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<コラム>パリス・ヒルトンはなぜ世界中の人々を魅了し続けてきたのか? 最新作『Infinite Icon』で紐解かれる今の彼女の姿

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Text:ノイ村


パリス・ヒルトンが新たな人生を歩み始めるまで

 “起業家、CEO、ニューヨーク・タイムズ紙が選ぶベストセラー作家、活動家、デザイナー、女優、モデル、インフルエンサー、DJ、レコーディング・アーティスト、マザー、アイコン、ポップカルチャーの代名詞。パリス・ヒルトンに説明は不要だ。”

 これは、パリス・ヒルトンの現在のプロフィールから引用した彼女の肩書きである。世界広しと言えども、この肩書きが通用するのは間違いなく彼女しかいないだろう。

 パリス・ヒルトン。世界有数のホテルチェーンとして名高いヒルトンホテルの創業者一族の令嬢であり、リアリティ番組『シンプル・ライフ』への出演をきっかけに2000年代を代表するセレブリティとして世界中に旋風を巻き起こした人物。ユニークなファッションや奔放な振る舞いで、単なる「お騒がせセレブ」ではない確かな存在感を時代に刻み込んだパリスは、言わばインフルエンサーの始祖的な存在でもある。あの時代を過ごした人であれば、たとえセレブリティに関心を抱いていなかったとしても、その名前を覚えているに違いない。

 「有名であることで有名」の第一人者であるパリスは、まさに、その知名度こそが最大の才能である。だが、彼女の経歴を辿ると、そこには常に欠かせないものがある。まずはファッション。そして音楽だ。

 2006年に発表されたアルバム『Paris』は、当時のシーンを代表するプロデューサーが集結して制作され、全米チャート6位を記録するヒット作となった。当時こそ「あのパリスが音楽を!」という話題性が先行していたようにも思うが、2000年代らしいR&Bやヒップホップからの影響が色濃い音楽性と、パリスの柔らかでキュートな歌声が見事にマッチした同作は、2000年代の音楽の再評価が積極的に進められた今こそ聴くべき作品だろう。映画『プロミシング・ヤング・ウーマン』の劇中歌として同作収録の「Stars and Blind」が起用されていたのも記憶に新しく、エメラルド・フェネル監督は、この曲を「史上最高のポップソング」と考え、パリスに直接手紙を書いて使用許諾を得たという。

▲Paris Hilton「Stars Are Blind」

 さらに、2010年代は当時のEDMムーブメントに乗ってDJデビューを果たし、(当時の恋人である)アフロジャックの指導も相まってか、瞬く間に世界中のパーティーから引っ張りだこの存在に。パリスらしいキラキラ&ピンクなファッションも印象的なDJスタイルは、時代を経てもなお、彼女がパーティーの主役であることを高らかに示していた。ちなみに、EDMムーブメントが落ち着いた現在でも、彼女は変わらずDJ活動を続けており、昨年は世界最大級のダンス・ミュージック・フェスティバルである【Tomorrowland】に出演してオーディエンスを大いに沸かせている。

▲【Tomorrowland 2023】DJ Setのライブ映像

 当時から変わらずアイコニックな存在であり続けるパリスだが、2020年代を迎えてからは、Y2Kや2000年代リバイバルを経たことによって、彼女もまた再評価の対象となった(もちろん、それ以前から、マイリー・サイラスやキム・カーダシアンなど、多くのアーティストやセレブリティが彼女へのリスペクトを示していたことは強調しておきたい)。個人的に最も印象的だったのは、恐らくはこうした再評価を受けて制作されたであろうNetflix番組「パリスとお料理(原題:Cooking with Paris)」で、どう考えても料理をするのに不向きなラグジュアリーなファッションや、料理の見た目(というよりキラキラ度)に全振りするレシピなど、視聴者が期待する「パリスらしさ」を存分に発揮する一方で、食事をしながらこれからの人生への期待を穏やかな表情で語る姿が、とても印象に残っている(シーズン1で打ち切られたのが残念でならない)。

