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<インタビュー>十明、ありのままの自分と変身願望が調和した1stアルバム『変身のレシピ』
Interview & Text:金子厚武
Photo:筒浦奨太
シンガーソングライターの十明がファーストアルバム『変身のレシピ』を完成させた。シンデレラを主人公に、映画『すずめの戸締まり』で注目を浴びた自身への「シンデレラストーリー」という声に対する皮肉と反抗心を描いたデビュー曲「灰かぶり」から約1年半。その後も彼女は楽曲を通じて物語を綴り、キャラクターに変身することで誰もが抱える内省的な感情を表現すると同時に、アーティストとしての自身の変身も描いてきたと言える。野田洋次郎が多くの曲でプロデュースを担当し、アレンジャーとしてknoakやmabanua、小田朋美らも参加した『変身のレシピ』はまさにそんな1年半のドキュメンタリーであり、歌とともに生きていくことを宣言する、十明にとっての決意表明の作品でもあるのだ。
「抗いみたいなことをしてできた曲もかなり多いと思います」
――2024年は2月にEP『僕だけの愛』のリリースがあり、それ以降もコンスタントに楽曲を配信して、8月にはショーケースライブもありました。十明さんにとってどんな一年になりましたか?
十明:自分の歌が届いている人と実際に初めて会うタイミングがショーケースで、それまでは自分勝手に自分を押し付けていた部分があったと思うんですけど、「自分以外の人も含めて十明をやりたい」という気持ちが芽生え始めたのがEPを出してからの気持ちの変化でしたね。前までは「一人感」が強くて、「私がやらなきゃいけない」という気持ちだったところから、「聴いてくれる人も、一緒に制作してくれてる周りのみなさんも含めての私」みたいな気持ちがやっと出てきたというか、それはずっと気づいていなかったことでした。自分以外の人も含めて十明だと思うと、いい意味で責任も感じるし、「頼ってもいいんだ」という安心感も生まれて、それは大きな変化だと思います。
――逆に言うと、デビューの後はプレッシャーもあっただろうし、1人で抱えてしまうような、自分で自分を追い込んでしまうような時期もあったりした?
十明:デビューしてすぐくらいは「こんなにいろんなことやってもらってもいいのかな?」みたいな気持ちがありました。まだ十明として私が確立したものを持っているわけじゃないのに、こんなに支えてもらっちゃっていいのかな?って。でも自分一人だけが十明じゃないと思うと、むしろしっかり頼る部分は頼らせていただいて、それで少し肩の荷が下りたというのもあるし、孤立感がなくなりました。もちろん曲を生み出すのは自分ですけど、届けるのは私だけじゃない。だからこそよりたくさんの人に届けたい気持ちがすごく大きくなった感覚もあります。
――アルバムの曲順はこれまで単曲で配信された順番通りなので、ドキュメント性が高い作品になった印象なのですが、アルバムとしてのイメージはどの程度ありましたか?
十明:この曲順になっているのは、自分が進んできた過程をそのまままっすぐお届けすることによって、自分が変身していく姿を見せていく形にもなる、というのが大きかったと思います。曲ごとのキャラクターが違うとはいえ、根本にあるのはやっぱり私なので、私が歩んできた1年半の期間をそのまま受け取ってほしいと思いました。このアルバムは「誰かのために作る」ということがまだできていなくて、「私はこういう人間です」という自己表現の押し付けのような曲もあるんですけど、そういう曲も含めて自分だから、自分が進んできたそのままを見せるアルバムにしたいと思ったんです。
十明 - 1st Full Album『変身のレシピ』Trailer
――十明さん自身が時間をかけて変身していった軌跡でもあるし、十明さんの曲作りの方法論として、キャラクターになりきって、変身して書くという特徴がある。そこから『変身のレシピ』というタイトルになっているのかなと。
十明:曲ごとにベースとなってる感情があって、もちろんそれは一つの感情だけではなく、嫉妬に混ざってる憧れだったり、自嘲というか、皮肉的な気持ちだったり、いろんな感情が合わさった塊みたいなものを、十明というアーティストを通してキャラクターに変身させていく、みたいな気持ちがあるんですよね。これは自分自身の変身願望の表れでもあって、ありのままの自分でいることが必ずしもいいわけではないし、ありのままの自分に対して肯定でも否定でもなくいるということが自分にとってはすごく大事なことだったんです。ありのままの自分でもありながら、キャラクターに変身するイメージを持って曲を作ったので、曲を聴く人にもなりたい自分が形になっていく感覚を味わってもらえたらいいなという気持ちで、『変身のレシピ』というアルバムタイトルにしました。
――ボーナストラックには十明さんが最初に書いたオリジナル曲であり、デビュー前にTikTokで公開されていた「人魚姫」が収録されていますが、あの曲が十明さんの変身願望の原点だと言えますか?
