Special
<コラム>ビリー・アイリッシュ、話題が絶えなかった2024年を総括&最新LA公演をレポート
Text: 辰巳JUNK
2024年、栄誉ある成功を遂げたアーティストといえばビリー・アイリッシュだろう。年初時点で、映画『バービー』への提供曲によって【グラミー賞】、【ゴールデン・グローブ賞】、そして【アカデミー賞】を獲得している。オスカーに関してはキャリア2度目の受賞。これは、96年もの歴史を持つ同賞の史上最年少記録だ。
受賞曲「ホワット・ワズ・アイ・メイド・フォー?」は自分の存在理由を問うバラードだが、映画の物語にあわせつつ、本人の気持ちも反映されていたという。約10年前の13歳のころ、インターネットに投稿した楽曲「オーシャン・アイズ」によって有名になったビリーは、16歳でメジャーデビューするやいなや【グラミー賞】を席巻するなど、幾多もの史上最年少記録を樹立する「天才少女」と絶賛されてきた。しかし、早くに有名になってしまったために、青春時代は失われ、友達もほとんどいなくなり、近年は引きこもりのような状態だったと告白している。
成人したビリーは、健康になることを決意し、外に出て、幼少期に所属した合唱団以来はじめてのボーカルレッスンも受けていった。数年にわたるスランプを共作者の兄フィニアスと乗りこえて完成させたのが、最高傑作と名高い3rdアルバム『ヒット・ミー・ハード・アンド・ソフト』。春に【コーチェラ・バレー・ミュージック&アート・フェスティバル2024】で共演したラナ・デル・レイの1stアルバムを意識した「アルバムらしいアルバム」というだけあって、先行シングルなし、全10曲44分の一本勝負だった。
キャリア最大の全米デビューを果たしたこのアルバムは、有名になる前の本来の自分に立ち戻る原点回帰でありながら、進化の一作でもある。たとえば、フォーカスシングルに選ばれた「ランチ」は、初期ヒット「バッド・ガイ」の雰囲気をまといつつ、同性への渇望をユニークに歌うポストパンク風味になっている。アルバム2曲目に収録されている「チヒロ」の場合、映画『千と千尋の神隠し』をオマージュした奥深い歌詞が特徴だ。
夏には、パリ五輪の閉会式にて、次なる開催地であり故郷のカリフォルニアへとバトンをつなぐ海辺のステージを担当。トム・クルーズやレッド・ホット・チリ・ペッパーズと並ぶ栄誉だ。そして、ここで歌われた「バーズ・オブ・ア・フェザー」こそ、新たな全盛期を決定づける一曲であった。
オルタナティブ系アーティストとして名を博してきたビリーにとって「バーズ・オブ・ア・フェザー」は発表を恐れる作品だった。ワム!の「ラスト・クリスマス」と比較されるだけあり、キャリア初の直球なポップソングなのだ。同時に、歌いだしで自らの墓について歌うなど、ラブソングの王道モチーフを逆転させた毒々しさも持ち合わせている。この懐かしく新しい歌が、世界に響いた。公式シングルになっていなかったにもかかわらず、Spotifyにて史上最速で17億回再生を達成する大ヒットとなったのだ。
暗鬱ソウル「ワイルドフラワー」の人気も拡大していった夏には、Spotifyで最も月間再生されたアーティストに君臨。同サービス史上最年少となる一億リスナー超えも達成してみせた。年末の米ビルボードの年間チャートでは、ソング・チャート“Hot 100”に計4曲、アルバム・チャート“Billboard 200”では『ヒット・ミー・ハード・アンド・ソフト』が11位にランクインし、オルタナティブ・アーティストとしてはトップに輝いた 。Apple Musicからは二度目のアーティスト・オブ・ジ・イヤーを授与され、その記念ライブも配信中だ。
2025年もビリー旋風は続きそうだ。チャーリーXCXとのセクシーなクラブコラボ「ゲス feat.ビリー・アイリッシュ」を含めて7部門で候補入りした【第67回グラミー賞授賞式®】は、日本時間2月3日に開催を予定している。
23歳になった現在も「史上初」記録を樹立しつづけるビリーだが、一番の「初めて」は、2025年夏に及ぶツアーかもしれない。多くの前半公演は、これまでと異なり、母親とフィニアスの同伴なし(一部公演のオープニングアクトを除く)。母のマギーいわく「大学進学の年」、つまり親離れした独立のシーズンだ。ずっとライブが苦手だったというビリーだが、今回は、友達をバックボーカルに起用するなど、楽しくやるための環境に専念しながら、観客を熱狂させている。「ツアーが終わってほしくない」と心から思えたのは人生で初めてだったという。
「天才少女」と言われてきたプレッシャーを脱却し、自他ともに最高評価のアルバムとツアーを作り上げたビリー・アイリッシュ。手にした自信は揺るぎないようだ。コンサートの見どころについても、誇らしげに保証している。「正直、全部が最高だよ」 (COMPLEXのインタビューより)。
