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『ムーンライズ・キングダム』特集

『ムーンライズ・キングダム』

 脚本、カメラワーク、キャスティング、アート・ディレクション…細部にまで緻密にこだわり抜いた秀作の数々で、今もっとも注目される監督の一人となったウェス・アンダーソン。中でも、そのオフビートで独特な世界観を表現する重要な要素となる音楽は、特に脚光を浴びている。今年初頭のカンヌ国際映画祭のオープニングを飾った最新作『ムーンライズ・キングダム』のトレイラーが公開されると同時にその挿入歌はとなったフランソワーズ・アルディの「恋のシーズン」は即時に話題となり、サウンドトラックは発売から2ヶ月余りで1万以上のセールスを記録した。今特集では2月の作品公開を記念し、監督の過去の作品をその映画音楽と共に振り返る。

アンソニーのハッピー・モーテル

『アンソニーのハッピー・モーテル』

 アンダーソン監督の長編デビュー作となったのは、1996年に全米で公開された『Bottle Rocket(邦題:アンソニーのハッピー・モーテル)』。のちにも多数のアンダーソン作品へ出演し、本作の共同脚本執筆者も務めた大学時代からの旧友オーウェン・ウィルソン、そして彼の弟であるルーク・ウィルソンが出演するブラック・コメディで、映画音楽のスコアには、ニューウェーヴ・バンド、ディーヴォの創立メンバーであるマーク・マザーズボーを起用、彼はその後の作品の音楽も手掛けることとなる。

 スパイク・ジョーンズ、ミシェル・ゴンドリー、ソフィア・コッポラなどの若手映像監督が飛躍を始め、ミュージック・ビデオ全盛期だった90年代において、絶大な影響力をもったMTVが主催する第5回MTVムービー・アワードでは「最優秀新人監督賞」に輝き、彼の作品を特に若い観客へとアピールすることに大きく貢献した。商業的なヒットとはなることはなかったものの、のちに巨匠マーティン・スコセッシが90年代に公開された名画トップ10の内の1本として挙げるなど、業界内での評価は高く、アンダーソン作品の原点として忘れてはならない1本だ。


アンソニーのハッピー・モーテル

『天才マックスの世界』

 その2年後にリリースされたのが、現在でもカルト的な人気を誇り、彼の長年のコラボレーターとなる俳優ビル・マーレイ、ジェイソン・シュワルツマンと初タッグを組んだ『Rushmore(邦題:天才マックスの世界)』。1971年に公開された風変わりな少年ハロルドと老婆モードのラヴ・ストーリーを描いたハル・アシュビー監督の『ハロルドとモード 少年は虹を渡る』の現代版とも言えるこの作品は、シュワルツマン演じる高校生マックス、彼が通う学園の校長役のマーレイ、そしてオリヴィア・ウィリアムズ演じる学園に勤めるマドンナ教師の三角関係をユーモラスに描いた学園ラヴ・コメディだ。

『ハロルドとモード 少年は虹を渡る』トレイラー
▲『ハロルドとモード』トレイラー

 今作では前記の『ハロルドとモード 少年は虹を渡る』のサウンドトラックを担当したキャット・スティーヴンスの楽曲が多数登場し、他にもザ・フー、フェイセス、ドノヴァン、ジョン・レノンなど60年~70年代ロックの名曲の数々が使用されているが、元々はザ・キンクスの曲のみをサウンドトラックに起用することを頭に制作されたそう。キンクスの曲では「Nothin' in the World Can Stop Me Worryin' 'Bout That Girl」のみが最終的に生きる形となったものの、劇中でもっとも印象に残るマーレイ演じるハーマン・ブルームの名言「彼女は、僕の"ラッシュモア"だった。」というシーンで使用されている。


ザ・ロイヤル・テネンバウムズ

『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』

 2001年にリリースされ、日本での監督の初上映作品となった『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』は、父親の病気をきっかけに個性がバラバラなテネンバウム家が、一緒に暮らし始め、不器用ながらも家族を再構築していく人間味あふれる1本。常連のキャストにジーン・ハックマン、アンジェリカ・ヒューストンなどのベテラン勢が新たに加わり、それまで『恋に落ちたシェイクスピア』などクリーンな役柄が多かったグウィネス・パルトローが破天荒な養子の三女のマーゴ役を怪演し、大きな評価を得た。

