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<インタビュー>にしな 「愛」について向き合った新曲「わをん」をリリース――人との繋がりが実を結んだストーリーにも注目
Interview&Text:金子厚武/Photo:堀内彩香
にしなが新曲「わをん」を配信リリースした。この曲は11月29日にファイナルを迎えたZeppツアー【SUPER COMPLEX】の本編ラストで、スクリーンに歌詞を投影しながら披露された楽曲。「愛」について深く向き合い、誰かが誰かを想う日常の尊さを描いた、にしなのニューアンセムだ。プロデュースを担当したのは「EDEN(feat. にしな&唾奇)」でも共演をしている変態紳士クラブのGeG。近年のにしなの楽曲が様々な人とのつながりから生まれていることを改めて印象付ける楽曲でもあると言えるだろう。ツアーの前半戦を終えたタイミングのにしなに、名曲が生まれた背景を聞いた。
劣等感に思ってる部分も角度を変えてみれば、
自分が生きる上で必要なものなのかもしれない
――ツアーの前半3本を終えて(取材は11月20日)、手応えはいかがですか?
にしな:すごく順調に、楽しく進んでいます。前回とはガラッと雰囲気を変えようと思って挑んだツアーで、いろいろまだ模索する部分はあるんですけど、描いていたイメージに近い感じでお客さんも楽しんでくれてる気がしますし、また新しく自分の中で世界が開けるというか、獲得していくものがあるなと実感するツアーです。
――僕はまだ今回のツアーは見れていないのですが、前回のツアーは白のイメージだったのに対して、今回は黒のイメージになってるんですよね。
にしな:そもそも私がライブをやり始めたのがコロナ禍だったから、声出しありのライブを経験してこなかったお客さんも多くて、どうすれば一緒に歌ったり、動いたり、楽しめるんだろうっていうのをずっと模索してきたんです。
自分自身シャイだし、鏡のようにお客さんも結構シャイな方が多くて、楽しみ方はそれぞれだけど、もし恥ずかしくてできないことがあるならそこは取っ払っていきたいし、それをしてあげたい思いがずっとあって。で、次のツアーはどうしようか考えたときに、照明が薄暗いとさらけ出しやすいというか、人の目を気にしなくなるかなと思って、「クラブみたいな薄暗い空間で、光が映える演出にしてみたい」というアイデアをチームのみんなで共有していたんです。今回モハメドさんという3Dアーティストの方とご一緒していて、冒頭は緊張感を高めて、集中したモードになるけど、後半は開けて、愛のある感じになっていくイメージ。光るグッズも作ったので、お客さんと一緒に光を作っていくイメージもありました。
――「SUPER COMPLEX」というタイトルについても教えてください。
にしな:響き的にはめちゃくちゃ劣等感を抱いてる感じに聞こえるワードではあるんですけど、これは化学用語で……正直難しくてちゃんとは覚えてないんですけど(笑)、タンパク質の結合に役立つシステムみたいな感じで、簡単に言うと、生きていく上ですごく重要な仕組みを表す言葉なんです。それを知ったときに、劣等感に思ってる部分も角度を変えてみれば、自分が生きる上で必要なものなのかもしれないと思って、暗めの空間で光を映えさせるツアーともすごくフィットする部分があるなって。
日頃のストレスを持ってきてもらって、それを解放することも大事ですけど、別にストレスや劣等感が悪いわけではないというか、それがあるからこそいい面もあるという表現をしたくて、それで「SUPER COMPLEX」というタイトルにしました。それぞれの心の中まではわからないですけど、お客さんはみんな笑ってくれてる印象なので、一緒に楽しいツアーが作れてるんじゃないかと思ってます。
――そのツアーでも披露されている新曲の「わをん」は変態紳士クラブ・GeGさんのプロデュース。GeGさんとの出会いは昨年リリースされたGeG「EDEN(feat. にしな&唾奇)だと思うんですけど、あの曲に参加したのはどういうきっかけだったんですか?
