の「Dear drops」です。これが僕にとって初めてのオリジナル曲。ある友人が、最初の3行の歌詞を僕に渡して「これ曲にできない?」と言ってきたのがきっかけでした。そこから自分の中のものを組み合わせて、形にしていった曲なんです。Tani Yuuki名義の活動の本当の始まりでもあるので、青さはあるけれど、「自分革命」や「everyday」と比べるとすごく素直で、言いたいことも少なめ。そのぶん、どこか詩的でピュアなんですよね。
今回、「原点の振り返り」というテーマがあったので、この曲はどうしても入れたかった。5周年の節目に、自分の歩みの始まりを聴いてもらうのがいちばんだと思ったんです。当時の空気感を残しつつ、アレンジの部分は今の感覚でブラッシュアップして完成させました。
Dear drops (Studio Live ver.) - Amazon Music Studio Tokyo / Tani Yuuki
――なるほど。
Tani:たとえば「everyday」は、レコーディングしていく中で「最後にコーラスを入れてもいいかも」と思えた。「ラララ」とコーラスするセクションは、昔は思いつかなかったアレンジなのですが、ちょっとした祝祭感やシンガロング感は、「今ならアリかも」と思えたのでその場で加えました。“勢い”というよりは自然と出てきた発想で、結果的に今の自分らしい仕上がりになったと感じていますね。
――「最終想者(アンカー)」は活動初期に書かれた曲だと今聞き、少し驚きました。相手の“過去の恋”さえも受け入れようとする、大人びた恋愛観が描かれていますよね?
Tani:これは……たぶん「強がり」ですね(笑)。当時、本当にそう思えていたかというと怪しいです。最初はモヤモヤした感情をそのままバーッと書き出してみたのだけど、「いや、これじゃダメだな」と思ってボツにした記憶があるので。でも、過去の出来事も含めてその人を形づくっているのだとしたら、「その過去ごと受け入れよう」と。そんな“願い”みたいなものが曲になったのかなと。今の僕にはあの恋愛観はもうないかもしれないけど(笑)、「あんなふうに誰かを思えるのは素敵なことだな」と今でも思いますね。

価値観がぶつかり合う世の中で、
音楽で「第三の答え」を探しているのかも
――その一方、新曲「Survivor」などは、コロナ禍を経た“生きる実感”のようなものが歌われていると感じました。
Tani:ああ、確かにそうですね。コロナ禍から5年、「もうそんなに経ったのか」と思うし、その中での新たな出会いもあれば、「あの人は今どこにいるんだろう?」と思う瞬間もあって。特に、同じ音楽シーンやものづくりの現場にいる仲間たちに対しては、こうして今もここにいるという意味では「Survivor」だなと思うんです。
それに僕自身、生まれてからの26年間でこんなに長く続いているのは音楽くらいなんですよ。同じ場所で同じ人たちと、こうやって関わり続けることでしか見えない景色というものを、ようやく実感できるようになった気がしています。昔は実家でひとり、部屋の壁を背景に動画を撮っていたけど、今は何をするにも多くの人の力が必要です。もちろん、時にはぶつかることもあるし、たとえ分かり合えなくても、一緒に成し遂げた景色を分かち合うことはできるんじゃないかと。
――この曲の〈分かり合えないのなら/分かち合えるとこまで〉というフレーズと、「吾輩は人である」の〈分かり合えることはない。/でも、分かち合えることはある。〉──この言葉の流れに、Taniさんの大事な“軸”を感じました。
Tani:そうですね。アルバムの中で、「Survivor」と「吾輩は人である」の2曲に“これから”への意志をより強く込めたかもしれません。人って全く同じ気持ちにはなれないし、考え方ももちろん違う。だからこそ、それぞれの視点があることで音楽はより良くなる。「分かり合えなくてもいい」と思えることも大切だなと感じていますし、「理解する」ことより「並んで歩く」ことのほうが大事──そんな感覚なんですよね。
それって、人によっては割り切っているように聞こえるのかもしれないけど、僕にとっては諦めではなく、もっとその先を見据えた歌詞というか。曖昧さを含んだままでも、歩み寄ろうとする気持ちを持てたらいいなと思って書いた曲ですし、自分にとってこの2曲は、ある種の決意表明になりました。
――「Survivor」には、ある種の“祈り”も込められているのではないでしょうか。
Tani:確かに、この曲の根っこには「みんな幸せでいてほしい」という想いがありますね。「誰かの不祥事や過去を叩いている時間はない」とか、「正しさを貫くことの難しさ」とか──どれも、今の社会で感じていることそのままを歌っています。さまざまな価値観がぶつかり合う今の世の中で、自分の正しさに迷う人も多い。だから僕は音楽で、「こう考えてもいいよね?」という「第三の答え」を探しているのかもしれないし、そんな切実さが「Survivor」には自然と表れた気がしています。