 近年のパリスの活動において、最も大きな分岐点となったのは、2020年に公開されたドキュメンタリー作品『This Is Paris』だろう。自身が10代の頃に通っていた、問題行動を起こした若者たちを矯正するための寄宿学校で受けた精神的虐待について初めて告白する場面を含む、ありのままの彼女の姿をクローズアップした同作は、これまでのパブリック・イメージを一変させる大きなきっかけとなった。初めてリアルな自分自身の姿を見せたパリスは、「お騒がせセレブ」として名を馳せた2000年代当時についても、「自分を守るために作ったキャラクターを演じていた」と告白し、以降は「世間が求めるパリス・ヒルトン像」をしっかりと発揮しつつ、同時にリアルな自分の姿を見せるようになっていく。つまり、ここからパリス・ヒルトンの新たな(本来であれば、もっと早くあるべきだったはずの)人生が幕を開けたのだ。

「今のパリス・ヒルトンの姿」を閉じ込めた最新作

 前作から約18年ぶりとなるパリス・ヒルトンのニュー・アルバム『Infinite Icon』は、まさしく圧倒的なアイコンであるパリスらしいパーティー・アルバムであると同時に、長いキャリアを経て、遂に自分らしく生きることができるようになったことを祝福する作品でもある。本作のエグゼクティブ・プロデューサーを務めているのはシーアで、両者は2022年の大晦日に開催されたマイリー・サイラスのカウントダウン・コンサートで共演したことをきっかけに意気投合し、シーアの家で料理をしたり、会話を楽しみながら本作の楽曲制作が行われていったという。シーアは収録された12曲すべての作曲に関わっており、彼女のファンにとっても見逃せない作品であると言えるだろう。

 とはいえ、作品全体を貫くのは、今のパリス・ヒルトンの、リアルでいきいきとした姿に他ならない。1曲目を飾るスウィートなバラードの「Welcome Back」は、タイトルだけを見れば、まさしく約18年ぶりの新作を祝うようにも感じられるが、“あなたが嫌いな白のプラットフォームブーツ/あなたが我慢していた赤の口紅/私はあなたの所有物じゃない/あなたは強盗のように私の声を盗んだの”という歌い出しが示すように、自身を縛り付けてきた存在に別れを告げ、また会うことのできた本来の自分との再会を祝う楽曲である。柔らかくも凛としたパリスの美しい歌声は、本作でさらに磨きがかかっており、吐息の一つひとつに至るまで確かな表情を感じることができる。強い言葉を並べながらも、まるで聞き手を包み込むかのような優しい音像は、今や2人の子どもを持つ、まさしく“マザー”となった今の彼女の、穏やかな心境の表れなのだろう。

 だが、本作はパーティー・アルバムである。2曲目に配置された「I’m Free」は、ゲストにリナ・サワヤマを迎えた、まさにパーティーの幕開けに相応しいアップリフティングなダンス・トラックだ。小気味良いギターのカッティングと、幾重にも重ねられたパリスの美しいコーラスの絡みに魅了される至高のトラックに乗せて歌われるのは、“Boss Bitch Energy”(これは本作のキーワードでもある)に満ちた無敵状態のパリスとリナが自由である自分自身の素晴らしさを謳歌する姿。パリスと同様に、リナもまた自らを縛り付ける存在と戦い、自分らしく生きることの素晴らしさを世界に見せるために戦いを続けているアーティストであり、だからこそ本楽曲の持つ力強さは抜群で、空間を鮮やかに射抜くかのような清々しさを感じられる。

▲Paris Hilton「I'm Free (feat. Rina Sawayama)」

 「I’m Free」を筆頭に、本作はゲストの人選においても非常に的確だ。キャッチーな仕掛けが満載の「Chasin’」に参加したメーガン・トレイナーは同楽曲以外にも「Stay Young」や「Infinity」のコンポーザーとしても参加しており、ボーカルだけではなく、そのソングライターとしての才能も存分に発揮している。エグゼクティブ・プロデューサーのシーアも(自身もまた同様に苦しめられてきた)名声に対する葛藤を歌った「Fame Won’t Love You」と、自身の大ヒット曲を彷彿とさせる“I got diamonds in my eyes”というラインが印象的な「If the Earth is Spining」の2曲で美しいボーカルを披露しており、EDM×ラテン・ポップな「Without Love」ではアルゼンチンのトップ・ポップシンガーであるマリア・ベッセーラを招くことで、「Stars and Blind」から続くラテン・ポップに対するリスペクトの系譜をしっかりとアップデートしてみせる。

