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<インタビュー>米津玄師 壊れていても、“がらくた”でもいい――4年ぶりアルバム『LOST CORNER』で歌う「奪われないものを持つ」ということ

インタビューバナー

Interview & Text:黒田隆太朗


 米津玄師のアルバム『LOST CORNER』がリリースされた。前作『STRAY SHEEP』から4年の歳月を経て作られた新作であり、映画『君たちはどう生きるか』の主題歌「地球儀」をはじめ、実に10曲のタイアップ曲を含む全20曲が収録された濃密すぎる作品である。本作のリリース発表と同時にアナウンスされた年明けから始まるツアー【米津玄師 2025 TOUR / JUNK】では、自身初となるドーム公演を含む全国8都市16公演を予定。さらに3月からはアジア、ヨーロッパ、アメリカを回る海外ツアーが追加されるなど、想像を優に超えていくような未来が待っていそうでワクワクするばかりである。

 今回のインタビューでは新曲を中心に話を聞きながら、本作のキーワードのひとつと言えるだろう「がらくた」について、さらにはカズオ・イシグロの小説『私を離さないで』から取られたタイトルや自画像ジャケットの理由など、『LOST CORNER』にまつわる話を包括的に語ってもらっている。米津玄師の第一声が「晴れやか」だったことが、なんとも『LOST CORNER』の作風を象徴しているように思う。

自分がコントロールできるものだけを見つめて、
それができないものはある程度、諦める

――4年ぶりのアルバムが完成しました。今の率直な手応えから聞かせていただけますか。

米津玄師:例年よりも晴れやかな気持ちというか。アルバムを作り終えた時に、エンジニアの小森(雅仁)さんから「今回はすごく晴れやかですね。『STRAY SHEEP』の時はこの世の終わりみたいな顔してました」って言われて。もっとこうしたかった、ああしたかったというのがないことはないんですけど、そこに苛まれるような日々は送ってないので。健康的でいいな、という感じではあります。


――これだけタイアップ曲が多い中、アルバムとしてどうやってまとめるのかなと思っていました。作品の全体像をどういう風に考えていきましたか。

米津:おっしゃる通り、既存曲が4年間で結構な数になってしまって、このまま行くとほぼ既存曲のアルバムになってしまうという。最初に危惧していたのはそこでしたね。長くやっていくと、どんどんアルバムに入る新曲が少なくなるミュージシャンっていると思うんですけど、それがすごく寂しいというか。自分が子供の頃って、アルバムはまだ聴いたことない曲がいっぱい入っていて、トータルでそれを聴ける喜びがあるものだと思っていたし、その記憶が今でも強くあるんですよね。なのでアルバムの既存曲が11曲になった時、その危惧をどう解消していくかっていったら、もう単純に曲数を増やすという馬鹿でも思いつく方法を取らざるを得なくて。本当はもっと作りたかったというか、理想としては半分以上を新曲にしたかったんですけど、あとちょっと届かなかったという。その心残りはありますけど、まあまあよくやったんじゃないかな。


――収録されている新曲はいつ頃から作っていたんですか?

米津:ほとんどが今年に入ってからなんですよね。3曲くらい去年に作った曲があって、もっと言うと本当は去年アルバムを出す予定だったんですけど、およそそういうモードになれなかったというか。なんなら音楽に対するモチベーションがものすごく下がっていて、もう作りたくない、くらいまで思っている時期が長くありました。


――それは何故?

米津:『君たちはどう生きるか』がものすごく大きかったんですよね。子供の頃からジブリ映画に慣れ親しんできて、宮﨑駿さんは自分にとってすごく大きな存在だったから。彼が作る映画に主題歌として関わることになって、たぶん、後にも先にもこれ以上光栄な出来事ってもうないなって思ったんですよね。で、そういうことが起きると、(自分は)そのために生きてきたんじゃないかなとすら思ってしまうというか。これが終わった後にはもう何も残らないんじゃないかという、なんかそういう気分が去年1年間――中でも公開されるまでの間はすごく強くあって。到底新曲を作るようなマインドにはなれなくて、1年延ばすという形になりましたね。


