Special
<インタビュー>イム・ヒョンジュが築いてきた日本と韓国の架け橋、松任谷由実やSUGIZOとの縁も
Text & Interview: 服部のり子
韓国を代表するポペラ・テナー歌手、イム・ヒョンジュが日本デビュー20周年を記念して、シングル『History of Love』をリリースした。このシングルで松任谷由実の「春よ、来い」を再レコーディングしているのだが、彼はこの名曲を2004年にアルバム『サリー・ガーデン』の日本盤ボーナストラックとしてカバーしている。それから20年の間、松任谷由実のプロジェクト「Friends of Love The Earth」に参加して、2005年の【愛・地球博】の閉幕コンサートに出演したり、また、2011年には東日本大震災直後に来日して、チャリティ番組『FNS音楽特別番組上を向いて歩こう~うたでひとつになろう日本~』で歌ったりなど、日本との絆を深めてきた。
そんなイム・ヒョンジュに20周年記念シングルや20年の歩みなどについて話をうかがった。
イム・ヒョンジュ
日本デビュー20周年の軌跡
ここでイム・ヒョンジュのキャリアを紹介しよう。1986年5月7日、韓国・ソウルで生まれたイム・ヒョンジュは、12歳でデビュー。その歌声から“声楽の神童”と称され、オペラとポップスを融合したポペラという新しいジャンルを確立し、韓国で社会現状を巻き起こした。
その後、数々のコンクールで優勝。ジュリアード音楽院予備校では、声楽で審査員満場一致で合格。2003年にはアルバム『サリー・ガーデン』で世界デビュー。アルバムは、クラシック・チャートで週間、月間、年間すべてにおいて1位を記録し、韓国内だけで40万枚以上を売り上げている。同年2月には、ノ・ムヒョン元大統領の就任式で歴代最年少歌手として国歌を披露、一躍韓国を代表するアーティストとしての地位を築いた。また6月には、米ニューヨーク・カーネギー・ホールにて海外デビュー・コンサートを行い成功させた。
2014年5月にUniversal Koreaにレーベル移籍後、「千の風になって」の韓国語ヴァージョンがセウォル号の事故の被害者への追悼歌として多くの人に聞かれ、韓国人の心を癒した。2019年の除隊後、音楽活動を再開。2024年5月23日には、音楽で青少年を対象とした文化芸術教育の功労が認められ、国民福祉の向上と国家発展に貢献した人に与えられる〈国民勲章冬柏章〉が授与された。
2024年5月、〈国民勲章冬柏章〉授与式にて
日本の活動は、2004年1月のデビュー・アルバム『サリー・ガーデン』よりスタート。日本盤ボーナストラックとして松任谷由実の「春よ、来い」をカバーし、その歌声の美しさから、のちに松任谷由実が手掛けるコラボレーション「Friends of Love The Earth」参加の招待を受ける。日本デビュー曲となる「サリー・ガーデンズ」は、コンピレーション・アルバム『image 4』にも収録され、同アルバムは日本のチャートで16位、ヒーリングミュージック&クラシカルクロスオーバー・チャートで1位を記録した。
アジアのミュージシャンによる、“音楽でアジアが繋がる“をテーマにした「Friends Of Love The Earth」は、2005年9月23日【愛・地球博】の閉幕式のステージ「YUMING Love The Earth Final」の中で登場し、ヒョンジュは「春よ、来い」を松任谷由実と共演。「Friends of Love The Earth」の5人のメンバーによるオリジナル曲「Smile again」も初披露された。同年12月31日には『第56回NHK紅白歌合戦』に上海から出場し、瞬間最高視聴率42.5%を叩き出した。2011年3月には、東日本大震災の復興を祈願して放送されたフジテレビ『FNS音楽特別番組上を向いて歩こう~うたでひとつになろう日本~』で、松任谷由実の呼びかけによりメンバーが再集結し、「Smile again」を生歌唱している。
その後もコンスタントにアルバムをリリース。2013年にはJ-POPのカバー・アルバム『Two Hearts, One Love』、2015年には前述の「千の風になって」や日本語楽曲も収録した『FINALLY』をリリースしている。日韓国交正常化50周年を迎えた2015年には、4月に東京・サントリーホール・ブルーローズ、12月に韓国文化院の招聘で大阪いずみホールにて単独ライブを成功させた。
そして、2024年12月12日に、日本デビュー20周年記念デジタル・シングル『History of Love』をリリース。同作には、ヒョンジュの代表曲「序曲 / Overture」と、SUGIZO(LUNA SEA、X JAPAN、THE LAST ROCKSTARS、SHAG)をヴァイオリニストとして迎え、20年の月日を経て新しくレコーディングした思い出の楽曲「春よ、来い feat. SUGIZO(2024 New recording)」の2曲が収録されている。
SUGIZO
日本活動の思い出
──20年前の日本デビューのことで、何か印象的だったり、想い出に残ったりしていることはありますか?
