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<インタビュー>水槽 『BLEACH 千年血戦篇-相剋譚-』EDテーマ収録のEP『MONOCHROME』に通底する、交わらないものが“ともに在る”ことへの肯定
Interview&Text:ノイ村
8月に開催された単独公演【水槽 SECOND CONCEPT LIVE "SOLUBLE"】で、満員の東京・代官山UNITに集まる観客を前にした水槽は「自分は主役ではなく、脇役であるということを歌ってきました。それは卑屈ではなく、脇役にしか歌えない歌があるはずだと思っています」と語っていた。そこで初披露されたのが、12月4日に発売されるEP『MONOCHROME』の表題曲であり、TVアニメ『BLEACH 千年血戦篇-相剋譚-』のエンディング・テーマに起用された「MONOCHROME」である。同作の”主人公ではない”石田雨竜をイメージして制作したという同楽曲は、ミュージックビデオやアートワーク、あるいは楽曲の収録順に至るまで徹底的に「二つのものが交わることのない」物語を描いたものであり、これまでの楽曲やライブを通して、決して交わらない事象を並列させながら活動を続けてきた水槽にしか作ることのできないものである。来年4月には自身最大規模となる東京・恵比寿LIQUIDROOMでの単独公演を開催する水槽に、“交わらなさ”とともに辿り着いたその現在地について、詳しく話を訊いた。
2度目の単独公演【SOLUBLE】を終えて
――8月には2度目となる単独公演【SOLUBLE】が開催されましたね。前回のインタビューではライブに対しての向き合い方が変化したという話をされていましたが、実際のステージはいかがでしたか?
水槽:1回目と比べると、不必要な緊張をしなくなったなと思いました。もちろん、適度な緊張はあるんですけど、【ENCONTER】の時は病的に緊張していたので……。
――当日の模様については私もライブレポートを書かせていただいたのですが、改めて、なぜあのようなライブの構造になっていたのか、直接お伺いしてもいいですか?
水槽:文脈を持っていない状態の言葉がそのまま存在することができるフォーマットとして「ポエトリー(詩)」と「歌詞」という媒体があって、基本的にはそのまま大衆に受け入れられていますよね。ただ、自分が歌詞を書く時には、もともと具体的に考えていた文脈があって、そこから単語を抽出して書くことが多いので、「意味が具体にならないままで存在できる場所」というコンセプトのライブを作ったんです。
――だから、セクションごとに水槽さんご自身が言葉を語り、楽曲が続いていくという構造になっていたんですね。
水槽:あの時自分が話していたことは、特にメッセージ性があったり、何かを具体的に伝えたりしようとしていたわけではないんですよ。ただ独り言を言うような形で喋っていて、それは歌詞になる前の自分の思考のようなもので、「こうやって歌詞を書きました」という順序の説明をしたかったんですよね。
――ライブで印象的だったのが、元々は「歌い手・水槽」のために制作された『首都雑踏』の収録曲を水槽さんのDJをバックにゲストの方が歌っていたということで、それってすごく大きな変化なのではないかと思ったんです。さらにその後【VOCALOCK MANIA ver.3 OSAKA】(以下、【ボカロック】)に出演された際には、完全にDJだけでステージを完結されていて、それについてはInstagramでも「大きめの事件かもしれない」と書かれていましたよね。
水槽:そうですね。最初の自分は、作詞も作曲もしないし、ライブもしないし、オリジナル曲も持っていなくて、歌しかなかったんです。でも、あの日の【ボカロック】の会場で「水槽が観たい」人って、500人くらいの会場の中で10人もいなかったと思うんですよ。それでも残りの400人以上のお客さんが楽しんで帰ってくれたというのは、ものすごく重要で……。歌しかなかった頃とは対極の位置にあるんです。「自分の歌しかない」というところから、「他の人の曲をDJで流している」というところまで来た。いっぱい歩いてきて、遂にここまで来たかと思ったんですよね。
――それはかつて「歌」が何よりも重要な存在だった水槽さんにとって、すごく大きな変化ですよね。
水槽:ただ、こんな風にDJや楽曲提供、ライブと色々なことをしていると、どんどん「歌が上手い」って言われなくなっていくんですよ。
――なるほど。