――何がもう1回米津さんを音楽に向かわせたんですか。

米津:一言で言うのは難しいんですけど、もう細かいことを考えなくなったというか、コントロールできないものと向き合うのをやめたっていう。自分がコントロールできる範囲の、人から奪われない領域をいかに強く確保するかという、そういう方向に目を向けていかないと疲弊するばっかりだなって感じがあったんですよ。恐らく客観的に見ると、自分の音楽家としての人生ってすごく幸福に溢れていて、それこそジブリ映画のタイアップをやらせてもらえたとか、『シン・ウルトラマン』や『FF16』『チェンソーマン』などいろんな作品に関わる機会があって、順風満帆な見え方をしていると思うんです。で、それは自分から見ても正しいと思うんだけれども、同時にすごく危機感みたいなものがあって。もうインフレバトルみたいな。戦闘力の高いやつが出てきて、その後それよりも高いやつが出てきて、最終的に天文学的数値の戦闘力のやつと戦わないといけないんじゃないかみたいな……大体そういう漫画って破綻するじゃないですか。



KICK BACK / 米津玄師


――そうですね。

米津:だから、このまま行くと収集つかないことになるなって。自分もその気でいたら、本当にどっかでぽっきり折れて戻らなくなるような気がしたんですよね。それで、あくまでも自分がコントロールできるものだけを見つめて、それができないものはある程度無視するというか、諦める。そういう考え方に切り替えざるを得なかったという。


――「がらくた」を除くと、新曲はすべて米津さん自身でアレンジされています。これは自分でコントロールできるものを確保するという、今のお話に通ずるものですか?

米津:本当にそうだと思います。全部自分でやるようにしようと思ってやり始めたら、本当に楽しくて楽しくて仕方なかったですね。


――なんとなく今のお話からは、『diorama』の頃の作品を思い出しました。

米津:そうですね、そういう意味で言うと原点回帰とも言えるのかもしれないです。


――「RED OUT」で始まるのがすごく良いと思います。衝動的であると同時にコンフューズされているような印象を受けますが、どういう心境から浮かんできた曲なんですか。

米津:「さよーならまたいつか!」を作り終わるのと同時ぐらいに作り始めた曲です。ある意味その反動というか、ずっと朝に向き合わなければならなかったところから、「はい夜、行きます」っていう。帰ります、という感じの作り方だったのは覚えています。


――ここが米津さんの住処なんですね。

米津:(笑)。コンフューズ的というか、ディスオーダー的というか、そういう表現をされるとは思うし、実際そうなんだと思うんだけれど。作っているマインドとしてはウキウキで、「おいおいおい! ベースリフから行くぞ!」みたいな、そういう感じではありましたね。



RED OUT / 米津玄師


――「マルゲリータ + アイナ・ジ・エンド」はエレクトロポップ風の曲になっていますが、フィーチャリングのアイナ・ジ・エンドさんにはどういう経緯でオファーしたんですか。

米津:アイナさんは何年も前からどこかで参加してくれないかな、と思ってたんですよね。言うまでもないほど素晴らしい声をしているし、歌声のニュアンスとかしゃくり上げる感じとか、彼女にしかできないものっていうのが明確にある。「マルゲリータ」はジョージアのCM「毎日」を作っていた時のボツ曲というか、これもまた朝に向き合っている時期の曲ですね。(雰囲気が)夜だな、違う違うって次々に曲を作っていたなかのひとつで、最初に〈マルゲリータ〉というサビのメロディと言葉が同時に浮かんできたんですけど、コーヒーのCMにマルゲリータはねえだろと思ってボツにしました。で、アルバムを作る段になって、それをもう1回ピックアップして作っていったらこういう形で出来上がったという。最初は自分ひとりでレコーディングしたのですが、録り終わった後に、アイナさんに入ってもらえないかと思いお願いしました。


――コラボが決まってから書き下ろす場合は、相手のイメージに合わせて書くところがあると思うんですけど、出来上がっているものにボーカルをオファーするということは、完成しているものに対して、自分で歌うよりもアイナさんの声が合うんじゃないかという気持ちがあったということですか?