 そんな見事なゲスト参加曲の中でも、最も大きなインパクトを誇っているのはメーガン・ジー・スタリオンを迎えた「BBA」だろう。“Bad Bitch Academy”を意味するタイトルが示すように、講師となったパリスが“Bad Bitch”になるための授業をする同楽曲は、強靭なエレクトロ・ハウスとメーガンの鋭いラップが冴え渡る本作屈指のキラー・チューンだ。だが、ここで重要なのは、“ステップ 5、彼に飲み代を払わせなさい/ステップ 6、気味の悪い連中と家に行っちゃだめ/だってもう朝7時なんだから、帰宅して寝ること”というラインが示すように、盛大に遊びながらも、有害な男性たちの被害に遭わないようにしっかりと警告していることにある。そのスタンスは、パリスらしいセンスが画面いっぱいに広がる鮮烈なミュージック・ビデオでもしっかりと打ち出されており、フォロワーを導く立場となった今のパリスの姿が最も顕著に表れていると言えるだろう(自身の会社が携わっている商品が大量に登場するのも、元祖インフルエンサーとしての本領が発揮されていて微笑ましい)。

▲Paris Hilton「BBA (feat. Megan Thee Stallion)」

 また、本作は近年のパリスのDJ活動とも地続きの仕上がりとなっており、アルバム後半における「Legacy」、「Stay Young」、「Infinity」と続くEDMポップの並びは、まさにダンス・ミュージックのトレンドが変化した今でも2010年代前半のEDM全盛期の楽曲に愛情を注ぎ、DJセットの中心に据える彼女らしさを強く感じさせてくれる。ともすれば時代錯誤の印象を与えるリスクのある方向性ではあるが、パリスの柔らかな歌声を活かした肌触りの良い音像は現代のポップ・シーンの潮流にもマッチしているし、徐々に2010年代前半を再評価するフェーズを迎えつつある現在のムードとの親和性も高い。何より、ネオンピンクの照明とミラーボールが目に浮かぶようなキラキラとした音像は、まさしくパリス・ヒルトン的だ。きっと、今後の彼女のDJセットでも積極的に本作の収録曲がプレイされることだろう。

 全体的にパーティー色の強い『Infinite Icon』だが、パリスの多くの活動がそうであるように、きらびやかなネオンピンクの世界の中に、ふと素の表情が垣間見える瞬間がある。自身が抱える症状をタイトルに据えた「ADHD」は、本作において最もシリアスでパーソナルな瞬間が詰まった楽曲だ。切ないピアノの音色とともに“痛みとともに生きる/傷跡を抱えながら生きる/もうすっかり疲れてしまった”と切実に歌い上げる彼女の姿は、パーティーの主役として堂々と羨望と注目の眼差しを浴びるパブリック・イメージとは真逆のものだろう。精一杯にもがきながら、自身が抱える症状すらも才能の一つと捉え、再び凛々しい笑顔を浮かべる彼女の姿は、本作がただ楽しいだけのパーティー・アルバムではない、まさに「今のパリス・ヒルトンの姿」を閉じ込めた作品であることを力強く示している。

 『Infinite Icon』は、長年に渡ってセレブリティとしてアイコニックな存在でありながら、過去の傷を理由にリアルな表情を隠し続けてきたパリス・ヒルトンがようやく本来の人生を取り戻すことができたことを祝福するポジティブさに満ちた作品であり、なぜ「有名であることで有名」な彼女が、長年に渡って世界中の人々を魅了し続けてきたのかという理由を見事に提示している。結局のところ、私たちはパリス・ヒルトンから目を離すことができずにいるし、誰よりもパリス自身がそれを知っている。だからこそ、彼女は今日もどこかでパーティーを繰り広げるし、その眼差しは冷静で、確かな自信に満ちているのだ。

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