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<インタビュー>米津玄師 壊れていても、“がらくた”でもいい――4年ぶりアルバム『LOST CORNER』で歌う「奪われないものを持つ」ということ

インタビューバナー

Interview & Text:黒田隆太朗


 米津玄師のアルバム『LOST CORNER』がリリースされた。前作『STRAY SHEEP』から4年の歳月を経て作られた新作であり、映画『君たちはどう生きるか』の主題歌「地球儀」をはじめ、実に10曲のタイアップ曲を含む全20曲が収録された濃密すぎる作品である。本作のリリース発表と同時にアナウンスされた年明けから始まるツアー【米津玄師 2025 TOUR / JUNK】では、自身初となるドーム公演を含む全国8都市16公演を予定。さらに3月からはアジア、ヨーロッパ、アメリカを回る海外ツアーが追加されるなど、想像を優に超えていくような未来が待っていそうでワクワクするばかりである。

 今回のインタビューでは新曲を中心に話を聞きながら、本作のキーワードのひとつと言えるだろう「がらくた」について、さらにはカズオ・イシグロの小説『私を離さないで』から取られたタイトルや自画像ジャケットの理由など、『LOST CORNER』にまつわる話を包括的に語ってもらっている。米津玄師の第一声が「晴れやか」だったことが、なんとも『LOST CORNER』の作風を象徴しているように思う。

自分がコントロールできるものだけを見つめて、
それができないものはある程度、諦める

――4年ぶりのアルバムが完成しました。今の率直な手応えから聞かせていただけますか。

米津玄師:例年よりも晴れやかな気持ちというか。アルバムを作り終えた時に、エンジニアの小森(雅仁)さんから「今回はすごく晴れやかですね。『STRAY SHEEP』の時はこの世の終わりみたいな顔してました」って言われて。もっとこうしたかった、ああしたかったというのがないことはないんですけど、そこに苛まれるような日々は送ってないので。健康的でいいな、という感じではあります。


――これだけタイアップ曲が多い中、アルバムとしてどうやってまとめるのかなと思っていました。作品の全体像をどういう風に考えていきましたか。

米津:おっしゃる通り、既存曲が4年間で結構な数になってしまって、このまま行くとほぼ既存曲のアルバムになってしまうという。最初に危惧していたのはそこでしたね。長くやっていくと、どんどんアルバムに入る新曲が少なくなるミュージシャンっていると思うんですけど、それがすごく寂しいというか。自分が子供の頃って、アルバムはまだ聴いたことない曲がいっぱい入っていて、トータルでそれを聴ける喜びがあるものだと思っていたし、その記憶が今でも強くあるんですよね。なのでアルバムの既存曲が11曲になった時、その危惧をどう解消していくかっていったら、もう単純に曲数を増やすという馬鹿でも思いつく方法を取らざるを得なくて。本当はもっと作りたかったというか、理想としては半分以上を新曲にしたかったんですけど、あとちょっと届かなかったという。その心残りはありますけど、まあまあよくやったんじゃないかな。


――収録されている新曲はいつ頃から作っていたんですか?

米津:ほとんどが今年に入ってからなんですよね。3曲くらい去年に作った曲があって、もっと言うと本当は去年アルバムを出す予定だったんですけど、およそそういうモードになれなかったというか。なんなら音楽に対するモチベーションがものすごく下がっていて、もう作りたくない、くらいまで思っている時期が長くありました。


――それは何故?

米津:『君たちはどう生きるか』がものすごく大きかったんですよね。子供の頃からジブリ映画に慣れ親しんできて、宮﨑駿さんは自分にとってすごく大きな存在だったから。彼が作る映画に主題歌として関わることになって、たぶん、後にも先にもこれ以上光栄な出来事ってもうないなって思ったんですよね。で、そういうことが起きると、(自分は)そのために生きてきたんじゃないかなとすら思ってしまうというか。これが終わった後にはもう何も残らないんじゃないかという、なんかそういう気分が去年1年間――中でも公開されるまでの間はすごく強くあって。到底新曲を作るようなマインドにはなれなくて、1年延ばすという形になりましたね。


――何がもう1回米津さんを音楽に向かわせたんですか。

米津:一言で言うのは難しいんですけど、もう細かいことを考えなくなったというか、コントロールできないものと向き合うのをやめたっていう。自分がコントロールできる範囲の、人から奪われない領域をいかに強く確保するかという、そういう方向に目を向けていかないと疲弊するばっかりだなって感じがあったんですよ。恐らく客観的に見ると、自分の音楽家としての人生ってすごく幸福に溢れていて、それこそジブリ映画のタイアップをやらせてもらえたとか、『シン・ウルトラマン』や『FF16』『チェンソーマン』などいろんな作品に関わる機会があって、順風満帆な見え方をしていると思うんです。で、それは自分から見ても正しいと思うんだけれども、同時にすごく危機感みたいなものがあって。もうインフレバトルみたいな。戦闘力の高いやつが出てきて、その後それよりも高いやつが出てきて、最終的に天文学的数値の戦闘力のやつと戦わないといけないんじゃないかみたいな……大体そういう漫画って破綻するじゃないですか。



KICK BACK / 米津玄師


――そうですね。

米津:だから、このまま行くと収集つかないことになるなって。自分もその気でいたら、本当にどっかでぽっきり折れて戻らなくなるような気がしたんですよね。それで、あくまでも自分がコントロールできるものだけを見つめて、それができないものはある程度無視するというか、諦める。そういう考え方に切り替えざるを得なかったという。


――「がらくた」を除くと、新曲はすべて米津さん自身でアレンジされています。これは自分でコントロールできるものを確保するという、今のお話に通ずるものですか?

