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<インタビュー>Hideyuki Hashimoto 香川とベルリンでピアノと向き合い完成させた世界デビュー作『Time』を語る

インタビューバナー

Interview & Text:石松豊
(c) Yuri Kawai

 世界中で月間700万回近くストリーミング再生されているピアニストが、香川県に在住していることをご存知だろうか。Hideyuki Hashimoto(橋本秀幸)が奏でるその静謐で美しい音色は、ときに春の水辺のように穏やかで、聴き手に心地よい時間をもたらしてくれる。昨年は海外フェスにも出演し、坂本龍一や小瀬村晶に続く、日本のポスト・クラシカル・シーンを担う存在として、国内外のファンから注目を集めている。

 4月25日には、Sony Musicが「ストリーミング時代のネオクラシカル・アーティスト」を発掘するために立ち上げたレーベル「XXIM Records」から、レーベル初の日本人アーティストとして、アルバム『Time』でグローバルデビューを果たす。なぜ橋本秀幸の音楽は、国や言語を越えて多くの人の心に届いているのか。即興演奏のルーツや香川への移住理由、アルバム制作の背景をたどっていくと、「自分の感覚に正直でいること」が、その根底にあることが見えてきた。

ポスト・クラシカルのシーンの中では、少し変わった存在なんじゃないかな

──世界中で月間600万回以上ストリーミング再生されている橋本さんですが、特にこの5年間で再生数が大きく伸びていますね。2012年に1stアルバム『earth』をリリースされて以来、どのようにしてファンが広がっていったと感じていますか?

橋本秀幸:ずっと個人で地道に活動を続けてきたので、今の再生数を聞いても、正直あまりピンときていません。活動初期は、1stアルバムを含め、2017年までに計5枚のアルバムを自主制作でリリースしました。その後、2019年の秋にアルバム『草稿』をリリースし、冬には東京のピアノアトリエ Fluss(現um)で関東公演を開催して。その頃から、国内でCDを取り扱ってくれるカフェやショップが増えていったように思います。

2020年のコロナ禍以降は、毎月1曲ずつ配信シングルをリリースするようになって。そこからプレイリストによく取り上げられるようになり、海外の人にも音楽が届いていったと感じています。


(c) Yu Kadowaki

──Instagramでも海外からコメントが多く届いていて、単に再生されているだけではなく、しっかりと広がっているのが伝わってきます。ファンが増えたことで、制作や作曲に対する意識に変化はありましたか?

橋本:そこは特に変わっていないですね。ただ、リスナーが増えたことで「ちゃんと作れば聴いてもらえるんだ」ということが少しずつ実感として感じられるようになって。こうして聴いてもらえるのは本当にありがたいですし、それがモチベーションにもなっています。

──橋本さんの音楽は、ジャンル的にはポスト・クラシカルのような「穏やかなピアノ音楽」として紹介されることが多いと思います。橋本さんは、ご自身をどのような存在と認識されていますか?

橋本:ポスト・クラシカルのシーンの中では、少し変わった存在なんじゃないかな。自分はクラシックというよりはジャズの影響を強く受けていて、楽曲に即興的な要素が多いんです。ポスト・クラシカルのサウンドや音質はすごく好きで、そこにも影響を受けているんですけど、ピアノの弾き方としては、少し独特な感じになっているのかなと思いますね。


海辺で夜に波の音を聴いて
そこに流れている音楽は、ジャズではなかったんですよね

──ジャズの影響を受けているとのことですが、もともとはエレクトーンを習っていて、高校卒業後に音楽専門学校のジャズピアノ科に進学されたんですね。ジャズの道を選ばなかったのには、どのような理由があったのでしょうか?

橋本:学校を卒業してからも、キーボードプレイヤーとして、ジャズに限らずバンドやサポートなど、さまざまな活動を経験しました。でも、周りに上手な人が多く、次第に「自分じゃなくてもいいのでは」と感じるようになったんです。特にテンポの速いジャズの即興セッションが苦手で……。自分にもっと合った表現方法があるんじゃないかと思って、ソロとしての活動を始めました。

──現在のスタイルである即興演奏は、どのようなきっかけで始められたのでしょうか?