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“出会い”がもたらした考え
――「他人り事」は、〈好きが嫌いに変わった時/そっと離れてしまうがいい。/それでも足が向いたのなら/何度でもやり直せばいい。〉という歌詞が印象的で、人との関係性を見つめ直すような、柔らかい眼差しを感じました。
Tani:ありがとうございます。僕自身、アルバムの中でかなり好きな曲です。前回のツアーが終わってから、気持ちを一度リセットする時間をもらって知らない土地をふらっと旅したんです。偶然立ち寄った洋服屋さんで帽子を見つけたり、店主の方と話して「衣装の貸し出しもしてますよ」なんてやりとりがあったりして(笑)。そういう偶然の出会いを経験した休暇のあと、自然とこの曲の断片が浮かんできました。
「自分が教訓を書くなら、こんな感じかな」と、これまでの人生で感じてきたことを箇条書きのように並べていった楽曲です。自分を押し殺しすぎると自分が消えてしまう感覚とか、「性格ってそう簡単に変わらないよな」と思ったこととか。それと、〈誰も彼も信じられない時/一度、鏡を覗くといい。〉〈人と比べてしまった時/そっと目を閉じてみるといい。/青く生い茂った庭先の/芝に一輪の花ひらり。〉といった歌詞は、父や母、祖母から聞いた言葉から生まれたものです。
タイトルの「他人り事」は、“他人事”のように見えて、実は自分のことでもある──という意味を込めた造語です。結局、自分の悩みって他人との関係から生まれることが多い。だからこの曲は一見内向きだけど、実は外にも矢印が向いているんです。僕の“独り言”のようでいて、他者の存在があって初めて出てきた言葉たち。その両方が溶け合った楽曲になったと思っています。

――そうした教訓の中に、Taniさんの死生観も含まれていますよね。〈生きて、生きて、生きて行くこと。〉〈死んで、死んで、死んで行くこと。〉という言葉にも、深い問いが込められているように思いました。
Tani:おっしゃるように、書いていて「ちょっと哲学っぽいな」と思う瞬間がありました。もともと僕は、言葉にできない気持ちを音楽にして整理する──そういうところから音楽を作り始めたんですけど、活動を続ける中で“言語化”を求められる場面がどんどん増えてきて。思考の深い人たちとの出会いや会話からも影響を受け、自分の考えが少しずつ整理されてきたように思います。
子どもの頃から「死んだらどこへ行くんだろう?」みたいな、漠然とした恐怖がありました。でもこの5年間でいろんな人に出会い、いろんな思考に触れ、それを自分なりに飲み込んできたことで、今の僕なりの死生観が形になってきたのだと思います。
――なるほど。
Tani:それは、たとえば自分なりに考えたアレンジが、アレンジャーさんの手によって全然違うものに変わった時もそう。最初はものすごく抵抗があったんですけど、その経験を何度も繰り返すうちに、「もっとこうすればよかった」「こうするとこうなるんだ」って気づくことが増えて、少しずつ受け入れられるようになっていきました。そんな、「抗いながら受け入れる」という感覚が、ある意味で死生観とも重なっていて。そうしたプロセスの中で、初めて言葉としてきちんと表現できたのが、この曲だったのかもしれません。

――今作は、アレンジやサウンドの多彩さも印象的でした。フォーク、エレクトロ、アイリッシュ、スペイシーなサウンドスケープまで、これまで以上にジャンルが広がっていますよね。
Tani:そう言っていただけて嬉しいです。今回は4人のアレンジャーさんに参加してもらい、それぞれのカラーがしっかり出ました。たとえば「他人り事」は、野間康介さんにお願いしているのですが、オーガニックな音作りが得意な方で、僕が作る歌詞との相性もすごくよかったです。「アンタレス」はCarlos K.さん。何度もご一緒している方で、少し変わったスペイシーな音像をしっかり形にしてくれました。「自分革命」は白石経さんにお願いしましたが、アレンジのセンスも抜群で、非常に力強い仕上がりになったと思います。
――「everyday」や「後悔史」の多幸感あふれるアレンジも印象的でした。
Tani:その2曲と「最終想者(アンカー)」は、宮田“レフティ”リョウさんにお願いしました。たとえば「後悔史」はアイリッシュっぽさがあったり、「everyday」はシンガロングしたくなる祝祭感があったり、どれも楽曲の持つポテンシャルを引き出してくれたと思います。過去に作った曲を、今の自分の感覚で「音楽的に育て直した」感覚があって。感情や言葉はそのままに、音を再構築することで新しい命が吹き込まれたというか。宮田さんには音楽的にも精神的にも、すごく支えてもらいましたね。

――アルバムを携えてのホールツアー、そのファイナル公演は東京・日本武道館で開催されることが決定していますね。最後に意気込みを聞かせてもらえますか?
Tani:今回のアルバムには、「Dear drops」や「最終想者(アンカー)」など、すでにライブで披露したことのある曲も入っているので、聴いたことのある方々には「再会する楽しみ」も味わっていただけるかと。アレンジは新しくなっているので、「こんなふうに変わったんだ!」と感じてもらえるはずです。一方で、「後悔史」みたいに初めて聴く方にも楽しんでもらえる曲もあって、新旧どちらのリスナーにも寄り添えるアルバムになったと思っています。
後悔史 / Tani Yuuki
――演出などの見どころは?
Tani:武道館では僕の原点でもある「実家の部屋で動画を撮っていた頃」を思い返しながら、あの時の景色を再現するような演出ができたらと考えています。部屋のセットを組んだり、『航海士』のジャケットにある船のイメージをステージに持ち込んだり。まだ構想段階ですが、そういう演出ができたら面白いなと。
武道館は、自分にとっても大きな節目のライブになります。「Tani Yuukiらしいライブだった」と思ってもらえるような公演にしたいですし、昔の友達からも「観に行きたい」と連絡をもらったりしていて、やっぱり「かっこよくありたいな」って思いますね(笑)。
それと、さっきおっしゃっていただいたように、アルバムには「好きが嫌いに変わった時、それでも何度でもやり直せばいい」とか「それでも愛し続ける」というテーマもあります。それは僕自身だけでなく、来てくれる一人ひとりにも当てはまるかもしれない。誰かにとって、「それでも愛し続けたいもの」を見つけるライブになったら嬉しいなと思っています。
――それぞれの思いを「分かち合う」体験というか。
Tani:このそうですね。それができたらすごく素敵だなと。

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