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<インタビュー>奇跡の来日公演を果たすメイヴィス・ステイプルズの独占インタビュー
Text & Interview:池城美菜子/Minako Ikeshiro
プリンスを指して、「最高にかわいい子だったわね(he was just the sweetest kid)」と言い切ってしまう、現役のシンガーはなかなかいない。2025年のアカデミー賞に8部門ノミネートされている、バイオピック『名もなき者(A Complete Unknown)』で再評価が高まっているボブ・ディランにプロポーズされた逸話も有名だ。メイヴィス・ステイプルズ。齢85歳。ゴスペルやソウル、フォーク、アメリカーナ、R&Bと彼女が歌ってきた名曲の数々をジャンルで区切ってしまうと、かえって功績をつかみづらくなる。メイヴィスの歌声そのものがアメリカン・スタンダードなのだ。彼女の父であるローバック“ポップス”ステイプルズが率いるファミリー・ゴスペル・グループ、ザ・ステイプル・シンガーズの一員として、1960年代の公民権運動のアンセムとなった名曲を歌った、活動家の顔もある。その伝説のシンガーが、3月に3夜連続でビルボードライブ東京に登場する。来日に先がけ、貴重なインタビューをEメールで敢行した。
――前回の来日からかなりの年月が経ちましたね。日本でもっとも印象に残っていることは何でしょう?
メイヴィス・ステイプルズ:まぁ、日本にいるのがとにかく楽しかったの。チームのみんなに日本に戻りたいとずっと言っていたのだけど、なかなか実現しなくて。日本の食べ物、人々、音楽、文化……すべてが大好きなんです。今年の3月に戻れるのがとても楽しみ。間が空きすぎたから!
――ゴスペルのザ・ステイプル・シンガーズのメンバーとしてデビューし、1969年からソロ活動でR&Bやソウルを歌いましたね。敬虔なキリスト教徒の人々は、教会の音楽以外は聴かない傾向が強かった時代です。当時、世俗のポピュラー音楽を歌うことへの憧れ、葛藤はありましたか?
メイヴィス:あのね、そういった音楽を歌い始めた当初は、自分たちが世俗的な歌を歌っているという実感はなかったの。私たちにとっては、歌っている曲はすべてゴスペルだったから。それなのに、「I'll Take You There」がヒットした後、教会から追い出されたんですよ。「ステイプル・シンガーズは悪魔の音楽を歌っている!」ってね。だから私たちはあえてインタビューを受けて、「悪魔は音楽を奏でない」と言ってやりました。それでようやく理解してもらえるようになってね。結局、私たちを教会に招き入れてくれました。もちろん、リクエストに応えて最初に歌わなければならなかった曲は「I'll Take You There」でした!
The Staple Singers - I'll Take You There (Official Lyric Video)
――以前、ルーサー・ヴァンドロスにインタビューしたとき、あのなめらかな歌声を保つために何をしているのかと尋ねると「喉を守るためにコンサート前の24時間は一切、言葉を発しないで筆談で過ごす」と答えくれました。あなたの独特ですばらしい歌声を保つために、何か特別にしていることはありますか?