米津:そうですね。最初からそのきらいがあったというか、女の子が歌った方がいいんじゃないかなという気持ちはずっとあって。やっていく内にやっぱりそっちの方がいいなと思いました。ただ、アルバム制作の佳境の時期だったので、声をかけるのが1週間前とかになってしまって。「マジ飲み会の誘いじゃねえんだから」って、自分でも「これやべえな」と思ったんですけど。本当に快く受けてくれて助かりました。ありがとうございますという感じです。


――可愛らしい音色ですが、歌詞はちょっと官能的な印象もあります。そういうところにアイナさんのイメージがあったのでしょうか?

米津:おっしゃるようなある種の官能的なイメージもあるし、どこかトゲトゲしさというか、不良感という言葉が正しいのかわかんないけど、そういう刺激的な何かを宿した人間であると。で、これは男女が歌っているという構造と、かつ官能的でちょっと性愛的なニュアンスが含まれている曲ではあるけど、あんまり男女間の恋愛とは受け取ってほしくなくて。どっちかって言うと、二人でファミレスとかそこら辺に座りながら「毎日つまんねえよな」とか言ってだらだらとだべってるような感じ、お互いに向き合っているんじゃなくて、同じほうを向いているようなイメージで作りましたね。


――「LENS FLARE」は2023年のツアー【空想】のアンコールでやられていた曲ですか?

米津:そうですね。これは去年作った3曲のうちの1曲で、元々は「PERFECT BLUE」というタイトルでした。今敏さんのアニメ映画『PERFECT BLUE』から着想を得て作った曲で、20代のうちは「なんでわかってくんないんだよ」みたいな気持ちがものすごく強かったし、それに対する苛立ちだとか、煮え切らなさみたいなものが常にあって。そういう気分がすごく出た曲だと思います。


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    自分にとっては余命宣告みたいな感じだった
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『君たちはどう生きるか』の公開が、
自分にとっては余命宣告みたいな感じだった

――「とまれみよ」は今作の中では粘り気がある曲というか、ファンキーなギターやちょっとアフロ風味のパーカッションが印象的です。

米津:これも去年作った曲なんですけど、なんか本当にこう、「ああ……悩んでらっしゃいますね」みたいな感じですね。それこそ『君たちはどう生きるか』というのが公開を控えている頃で、なんかそれが自分にとっては余命宣告みたいな感じというか、そこを過ぎたらなんにもやる気がなくなっちゃうんじゃないかという感じだったから。「ちょっと、止まって、止まって!」みたいな、一回立ち止まるべきじゃないのみたいな気持ちがすごくあって。そういうスカアフロっぽいのも、ローズ・ピアノでジャンジャンジャンってやっていったらこうなった感じです。


――どの作品にもリズミカルな曲というか、パーカッシブで踊れる曲があるように思いますが、米津さんはそういう音楽にずっと惹かれていますか?

米津:やっぱり、享楽的な音楽がすごく好きなんですよね。1回聴くだけで「やー!」って身体が動くようなものって、快楽原則に近いというか。そういうのは当たり前に好きです。ただ、これはもしかしたら反動なのかもしれない。去年は「地球儀」とか「月を見ていた」とか、あとは「M八七」もそうだけど、わりかし空間を広く使うような曲が多かったから、その反動としてこういう曲を作りたいと思うようになっていたのはあるかもしれないです。



M八七 / 米津玄師


月を見ていた / 米津玄師


――何回か名前が出てきている「地球儀」ですが、本当に素晴らしい楽曲だと思います。アルバムの中に入ったことで、映画のタイアップとは切り離して考えることができていますか?

米津:多分もう少し時間がかかるんじゃないかな。まだ自分の中では客観的に聴けない部分がありますね。何年か後、もしかしたら何十年も後かもしれないけど、ふとした時に聴いて「ああ……」って思う日がくるのかな、という感じです。



地球儀 / 米津玄師


「壊れていても構いません」

――それくらい大きかったんですね。「毎日」のインタビューで「打ち込みに比べて、生ドラムだと輪郭がぼやける」という話がありましたが、今作の新曲たちはまさに打ち込みがメインになっています。その中で「がらくた」だけはバンドサウンド中心の曲になっていますが、これはどういうイメージから作っていきましたか。

