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<対談>“好き”な気持ちだけじゃダメなときもある――『ブルーピリオド』が描く厳しい芸術の世界に眞栄田郷敦とWurtSは何を感じたか

インタビューバナー

Text & Interview: 黒田隆憲
Photos: mayuka

 『月刊アフタヌーン』で連載中の山口つばさによる漫画を原作とした映画『ブルーピリオド』が、8月9日に公開された。本作は、何事もそつなくこなしながら「生きる実感」を持てずにいた高校生の矢口八虎(眞栄田郷敦)が、1枚の絵をきっかけに美術の世界へ傾倒。東京藝術大学を目指す過程で様々な人と出会い、葛藤を繰り返す中で成長していく姿を描く。

 主演の眞栄田は、本作の役作りのため実際に絵画を本格的に学び、撮影に挑んだ。一方、映画の主題歌「NOISE」を書き下ろしたWurtSは高校時代に絵画を習っていたことがあり、創作のインスピレーションが降ってくるまでの苦悩やヒリヒリとした焦燥感をリアルに音像化している。本稿は、そんな2人による初対談インタビュー。これが初対面とは思えぬほど打ち解けた雰囲気の中、映画制作や楽曲制作の裏話をたっぷりと語ってくれた。

──まずは、完成した映画をご覧になった感想からお聞かせください。

眞栄田郷敦:個人的に、名作『ブルーピリオド』の実写化をとても楽しみにしていました。原作を読んだときに感じたイメージや世界観が、映画というフォーマットでさらに広がったことは、いちファンとしても非常に嬉しかったですね。映画全体のテンポも、主人公の心の動きに寄り添うように緩急がつけられていて、特に後半はその試みが非常に効果的で、画面全体からエネルギーが溢れていました。

──表現者として、心に刺さる部分が多い作品だと思いますが、演じてみてどうでしたか?

眞栄田:「自分の一番好きなことに、人生の全てを賭ける」というテーマは、一見当たり前のように思えますが、実際には非常に難しいことです。矢口八虎のセリフは原作でも芝居を通しても心に刺さりました。おっしゃるように、表現者としての挑戦と葛藤を描いている部分が映画の中でも特に感銘を受けました。

──WurtSさんは、主題歌「NOISE」を作る上で、この作品のどういうところからインスピレーションを受けましたか?

WurtS:僕はこの映画を観たとき、個人的に“葛藤”を描いていると強く感じました。そこを出発点にして、主人公たちが大きく成長していく姿を楽曲にも反映させたいと。もう一つ、この曲には僕が夢の中で見た映像がモチーフになっています。たった一人で走り続けながら「まだか、まだか」と焦燥感を募らせている、そんな夢の中のイメージを「葛藤から成長」というテーマとリンクさせながら作り上げましたね。

──音作りで特にこだわった部分はありますか?

WurtS:僕が作る楽曲は、間奏が短かったり、全くなかったりすることが多いのですが、今回は葛藤と成長をテーマにしているため、間奏をしっかり作り、そこから最後のサビへと向かう部分でそれを表現しようと思いました。また、映画を観終わってエンドロールが流れるときの“読後感”、つまり余韻が広がるような雰囲気を目指しています。そこは監督(萩原健太郎)からもリクエストをいただいていたので、特に意識していますね。


──眞栄田さんは、先ほどもこの「NOISE」を口ずさんでいらっしゃいました。どんな感想をお持ちですか?

眞栄田:今、WurtSさんがおっしゃっていたように、主人公たちが抱える葛藤や、好きなこと、決心したことに向かって邁進していくエネルギーがこの曲には詰まっているなと。特に、言葉の選び方がとても面白いですよね。サビの〈まだか?〉というフレーズは秀逸で、彼の頭の中を覗き込んでみたいくらいです(笑)。

WurtS:ありがとうございます(笑)。

──眞栄田さんは、今回の役作りのために実際に絵を、新宿美術学院(現「ena美術新宿」)の海老澤功氏のもとで基礎から学んだとお聞きしました。実際に描き始めると6時間くらい、席も立たず水も飲まず打ち込んでいたそうですが、そのときはどんな気持ちだったのでしょうか。

眞栄田:本格的に絵を描くのは初めての経験で、新鮮だし分からないことも多すぎて、とにかく面白かったんですよね。気がついたらあっという間に時間が経ってしまった。そのくらい没頭していたのだと思います。

──自分でも絵を描くことで、何か変わったことなどありましたか?