にしな:そもそもはGeGさんが「ヘビースモーク」をリリースしたときにSNSで反応してくれていて、「いつかご一緒できたら」みたいなお話があって、私はそれとはまた別にインタビューで「いつかラッパーの人と曲をやりたいです」というのをずっと言ってたんです。あるタイミングで「一緒に曲を作りましょう」となり、唾奇さんとご一緒させてもらったという流れでした。
――「EDEN」と一緒に「ヘビースモーク」のGeGさんによるリミックスがリリースされていたのはそういう背景もあったんですね。レコーディングはいかがでしたか?
にしな:GeGさんも唾奇さんも2人ともすごく愛を持って作品を作ってくださって、「EDEN」の作詞作曲には私は携わってないんですけど、「どう思う?」と直接いろいろ聞いてくれたので、自分も一緒にしっかりやりたいなと思って、歌声に気持ちも乗せられました。すごく好きな曲になりましたね。
――年明けにはGeGさんプロデュースのコンピレーションに唾奇「水仙(Prod. GeG)[feat. にしな]」が収録されていて、歌詞からしても「わをん」との関連がある曲なのかなと思いました。
にしな:まさしく、もともと「わをん」はGeGさんと唾奇さんとみんなで作ろうと思って書き始めた曲なんです。でも結果的には違うトラックにしようということになって、残ったものを1人で完成させたのが「わをん」なんです。
――リリースの順番は「水仙」が先ですけど、もともとは「わをん」が先にあったんですね。GeGさんのインタビューを読んだら、「水仙」は伊豆スタジオで合宿をして作っていて、事前にトラックを渡していたけど、唾奇さんの意向で現場で1から作り直した、とおっしゃっていました。
にしな:合宿に入る前にみなさんとどういう曲がいいかを話していて、にしなが持つ世界観、唾奇さんが持つ世界観、GeGさんが持つ世界観がそれぞれある中で、今回は別のトラックにした方が良いものができるんじゃないかということになって。その後にできた新しいトラックもすごく良かったので、そこは素直に乗っていきました。
――現場で急に方向転換をして、1から作るというのはなかなかない経験ですよね。
にしな:そうですね。合宿すること自体も初めてでしたし、人としっかり共作するのも初めてだったので、合宿に入ってからしっかり考えるのが不安だったから、元々使う予定だったトラックで事前に考えたものを持っていっちゃった部分もあったんです。でもその場でちゃんとパワーを発揮することが本来やるべきことだったと思うので、いい経験になったというか、その場で書き上げるという自分の瞬発力を見せられたのは、すごくいい時間だったなと思います。
――9月にリリースされた「plum」はYaffleさんのプロデュースで、レコーディングの前に藤井 風さんの「tiny desk concerts」で共演する機会があったから、ストーリーを大事にして「tiny desk concerts」と同じメンバーでレコーディングをしたという話がありましたけど、今回の「わをん」にもストーリーがありますね。
にしな:そうですね。この曲のレコーディングは何回も録り直しをしたんですけど、「EDEN」や「水仙」でご一緒させてもらって、GeGさんが120%で曲に向き合う方だというのはわかってたし、私自身もいい曲にしたかったから、「もっとこうしてみたい」というわがままを結構言わせてもらって、でもそれにちゃんと付き合ってくれました。そういうわがままが言えたのはすでに関係性があったからで、GeGさんなら向き合ってくれるって、勝手に信頼がめちゃくちゃあったので、GeGさんあっての曲だと思います。
一緒に空間を作れる曲になったらいいな
――もともとの曲の着想はどんなところからですか?