超現実的な約90分のステージ
Text: 鈴木美穂
9月にスタートしたビリー・アイリッシュの【HIT ME HARD AND SOFT THE TOUR】の北米ツアーが現地時間12月21日にキア・フォーラムで最終日を迎えた。彼女のホームタウンであるロサンゼルスの公演は、2日の追加公演を合わせて連続5公演が完売になった。LA初日の17日はローカルTV局が何日も会場の外で野宿するフロア席のファンの様子を報道していたが、そんなにも熱心なファンのために、これで6度目となるツアーで彼女は他のアーティストがやらない行動に出た。既に定価が高価なチケットが10倍を超える値段で転売されるのも珍しくない昨今、ビリーは転売の際の値段変更を禁止して、アーティストがファンを守れることを証明して見せた。全く前例のないことだ。さらに、ヴィーガンでエコなライフスタイルを推奨しているビリーだけあって、観客が公共交通機関で来場できるように、市内の数か所から無料シャトルを運行。会場のエコアクション・ドライブ・ビレッジというコーナーに給水所を設置して、リサイクル・プラスチックのウォーターボトルを配布、売店ではアルミ缶の水を販売して廃棄物削減にも取り組んでいた。こうした側面を見るにつけ、Z世代以降に絶大な人気を誇るビリーは、アーティストであると同時にアクティビストでもあると再認識する。
2024年12月21日、米ロサンゼルスにて
Photo by Kevin Mazur/Getty Images for Live Nation Entertainment
19時、兄のフィニアスが、オープニング・アーティストとして登場。過去のツアーは基本的にずっとフィニアスとビリーとドラマーという編成で行っていたけれど、今回からフィニアスは参加しておらず、ビリーは初めてツアーバンドを迎えている。この最終日限りの特別ゲストに、観客が沸き立った。フィニアスはバンドを従えてオーガニックなパフォーマンスを披露し、彼の曲も一緒に歌えるオーディエンスを十二分に盛り上げた。長方形の巨大なステージがフロア中央に配置されているため、最大限の人数がステージに近づけて、1、2階席も、どこにいてもステージ上が非常によく見える作りになっている。これもファン想いのビリーの案だろう。ステージの中央を挟んで、左右にステージから一段下がった正方形のバンドエリアがあり、バンドのメンバーがフロアからはあまり目立たない作りになっていた。巨大なLEDスクリーンが頭上に設置されており、そのスクリーンには主にパフォーマンスがアップで映し出される。
20時半すぎ、いつの間にかステージ上には大きな箱型のLEDライトが設置されている。全米アルバムチャートで2位を記録したニュー・アルバム『ヒット・ミー・ハード・アンド・ソフト』の「チヒロ」のイントロのヘヴィなベースが響き渡ると同時に光るキューブがゆっくり上昇し、一瞬だけビリーの姿が透けて見えると、熱狂的な大歓声が場内を貫いた。Apple Musicの取材でビリーが説明していたこの唯一のセットは、外壁はライトになっているが中に入っているビリーからは場内が全て見えて、超現実的だと言う。それから外壁だけが上昇して台が下がり、ビリーがステージに降りてきた。通常の2倍は長いステージ上を、彼女は軽快な足取りで動き回って、時にダッシュし、時にジャンプしながら、この上なく透明感のある強力な歌声を響かせた。観客は叫び声も上げつつ、ビリーに合わせて熱唱している。10代のファンが観客の大半だった『ホエン・ウィ・オール・フォール・アスリープ、ホエア・ドゥ・ウィ・ゴー?』のツアー時のようにビリーの声をかき消してしまうほどではないけれど、今でも合唱の大きさは桁外れだ。その熱狂の中心にいるビリーは、オーバーサイズのジャージにハーフパンツにスニーカー、キャップという定番のカジュアルスタイルでごく自然体なのだが、強烈なスター・オーラを放っている。カリスマというのはこういう雰囲気のことだと強く思う。
続いて、2曲目で早くも新作のフォーカスシングル「ランチ」を披露。ダンサブルで斬新なビートの上でビリーの挑発的でリズミカルなヴォーカルが跳ね回る曲で、オーディエンスはビリーと一緒にジャンプしまくりながら大合唱した。その光景は、ロックやヒップホップのライブの激しい盛り上がりによく似て、かなりアグレッシブだが、オーディエンスの大半がビリーと同世代か年下の女子のため危険ではなく、強力な一体感を感じる。そして自分のショウがそういうものであることを理解しているビリーは、中盤で「今日はツアーの最終日で、私は心から感謝していて、それにめっちゃ疲れている。それに、みんなのことが大好きで、すごくラッキーだって感じてる。ここに来てくれてありがとう。愛してるよ」と観客にお礼を言った後、「ここにいる皆、特に女子に言いたいんだけど、ここはすごく安全な場所だからね。私、皆を見てるから」と真剣な口調で言った。その後に続いた曲は、2022年の『ハピアー・ザン・エヴァー』収録の「ユア・パワー」。昔から女性の権利についても声を上げ続けているビリーが、ファンに愛され、崇拝される理由がよくわかる一場面だった。