眞栄田:例えば美術館などで有名な絵画を見ても、今までは特に何も感じなかったのですが(笑)、絵を描くようになってからは見え方がすごく変わりましたね。時代ごとの技法や使用している画材など、そういうところにも目がいくようになり、絵を見る時間が以前よりもずっと楽しいものになりました。

同じモノを見ても、描く人の個性によって全く違う作品になるじゃないですか。この映画の中でも、いわゆる「受験絵画」のような型にハマった作風にとらわれてしまう主人公を演じています。一つのことを突き詰めすぎて視野が狭くなってしまうというか。それって絵画の世界だけでなく芝居にも言えることなので、すごく勉強になりました。八虎にとってターニングポイントとなる作品に取り組んでいるとき、ある種の「ゾーン」に入っていく。そこは原作でもすごく大事なシーンだったので、ちゃんと絵の勉強をしてから演技に挑めたのはよかったと思っています。

──WurtSさんは曲を書いているとき、眞栄田さんのおっしゃるような「ゾーン」に入っていく感覚はありますか?

WurtS:家にこもって曲を書いていると、例えば一晩中作業をしていても一瞬に感じることはよくありますね。あっという間に曲ができたと思ったら、「え、もうこんな時間?」みたいな(笑)。それを「ゾーンに入る」と言うのかどうかは分からないですけど、のめり込んでいく感覚はあります。

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──眞栄田さんは、アメリカ生活時代にサックスに出会い、帰国して高校は岡山県にある吹奏楽部の強豪校に進学したそうですが、音楽に打ち込んでいた日々と、今回演じた「絵画」にのめり込んでいく八虎に何か共通点はありましたか?

眞栄田:好きでやっていた音楽だったのですが、極めるとなると嫌いになる瞬間も何度かありました。映画の中でも描かれているように、努力や才能、正解のない世界での葛藤や苦しみは音楽の世界も一緒だなと。そして、認められたときの喜びややりがいは、音楽や芝居に共通する部分だと思います。

──WurtSさんは、八虎や他の生徒たちが「絵画」に没頭していく姿に、ミュージシャンとして共感する部分はありましたか?

WurtS:実は高校生のときに美術部だったんです。当時はただただ楽しく絵を描いていたんですけど(笑)、今やっている音楽は仕事ですから、「楽しい」だけではなかなか続けることはできない。とはいえ、自分の中の「楽しい」「好き」という気持ちに突き動かされるように作った曲が、結果として多くの方々に評価していただいていることに気づいたんです。高校生のときのような気持ちも変わらず持ち続けなければいけないものなのかなと思っていますね。

──眞栄田さんは、役作りの上で萩原健太郎監督とシーンごとに綿密に話し合ったとお聞きしました。萩原監督とどのようなシーンで特に話し合ったのでしょうか?

眞栄田:高校生の役柄なので、「若さ」だけでなく「ダサさ」や「泥臭さ」も入れたいという話をしたことは覚えています。高橋文哉さんが演じるユカちゃん(鮎川龍二)を助けようと海に入るシーンがあるんですけど、普通に助けるだけだと「なんかヒーロー感あってカッコよすぎるよね」って(笑)。それで、海に入る前に靴を脱ごうとしてうまく脱げず焦ったり、水飛沫をじゃぶじゃぶ飛ばしながら海へ入っていったりして、がむしゃらでちょっとダサい感じにしました。それにより八虎の人間らしさをうまく引き出せたんじゃないかと思っていますね。

監督だけでなく、制作チームとも映画をよりよくするためのアイデアを何度も出し合いました。特に気に入っているのは、『青の渋谷』という絵をより印象的に登場させるための演出ですね。それまでは映像の中に「青」っぽい要素を極力排除し、画面も少し暗めにしているんです。そうすることで、あの絵が画面に現れたときのインパクトがより大きくなっていました。