にしな:もともと3人で作るイメージだったので、それを踏まえてどういう曲を作ろうかなと思ったときに、Twitterでハリー・ポッターの登場人物それぞれの「自分が思う愛してるの言い方」みたいな動画(正確には「I love youの訳し方」)があって、本当にみんなそれぞれなんですよ。それを見て、愛は本当にいろいろあるから、自分にとっての愛とか、他の人が思う愛を書き連ねると面白いんじゃないかと思って、そこから書き始めました。その中で、「あい」という響きだったり、そこに含まれる意味を自分なりに引き出して、改めて捉えてみる、探してみるみたいな作り方でしたね。
――最初は「あい」、「i」、「哀」、「アイ」といろいろな「あい」が描かれているんだけど、それが最後には「愛」に収束していく展開がとても印象的でした。
にしな:「あい」は五十音の最初の2文字だから、音の響きとしては小さい頃にすでに学んでるわけで、大人になって難しく考えすぎてるけど、本当は小さいときの方が「あい」のことをわかってるのかもしれない、みたいなところから1行目を書いてるんです。で、どうやって曲を終わらせようかと思ったときに、五十音で考えると最後は「わをん=和音」だから、これで曲のリボンを結べるなと思いました。
――〈our life goes on〉と歌われているサビが最後に〈our lives go on〉に変化しているのも印象的でした。「愛」を再確認する中で、誰かが誰かのことを想って、つながりがどんどん増えていく。そんなふうにも受け取れるなと。
にしな:私、最初全部のサビを〈our lives goes on〉と書いてたんですよ。でもそれは文法的におかしくて、〈our life goes on〉が正しいけど、でも言葉の響き的にはそれは嫌だなと。で、結局は私全部〈our lives goes on〉と歌ってるんですけど、歌詞の表記は正しい文法にしようとなって、でも出来上がった曲を聴いてみるとそこまではっきり音の違いはわからないから、意味合いをつけるためにも、最後だけ〈lives〉にしようかって。なので、実際に歌ってる言葉と歌詞に書いてある言葉がちょっと違うんです(笑)。
――なるほど(笑)。でもすごくストーリー性を感じさせていいなと思いました。アレンジに関しては、GeGさんとはどんなやり取りがありましたか?
にしな:いただいたトラックがもともとこういう感じというか、GeGさんらしい春っぽい感じで、もっとオーケストラみたいな、世界を広くする案もあったんですけど、個人的には最初のトラックのいい意味でのチープさが好きだったので、あまり豪華にし過ぎたくないし、今のトラックの感じを大切にしたいとお伝えして、現状のトラックの良さをキープしたままアップデートしていこう、みたいな感じでやってくれました。だからピアノとかは多分弾き直してくれてるけど、リズム隊は打ち込みがそのままだったり。あとこの曲はサビではないのかもしれないサビみたいな感じじゃないですか(笑)。今まで作ってきた曲はサビを自分が歌う意識のもと作り上げてたんですけど、この曲は自分が歌わなくてもいいのかもしれない、みたいな感じで作っていたので、そのイメージも共有していて。最初は合唱団を入れたらいいかもと思ってたんですけど、でも話し合うなかで、「ここはにしな一人がいいかもね」となって、この形に落ち着いたんです。
――まさにこのサビというか、コーラスというか、にしなさんの歌が前に出すぎないミックスも含めて、すごく印象的でした。
にしな:ライブでこういう曲があってもいいかなって。この高さだと多分原キーのままだとお客さんも私自身も歌うのはきついんですけど、オクターブ下だったらみんなで一緒に何となく口ずさめるかなと思いましたし、演出の幅も一つ増えるかなと思って、今までのサビとは違うものにしたかったんです。
――オーケストラで広げるのではなく、いい意味でチープさを残すという話は、「i」=「個人」みたいなイメージとつながっていて、サビでその一人ひとりが声を重ねることで「愛」が生まれるような、そんな印象も受けました。それこそ、ライブでみんなで歌うことによって、初めて完成するような。
にしな:今回のツアーで初出しなので、まだ誰も歌えないんですけど(笑)、いつかそうなったらいいなとは思います。ガッツリじゃなくても、みんながふわっと歌ってくれて、私もふわっと歌って、一緒に空間を作れる曲になったらいいなと思いますね。
――〈見上げれば弛まない空/in loneliness planet/our life goes on〉というサビの歌詞にはどんなイメージがありましたか?