 そんな彼女の生い立ちをあらわにするモンタージュにはラモーンズの「Judy Is A Punk」、バスからスローモーションで降りてくるシーンにはニコの「These Days」などを起用。中でも特に印象的なのは、次男のリッチ―役のルーク・ウィルソンが自殺を試みるシーンで流れるエリオット・スミスの「Needle in the Hay」で、映画公開から2年後のスミスの死を思い起こすと胸に込み上げるものがある。

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ライフ・アクアティック

『ライフ・アクアティック』

 2005年公開のビル・マーレイ演じる海洋探検家、そして映像作家の主人公スティーヴ・ズィスーと彼の船のクルー、"チーム・ズィスー"による幻のジャガー・シャークの探索を描いたコメディ『ライフ・アクアティック』では、海洋生物たちをストップ・モーション・アニメーションで表現するというアンダーソン作品初の試みを行う。今作では初めてディーヴォの楽曲「Gut Feeling」も起用され、シンセサイザーとオーケストラが織りなすスリリングな「Ping Island / Lightning Strike Rescue Op」など、マザスボーの魅力が一番引き立っているサウンドトラックでもある。さらにはオースラトリア人の作曲家スヴェン・リベックが、スティーヴン・スピルバーグが製作総指揮を務めた1987年公開のSF映画『インナースペース』の為に制作した曲も劇中で使用されている。

『ライフ・アクアティック』

 そのドラマチックな映画音楽に対して、クルーのメンバーの一人を演じたブラジリアン・ソウル界の気鋭、セウ・ジョルジによるメロウで哀愁漂うデヴィッド・ボウイのカヴァー集も一際目を引き、70年代初頭のグラム・ロックの眩い輝きやデカダンスを最小限に留め、ジョルジの母国語であるポルトガル語で歌われるダウンテンポな「Starman」や「Life on Mars?」は、ボウイ自身も大絶賛している。他にもクルーがジャガー・シャークと初めて対面する時に流れるシガー・ロスの「Starálfur」、海賊と戦うシーンで流れるイギー・ポップの「Search & Destroy」など、前作に引き続き、時代を網羅した選曲が施されてた。

『ライフ・アクアティック』サウンドトラック / 2,600yen(tax in) / CTCW-53070 ▶詳細・購入はこちらから

『ライフ・アクアティック』スタジオ・セッションズ / 2,100yen(tax in) / CTCW-53078 ▶詳細・購入はこちらから


ダージリン急行

『ダージリン急行』

 この3年後に全米公開された『ダージリン急行』は、父の死をきっかけに別々の人生を歩んでいた3兄弟が、母親に会うためにインドの秘境を列車で旅をするという、再び家族の絆を描いたもの。作品のエピローグとして3男役のシュワルツマンと天真爛漫な愛人役のナタリー・ポートマンが出演するショート・フィルム『ホテル・シュヴァリエ』では、ポートマンの役のために書かれたのだろうと思うほど、詩がピタリとはまるインド系SSWピーター・サーステットによる「愛しい人よ、ここから何処へ」が起用されている。

ウェス&ジェーソン@BORDERS
▲映画トレイラー

 本編はインドが舞台となっていることもあり、ウェス自身が敬愛するインド人映像作家サタジット・レイなどが自身の映画で使用した楽曲が映画のスコアとして利用されており、マザスボーを起用していない初のサウンドトラックとなる。冒頭の3兄弟が列車を追いかけるシーンでは、1970年のリリースされたザ・キンクスの『Lola Versus Powerman and the Moneygoround, Part One』に収録されている「This Time Tomorrow」、さらに「Strangers」、「Powerman」などアンダーソン監督の原点となる70年代ロックの名盤から数多くの曲が使用されている。さらにエンディングで流れるジョー・ダッサンの「オー・シャンゼリゼ」もヌーヴェル・ヴァーグに多大なる影響をうけ、フランスとニューヨークを行き来して生活するアンダーソンらしいセレクションとなっている。