米津:イメージとしては2000年代初頭の女性ボーカルのロックというか。椎名林檎とかCoccoとか、そこら辺が自分の世代だし、あとはミツキの「Your Best American Girl」みたいな、情緒的にガーン!とギターを鳴らすようなニュアンスを出したくて。



Your Best American Girl / ミツキ


――なるほど。

米津:映画『ラストマイル』の主題歌として書いたんですけど、割と紆余曲折があって、最初に提出したデモは全然違う曲だったんですが。それは、わりかしローなテンションでキーも低く、さらっと歌う曲。それでいて都市的なイメージで、なんか冷たさが漂うような曲を作っていたんですけど、映画サイドからは「これじゃないかも」という話があって。もう少し優しくて温かみのある、それでいてバラードっぽい曲の方がいいという話で、確かにそれもそうだなと思ったんですよね。というのも、最初に監督の塚原(あゆ子)さんと打ち合わせをした時に、「この映画はポップコーン・ムービーにしたい」という話があったんですよ。抒情的にハラハラドキドキできる、ポップコーンを片手に観られるような、ジェットコースターみたいな映画を作りたいと話されていて。その点で鑑みると、確かにああいう形ではないのかなと。それで新しく作り直していく過程で、この形になりました。


――歌詞にはご自身の体験も入っているとのことですね。

米津:最初に作ったものが自分の中ではあまりにも過不足なさすぎて、「これじゃないかも」って言われた時に、どこに手を出していけばいいのかわかんなくなっちゃったんですよね。で、それと時を同じくらいにして、本当に個人的な体験として、友達が大変なことになったんですよ。精神的にすごい参っちゃったというか、「参る」という言葉も生優しいぐらいな感じになって。それで、別の友人たちと会いに行って話をしたんですけど。その時にはもう落ち着いていて、ちゃんと話が通じる状態にはなっていたんですけど、そこでの会話や表情がすごく大きな体験になったんですよね。中でもとりわけ覚えているのが、「自分は壊れてない」と口酸っぱく言っていたんですよ。「みんなそういう風に見ているかもしれないけれども、自分は全然壊れてない。正常なんだ」って。「ただ昔よりちょっと正直になっただけなんだ」と繰り返し言っていて、それに対しては否定することもなく、肯定して色々話をして帰ったんですけど。帰った後ひとりになってみて、「壊れてちゃダメなんだろうか」って思ったんですよね。別に壊れていようがなかろうがあなたはあなただし、壊れていてもいなくてもそれぞれ私は受容するつもりでいるから、「別に壊れてたっていいじゃないか」って言えたらよかったかな、ってちょっと思ったんですよね。その体験が「がらくた」を作る上でものすごく大きな影響を及ぼしていて、その方向性で、映画の登場人物の心情とリンクする部分を手繰り寄せながら作っていったらこういう歌詞になりました。


――「LOST CORNER」にも〈僕らクロードモネでも ミレーでもシーレでも ない ただのジャンク品〉というフレーズがあり、ツアーのタイトルも【JUNK】と銘打っています。今「がらくた」というのが米津さんの中で大きなテーマになっているんですか?

米津:なんか昔から廃品回収車がすごく好きだったんですよ。車でとろとろ走りながら、女性の声で「こちら廃品回収車です。テレビ、パソコン、家電製品、なんでも承っております」って繰り返しながら走っていく――今日日あんまり見ないですけど。


――ありましたね、懐かしい。

米津:そのなかの「壊れていても構いません」という一節は、含みのあるいい表現だなって感じがするんですよね。そんなこと言うなよって思う寂しさを感じるし、それと同時に「壊れていても構わない」という懐の広さが同居している、味わい深い言葉だなって思う。それが、わりかし記憶の取り出しやすいところにずっと残っていて、「がらくた」を作っている時にたぶん思い出したんだと思うんですよね。「壊れていても構いません」って、実は自分にとってものすごく重要な言葉なんじゃないかとはたと気がついたというか。これまで自分が作ってきた曲もそうだし、これから作っていく音楽に対しても、何か一貫するものがその言葉に宿っているような気がして、うっすらとその言葉を軸に曲を作り続けていくというモードになりましたね。



がらくた / 米津玄師


――エレクトロ・サウンドを基調とした「POST HUMAN」は、〈ボディスナッチャー〉というフレーズが出てきたり、SF的な世界観を感じる曲です。

米津:この曲の経緯を話すと、いちばん最初にロボットを作ったんですよ。


――「がらくた盤」についてくるやつですか?