水槽:それまでは歌しかやっていなかったから、それしか褒めるところがなくて「歌が良い」「声が良い」と言っていただくこともあったんですけど、1個ずつできることが増えていくにつれて希釈されていってしまうんですよね。歌以外にも特筆に値することが増えているというのは喜ばしいことではあるんですけど、歌がなくても楽しんでいただけるようになったからこそ、今は歌が上手くなりたいと思っています。たくさんのことをやっているからこそ、それでも歌に着目していただけるくらいには歌が上手くないといけない、真ん中に歌がないとダメなんです。
――それは、様々な肩書の活動を並行して続けながら、そのどれもで確かな結果を出してきた水槽さんならではの変化ですね。
水槽:歌、DJ、作曲とか、いくつかをできること自体を評価していただく感じにはなりたくないんですよ。まだまだですが、それぞれちゃんとプロでありたいです。DJだけでステージに立てる存在でいたいし、楽曲提供を求めていただけることも嬉しい。その中でも、だからこそ、歌は当然のようにめちゃくちゃ上手くないといけないと思っています。
――以前、BLEACH公式のインタビューでインプットについて「曲を書かないといけないけれど、遊ばないと曲ができない」といったジレンマに悩まれているような話をされていましたよね。その悩みについては、今はいかがですか?
水槽:それも変わったというか。いつもアニメや映画をすごく観てるんですけど、いつの間にか全部仕事のためにやってしまっていることに気づいたんですよ。友達に会ったりするのも全てがインプットになっていて、生活の中に自分のための時間が全くないということに、つい最近になって気づいてしまった。仕事に繋がらないことをどんどん排除してしまって、この数か月ほとんどやっていなかったんです。それで急いで旅行に行きました(笑)。
――それっていつ頃の話ですか?
水槽:先週とかです。あと、noteも最近更新して……ああいうのって、あくまで趣味であってお金にはならないんですよ。「歌ってみた」もそうですね。そうやって削ぎ落とされていくことについて、これまでは大丈夫だと思っていたんですけど、多分そうではなかったんですよね。写真を撮ったり、そういうことをしないと精神的にギリギリになってしまう。今年は本当に激動だったんですけど、その中で自分の性質が分かっていくというか、色々と気づかされました。
『BLEACH』石田雨竜と
水槽の音楽に通ずるところ
――さて、今回のEPはやはり水槽さんご自身もファンである『BLEACH』とのタイアップが大きなトピックではあると思うのですが、実際に「MONOCHROME」が主題歌に決まった時の心境はいかがでしたか?
水槽:何もかもがビックリでしたね。そもそも決まるとは思っていなかったですし、しかもこの曲になるなんて全く思っていなかったので。
――いくつか候補の楽曲があったんですか?
水槽:はい。当時は色々な角度から(石田)雨竜の曲を書いていました。(アニメで描かれる)『千年血戦篇』が雨竜にフォーカスした話であるというのはありつつ、何よりもいちばん共感できるキャラクターなので。
――雨竜のどういった部分に共感しているのでしょうか?
水槽:ずっと、少年漫画のキャラクターにしては「わきまえているな」と思っていたんです。主人公と同い年ではあるけれど、自分が主人公になれないということ、そういう気質ではないということを分かっていて、そこが好きですね。自分の音楽にもかなり通ずるところがあると思います。
――「MONOCHROME」を初披露した【SOLUBLE】の最後のMCでも近い話をしていましたよね。
水槽:やっぱりステージに立つために生まれてきた方っていると思うんですよ。でも、自分は確実にそうではない。努力で近づくことはできるかもしれないけれど、そういう人を見ていると、そもそも得意分野が違うんだって思ってしまう。きっと自分に求められることもそうではないから、じゃあ違うところを伸ばしていこうと思ったんです。
MONOCHROME / 水槽
自分も含めて誰も置いていかないようにしたい
――2曲目の「ゆるされないで」は、2ndアルバム『事後叙景』の頃のようなストーリーテラーとしての水槽さんの作風が全面に出ているような仕上がりですよね。
水槽:これは「MONOCHROME」で初めて水槽を聴いた人がきっと「難解な曲を書く人だな」って思っているんじゃないかということで、「元々はこういうことをしていました」というのをやりたかったんです。まさに『事後叙景』の頃にやっていたことを改めてやろうと思って作りました。
――前作の「ランタノイド」と「再放送」のように、この曲も「MONOCHROME」と対になっているのでしょうか?