メイヴィス:私も歌声を守るために、本番の日は必ず静かにするようにしているわね。喉に負担をかけないように、なるべく小声で話すようにしたり。ここ15年ぐらいは、紅茶にびわのシロップを入れていて、それが声の強度を保つのにとても役に立っているみたい。歌う前にも、本番中にも飲んでいます。
――あなたはシンガーであるとともに、公民権運動の活動家としても知られています。日本のファンにとっては、教科書や映画でしか知ることができないムーブメントです。当時の思い出で、もっとも印象深かった出来事を教えてください。
メイヴィス:真っ先に思い浮かぶのは、キング牧師のスピーチを見に行ったときのことね。父のポップスが私たちを教会に連れて行ってくれたんです。スピーチはあとに、キング牧師は父と少し話をしていました。その後、父さんは私たちを集めてこう言ったんです。「俺はこの人が好きだ。彼の言っていることが好きだ。彼のメッセージが好きだ。だから、彼がそのメッセージを説教できるなら、我々はそれを歌えると思う」って。それから、私たちはメッセージ・ソングを歌うようになり、ムーブメントに本腰で参加するようになりました。「Long Walk to D.C.」、「Why?(Am I Treated So Bad)」、「When Will We Be Paid」といった曲を歌うようになったんです。そういった曲を歌ったことで、私たちの状況が大きく変わりました。
――あなたはボブ・ディラン、プリンスといったジャンルや世代がちがうアーティストとのコラボレーションでも知られています。それぞれ、日本でも熱烈なファンがいるアーティストなので、彼らとの思い出をお聞かせください。
メイヴィス:ボブ・ディランとの仕事はすばらしかったわ。彼から一緒に歌わないかと誘われて、(ロサンゼルスの)バーバンクのスタジオで会いました。彼が車から出てきたとき、私たちはもう待機していました。彼がカウボーイハットとブーツで入ってきたので、私は 「ヘイ、プレイヤー!」と声をかけたの。すると彼は、周りを気にしながら「メイヴィス、僕はプレイヤーじゃないよ……」って言うから、「あら、あなたはそうよ」って返して。もうね、ほんとうにいいセッションだったの。みんながスタジオにいた昔を思い出したくらい。彼のバンドのメンバーも集まって、みんなお互いに刺激し合っていました。とても素敵な時間でした。
――プリンスは1989年の『Time Waits For No One』と1993年の『The Voice』で全面的にプロデュースしていますよね。
メイヴィス:彼は最高にかわいい子だったね。おまけに、とてもシャイ! 彼はシュライン(・オーディトリアム)まで会いに来てくれたから、私は姉さんたちにクールにふるまうからねって言っておいたの。でも、白いスーツを着た彼が現れたとき、私のクールさなんて窓から消し飛んでしまった。「まぁ、プリンス!」って大声を出してしまったくらい。でも、彼はシャイすぎて私に話しかけようとせず、ただ私を見てほほえむだけで。私と話しもできないのに、どうやって曲を書けるのか途方に暮れたわね。だから、彼に手紙を書き始めました。子ども時代のこととか、思いつく限りのことを長い手紙にしたためたわけ。長い手紙をたくさん書いたな。だから、彼が『The Voice』で私のために書いてくれた曲のすべてに、その手紙の内容が含まれているんですよ。
The Voice
――2010年の『You Are Not Alone』で【第53回グラミー賞】のアメリカーナ部門を受賞しましたね。「アメリカーナ」はあなたも参加したジョン・バティステの『We Are』や、ビヨンセの『Cowboy Carter』で日本でも注目が集まっているジャンルなのですが、説明が難しいです。アメリカーナの定義を、あなたなりに教えてください。
Mavis Staples + Jeff Tweedy - "You Are Not Alone" Acoustic
メイヴィス:アメリカーナはとても広範なカテゴリーよね。(ノミネートされるのは)シンガーソングライターの作品であったり、フォークであったり、ブルースであったり、ブルーグラスであったり。それら全部を含んでいることだってあり得る。伝統を守っていて、ある種の感触や雰囲気がある。それをうまく説明したり、ラベルを貼ったりはできないかな。ただ、私はよく知っているので、ただ聴けば(それがアメリカーナかどうか)わかるんですよ!