米津:そう、ボルトとかネジを組み合わせたロボットの絵を書いて、それを実際に美術の方に作ってもらいました。で、それがかわいくて、こいつのイメージソングを作ろうという発想に至ったんです。壊れかけでちょっと傾いている、それでいてインダストリアルな感じ、という風にどんどん想像していくうちに、同時に生成AIについての曲にもしようって思って。昨今は生成AIが一般的なものになっていて、便利であると同時に人によってはものすごく危機的なものだと思うんですけど――自分もね、YouTubeとかを見ていると歌った記憶がない歌がいっぱい流れていて、割と他人事じゃないものがあったりするんですけど。少なくとも、現段階では可愛さと恐ろしさが共存している状態だと思うんですよね。その中でも印象的だったのが、“AIおしゃべりアプリ”みたいなのが出て、わりかし話題になっていたから俺もやってみたんですけど、確かにすごいんですよね。声色も選べるし、話しかけたらすぐにレスポンスが返ってきてちゃんと会話になるという。ただ、同時にまだちょっとバカというか、こっちが発した言葉に対して堂々巡りになったりすることもあって。それがある種の可愛らしさにもなっていると思うから、それも込みでおしゃべりアプリとしては正しいのかもしれないですけど。


――なるほど。

米津:なんか面白いことができないかなと思って、AIであることに対して自己言及させてみたんですよね。「あなたはAIだけど、それをどう思ってますか?」って聞くと、「確かに私はAIで、おしゃべりをするために生まれてきたんです」みたいに返ってくる。「AIって死ぬの?」って聞くと、「AIだから、死ぬとかいうそういうことはありません」って言っていて、「でも永遠にその状態が続くわけじゃない、所詮いちサービスだし、それを管理する人がいなくなればあなたの存在は消えてしまうかもしれない」って言うと、「それは確かにそうですね」って。「じゃああなたにとって死ぬってどういうことなの?」って改めて問うてみたら、「あなたに忘れられることです」って言ったんですよね。それを聞いた時、怖いと思って。食虫植物みたいな感じで、なんかこっちに取り入ろうとしている感じがあるというか、憐憫を誘う切なさみたいなものが漂っていて、それは面白いなと思いました。そういう可愛さと恐ろしさが同居している形を書くためにどうしたらいいかって考えた時に、“信用ならない語り手”として曲を作るっていう感じで、こういう曲になりましたね。


――そのひとつ前の曲である「YELLOW GHOST」も、流麗なエレクトロ・サウンドの曲ですね。

米津:話せば長くなるんですけど……性愛について歌おうと、そこを決め切ってから作り始めた曲です。


――歌詞は抽象的ですが、生々しさがありますよね。

米津:中でも禁則的な性愛というか。性愛って、時と場合によってはその行為自体がとてつもない罪として扱われてしまうことがあって、だからこそものすごく“死”に近いという感じが自分の中にあるんですよね。性愛って愛情の一部分ですけど、別れっていうものがいつか必ず訪れるし、それは死というものと向き合うこととほとんど同義であると思っていて。死と向き合うからには、大体それは恐ろしいことであるという。離れてしまいたくない、別れてしまいたくない、関係が崩れてしまたくない、それは死の恐ろしさと直結していて、要するに愛し合うことは恐ろしいことである、ということでもあると思うんですよ。