水槽:そうですね。「MONOCHROME」は“二つのものが二つのままで存在する”というテーマで書いていて、「ゆるされないで」は二つのものが一つになろうとして、二つですらいられなくなったという話を書いています。曲についてもあまり抑揚をつけないというか、転調もしないし、BPMも変わらずに、ずっと同じ感じが続くようになっていますね。あと、それで言うと、残り2曲も「報酬系」はめちゃくちゃ転調するけれど、「README」は転調しないようになっています。
――対になっているものを、“両方やる”ということが重要なんですね。
水槽:はい、オルタナティブのままでいたいというか……。たとえば、自分は完全にクラブ仕様の楽曲をメジャーに持っていって「旗手になってやるぜ!」とかは思っていないんですよ。あくまでこれしかできないから、できるだけJ-POPに寄せたものを作って、かつ全然そうじゃないものも作る。両方持ったままでいきたいんですよね。キャッチーなものばっかり作ることはそもそもできないし、自分も含めて誰も置いていかないようにしたい。それは、【FLTR】(次回の単独公演)のテーマにもなっています。
「ここで歌ってるんだよ」っていう意味が成立するのって、
ステージの上で歌っている時だけ
――3曲目の「報酬系」ですが、今回はlilbesh ramkoさんとのコラボ曲ですね。これはどのような経緯で実現したのでしょうか?
水槽:元々、音源もよく聴いてはいたんですけれど、何よりライブがめちゃくちゃかっこいいんです。彼のライブは「音源を最大化する場所」のように見えました。音源がいちばん良い状態に仕上がるのがステージの上なんだな、と感じて、そんな彼と同じイベントにも出たりしていく中で「ライブで最大値を叩き出す音源を作るのって、どんな感じなんだろう?」と思って、オファーをさせていただきました。
――実際に一緒に作業されてみていかがでしたか?
水槽:最初はデータのやり取りだったので、それはそれで勿論良かったんですけど、この間初めて一緒にライブで歌った時、ステージの空気がめちゃくちゃ変わったんです。普段のramkoくんはすごく丁寧で柔らかい感じなんですけど、ステージだと熱量が半端じゃない。やっぱりすごいなと思いましたね。
――この曲はパンチラインも本当に多いと思うのですが、特に〈叫んだら怒られて終わるから/ここで歌ってる〉というラインが印象的ですよね。
水槽:ramkoくんと一緒に居酒屋に行った時に「なんでライブが好きなの?」って聞いたら、「こういう居酒屋とか、その辺で叫んだら怒られるけれど、ステージは怒られないから好き」というようなことを言っていて……自分は叫びたくてステージに立っているわけではないけれど、彼は全く違う捉え方でステージに立っているからこそ、あそこまで爆発できるんですよね。だから、この曲はステージで歌うことを前提に作ってみました。
――確かに、音像についても全体的に、良い意味で生っぽいところがありますよね。
水槽:音源が前提ではない楽曲を作ったのは初めてかもしれないですね。「ここで歌ってるんだよ」っていう意味が成立するのって、ステージの上で歌っている時だけなので。
――以前の楽曲と比べると、東京との距離感が近づいているような感じがありますよね。
水槽:解像度が上がったところはありますね。少し前までは視点が「東京に憧れている地方民」だったんですけど、今でも東京をかっこいいとは思いつつ、そうじゃない部分もあると思うようになりました。(歌詞で描かれている)ゴミの日とかもそうですけど、ちょっとかっこよくない部分の生活も含めて、東京で生活するということについて書いたと思います。
――MV(※後日公開)も昔のインターネット感があって面白いですよね。
水槽:ramkoくんのMVがそんな感じなんですよ。楽曲自体も、J-POPなんだけどハイパーポップという感じのものを作りたくて。そのために楽曲ではある程度要素を引いているところがあるので、MVのほうでは思いっきり振り切ってもいいのかなと。
“大ファン”TAKU INOUE&三島想平と作った「README」
――なるほど。確かにハイパーポップのビジュアル感を日本的な視点で解釈すると、あのような表現になるのも納得です。そして、4曲目の「README」は、前作のyuigotさん(「NAVY」)に続いて、TAKU INOUEさんがプロデュースを担当されていますね。
水槽:単純にめちゃくちゃファンです。元々、自分なら絶対にTAKU INOUEさんのトラックにいいメロディが書けるという謎の自信もあったんです。それで、実際にトラックが届いてみたら、やはりすらすら書けました(笑)。でも、まさか受けていただけるなんて思ってなかったですね。すごく嬉しかったし、メロディも1日くらいで返しました。
――1日!?