『ダージリン急行』サウンドトラック / 2,500yen(tax in) / UICY-1400 ▶詳細・購入はこちらから


『ファンタスティック Mr.FOX 』

『ファンタスティック Mr.FOX 』

 2009年には、ロアルド・ダールの『父さんギツネバンザイ』を原作としたアンダーソン作品初の試みとなる全編ストップ・モーション・アニメーション『ファンタスティック Mr.FOX 』が公開。Mr.フォックスの声にはジョージ・クルーニーを起用、森の仲間たちと人間の農場主による壮絶な闘いを描いた子供も楽しめる作品となっている。今作では昨年再結成し話題となったパルプのジャーヴィス・コッカーが声優に初挑戦しており、劇中で「Petey's Song」というナンバーも披露ている。なおスコアは、長年起用してきたディーヴォのマーク・マザスボーから一変、最新作『ムーンライズ・キングダム』の映画音楽も手掛けたフランス人作曲家アレクサンドル・デスプラが担当、ジャン=リュック・ゴダールの『軽蔑』のスコアを手掛けたフランス映画音楽界の巨匠ジョルジュ・ドルリューなどの楽曲もサウンドトラックに収められている。

映画トレイラー
▲映画トレイラー

 作品の公開時には、公私共に長く交際を続けており、ミュージシャンとして活動もするジェイソン・シュワルツマンと共に米大型ブックストア・チェーンBORDERSにて好きなアルバムや映画などを仲良くセレクトするビデオも制作され、ウェスは、1967年にリリースされたローリング・ストーンズの『ビトウィーン・ザ・バトンズ』をセレクトするなど今までの作品の選曲をみると納得できる内容となっている。

『ファンタスティック Mr.FOX 』サウンドトラック/ 2,500yen(tax in) / UICY-15039 ▶詳細・購入はこちらから

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ムーンライズ・キングダム
ムーンライズ・キングダム

 そして2月8日にいよいよ日本でも公開されるウェス・アンダーソン監督最新作『ムーンライズ・キングダム』だ。時は1965年…ニュー・イングランド沖の小さな島に住む12歳のスージーとサムの"駆け落ち"をめぐり、2人の早熟な子供たち、そして大人になりきれない大人たちが織りなす異色のハートフル・コメディで、初めて子役をメイン・キャストに起用、『小さな恋のメロディ』やフランシス・トリュフォーの『トリュフォーの思春期』を彷彿とさせる、アンダーソン監督にとって新境地となる作品に仕上がっている。

ムーンライズ・キングダム

 今作の制作のきっかけとなった、ウェスと彼の兄で、イラストレーターでもあるエリック・アンダーソンが幼き頃に出演した『ノアの洪水』のミュージカルは、物語を繋いでいく上で大きな役割を果たしており、その影響もあり楽曲の大半クラシック音楽が占めていて、米ビルボードのクラシカル・チャートにて映画のサウンドトラックとして4年ぶりに1位を記録するなど、彼の世界観を彩る音楽がジャンルにこだわらず注目されていることがわかる。クラシック以外にも今回アンダーソン作品初参加となるブルース・ウィリス演じる島の警官のポリスカーや家で流れるカントリー・ミュージック界の名匠ハンク・ウィリアムスの楽曲など、さらに豊かな音楽世界が展開されている。

ムーンライズ・キングダム

 引き続き、本作ではアレクサンドル・デスプラが音楽を手掛け、意外にもマザースボーは作品内でボーイ・スカウト達が身につけているワッペンやバッジのデザインを担当している。主人公の少年サムのナレーションによるベンジャミン・ブリテンの「青少年のための管弦楽入門」、"駆け落ち"をする時にもレコード・プレーヤーを持っていくスージー、彼女が大好きなフランソワーズ・アルディの「恋の季節」をバックにサムと浜辺で踊るシーンなど、音楽がよりキャラクターや物語の背景に組み込まれ、駆動力となっていることにも注目したい。

 次回作「The Grand Budapest Hotel」の撮影も、2014年の公開に向けてベルリンにて開始した模様で、監督作初出演となるレイフ・ファインズを始め、人気若手女優シアーシャ・ローナン、さらにはジュード・ロウなども出演するそう。これからもさらに飛躍が期待されるアンダーソン監督から目が離せない。

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