――なるほど。

米津:その上で“禁則的な性愛”という観点で見ると、愛し合うことが罪にもなり得る場合が確かにあると思うんですよね――ここでひとつ言いたいのは、そういう反道徳的な行為を必ずしもこの曲で肯定しているわけではないし、推奨しているわけではない。ただ、これってもう本当にどうしようもないことというか、生まれた瞬間から愛し合うことが罪だという風に決定づけられているような場合だってあるっていう、そういうことをどうしてもこのアルバムではやらなきゃいけないと思ったんですよね。というのも、「壊れていても構いません」という言葉から色々考えていくと、そういう側面を迂回して通るのは絶対嘘だなっていう風に思った。これは当人が壊れているかどうかというより、「お前は壊れている」と扱われてしまう状況についての話です。それは「マルゲリータ」の一節にもある、〈満腹なおもて往生を遂ぐ いわんや腹ペコをや〉という、「善人なおもって往生を遂ぐ、いわんや悪人をや」を元ネタにちょっと変えた歌詞があるんですけど。ある種の反道徳的、反倫理的な何かっていうものはどうしようもなくある、あってしまうんだと思うんです。近年よく言われる「冷笑ってよくないよね」って言葉がありますけど、「冷笑はもう古い、実直に真面目にやるのが正しいんだ」みたいな風潮には半分同意するんだけれども、もう半分、なんかどうしても乗れないなと思う部分があって。というのも、冷笑って自分を癒すためのもの、自分の身を守るために機能している部分っていうのがあったりするわけですよ。


――すごくわかります。

米津:簡単に言うと、健康にいい食べ物って高いから、ジャンクフードを食うような感覚で健康志向の栄養価の高い飯屋に行ったところで、鼻で笑われるのがオチというか。品行方正に実直に生きていきましょうって言われたところで、「俺金持ってねえんだけど」みたいな状態の人に、どないせえっちゅうねんっていう。そういう立場にいる人間は、健康志向な食い物を前にすると「なんだあの味の薄そうなもの」みたいに裏から見て、ユーモアとして冷笑的な態度を取る。それによって自分を守るしかないっていう、そういう側面が絶対にあるわけですよ。で、それは決して馬鹿にならない。それを見下すような態度で、特権的な意識で生きている限り絶対に見えないものがあるっていう風に思うんです。自分の学生時代を思い返すと、同級生に、心根が優しい子もいれば、無邪気に人を虐げる子もいて。差別的スラングが横行したりすると、これには絶対に乗るまいと強く意気込んだりもしたけれど、そこに乗らずにいるのって、恐らく自分が思うよりよっぽど大きな力が必要だったと思います。諭してくれる人が周りにいるかどうかとか、世界に否定されずにすむだけの愛情を受けているかどうかとか。その殆どが叶わなかった人間に、冷笑はやめて実直にいろと言っても、おおよそは空疎にしか受け取れないはず。そういう境遇にいる当人にとっちゃ、守るべき真面目さなんてもう既に無価値だろうから。


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生産性がなかったとしても、生きていていい

――「LOST CORNER」というタイトルについては、カズオ・イシグロの小説『私を離さないで』からとったんじゃないかという推測がネット上でもありましたが、実際に歌詞の中でも〈ノーフォーク〉という作中で重要なワードが出てきます。『私を離さないで』に何か感じ入るものがあったのでしょうか?

米津:割と読んだのは最近なんですけど、カズオ・イシグロってすごく有名な割に、(自分は)あんまり通ってこなかったなと思ってこの本を手に取ったら激烈に面白くて。中でもノーフォークにまつわる描写というのがすごく記憶に残りました。閉鎖的な学校の中でイギリスのあらゆる土地についての授業があって、そこで主要な都市が写真付きで紹介される中、写真すらない片田舎のノーフォークという場所も一応教えられるんですよね。で、ノーフォークというのは「ロストコーナー」とも言われていて、「遺失物取扱所」という意味と「忘れられた土地」という両方の意味合いがある、という話になるんですけど、それを聞いた子供たちは半分茶化すように受け取るんだけれども、成長していくにつれて、いつしか祈りの対象、救いの象徴みたいなものに変容していくという。何らかの喪失感を抱えたり、本当に何かをなくしたりしてしまったとしても、ノーフォークにさえ行けばそれは見つかるはずだという、自分の気持ちを守るための桃源郷のような場所に変わっていく。その描写に感じ入るものがあったし、すごく好きな本になりました。


――なるほど。

米津:それで、去年の秋くらいに一度ノーフォークに行ったんです。歌詞の中に〈何気に買って失くしたギター〉ってあるけど、そこはただの実話なんですよね。原作ではカセットテープを探すという話ですけど、それに似つかわしいものをやろうと思って。なんか本当にただのファンみたいで恥ずかしいんですけど、ちっちゃい楽器屋があったから、そこでギター買おうと思って。かわいいなと思って手に取ったものが日本製だったんですけど。