にしな:何が歌いたいのかと言われたら、別に訴えたいことは何もないというか、サビで何かを伝えたいわけではなくて。ただどんなときも、お互いの日々も人生も続いていくよねっていうことを歌っていて、それは自分がワーッと歌うよりは、遠くで鳴ってるくらいの方がリアルだったというか。
――にしなさんの曲の根本には自分自身の体験があると思うけど、ただ自分のパーソナルをそのまま歌うわけではなくて、それを昇華して、普遍的なメッセージにしている印象があって。なので、このサビの「誰の歌でもないし、誰の歌でもある」という雰囲気は、にしなさんの作家性ともすごくマッチしていると感じました。
にしな:最初は自分のために書いてるつもりだったりするけど、書き上げたときに誰かの曲になってほしいと思いますし、100%自分の体験談で書き切るときもあるかもしれないけど、やっぱりいろんな人のことも想像したりするので、今おっしゃったように、誰の曲でもないけど誰の曲でもある、みたいなふうになってくれたら嬉しいなとは思います。
――後半の〈明日がどうなろうと構わない〉からのパートは歌っていてより気持ちがこもりそうですよね。レコーディングもそうだったと思うし、ライブではよりエモーショナルになるのかなって。
にしな:エモーショナルにもなるんですけど、高低差が半端じゃないので、自分史上一番ライブで歌うのが難しいです。ここからキーも上がって、声を張るので、気持ちも乗りやすいですけど、あとで下がるから行き切ってもダメだぞ、みたいな(笑)。冷静さを保ちつつ、でもちゃんと自分の気持ちも反応していく曲ですね。
――確かに、〈誰かの幸せを 願う日もある〉のところでフッと落とす感じも印象的です。
にしな:オケを聴きながら歌を入れて作ってたんですけど、そこは自然に引きたかったというか、あんまり考えすぎずに、デモの段階からそうでしたね。自分のことばかり考えてうわーってなるけど、ふとしたタイミングで誰かのことを想う瞬間は自然と落ち着いている。それはすごく愛だし優しさだなと思ったんです。
――最後に10月にリリースされた「ねこぜ」についても聞かせてください。ドラマ『つづ井さん』のエンディング主題歌になってますね。
にしな:「ねこぜ」はもともとリファレンス楽曲があったんです。「こういう曲を募集します」みたいな公募があって。他の楽曲のレコーディング中に、「今こういう案件が来てて、曲を書いてるんです」っていう話をしたら、たまたまその方がリファレンスの楽曲にも関わっていたという偶然がありました。
「つづ井さん」自体は何となくニュアンスを理解して、読まないで書いたんですけど、自分なりに「つづ井さん」をイメージして、ネガとポジのバランス感を大切にしつつ、自分自身のオタク感を降臨させつつ書くみたいな感じでした(笑)。読まなくても書ける気がしたのは悪い意味じゃなくて、自分と通じる部分がニュアンスからしてあるからで、このラフさみたいなものは逆に自分からだとなかなかやらないけど、でもやってみたい気持ちはあったから、いい感じでできました。
にしな - ねこぜ【Official Video】
――YaffleさんやGeGさんともストーリーがあったけど、「ねこぜ」にもあったんですね。
にしな:この曲こそストーリーがあるというか、突然の奇跡でした(笑)。びっくりしましたし、録った時点ではもちろん使ってもらえるかは全然決まっていなかったですけど、でもあの時点で使ってもらえる気がしてました。
――デビューから4年が経過して、いろんな繋がりが生まれているからこそ、伏線回収じゃないけど、最近の楽曲はこれまで点だったものが繋がって生まれている感じがしますよね。
にしな:それはすごく感じていて、もともと弾き語りでやってたので、ずっと1人で書いて、1人で出していて、それもすごく好きなんですけど、いろんな人に携わってもらえるようになって、自分が書く言葉も周りにいる人によって変わるし、全て人の繋がりで生み出されていることを実感していて。全部たまたまではあるんですけど、なるべくしてなるというか、全部意味があってこうなってるんだと勝手に感じてます。
――「偶然は必然」って言いますけど、本当にそうだなって。偶然も背景がなければ絶対に生まれないから、そう考えると必然ですよね。
にしな:関わってくれる人が増えるほど、点と点が繋がりやすくなりますしね。
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