橋本:大きなきっかけになったのは、専門学校で出会った先生の言葉ですね。それまでは、セッションでは周りに合わせて、少し無理をして弾いていましたが、「そんなに弾かなくていい。本当に自分が感じた音だけを弾けばいい」と言われて。個人レッスンなのに、先生がずっと弾いていて、自分はほとんど弾かず、弾きたいと思ったときにだけ弾く。その瞬間に、すごくしっくりきたんです。そうした気づきがたぶん人生の中で何度かあって、その積み重ねが自分のスタイルにつながっていると思います。

──即興演奏について、影響を受けた音楽家はいますか?

橋本:誰か一人を選ぶことは難しいのですが、ビル・エバンスのドキュメンタリー『ザ・ユニヴァーサル・マインド・オブ・ビル・エヴァンス(The Universal Mind of Bill Evans)』を、学生時代に観て、感銘を受けたのを今でもよく覚えています。当時はVHSだったのですが、今はYouTubeでも観られるようです。ジャズのミュージシャンや、シンプルなピアノやギターの弾き語りなど、自由で型に捉われないようなリラックスした空気感がある演奏も好きです。


──出身は大阪ですが、香川県高松市に住んでいますよね。香川に惹かれたきっかけは何だったのでしょうか?

橋本:直島への一人旅がきっかけでした。モンゴル式のパオ(テント式住居)に泊まり、海辺で夜に波の音を聴いて。そこに流れている音楽は、ジャズではなかったんですよね。旅を終えた後も「あの美しい風景に合う音楽は何だろう」と想像するうちに、だんだんそういった土地や空気に惹かれていって。周りのミュージシャンには上京する人もいましたが、自分は自然のそばで音楽を作りたいと思い、いろんな縁もつながり香川へ移り住みました。

──香川という環境が、ご自身の音楽に与えている影響はあると感じますか? 曲名やジャケットに、自然のモチーフがよく使われている印象があります。

橋本:自然が持つ「ゆらぎ」のようなリズムは、楽譜に書ききれない音楽として、自分の作品にも表れているかもしれません。香川は海が近くて、風が気持ちいい場所なんです。住んで2年目の年には、瀬戸内国際芸術祭の企画で、高見島で自然音とともにピアノを録音する機会があり、そのときも自然の音が美しくて。自分が音を出さなくても、外から聞こえてくる鳥や葉の音だけで、音が充分に満たされているように感じたんです。だからその上で「さらに自分が音を加える意味って何なんだろう?」と考えながら……。その録音から生まれた3rdアルバム『home』は、自分でもとても気に入っていて、今でも大切な作品になっています。

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アルバムタイトルの『Time』にも
深い意味はないんですよね

──4月25日には、Sony Musicのクラシック部門が「ストリーミング時代のネオクラシカル・アーティスト」を発掘するために立ち上げたレーベル「XXIM Records」から、アルバム『Time』がリリースされます。XXIM Recordsからのリリースは、どのような経緯で実現したのでしょうか。

橋本:最初にレーベルから連絡をもらったのは2021年で、若手アーティストを発掘する企画『XXIM EXPO』を通じてでした。その後、2022年にEP『Fractals』をリリースし、2023年には同じレーベルからHiroco.MさんとのデュオEP『Epistrophy』もリリースしました。その流れから、今回はソロアルバム『Time』をリリースすることになりました。

──「初の日本人アーティストとしてグローバルデビュー」とのことですが、何か期待やプレッシャーはありますか?