この「聴けばわかる」は、筆者にとっては説明が難しいR&Bで当てはまるので、説得力のある答えだ。長いキャリアを誇るメイヴィスは、ずっと下の世代からのラブコールも絶えない。イギリスのホージアとは2018年「Nina Cried Power」を歌い、翌年にはシェリル・クロウがボニー・レイットとメイヴィスを招いて「Live Wire」をリリースした。また、85歳の誕生日には故郷のシカゴでホームタウン・バースデー・セレブレーションと銘打ったコンサートが行われ、ジャクソン・ブラウンとマーゴ・プライスがゲスト出演している。昨今の音楽ドキュメンタリー・ブームも彼女のキャリアを改めて紹介する後押しになっている。
Hozier - Nina Cried Power (feat. Mavis Staples) - Live At Windmill Lane Studios
Sheryl Crow - Live Wire (feat. Bonnie Raitt, Mavis Staples) - Rehearsal Footage
――日本でも『サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)』(2021)が大きな話題になりました。あなたのコメントとステイプル・シンガーズのパフォーマンスがハイライトのひとつでしたが、時を経て発見されたフィルムを最初にご覧になったときの感想をお聞かせください。
メイヴィス:『サマー・オブ・ソウル』の公開は嬉しかったですね。私たち黒人アーティスト全員が認められたエキサイティングな時代だったから。1969年のニューヨーク、ハーレムの中心でのこと。まるで、親族のリユニオンみたいで。そのときは知り得なかったけれど、それが私の親愛なる友人、シスターでもあるマヘリア・ジャクソンに会う最後の機会になったんです。彼女は初めて聴いた女性シンガーで、憧れでした。父はいつもレコードをかけていたんだけど、男性の作品ばかりだったんです。ある日、女性の声を聴いて、父がいるリビングルームに吸い込まれるように入っていって、だれの歌声か尋ねました。それが、シスター・マヘリアが歌う「Move On Up A Little Higher」でした。その時わたしは9歳で、それ以来ずっと彼女が大好き。(コンサートで)あの偉大な女性と一緒に歌っているなんて信じられませんでした。彼女は私の人生にたくさんの喜びをもたらしてくれて、とても感謝しています。あのような才能はもう出て来ないでしょうね。
SUMMER OF SOUL | Official Teaser
――2014年のドキュメンタリー映画『約束の地、メンフィス ~テイク・ミー・トゥー・ザ・リバー』の出演シーンもすてきでした。ただ、あなた自身のドキュメンタリー『Mavis!』が日本では観られないので、来日を契機に日本で配信されるといいな、と思っています。これらドキュメンタリーが公開されたことで、ご自身の功績がより広く認知された手応えはありますか?
メイヴィス:そうね、この数年は特にすばらしいことの連続でした。それがドキュメンタリーのおかげなのかどうなのかは分からないけれど、びっくりするようなことが続けて起こったんです。でもね、私はいつも通りのメイヴィス。この間、85歳の誕生日を迎えました。ホージア、クリス・ステイプルトン、ボニー・レイット、ジャクソン・ブラウンなどたくさんの友人たちと一緒に祝うことができたの。友人たちに会い、一緒に歌い、楽しい時間を過ごせることが一番大切なんです。私らしく歌っていることが、とても楽しい。私の努力や活動が何らかの形で認められたら、それはボーナスに過ぎないわ。
Mavis Staples: NPR Music Tiny Desk Concert From The Archives
――代表曲が多いので、日本の長年のファンはどの曲を歌うのか気にしているでしょうし、新しいファンはどのアルバムから予習すべきか迷っているかもしれません。セットリストすべてを伺うわけにはいきませんが、必ず歌うことにしている曲や、最新作からの曲を歌うかも、といったヒントがあれば教えてください。
メイヴィス:セットリストは毎晩変えているんですよ。だから、お気に入りの曲を聴きたいなら、毎晩来ないといけないかも! ステージをフレッシュに保つためにあれこれ入れ替えるのが好きなので、どの夜に何を歌うかは言えないの。ショーの当日にギタリストと話し合って、その日の気分で決めているんですから。父が私たちに最初に教えてくれた「Will The Circle Be Unbroken」もあれば、2月にリハーサルを予定している新しい曲もある。私が持つすべてのカタログから選ぶのだから、すごいセットリストにはなるでしょうね。キャリア全部を網羅しますよ。東京での3つの公演すべてを楽しんでやるつもり。東京に行くのが本当に待ちきれません。
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