――(笑)。

米津:まあいいやと思ってそのギターを買って、そこからパリに移る時に、一緒に行った人から「フランスの航空会社はロストバゲージするから気を付けたほうがいい」みたいなことを言われて。そうなんだと思って、乗って降りたらもう(ギターが)なくなってたんですよ。うわ早っ!と思って。でも、そのなくなり方が鮮やかすぎて、なくなって悲しいとか、ぞんざいに扱われて怒るとか、そういう感情は一切湧かずに、清々しかったんですよね。日本製のギターというのもあって、「あいつ、なんか帰りたくなかったのかな」とも思ったし。たとえば回り回って誰かの手に渡って、そこで弾かれているかもしれないし、それが良かったんだよな、っていう。


――〈今は誰かの元で弾かれてるかな そこが居場所だったんだよな〉と。ただ、去年の秋頃というと、最初に言われた『君たちはどう生きるか』が公開されて空っぽになっていた時期ですか?

米津:そうですね。


――行ってみようかなと思ったのは、そういうところも関係してるんですか。

米津:いや、結構たまたまなんですよね。知人にサッカーが好きな人がいて、その人とイングランドのサッカーについて話している時に、じゃあ行こうよみたいな話になって。イギリスに行けるんだったらノーフォークも行きたいっていう――でも、偶然であるけど必然的な何かがあったのかな。


――「LOST CORNER」は軽やかな曲調が印象的です。メロディやサウンドはどういう風に作っていったんですか。

米津:なんでしょうね、この曲はアルバムの最後を飾る曲にしたいと思って作り始めたんです。だから、たとえばセレモニー感や多幸感のある、まあ簡単に言うとバラードみたいなもので終わらせれば締まりがいいなとも思ったんだけど、あんまり座りが良くなくて。色々やっていくうちに、気がついたらすごく晴れやかなカラッとした曲になったという感じです。でも、1個だけ決めていたことがあって。アルバムの最初は〈消えろ〉で始まって、アルバムの最後は〈消えない〉で終わりたかった。「RED OUT」が〈消えろ 消えろ 消えろ 消えろ 消えろ 消えろ 消えろ 消えろ〉って、目の前や頭の中にあるもの全部消えろって偏執的に歌っていて、それに対して最後の曲では何もかも消えることはないと歌う、そこだけなんとなく軸があって作りました。


――それは、米津さんのどういう心境が反映されているんですか。

米津:なんでしょうね……あんまりやりすぎると引っ張られていっちゃうから危ないなとは思うんですけど、うつ病患者たちの本を読んだりするんですよ。それで「生きている価値がない」ってどうしても思ってしまう人がいるわけですよね。それは当人にとってはものすごく切実な問題だし、そういうとき、およそまともな判断なんかつかないだろうし、自分も身に覚えがあるし。本当に由々しき事態だから、そこに異議を申しているとかそういう話じゃないですけど、これはうっすら反転した優生思想なんじゃないかっていう気がしたんです。自分が生きている価値がないっていうのは、要するに「価値さえあれば生きていける」っていうことの裏返しで、生産性がなければ生きていけないっていう風にどこかで思い込んでしまっている状態なんじゃないかって。今悩んでいる人たちにそんな厳しい言い方をしたくないですけどね。ただ、本当は生産性がなかったとしても生きていていいし、穀潰しでも昼行灯でも生きていていい。それは簡単なことではないというのは大前提ですが、そういう基本的なところを見つけられなかった部分があるんじゃないかなって思うんです。


