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<インタビュー>映画『HAPPYEND』音楽担当リア・オユヤン・ルスリ 空音央と作り上げた“押し付けない”音楽

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Text & Interview: 黒田隆憲
© 2024 Music Research Club LLC

 近未来の日本を舞台に、高校卒業を控えた5人を描く群像青春映画『HAPPYEND』が10月4日より全国公開を迎えた。幼馴染で親友同士のユウタとコウ。高校卒業間近のある晩、こっそり学校に忍び込んだ二人は突拍子もない「いたずら」を仕掛ける。翌日それを発見した校長は激怒し、生徒を常に監視するAIシステムを導入する騒ぎにまで発展。この出来事をきっかけに、自身のアイデンティティと社会に対する違和感について考え始めるコウと、今までと変わらず仲間と楽しいことだけをしていたいユウタの関係も亀裂が生じはじめ……。

 決して遠くないXX年後の日本を舞台にしながら、学校と生徒、人生の帰路に立つ友人同士の「対立」や「分断」をティーンエイジャーの目線で描く本作は、決して絵空事ではなく現代社会とも地続きであり、胸に迫るものがある。本作でスクリーンデビューを果たすモデルの栗原颯人(ユウタ役)や日高由起刀(コウ役)の繊細かつ自然体な演技も秀逸だ。本作のサントラを担当するのは、A24作品『Problemista(原題)』や、HBOのTVドラマシリーズ『Fantasmas』などを手掛けるリア・オユヤン・ルスリ。「OHYUNG」名義でも活動しているリアに、本作の監督である空音央との「コラボ」について聞いた。

──最初に、映画『HAPPYEND』のサウンドトラックを手がけることになった経緯を教えていただけますか?

リア・オユヤン・ルスリ:音央と私は以前、ニューヨークで出会いました。そのときに、『HAPPYEND』のプロデューサーの一人であるアルバート(・トーレン)を通じて、私が音楽を担当した映画について彼と話す機会があったんです。その後、彼から『HAPPYEND』の脚本を送ってもらい、それを読んだときに「ぜひ音楽を担当したい」と強く思い、すぐ音央に連絡を取ったのがきっかけです。

そのとき、ちょうど音央は東京に住んでいて、私も東京にいたこともあり、去年4月に東京・幡ヶ谷のForestlimitで行われ、私も出演したイベントで再会することができました。そこから彼と、彼のアパートで映画についてたくさん話し合うようになり、一緒にパンケーキを作ったりしながらすっかり仲良くなりました。そういう、ごく自然な流れで今回のプロジェクトに取り組み始めたんです。


▲リア・オユヤン・ルスリ
© Jess X. Snow


▲空音央監督

──リアさんは、この作品のどんなところに惹かれたのですか?

リア:ティーンエイジャーが、自分の人生において大切な決断をするというのは、私自身とても共感できるテーマです。この映画では、2人の主人公がそれぞれ別の方向へ引っ張られる気持ちが描かれています。一人は、世の中で起きている悪いことを見過ごせず、それに対し「政治的に関与すべき」という強い気持ちがある。だけど、その対象があまりにも強大で、どう対処していいかわからなくなり無力感に囚われることもあります。もう一人は、そんな複雑なことは考えず「ただ踊りたい」と思っていて、どちらの感覚も私にはわかるんですよね。

この映画のキャラクターがそうした葛藤を抱えながら生きている様子がとてもリアルで、「本当に彼らがこの世界のどこかに生きているんじゃないか?」と思うくらいでした。ストーリーも脚本も素晴らしく、こんな作品に出会えることはなかなかないと思ったんです。

──サントラを作るにあたって、空監督からはどんなリクエストがあったのでしょうか。

リア:東京で音央に会ったとき、彼は「アンビエントやエレクトロニックなスコアを求めている」と言っていました。でも実際に作業を始めると、ピアノを中心とした、より重厚なスコアが必要だと思っていることに気づいて、そこから私もピアノを使って作曲をし始めました。それは、私にとっては初めての経験でしたね。この作品に最もふさわしい音楽を探すために試行錯誤を重ねるプロセスは、とても貴重なものでした。

最終的には、ほとんどピアノに向かいながら、映像にマッチするメロディーを探していくという制作スタイルになりました。最初に考えていたアイデアや方向性を一度、全部捨て去り、新しいアプローチで音楽を作り上げていくことになったわけです。

──それはかなり大変な作業でしたか?

