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<インタビュー>jon-YAKITORY 音楽で“驚き”を提供したい――「混沌ブギ」「蝸旋」の源にある「10代の自分」の存在
Interview & Text:沖さやこ
Photo:筒浦奨太
Adoや新しい学校のリーダーズなどへの楽曲提供でも知られるボカロP、jon-YAKITORY。彼が2023年8月にリリースした「混沌ブギ」が、2024年に入りさらなるヒットを記録している。ニコニコ動画だけでなく、YouTubeやApple MusicのMVランキング、Billboard JAPAN“ニコニコVOCALOID SONGS TOP20”および“Heatseekers Songs”チャートにも登場し、海外にもリーチするなど、その勢いはとどまることを知らない。10年以上のキャリアでジャンルにとらわれないソングライティングを続けてきた彼は、どんな思いで「混沌ブギ」を制作し、ヒットとどのように向き合っているのだろうか。クリエイターとしての信念に迫った。
ただ単に盛り上がるだけの曲もいいかもと作ったのが「混沌ブギ」
――去年8月に公開され、じわじわと再生数を伸ばしていた「混沌ブギ」が、今年に入ってさらにヒットしています。現在の心境はいかがでしょうか。
jon-YAKITORY:僕自身はほとんど変わらないんですけど、今まで聴いてくれていた人が喜んでくださったり、「『混沌ブギ』作ってるのって『シカバネーゼ』の人だったんだ」「『蝸旋』作った人だったんだ」と驚いてもらったりすることもあって。皆さんの悦びになれているのがうれしいですね。
――YouTubeにアップされたオーディオコメンタリーによると、「混沌ブギ」は『ブルーアーカイブ -Blue Archive-』の劇伴音楽「Unwelcome School」のような、ファニーでハイテンションな曲が作りたいというイメージから始まったそうですが、そう思ったきっかけはなんだったのでしょうか。
jon-YAKITORY:僕はいろんなジャンルの曲を作るんですけど、曲を作り始めるきっかけの多くが、その時に触れている音楽や映画、漫画などに触発されて、なんです。たまたま「Unwelcome School」みたいな曲を聴いていて、「こういう2000年代に流行った感じの曲は今あんまりないな」と思って。ここ数年、効果的な転調やおしゃれなコード進行といったセオリーを土台とした曲作りをする人が多かったじゃないですか。
――そうですね。
jon-YAKITORY:みんなが似たことを考えて制作していたら、いたちごっこだなと思ったんです。だから自分が子どもの頃によく流れていた、ただ単に盛り上がるだけの曲もいいかもと勢いで作ったのが「混沌ブギ」ですね。
――普段からインプットは積極的になさっていますか?
jon-YAKITORY:最近は広告を見かけて「観てみようかな」と思った映画を観て、「流れている音楽は誰が作ったんだろう」と調べたり、お店に行ったときに流れている音楽がかっこよかったらアプリで調べたりとか、生活しているうえで自分のセンサーがキャッチするくらいですね。「インプットするぞ!」と息巻いて勉強しても、心が動いていなかったら結局頭から抜けていっちゃうことが多くて。だからあまりそういうことはしなくなりました。
――jonさんは好きな音楽のジャンルも幅広いですし、音楽以外にもいろんな創作物に精通されているので、それだけでも幅広いインプットがあるのではないかと思います。音楽に興味を持ったきっかけはRIP SLYMEだそうですね。
jon-YAKITORY:中学生のときに、TVで観たDJ FUMIYAさんのスクラッチする姿に憧れて、貯めていたお小遣いとお年玉でターンテーブルを買いました。そこからいろんなヒップホップを聴いたんですけど、自分の心に残るのはRIP SLYMEやスチャダラパーのような、ユニークで楽しい雰囲気があるものだったんですよね。そこから高専に入学して、軽音楽部でRADWIMPSやASIAN KUNG-FU GENERATION、BUMP OF CHICKENと、ニコニコ動画でVOCALOIDに出会って。ルーツが今のジャンルレスな作曲スタイルともつながっているのかもしれないです。
――「混沌ブギ」も、これまでのjonさんの作風とはまた違う切り口だと感じました。
jon-YAKITORY:自分が面白いと思うものを発信していきたいんですよね。前にthe band apartの原昌和さんが「こんなことをしたらみんなが驚くかなと考えながら作っている、言ったらびっくり箱職人みたいなもの」「驚きを提供するのが楽しい」とおっしゃっていて(YouTube『【バンアパ原さん】音楽を職業にすることの呪い』タナブロ【たなしん音楽ブログ】より)、僕のスタンスもそれに近いなと感じて。実際10代の僕も、ジミーサムPさんに「次どんな曲がくるんだろう?」「こんな曲も作れるんだ! しかもいい!」とわくわくしていたんです。思い返せば、小学校の頃手品にハマっていたので、根っこは変わっていないかも。今、こんな2000年代っぽいブチアゲ系の曲を出したら絶対みんな笑うだろうなと思ったし、エアーホーンは絶対入れたかったんですよね。それはドラマからの影響なんですけど。
――ドラマ?