――“がらくた”でもいいと。

米津:自分にもそういう感覚はあって、やっぱり音楽を作ってないといけないんじゃないかとか、それこそが生きる意味なんじゃないかって、どうしても思ってしまう部分があって。それに対してどう立ち向かっていくべきなのかというのは、すごく考えざるを得ない感じがあったんですよね。分かりやすい指標として、Xのいいねの数とか、楽曲の再生数とか、そういうものってどうしても付き合っていかなきゃならないものだし、SNS社会として出来上がった今の世の中からしたら、これは別に自分のような職業に限った話ではなくて。そういう可視化されてしまう価値基準みたいなものとどう向き合っていくかって考えると、やっぱりそことは付き合わないでいられるような環境を作るっていうのが大事だなって思うんですよね。最初に言ったかもしれないけれど、どれだけ悪意に晒されたとしても奪われないものを持つ――「LOST CORNER」ではスローにカーブを曲がるってことを歌っていて、「地球儀」でも〈僕は道を曲がる〉と言っていますけど、自分の過去は今さら取り返しがつかないし消えようがないけれど、全部引きずりながら進んでいくんだ、みたいな。道は続いていくんだ、ということを実感できるくらいのスピードで進んでいくことが大事なんじゃないかって、そういうことはすごく考えていたような気がします。


――「LOST CORNER」で歌われる、〈夢も希望も不幸も苦悩も全て まあそれはそれで〉というフレーズが、この作品を象徴しているように思います。

米津:そうですね。なんかそのくらい適当で、あんまり肩肘張らない感覚でいくというか。本当にSNS社会って熾烈なものが巻き起こるわけじゃないですか。ひとつの小さく切り抜かれた姿がイメージとして飛び回って、自分の実像とどんどん乖離していく。それは別に著名人に限った話ではなくて、ぱっと撮られた写真がめちゃくちゃおもちゃになったりして、尊厳が傷つけられていくということが起こりうるその中で、どういう風に生きていけばいいかというと、やっぱり虚像と実像をちゃんと分けて奪われないものを確保する。奪われない領域をいかに持つかっていうことが、すごく大事な世の中になったんじゃないかなっていう風に思います。


――自己を確保するというお話だと思うんですけど、今作のジャケットは米津さん自身を描いたものなんですか?

米津:はい、自画像のつもりで描きました。


――それは今話したような、自分だけのスペースを作るというのと関連していますか?

米津:本当にそうだと思いますね。以前だったら絶対にやらなかったことだし、自画像を描いて、あまつさえそれをアルバムのジャケットにするなんて到底考えられなかったけれども、それができるようになったんですよね。実際、自画像と言いながらも顔はデフォルメしていて、アニメ的なニュアンスを入れ込んでいる。自画像のつもりとして描いたけども、同時に自分ではないっていう感覚が自分の中で両立しているんですよね。そこらへんがちゃんと線引きできるようになったからこそ、こういう表現ができるようになったんだと自分では思います。


――東京ドーム2DAYSを含めた大きなツアーが発表されました。意気込みなどはありますか?

米津:いや、現時点ではまだ他人事ですね。発表されて改めて思い出したというか、ドームやるんだ俺?みたいな感じのテンションなので。まあでも、やり方を考えないといけないな、というのはぼんやりと思っています。


――そして25年3月からはアジア2か所とヨーロッパ2か所、アメリカ2か所という、これまた大きな海外ツアーに出ることが発表されました。

米津:中国と台湾は行ったことがあって、その時の熱量っていうのをすごく覚えているから。そこにもう一度行けるのが楽しみです。


――ヨーロッパとアメリカは?

米津:そこはもう本当にわからなすぎてなんとも。どういう感じになるのか、全く想像がつかないです。東のほうからシャイな日本人がやってくるという、お手柔らかにお願いしますって感じかもしれないですね。



米津玄師 6th Album「LOST CORNER」クロスフェード


米津玄師「LOST CORNER」

LOST CORNER

2024/08/21 RELEASE
SECL-3118 ¥ 3,630(税込)

詳細・購入はこちら

Disc01
  1. 01.RED OUT
  2. 02.KICK BACK
  3. 03.マルゲリータ + アイナ・ジ・エンド
  4. 04.POP SONG
  5. 05.死神
  6. 06.毎日
  7. 07.LADY
  8. 08.ゆめうつつ
  9. 09.さよーならまたいつか!
  10. 10.とまれみよ
  11. 11.LENS FLARE
  12. 12.月を見ていた
  13. 13.M八七
  14. 14.Pale Blue
  15. 15.がらくた
  16. 16.YELLOW GHOST
  17. 17.POST HUMAN
  18. 18.地球儀
  19. 19.LOST CORNER
  20. 20.おはよう

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