十明:「人魚姫」は何も考えずに勢いでできたものなので、正直どうやって作ったかもあまり覚えてないくらいなんです。でもまず自分の感情があって、それを既存の物語や自分が考えた物語にリンクさせて音楽にするというやり方でできた第一作という意味ではまさに原点なので、「私はこうやって曲を作るんだ」という気づきにもなりました。作った当時は変身願望があることにすら自覚的ではなかったんですけど、自分の曲を振り返ると、「こういう意識があったんだ」ということに気づけて、きっとこのときから変身願望はあったんだと思います。それが無意識のうちに形として残っていて、それを『変身のレシピ』のボーナストラックとして届けられることがすごく嬉しいです。

――何か特別なきっかけがあって書いたわけではない?
十明:オリジナル曲を急いで作らなきゃいけないタイミングがあって、一番自分が書きやすいものをザーッと書いて、そこから直したりすることもなく、最初に一番だけ作りました。なぜこの曲を人魚姫と重ねようと思ったのかすら覚えてないくらいなんですけど、きっとすごく感覚的なものだったんだろうなって。そういう曲をアルバムの最後に入れられてよかったなとしみじみ思いますし、「みんなちゃんと最後まで聴いてくれ!」と思いますね(笑)。
――アレンジや曲調に関してはいろいろなタイプの曲が入ってるわけですけど、音楽的な方向性は十明さんの中で全体のイメージがあったのか、1曲1曲作っていく感じだったのか、どちらが近いですか?
十明:1曲1曲でしたね。音楽性で統一感を出すこともこれからはやっていきたいと思うんですけど、今は音楽と物語がちゃんと一体化することを重視して作っているので、だから曲ごとに雰囲気がガラッと変わってるんだと思います。あんまり日本のポップスに合わせすぎたくないというのは思っていたんですけど、それだけがうっすらありつつ、基本的には1曲ずつ作っていきました。
――「日本のポップスに合わせすぎたくない」というのはなぜ?
十明:洋楽をちゃんと聴くようになって、J-POPと違う部分を見つけたこともあるし、何かに対しての抗いみたいな感じで、普通のものにしたくない気持ちがあったんです。今の日本にすでにあるものだけじゃなくて、新しさを感じてほしかったので、逆にすごく時代をさかのぼってみたり、海外のサウンド感をイメージしたり、そういう抗いみたいなことをしてできた曲もかなり多いと思います。

――EPのときはビリー・アイリッシュの話をしましたが、それ以降で十明さんに影響を与えた海外の音楽はありますか?
十明:今回のアルバムに生かされてるかどうかはちょっと絶妙なんですけど、もともと好きだったレディオヘッドが今年はより好きになりました。大学きっかけでレディオヘッドの歌詞をすごく勉強したんですけど、UKロックにあのドロっとした歌詞を入れ込んでるのがすごく素敵だなと思ったんですよね。ちゃんと気持ちが上がるような音楽なのに、歌詞はすごくドロっとしてる。自分もそういうことをやりたいなと思っていたので、すごくハマりました。
――レディオヘッドはいろんな見方ができるバンドではあるけど、でもやっぱり反骨心の塊みたいなバンドではあって。音楽性も時代によって大きく変わるし、歌詞は一面的な意味を読み取るのはすごく難しいけど、その背景には社会や経済に対する批評精神が込められている。ビリー・アイリッシュとも通じる部分はあるというか、ダークな側面もあるんだけど、でもめちゃめちゃパワーがあるアーティストですよね。
十明:そう、ダークなのにパワフルなところが本当に好きなんです。あとは、そもそも風刺的なものが好きというか、皮肉的なものの見方がすごく好きなんですけど、内向的な歌詞をちゃんと外向きに届けたい気持ちがあるので、自分もダークでありながらちゃんとパワーのあるミュージシャンになりたいですね。
「君のヒーロー」ミュージック・ビデオ
- 「私の性格のちょっと優しくなれたポイント」
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リリース情報
公演情報
【十明 ワンマンライブ 2025(仮)】
2025年3月7日(金)
東京・渋谷 WWW X
OPEN 18:15 / START 19:00
2025年3月9日(日)
大阪・梅田バナナホール
OPEN 17:15 / START 18:00
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