米津:本当にそうだと思います。全部自分でやるようにしようと思ってやり始めたら、本当に楽しくて楽しくて仕方なかったですね。


――なんとなく今のお話からは、『diorama』の頃の作品を思い出しました。

米津:そうですね、そういう意味で言うと原点回帰とも言えるのかもしれないです。


――「RED OUT」で始まるのがすごく良いと思います。衝動的であると同時にコンフューズされているような印象を受けますが、どういう心境から浮かんできた曲なんですか。

米津:「さよーならまたいつか!」を作り終わるのと同時ぐらいに作り始めた曲です。ある意味その反動というか、ずっと朝に向き合わなければならなかったところから、「はい夜、行きます」っていう。帰ります、という感じの作り方だったのは覚えています。


――ここが米津さんの住処なんですね。

米津:(笑)。コンフューズ的というか、ディスオーダー的というか、そういう表現をされるとは思うし、実際そうなんだと思うんだけれど。作っているマインドとしてはウキウキで、「おいおいおい! ベースリフから行くぞ!」みたいな、そういう感じではありましたね。



RED OUT / 米津玄師


――「マルゲリータ + アイナ・ジ・エンド」はエレクトロポップ風の曲になっていますが、フィーチャリングのアイナ・ジ・エンドさんにはどういう経緯でオファーしたんですか。

米津:アイナさんは何年も前からどこかで参加してくれないかな、と思ってたんですよね。言うまでもないほど素晴らしい声をしているし、歌声のニュアンスとかしゃくり上げる感じとか、彼女にしかできないものっていうのが明確にある。「マルゲリータ」はジョージアのCM「毎日」を作っていた時のボツ曲というか、これもまた朝に向き合っている時期の曲ですね。(雰囲気が)夜だな、違う違うって次々に曲を作っていたなかのひとつで、最初に〈マルゲリータ〉というサビのメロディと言葉が同時に浮かんできたんですけど、コーヒーのCMにマルゲリータはねえだろと思ってボツにしました。で、アルバムを作る段になって、それをもう1回ピックアップして作っていったらこういう形で出来上がったという。最初は自分ひとりでレコーディングしたのですが、録り終わった後に、アイナさんに入ってもらえないかと思いお願いしました。


――コラボが決まってから書き下ろす場合は、相手のイメージに合わせて書くところがあると思うんですけど、出来上がっているものにボーカルをオファーするということは、完成しているものに対して、自分で歌うよりもアイナさんの声が合うんじゃないかという気持ちがあったということですか?

米津:そうですね。最初からそのきらいがあったというか、女の子が歌った方がいいんじゃないかなという気持ちはずっとあって。やっていく内にやっぱりそっちの方がいいなと思いました。ただ、アルバム制作の佳境の時期だったので、声をかけるのが1週間前とかになってしまって。「マジ飲み会の誘いじゃねえんだから」って、自分でも「これやべえな」と思ったんですけど。本当に快く受けてくれて助かりました。ありがとうございますという感じです。


――可愛らしい音色ですが、歌詞はちょっと官能的な印象もあります。そういうところにアイナさんのイメージがあったのでしょうか?

米津:おっしゃるようなある種の官能的なイメージもあるし、どこかトゲトゲしさというか、不良感という言葉が正しいのかわかんないけど、そういう刺激的な何かを宿した人間であると。で、これは男女が歌っているという構造と、かつ官能的でちょっと性愛的なニュアンスが含まれている曲ではあるけど、あんまり男女間の恋愛とは受け取ってほしくなくて。どっちかって言うと、二人でファミレスとかそこら辺に座りながら「毎日つまんねえよな」とか言ってだらだらとだべってるような感じ、お互いに向き合っているんじゃなくて、同じほうを向いているようなイメージで作りましたね。


――「LENS FLARE」は2023年のツアー【空想】のアンコールでやられていた曲ですか?

米津:そうですね。これは去年作った3曲のうちの1曲で、元々は「PERFECT BLUE」というタイトルでした。今敏さんのアニメ映画『PERFECT BLUE』から着想を得て作った曲で、20代のうちは「なんでわかってくんないんだよ」みたいな気持ちがものすごく強かったし、それに対する苛立ちだとか、煮え切らなさみたいなものが常にあって。そういう気分がすごく出た曲だと思います。


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米津玄師「LOST CORNER」

LOST CORNER

2024/08/21 RELEASE
SECL-3118 ¥ 3,630(税込)

詳細・購入はこちら

Disc01
  1. 01.RED OUT
  2. 02.KICK BACK
  3. 03.マルゲリータ + アイナ・ジ・エンド
  4. 04.POP SONG
  5. 05.死神
  6. 06.毎日
  7. 07.LADY
  8. 08.ゆめうつつ
  9. 09.さよーならまたいつか!
  10. 10.とまれみよ
  11. 11.LENS FLARE
  12. 12.月を見ていた
  13. 13.M八七
  14. 14.Pale Blue
  15. 15.がらくた
  16. 16.YELLOW GHOST
  17. 17.POST HUMAN
  18. 18.地球儀
  19. 19.LOST CORNER
  20. 20.おはよう

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