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<コラム>YUTORI-SEDAIから感じる“音楽の温かみと寄り添う力” メジャー1st EP『blanket』を聴いて



コラム

Text: 天野史彬

 音楽は人を温めてくれる。その音楽を聴いているときも、あるいはふとした瞬間に、その音楽のメロディや歌詞を思い出したときも。ここに紹介する3ピースバンド、YUTORI-SEDAIは、そんな音楽の優しい力を信じているバンドだ。4月9日にリリースされる彼らのメジャー1st EPのタイトルは『blanket』。このタイトルには「どんな時も、どんなあなたも温かく包み込めるように。」という想いが込められているという。「どんな時も」という部分はもちろんだが、「どんなあなたも」という部分もポイントだ。鎧に身を包んで、正解と確信だけで生きていける人間なんていない。YUTORI-SEDAIの音楽は、あなたの不甲斐なさや悲しみ、矛盾や不安すらも包み込み、温めるようにと奏でられている。

 YUTORI-SEDAIは2020年に現メンバーとなり本格始動した、金原遼希(Vo/Gt)、上原駿(Ba)、櫻井直道(Dr)の3人から成るバンドだ。金原と櫻井は中学生からの関係性だという。印象的なバンド名には、「ゆとり世代」という言葉が抱くネガティブなイメージを自分たちの手でポジティブものに変えていこう、という力強い意志が込められている。


左から:上原、金原、櫻井

 2023年にリリースした「すき。」や「ぎゅっとして、」などの楽曲がTikTokなどでも注目を集めバイラルヒットし、昨年リリースされた楽曲「ずっとそばに」は「イオントップバリューブランド50周年CMソング」として書き下ろされた。若い世代を中心に支持を集めつつ、着実に、実直にステップアップしながら今まさにその存在感を増しているバンドである。この度リリースされたEP『blanket』には新曲4曲が収録されている。それぞれが違ったカラーを持ちながら、聴く人の心にそっと寄り添う力を持っている楽曲たちが収録された充実の1作だ。

 EPの幕開けを飾るのは、軽快でキャッチーなポップロックチューン「ベストシーン」。可愛らしさと刺々しさが同居するギターフレーズが小気味よく飛び回り、どっしりとふくよかなリズムセクションは聴く人をひしっと抱き留め、安心感の中で踊らせる、そんな見事なEPのオープニングトラックだ。「ベストシーン」というタイトルから想起されるのは、映画で言えばドラマチックなクライマックス、写真で言えば「奇跡の一枚」みたいな瞬間かもしれないが、この曲が切り取るのはそうではない。この曲の歌詞に描かれるのは、恋人と二人でダラダラと昼過ぎに起きてきて、顔も洗わずに二人でのそのそとコンビニに買い物に行くような何気ない日常。「どんな日だった?」と聞かれれば「なんでもない日だった」と答えそうな、そんな些細な日々にこそYUTORI-SEDAIは「ベストシーン」を見出す。曲の2番では二人の間にちょっとした「わからなさ」が顔を出すが、それでも二人はお互いを思いやりながら、日々を続けていく。そんな歌詞の物語性も見事。さりげない描写の中に、私たちが日々を幸福に生きていくためのヒントが隠されている1曲だ。

 2曲目に収録されているのは、本作からの先行配信シングル曲である「私だって、」。「ベストシーン」の軽快なロックサウンドからは打って変わり、ピアノやストリングスによって切なくも豊かに彩られたバラードだ。サウンドプロデュースとアレンジはFUNKY MONKEY BΛBY'SやAimerなども手掛ける田中隼人が参加。ドラマチックに曲の情感を伝えるストリングスやピアノはもちろんだが、曲の深い場所でストーリーを語り続けるベースラインも素晴らしい。歌詞に描かれるのは、叶うことのない一方通行の恋心を抱えた人の複雑な心情。行き場を失った想いは、悲しみや痛み、時に怒りにすら変わってしまいそうなほどに胸の内側で激しく揺れ動き、叫び声を上げている。表面的には平静を保ちながらも、そんなギリギリの場所に立ち尽くす人の心の世界にYUTORI-SEDAIは寄り添う。「私だって、」というタイトルが「、(読点)」で締められているのは、まだ伝えられていない主人公の想いがこの先に続くからだろう。そしてそれは同時に、今は解決されない心を抱えた主人公にも「全てが無駄じゃなかった」と思える未来がやってくることへの祈りにも思える。


 3曲目に収録されているのは、これまた前2曲とは打って変わり、叙情的な雰囲気の漂うレトロな香りの1曲「新宿ロマンス」。昭和歌謡感のあるメロディと、それをベタベタな感じではなく、むしろ洗練されたサウンドで聴かせるアレンジにYUTORI-SEDAIの現代的なバンドとしての鋭い視点を感じる1曲だ。歌詞に描かれるのは、これも「私だって、」同様、報われない恋心を抱える人間の複雑な心模様。だが「私だって、」とは違い、〈店から出て歩く僕が買ったばかりの/服を着てる理由など君は知らずにいるだろう/君が誘う2軒目に/意味はないと分かっても/やっぱ期待していたいよ〉なんてラインも飛び出す、居酒屋を舞台にした写実的な描写が切なさと共にユーモアも感じさせる。「話しやすい飲み友達」の枠に収まる自分に嫌気がさしつつ、そのポジションからはみ出す勇気を持てない、いじらしい男の恋心。こいつと一緒に飲みに行きたい。

 そしてEPのラストを飾るのは、直球のタイトルが掲げられたロックチューン「ロックンロール」。ギター、ベース、ドラム、その生々しい質感を突き刺してくるゴリッゴリのイントロからインパクト大。そして、そこから性急に駆け抜けていく曲展開には無駄な装飾も説明も一切なし、本作随一のシャープでアグレッシヴな1曲だ。YUTORI-SEDAIが物語性のある優しいポップチューンだけのバンドではなく、生き様を音に託するロックバンドであることを示す1曲と言えるだろう。〈鳴らせ 鳴らせ いつだって/上手く笑えなくても/またね またね またねって/言えるようにと〉――こんな決意を感じさせるフレーズが疾走感のある演奏に乗せて飛び込んでくる。痛みも別れも乗り超えて、転がり続けていくこと。その覚悟を刻むこの曲がメジャー1st EPの最後に収録されたことの意味は、とてつもなく大きい。バンドの生き様の歌のようであり、聴く人たちに向けられたエールのような曲だ。

 6月からは全国対バンツアー【Reason for Smiling Tour 2025】もスタートする(ツアータイトルがとてもいい)。YUTORI-SEDAIが奏でる肯定のロックがこの先どんなふうに響き続けていくのか、楽しみだ。

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