水槽:爆速で書きました(笑)。トラックを聴いた瞬間に全部出てきましたね。最近はドラムンベースが流行っていると思うんですけど、TAKU INOUEさんの場合はただ電子音楽をやっているだけじゃなくて、元々のルーツがクラシック音楽的なところにあると思うので、そうした土台のもとに作られているドラムンベースをやりたいと思っていたんです。
README (prod. TAKU INOUE) / 水槽
――ボーカル・レコーディングのクレジットとして、cinema staffの三島想平さんがクレジットされていますよね。cinema staffといえば、水槽さんも以前から大ファンであることを公言されていますが、これはどのような経緯があったのでしょうか?
水槽:普段、ボーカルの録音をする時には近くのリハーサルスタジオを使うか、自宅で歌うようにしているんですけど、「README」は何回歌っても泣いてしまって、ひとりではダメだと思ったんです。いつもは曲に感情移入して、曲の中に自分を入れないと歌うことができないので、ひとりで録るようにしているんですけど、この曲はそれが行き過ぎて。それで、前に三島さんから「うちでも録れるから、何かあったら相談してね」って言っていただいたことを思い出したんです。
――実際の現場はどのような感じでしたか?
水槽:やっぱり他の人がいる、それも三島さんがいてくれるというのは全然違いましたね。そうすることで、「そこまで行き過ぎる曲でもないな」とも気づくことができました。元々、メロディ自体に感情があるので、それを感情的に歌うとやりすぎになるなと分かったので、サラッと歌うことができました。
――なるほど。あと、やはり印象に残ったのが〈心が言葉に染まってしまう〉というラインで……。
水槽:思ってもいないことを言った時に、そんな気がしてくるんです。口に出して発話するというのはすごく大きなことで、好きな人に「嫌い」って言ったら、だんだん本当に嫌いな気がしてきてしまう。それが「言葉に染まる」ということで、だから、発話しているほうじゃなくて、内面を解読してほしいという意味で、このラインを書きました。
自分の音楽は、そこに一緒にいることしかできない
――本作のリリースを経て、次の大きなタイミングとしては2025年4月19日に開催される、恵比寿LIQUIDROOMでの単独公演【FLTR】になりますね。これでワンマンは3度目ですが、今回はどのようなライブになるのでしょうか?
水槽:自分の音楽は自室から始まっているので、自分の部屋のようなテンションで、どういうふうに曲が出来ているのかを見せられればと思っています。「ステージと客席」という区切りを極力無くしてみたいですね。そっちのほうが自分に向いていると思うので。
――確かに水槽さんならではの表現になりそうですね。
水槽:自分の音楽は、そこに一緒にいることしかできない。だから、それをやるライブをしようと思います。こうやって『BLEACH』の主題歌として起用されたりすると、少なからずなんとも言えない寂しさを感じてくれた方もいるかもしれないですけど、そんな懸念は無用だというのを、言葉で言わなくても、見てもらえれば分かるものにしたいですね。同じ場所にいて、こんな人間だから、こうやって曲を書いているんだという。
MONOCHROME
2024/12/04 RELEASE
VVCL-2595 ¥ 1,980(税込)
Disc01
- 01.MONOCHROME
- 02.ゆるされないで
- 03.報酬系 (feat.lilbesh ramko)
- 04.README (prod.TAKU INOUE)
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