──現場の雰囲気もよさそうですね。

眞栄田:本当に素晴らしかったですね。みんな、いい意味でフランクで、同じ目線で楽しく仕事をしている。『ブルーピリオド』の世界観を心から愛する人たちが集まり、「いい作品を作ろう」という熱気が常に流れていましたし、各セクションのコミュニケーションも円滑に進んでいました。この映画が公開され、みんなの努力が報われることを願っています。

──江口のりこさん扮する美術教師・大葉真由が「自分なりの絵を見つけるためには、いろんな人の作品を見るのも一つの方法だね」とアドバイスする重要なシーンがあります。まずは既存のスタイルを模倣し、そこから自分だけの表現を見つけていくことってありますよね。そういう意味で、眞栄田さん、WurtSさんがお手本にしたものは何でしょうか?

WurtS:音楽の世界もまさに、先輩たちのスタイルをお手本にしながら自分のオリジナリティを作り上げていくものだと思っています。過去の名曲や今流行りの音楽など、ジャンルを問わずいろんな音楽から気になるところをどんどん吸収してきましたし、これからもそうありたいと思っています。

眞栄田:うーん、芝居の場合は難しいですね。そもそも「自分らしさ」を消していくのが仕事なのかなとも思います。ただ、最初に憧れた俳優は綾野剛さんですね。『日本で一番悪い奴ら』(2016年)を観て、めちゃくちゃ衝撃を受けたので、綾野さんからの影響はかなり大きいと思います。

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映像の素晴らしさはもちろん
音や音楽にもぜひ注目して見てもらいたい

──藝大という難関校を目指す途中、八虎が「俺は本当に受かるのだろうか」と不安に苛まれるシーンも印象的でした。「これ以上突き進んでいったらもう後に戻れなくなる……」と感じたことってありますか?

眞栄田:それでいうと、今はいつでも引き返せると思っているんですよね。人生は長いし、「これだ」と思う道を見つけたなら、迷うことなく方向転換すればいいと思うんです。でも、高校生の頃って「受験がすべて」みたいな気持ちになってしまうじゃないですか。進路を決めたらもうそこに向かって努力するしかないし、合格するか否かで人生が決まってしまうような、もう後戻りなんてできないような気がしてしまう。でも、そんなことは全くないんですよ。

──確かに。大葉先生が「強さと弱さに向き合ったことは、結果がどうあれ必ずあなたの財産になる」と受験生を励ますシーンがありましたけど、まさにその通りだなと。眞栄田さんも、本気でサックスに打ち込んで、その後「挫折」を経験したわけですよね?

眞栄田:そうですね、あれは「挫折」だったと思うし、同時に俳優という仕事をもらう「きっかけ」でもありました。だから、「後戻りできなくなる」なんて心配せず、自分が信じた道を突き進むべきだと思いますね。

──改めて『ブルーピリオド』という作品が持つ魅力について聞かせてもらえますか?

眞栄田:僕が原作に興味を持ったのは、東京藝術大学を目指す高校生の物語という、非常にマニアックでニッチな世界を描いているにもかかわらず、そこでの葛藤や苦しみ、喜びが老若男女に共通するものだったからです。この作品を読んで「自分も好きなことをとことん貫こう」という気持ちになる人もいれば、「こんなに厳しい世界なのか……」と圧倒される人もいると思います。見る人によって受け止め方が異なるところも、この作品の奥深さなのかなと思っていますね。

WurtS:僕はやっぱり「サウンド」に注目していました。例えば大学受験のシーンでは、静かな教室の中で画用紙に鉛筆を走らせる音や、キャンバスに絵の具を塗っていく音、その臨場感が本当に見事だったんです。音へのこだわりは他のシーンにも散りばめられていましたし、Yaffleさんが作り上げた劇中の音楽も素晴らしい。映像の素晴らしさはもちろん、音や音楽にもぜひ注目して見てもらいたいです。

──ところで今日、おふたりは初対面なんですよね? どんな印象を持ちましたか?

眞栄田:曲調がすごくおしゃれですし、プロフィールからもイケイケな感じの人かと思いましたが、とても柔らかい人で安心しました。

WurtS:よかったです(笑)。僕は眞栄田さんの作品を一方的に見ていたので、実際にお会いできて「本物だ!」と感激しています。これからもよろしくお願いします!

眞栄田:こちらこそ!


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