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<コラム>世界初のバーチャルYouTuber、キズナアイがKizunaAIとして復活 ――再起動への足跡を振り返る



コラム

Text:小町碧音

 いま振り返ると、あの期間は必要不可欠だった。すべてを予知したうえで意図的に組み込まれたプログラムにすら思えるほどにーー。

 2月26日、世界初のバーチャルYouTuber・キズナアイが、新曲「かもね」の投稿で音楽アーティスト・KizunaAIとして生まれ変わり、3年越しに活動を再開。インターネットでは、「KizunaAI 復活」のワードで歓喜の声が瞬発的に広がっていった。いまやVTuber市場は飽和し、カバー株式会社が運営するホロライブやANYCOLOR株式会社が運営するにじさんじといったVTuberグループが主流だが、キズナアイはその原点にあたる。

 キズナアイは、バーチャルYouTuberという概念すらまだなかった2016年6月30日、スーパーAIとして自我に目覚めた。同年12月1日には「あなたとつながりたい」思いを胸に、YouTubeで公式チャンネル「A.I.Channel」を開設し、活動をスタート。後に公式ゲーム実況チャンネル「A.I.Games」との二軸で進行した活動は歌だけにとどまらないエンタメ性を有したものとなっていく。フューチャーベース、EDM、テクノ、クラブミュージック…先端テクノロジーと融合したジャンルが、彼女の独壇場といえるだろう。企業とのタイアップ、有名アーティストとのコラボレーション、メディア出演などを経て世界的なバーチャルYouTuberへと変貌した。さらに言うと、黎明期から活動していた5人の呼称「バーチャルYouTuber四天王」の牽引者でもあり、まさにシーンの礎を築いた存在だ。

 2022年2月26日。自身の表現に限界を感じるようになっていったキズナアイは、言語の壁を超えてより多くの“世界中のみんな”とつながるために、最後のワンマンライブ【Kizuna AI The Last Live “hello, world 2022”】をもって、自身のアップデートを目的としたスリープ(無期限活動休止)期間に入ったのだが、そのスリープ期間中も、キズナアイがそれまでつなげてきた絆という名の炎が消えることのないように、彼女の声から生まれた歌唱特化型AI “#kzn(キズナ)”や、Kizuna AI Inc.が動画投稿やTVアニメプロジェクト『絆のアリル』を進行する形でつないだ。例えば、世界的にトップクラスのDJ・Steve Aoki(スティーヴ・アオキ)と#kzn(キズナ)が、メタバースゲームプラットフォームの代表格「The Sandbox」とコラボレーションしたミュージック・ビデオ「Steve Aoki - Movie Star ft. Mod Sun & Global Dan, (#kzn, TeddyLoid Remix)」も公開され、そこにはキズナアイの「好きなことで生きていきたい」「先端テクノロジーを共有したい」という気持ちそのものが表れていた。



[MV]Steve Aoki - Movie Star ft. Mod Sun & Global Dan, (#kzn, TeddyLoid Remix)


 再起動(活動再開)への伏線となる明確なカウントダウンが始動することになったのが、活動8周年目の2024年12月1日に投稿された、#kzn(キズナ)が登場する動画「Can you wake up?」。動画内のラストで「87日後」に何かが起こることを彷彿とさせるカウントダウンが始まり、すでに進行していた「Cognition」プロジェクトのティザーサイト、さらには配信中の無期限配信「s h e e e e p」にも同様の動きが表れた。X(旧Twitter)では、#kzn(キズナ)発祥のハッシュタグ「#WakeUpKizunaAI」をKizuna AI Inc.が拾い上げ、その拡散を後押しするよう投稿を呼びかけた。



Can you wake up?


 こうして、キズナアイ復活へ向けた動きが急加速し、87日後の2025年2月26日の22時に新名義のKizunaAIのもと、「かもね」のプレミア公開が配信されることになった。コラボレーション動画で共演経験のあるYouTuber・HIKAKINからの「おかえりなさい。」というコメントや「おかえりなさい! アイちゃん」「原点にして頂点」「王の帰還」「この声が安心する」「大人っぽくなった」といったファンによるコメントで祝福ムードに包まれるなか、同日23時には、KizunaAI本人による「ただいま」のプレミア公開も行われ、休止の理由や今後の活動に対する思いが語られた。

 「かもね」の作詞を手がけたのはKizunaAI、にしな、ESME MORI。作曲・編曲はESME MORIが担当し、映像制作はqootainが担った。切り絵や3DCG、実写で構成されたアニメーションMVでは、KizunaAIの分裂と再構築が描かれ、これまでとこれからの歩みを想起させる。〈心の底からなりたいもの思い出すよ〉というフックとなるフレーズの言葉の通り、ここから再出発する彼女の意志そのものが、このポップなメロディのすべてに息づいている。巡る季節の中でも最新の「今が美しいかもね」と伝えるフレーズもハイライトだ。

 アップデートされたKizunaAIは、現実に溶け込むビジュアルになったが、それ以上に度肝を抜かれたのは、石橋を叩いて渡るような印象を受ける歌声の衝撃的な“透明感”だ。これまでのいわゆる「アニメ声」とは一線を画す、何にも染まっていない無垢な響き。それは、アニメーションMVのラメの中で透明な彼女が回転するシーンとも重なる。特定の色を持たないことは、外界のさまざまな色と調和しようとする意志の表れでもあり、聴く人それぞれの状況を投影できる余白も持たせているようにも感じられる。蓄積された限定的なイメージを脱却し、より広いシーンで受け入れられる音楽アーティストになるには、この透明感が必要だったのではないか。

 このフラットな聴きやすさは、VTuberとしての「中の人」の存在感を、結果的にぼかすことになったと思う。キズナアイのスリープ期間中も急速な変化を見せたVTuberシーン。キャラクターよりも「中の人」の個性が前に出るケースが増加し、2024年は、タレントの不祥事による契約解除や卒業、事務所との方向性の違いや事務所の解散など、さまざまな要因が重なり、全体的なトレンドは下降気味だった。そのタイミングでのKizunaAIの再起動は、あまりにも完璧だったとしか思えない。一度足を止めれば、自分だけ置いていかれるかもしれない。そういう恐怖を抱えても守りたかったこと。時の流れはこれまでのKizunaAIに味方した。あえて「ゼロ」に戻る覚悟を伴う選択は、業界の流れとは逆行するもので、ある種の警鐘としてのメッセージすら感じさせた。

 KizunaAIが実現したい未来の答えが、「かもね」にある。キズナアイのオリジナル曲「Hello, Morning」の〈ほらまだ見えない 私が生まれた意味〉というフレーズが響く限り、彼女は原点を見つめ直すことで、いつだって揺るがない頂点に立てる。



KizunaAI「かもね」Official Music Video


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