橋本:いや、特に意識はしてません。


(c) yoshidatei

──アルバム『Time』のコンセプトを教えてください。

橋本:あまりコンセプトみたいなものは最初に定めていなくて。いつも録音された音源を何度も繰り返し聴きながら、手探りでアルバムとしての形を探っているような感覚です。アルバムタイトルの『Time』にも、深い意味はないんですよね。ただ、今回は初めて海外でレコーディングしたこともあり、これまでとはまた違ったサウンドになっていると思います。

──レコーディングは、ドイツ・ベルリンの録音スタジオ「Funkhaus」内にある、ニルス・フラームが手がけた『LEITER STUDIO』で行われたんですね。これは、XXIM Recordsがベルリンを拠点としていることがきっかけでしょうか?

橋本:それもありますが、単純にヨーロッパに行ってみたかったんです。ストリーミングを通じて聴いてもらっているのに、まだ訪れたことがなかったので。せっかく行くならレコーディングもしたいと思い、自分でスタジオを探して、この場所を選びました。歴史ある建物の一室がスタジオになっていて、静かで薄暗く、雰囲気もとてもよく、すべてが新鮮で夢の中にいるようでした。広い空間の中にぽつんとアップライトピアノが置かれ、じっくり音楽に集中することができました。

──アルバムの収録曲は、どのような流れで制作が進んだのでしょうか?

橋本:レコーディングは2日間ひたすら行い、半分くらいは即興で弾いて、もう半分はもともとあったアイデアを試す時間にしました。だから、最終的にアルバムに収録されていない楽曲も多くあります。例えば、いつも自宅で録音しているような雰囲気の曲を弾いてみても、スタジオのピアノや空気感と合わないと感じて。逆に、何年も前に作って気に入っているものの、これまで録音してもしっくりこなかった曲が、今回のスタジオに合うこともありました。結果的に「Mirrors」という曲名でアルバムに収録されることになりました。


──即興演奏で生まれた楽曲には、初めてのヨーロッパ旅行で受けた刺激がインスピレーションとして影響している部分もあると感じますか?

橋本:あると思います。ベルリン以外にも今回は自分の新しいプロジェクト「Martin Martyn」のために仲間と一緒にアイスランドやベルギーを訪れて、さまざまな出会いがありましたね。ベルギーのルーヴェンでは、以前から交流のあったミュージシャンとセッションをする機会があり、そこで生まれたアイデアをレコーディングでも試しました。その楽曲は「Leuven」というタイトルでアルバムに収録されています。

11月のベルリンはとても寒くて……暖かい土地を求めて旅の最後にイタリアへ移動したのですが、そのときに自分で撮った写真がアルバムジャケットにもなっています。


(c) Fumi Fumitsuki

誰も聴いていなくても
自分とピアノだけで音を奏でる時間は大切にしている

──これまでのお話を伺っていると、ストリーミング再生数の増加やグローバルデビューといった大きな変化があっても、橋本さんの音楽への向き合い方は変わらないように感じます。音楽に対して、ずっと大切にしている意識はありますか?

橋本:思い返すと、小さい頃、自宅のピアノで楽譜にとらわれず自由に弾いて遊んでいた時間が、とても心地よかったんです。今も自宅でピアノを弾くと、つい創作や録音のためになりがちなんですが、そうではなく、録音しなくても、誰も聴いていなくても、自分とピアノだけで音を奏でる時間は大切にしているかもしれません。

──自分の感覚に正直に奏でられた音だからこそ、聴く人の心に響いて、世界中にファンが広がっているんだなと感じました。今後、挑戦してみたいことはありますか?

橋本:もっと海外でライブをしてみたいですね。ずっと香川で音楽を作ってきたので、最近は外に出たい気持ちも強くなっていて。去年、イタリアのフェスで演奏したとき、どんどん人が集まってきて、ものすごく盛り上がったんです。演奏後も「ブラボー!」とたくさん声をかけてもらって。普段は静かに聴いてくれる雰囲気のライブが多かったので、あの熱気には驚きましたが、本当に嬉しかったですね。旅も好きなので、自分の音楽を聴いてくれている人がいる、まだ訪れたことのない国々にもどんどん行ってみたいです。

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