「私を強く優しく打って」というアルバム・タイトルと同様に、今回のステージは新作と過去の2枚のアルバムとEPのハードな曲とソフトな曲を交互に織り交ぜながら進んで行き、その緩急をつけた流れがとても自然で心地よかった。だが、どの曲でも観客の盛り上がりはピークの熱を保ったままで、ずっと一体感が続いていた。全米シングル・チャート1位を初めて達成した代表曲の一つ「バッド・ガイ」や、1階席の隣に設置された小ステージにビリーが突然現れてファンを大興奮させたチャーリーXCXとのコラボ曲「ゲス」では、まるでクラブのように爆発的に盛り上がり、ビリーが再びキューブのセットに乗って上昇しながら歌ったバラード曲「ザ・グレイテスト」では、今作で格段に上がった歌唱力で観客をリードして合唱を巻き起こした。
ビリーの囁きのような美しいソフト・ヴォーカルは、後続の女性シンガー達のトレンドのようになっていたが、ヴォーカル・トレーニングを始めたという今の彼女の声はかなり強化されていて、静かで柔らかな歌声だけでなく、深くパワフルな歌声も操れるようになっていた。特にハイトーンの強度と響きが驚異的で、楽曲に宿るリアルな感情を全身全霊で体現するその表現力と合わせると、最早、完全無敵である。今年度の【グラミー賞】の〈年間最優秀楽曲賞〉と【アカデミー賞】の〈歌曲賞〉を受賞した「ホワット・ワズ・アイ・メイド・フォー?」も、今年の【グラミー賞授賞式】の素晴らしいパフォーマンスを凌ぐほどの素晴らしさだった。
後半のクライマックスは、フィニアスが登場して、一際大きな大歓声の中で始まった。「ラヴリー/アイドントワナビーユーエニーモア/ボアード/オーシャン・アイズ」のメドレーを、ビリーの歌声とフィニアスのキーボードだけで披露し、相変わらず10代の少女のような純粋さと美しさを讃えたビリーの声とフィニアスの控えめで穏やかなバックヴォーカルが夢見心地にさせられるハーモニーを奏で、本当に親密な瞬間だった。過去の彼らのツアーのステージを思い出すような光景を作り上げた後、ビリーが一人で「オー・ホーリーナイト」のカバーを熱唱。彼女は子供の頃から合唱団で歌っていただけあって、このクラシック曲もため息が出るほど鮮やかに歌いこなし、それから新作のジャズ風の「ラムール・ドゥ・マ・ヴィ」に続けて、表現力の幅の広さも知らしめてくれた。
アコギを手にしたフィニアスが再登場して始まった「ハピアー・ザン・エヴァー」は、ビリーもギターを弾きながら歌い、二人が向き合ってギターをかき鳴らし、パイロの炎がステージ上で何度も噴出して、ロックショウさながらのハイライトを作った。そしてラストは、今年度のSpotifyのグローバル・ストリーミング数で3位を達成し、【グラミー賞】の〈年間最優秀レコード賞〉と〈年間最優秀楽曲賞〉にノミネートされている「バーズ・オブ・ア・フェザー」。今のビリーがハッピーな場所にいることが伝わってくる最高に高揚感のある曲で、この夜最後の大合唱を巻き起こしたビリーは、「ロサンゼルス、ありがとう! 愛してるよ! また会おう!」と叫び、フィニアスと強く抱き合って超現実的な約90分のステージを終えた。そして「ブルー」のBGMが流れる中、ビリーはステージ上をゆっくりと歩き、全4方向に向かって深くお辞儀をしてから手を振り、投げキスをして走り去っていった。
衣装替えは一切なく、セットも至ってシンプルで、ビリーとバンドのパフォーマンスだけで成り立っていたショウは、ビリーの人間離れした表現力と進化した歌唱力をまざまざと見せてくれただけでなく、通常のコンサートを超えた、強力で深い繋がりのある貴重なコミュニティのような空間を、彼女が観客に提供し続けていることを実感させてくれた。彼女はステージで歌うことと同じぐらい心からファンのことを愛していて、その愛を唯一無二のパフォーマンスと言動の全てで見せてくれる。だからこそ、ビリー・アイリッシュは世界中の新世代のアイコンなのだと思う。
リリース情報
『ヒット・ミー・ハード・アンド・ソフト』
2024/5/17 RELEASE
UICS-1404 2,750円(tax in)
再生・ダウンロード・購入はこちら
期間限定盤LP『ヒット・ミー・ハード・アンド・ソフト』
2025/1/22 RELEASE
UIJS-7002 6,600円(tax in)
予約・購入はこちら
関連リンク
関連商品