イム・ヒョンジュ:日本デビューが決まったと聞いたとき、奇跡的な瞬間に感じられましたし、とても幸せな記憶として私のなかにいまも残っています。というのも、子供の頃から母が運転する車内で、五輪真弓の「恋人よ」、もんた&ブラザーズの「ダンシング・オールナイト」、いしだあゆみの「ブルー・ライト・ヨコハマ」といった曲をよく聴いていました。また、『ベルサイユのばら』、『ガラスの仮面』などの漫画も大好きでしたし、10代のときは、岩井俊二監督の映画『Love Letter』が好きでよく観ていました。それから夏になると浴衣を着たり、祖母の影響でお醤油は、いつもキッコーマンだったり(笑)。なので、日本の文化が身近に存在し、親しみを持っていたからなんです。
──デビュー後、コンサートやイベント出演などで数えきれないほど来日されています。そのなかで思い出されることは?
イム・ヒョンジュ:2004年にアルバム『サリー・ガーデン』の日本盤ボーナストラックとして「春よ、来い」を歌った後、松任谷由実さんが主宰されたプロジェクト「Friends Of Love The Earth」に韓国代表として参加することができて、2005年の【愛・地球博】のために書かれた曲「Smile again」を5人のメンバーと一緒に歌わせていただきました。さらにこの曲で『NHK紅白歌合戦』に出場することも叶い、日本での得難い貴重な経験をいろいろさせていただきました。
──そのご縁を築いたきっかけが「春よ、来い」かと思いますが、20年ぶりの再レコーディングで歌に抱く感情など何か変わりましたか?
イム・ヒョンジュ:(日本語で)もちろん大きく変わりました。まず20年前はほとんど日本語が話せませんでした。その時より少しは話せるようになりましたし、今回はプロデューサーの今泉圭姫子さんに発音の指導を徹底的にしてもらったので、20年前より発音もよくなっているんじゃないでしょうか。
このプロデューサーが本当に厳しくて(笑)。通常のレコーディングはだいたい1時間ちょっとで終わるのですが、「春よ、来い」では2時間を超えました。とりわけ“沈丁花”が難しくて、ここだけで30分以上を費やしたのですが、しっかり発音のディレクションをしてもらったおかげで、自分で聴いても満足できる歌になったと思っています。
さらに私も38歳になったので、歌詞をより深く理解したうえで、歌が持つ意味をより音楽的に表現することができたのではないでしょうか。“節制美”というか、抑制された日本特有の美しさってありますよね。「春よ、来い」も愛する思いを強く持っていても、それを全て言葉にするのではなく、心に秘めている、そんな“せつせつ”とした感情を表現できたのではないかと思っています。
──その切ない感情を感じるのがサビの歌詞〈浅き夢よ〉のところなんですけれども……。
イム・ヒョンジュ:浅き夢の解釈は、20年前とは大きく変わっています。当時も翻訳された歌詞を読み、胸が痛くなるような感情が沸きあがっていましたけれど、今抱く“切ない”感情をより鮮明に表現するために今回アレンジも変えました。間奏からサビに入るところで、伴奏のボリュームを小さくしています。さらに少し空気を含むような歌声でも歌っています。
──そうですね、その空気を含んだ歌声から切なさもそうですが、慈しみに満ちた優しさがより伝わってくるように思います。ところで、アレンジという点ではSUGIZOさんのヴァイオリンが加わったことも大きな話題ですよね。
イム・ヒョンジュ:日本のミュージシャンとコラボをしたいという思いがあって、LUNA SEA、X JAPANといったバンドで活躍されてきたSUGIZOさんに参加していただきました。当初は日本と韓国のミュージシャンの友情というところに意味があると思っていましたが、SUGIZOさんの演奏は天才的で、その才能に心奪われることになりました。曲の合間にアドリブを入れるのはSUGIZOさんからの提案だったのですが、これが想像以上の演奏になりました。クラシックのヴァイオリニストの場合は、楽譜通りに演奏しますよね。たとえ少しアドリブを加えるとしてもカデンツァ(曲や楽章を閉じる前に演奏される技巧的で即興的な部分)なので、ある程度決まったカタチがあります。それがSUGIZOさんの場合、全く想像していなかったメロディや演奏が作り出されていくので、まさに天才だと思いました。
SUGIZOとイム・ヒョンジュ
──20年前に私がインタビューしたとき、「春よ、来い」について、「桜の花びらが舞い散っているなか、着物を着た美しい女性がある男性を待ち焦がれている」というような映像を思い浮かべながら歌っていると言っていましたが、今も何か映像が浮かぶということはありますか。
イム・ヒョンジュ:そのイメージに変化はあまりなく、同じような映像が浮かんでいます。ただ、先ほどもお話ししましたけれど、当時よりもっと“切なさ”が増しているので、その感情を自分の肌でも、心でもより強く感じています。