リア:いえ、そんなこともなかったですね。最初に監督と話していた「青写真」はあくまでも設計図のようなもので、作業が進むにつれて、それが最終形と違ってくること自体はよくあります。監督と話す中で、その方向性の変化はとてもよく理解できましたし。

曲のムードも、最初はもっとクールでスタイリッシュなものにしようと思っていたんです。でも作っていくうちに、キャラクターの魂や感情を反映させる、もっと人間らしい音が必要だとわかってきました。そうなると、ピアノがその人間的な感情を最も表現しやすい楽器だと感じたんですよね。

──なるほど。

リア:音央もスコアに対して独特の感覚を持っていましたが、感情を過剰に煽ることなく、自然に演出されている点が素晴らしいと思いました。この映画には、感情を押し付けるようなスコアは必要なかったですし、観客に「こう感じてください」と誘導することもしたくなかった。何より、キャストの演技が素晴らしかったので、音楽で感情を過度に強調する必要がなかったんです。

──例えばテーマ曲「HAPPYEND」は、坂本龍一さんのコード進行やムードとどこか通じるものがあると感じました。また「LOVE」はエリック・サティのような「ジムノペディ」を思わせるような音楽だと感じましたし、「WORLD」はバロック調、特にバッハを彷彿とさせる部分がありました。

リア:かなり正確な指摘だと思います。私自身、龍一さんの音楽やスコアから多くの影響を受けてきました。そのため、自然とそれが楽曲にも反映されていると思います。「LOVE」はノスタルジックなピアノが中心となっていて、若さや友人と過ごす時間、懐かしさなどを表しています。「WORLD」はシンセを用いつつも、おっしゃるようにバッハの『パルティータ』風のサウンドで、映画の中で政治が学校生活にも影響を及ぼすような、重く暗い要素を表現しています。

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──サントラの最後に収録されている「LOVE Theme Phone Piano Sketch」は、曲名通りiPhoneか何かで録音されたピアノのスケッチでしょうか? 鳥の鳴き声が入っているなど、アンビエントっぽい雰囲気がとても素敵です。

リア:おっしゃる通りです。私はインコを飼っているのですが、ピアノを弾くといつも一緒に歌ってくれるんです(笑)。このテイクでは、それが功を奏したのでしょうね。この曲は、音央に送ったデモの一つで、長い間このメロディーとハーモニーを作り続けていました。何度もコラボレーションのためにデモを送り、その過程で「ああ、これが私たちが考えているサウンドだ」と感じた瞬間がありました。それがこのバージョンです。最終的に完成した曲のメロディーとは少し違いますが、とても気に入っています。私自身はピアニストではありませんし、演奏にミスもありますが、それも含めて聴いてくれる人たちに楽しんでもらえたら嬉しいです。


──多くの監督と一緒に仕事をされているリアさんですが、空監督との仕事はどうでしたか?

リア:本当に素晴らしい経験でした。彼は音楽に対して非常に強い関心を持っているだけでなく、音楽理論にも精通しています。彼とのコラボレーションは非常に刺激的で、他の監督との仕事とは少し違った感覚もありましたね。特に印象的だったのは、音央が音楽を非常に深く探求していることです。彼とのやり取りでは、私が送ったデモに対して細かなメモが返ってくるんですが、そのメモは他の監督からは見たことがないほど詳細なものでした。音楽の深層をもっと掘り下げていくよう求められている気がしましたね。

──それは、例えばどんなときに感じましたか?

リア:本作のエンディング・テーマは、先ほどあなたがおっしゃったようにエリック・サティのような雰囲気を持っていますが、それは音央からの影響が大きいと思います。音楽自体はシンプルですが、ハーモニーがより複雑で、それが彼の思想に基づいているんです。

彼とのコラボレーションはチャレンジングでしたが、そのおかげで自分の限界を超えて作曲することができました。音央は音楽を熟知しているからこそ、簡単なメロディーを作るというよりも、より深いレベルでの音楽作りを求めてきたんだと思います。それが、今回の作品での音楽がシンプルでありながらも複雑なハーモニーを持つ理由だと思います。

──もともとリアさんは、どのような理由で映画音楽家の道に進もうと思ったのでしょうか? また、坂本龍一さん以外に影響を受けた作曲家についても教えてもらえますか?

リア:映画音楽に興味を持ったのは、映画という媒体が最前線でクリエイティブな表現をできる場だと思ったからです。ストーリーを音楽で表現できることに魅力を感じ、映画音楽家としての道を進むことを決めました。

影響を受けた音楽家はたくさんいます。例えばジョニー・グリーンウッドや、映画『AKIRA』の音楽を手掛けた芸能山城組には特に強い影響を受けました。また久石譲さんの音楽も、ジブリ作品や北野映画を通して多大なインスピレーションをもらいましたね。彼のメロディーや作曲のスタイルには深い感銘を受けています。

──最後に、今後チャレンジしてみたいことは何ですか?

リア:いつかクシシュトフ・ペンデレツキのような音楽に挑戦してみたいです。彼の音楽は『シャイニング』をはじめ、多くの映画で使われていて、非常に濃厚なオーケストラ音楽を作り上げています。壮大かつ複雑、まるで永遠に続くかのような、時に奇妙なサウンドが特徴です。そういったエターナルな音楽に挑戦することが、私の次の目標ですね。

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