──今回来日して松任谷由実さんと再会していますよね。その時の映像をユーミンのインスタで見ました。
イム・ヒョンジュ:私にとって日本での活動は、松任谷由実さんなくして語ることはできないと思っています。今回久しぶりに再会したわけですが、お会いした瞬間は、いつになく緊張しました。というのも、20年前の私は若すぎて、松任谷由実さんのことはよく存じあげていましたが、彼女の音楽の世界を完璧に理解していたとは言い難い状態でした。でも、この20年、親しい知人として長くお付き合いをさせていただくなかで、私自身が松任谷由実さんの大ファンになり、常にすごく大きなインスピレーションを受けてきました。
彼女が発表されている楽曲もほとんど聴き込んでいますし、彼女が音楽界で築いてきたキャリアや天性の才能を知れば知るほど、尊敬の念がどんどん募ってきて、松任谷由実さんのようなアーティストになりたい、少しでも近づきたいという気持ちが私の中にあるので、今回は緊張しました。彼女は本当に優しく接してくれて、いいお話をしてくださるんですね。松任谷由実さんに再会できて、とても幸せな時間になりました。
音楽で癒しを届けるミュージシャンであり続けたい
──インタビュー前に「いっぱい話すときは、のど飴をなめるようにしている」と言っていましたが、優しく、繊細な響きのテノール・ヴォイスを保つためにどんなケアをしていますか?
イム・ヒョンジュ:当然のことですけれど、タバコ、お酒、カフェインはNG。この3つの鉄則は守り続けています。そして、ヴォーカル・レッスンは、初めての声楽の先生に今も教えていただいているのと同時に、ポップス専門のトレーナーのレッスンも受けています。スポーツに喩えると、ゴルフのタイガー・ウッズ選手やフィギュアの羽生結弦選手のような超一流のアスリートであっても、コーチをずっとつけていますよね。私にも客観的に歌を聴いてくれる第三者であるコーチが必要だと思っているので、レッスンを大切にしています。
──さて、少し音楽以外の話も聞かせてください。東日本大震災発生から間もなくの2011年3月27日に来日して、チャリティ番組『FNS音楽特別番組上を向いて歩こう~うたでひとつになろう日本~』に出演されました。在日外国人が被災を恐れて、続々帰国するなかでの来日に驚かされましたが、チャリティに関してはどのように考えておられますか。
イム・ヒョンジュ:私のチャリティ活動は、韓国でのデビュー時から始まりました。1998年にアルバム『Whispers Of Hope』をリリースする際にレーベルから専属契約金をいただいたのですが、その全額を開眼手術費として寄付し、ユニセフコリアと共に全世界の戦争被害児童を助けるミュージック・ビデオを制作しました。そこから始まって、2005年に大韓赤十字社の親善大使となり、14年にはユネスコの親善大使にも就任しました。
私は、歌うことで大勢の方からたくさんの愛をいただいています。その愛に見合う行動のひとつとして、社会に還元していく役目を担っているというのが私の持論です。これがチャリティ活動を続ける理由でもあります。
2023年9月、ローマ法王と
──そういう社会貢献が認められたのでしょうか。韓国で〈国民勲章冬柏章〉を授与されていますよね。
イム・ヒョンジュ:今年韓国政府からいただいたもので、一般の人に授与される最高レベルの勲章になります。とても光栄なことです。その際に、文化的な活動を通して、国に貢献してきたこと、社会に健全な精神を広め、青少年の育成にも尽力したことが評価の対象になったと言われました。男性では最年少での受賞ということで、とても意義深く、名誉なことだと思っています。
──最後に今後のヴィジョンを教えていただけますか。とりわけ来年は、日韓国交正常化60周年の年でもあります。
イム・ヒョンジュ:日本での目標としてお話をすると、来年は、おっしゃったように特別な年でもありますので、微力ですが、音楽の架け橋となって、友好の一翼を担えたら嬉しいと思っています。そして、さまざまな活動を通して、音楽で癒しを届けるミュージシャンであり続けたいと思っています。
──ありがとうございました。来年は、ぜひコンサートでも来日してください。楽しみにしています。
リリース情報
日本デビュー20周年記念シングル『History of Love』
2024/12/12 DIGITAL RELEASE
再生・ダウンロードはこちら
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イム・ヒョンジュ 公式サイトイム・ヒョンジュ 日本レーベルサイト
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