jon-YAKITORY:『アンブレイカブル・キミー・シュミット』というNetflixのコメディドラマに、主人公を15年幽閉していたカルト教団の教祖が結婚式でエアーホーンを鳴らすシーンがあるんですけど、それがほんとバカらしくて笑えるんです(笑)。そのときに、エアーホーンとコメディの相性の良さに気付いて。エアーホーンは出てきた当初はかっこいいものだったけど、ブームになりすぎた結果定番化しすぎて、今やベタでコテコテのものになったというか。
――だから面白要素として、大げさなまでにエアーホーンを入れていると。
jon-YAKITORY:歌詞に〈Get Down〉が入っているのも同じ理由ですね。「踊ろうぜ」という意味もあれば、「下に降りようぜ」=「バカになろうぜ」と意味を掛けてみたりして。あと、2000年代にニコニコ動画で「ゲッダン」が流行ったので、「なにそれ?おいしいの?」みたいなネットスラングや、『ボボボーボ・ボーボボ』より「亀ラップ」の「純情?正常?亀参上」を掛け合わせてみたりもしました。いろんなところから引っ張ってくる作り方は、PUNPEEさんがよくアメリカのコメディやアニメをリリックに引用している影響もあると思います。ああいうのいいなって思うんですよね。
――サンプリングや引用はヒップホップの文化でもありますものね。また、インターネット上の反応を見ていると、歌詞を「混沌とした世の中だけど、ありのままの自分で勇気を出して飛び込もう」といった解釈をしている人が多い印象があります。
jon-YAKITORY:音楽に限らず、映画もアニメもなんでも、作品になった段階で監督や作者の解釈=正解ではないと思っているんです。終始ふざけた曲を作ったつもりがこんなふうにメッセージとして受け取ってくれるなんてすごくうれしいし、面白いなと思います。でも作り手として、人を傷つけるものにはしたくなくて。そういう解釈には同意できないです。「混沌ブギ」はバカっぽい曲だけど、人のことをバカにしたい曲ではない。僕のほうから誰かを拒絶するようなことはしたくないなと思っています。
10代の頃の“陰キャ貯金”で
曲を作っているところはだいぶあります(笑)
――今回「混沌ブギ」がこれだけ注目を集めたとなると、jon-YAKITORYと言えば「混沌ブギ」というイメージが強くなるとも思いますが、それに対してはどのように考えていますか?
jon-YAKITORY:全然問題ないです。ひと昔前なら、1曲出してバズったらそのイメージに沿った曲作りを要求されるかもしれないけれど、現代のヒット曲において誰が作詞作曲をしているのか、誰が歌っているのか、いつリリースされたのかは必ずしも重要なわけではないというか。だから、僕がこれから「混沌ブギ」とは全然違うタイプの曲を出しても、特に支障はないと思うんです。そういう自由がある一方で、次も同じくらい聴いてもらえるかどうかはその時その時なんですよね。時代の流れは変えられないので、そこにどう自分がアクションを起こしていくかが大事なのかなと思っています。
――どうやら「混沌ブギ2」のアイデアも生まれているそうですね?
jon-YAKITORY:本当は作るつもりなかったんですけど、自分的に面白いなと思えるアイデアがちょっと思い浮かんで。ほぼ出来上がっているので、その時を楽しみにしていただけたらなと思います。
――また、jonさんはご自身のVOCALOID曲だけでなく、Adoさんや新しい学校のリーダーズなど、楽曲提供や客演を積極的になさっていますよね。どの楽曲もそのアーティストさんのカラーとぴったり合っているのも特徴だと思います。
jon-YAKITORY:僕としてはひたすら必死にやっているだけというか。曲が独り歩きすることが多いとはいえ、ヒットするものはやっぱりアーティストとリンクしている作品だと思うんです。もちろん提供するからにはヒットしてほしいし、そういう気合いのもと制作に入るけれど、実際の制作は提供するアーティストのことをできる限り理解して、そこに曲をリンクさせていくことにただただ集中しています。
――もっとjonさんの自我が曲に出てもいいのに、と思ってしまうくらいボーカリスト・ファーストな制作だとも思ったりもしていて。
jon-YAKITORY:それは、初期からずっと『山田玲司のヤングサンデー』を観ているのも影響していると思います。イベントにも参加して、山田玲司先生と直接お話させていただいたこともあるんですけど、山田先生はどんなときもすごく親身に話を聞いてくれる人なんですよね。ずっと「こういう大人になりたいな」というイメージがあって、それを自分も倣っているのかも。
――そのjonさんの性質が明確に発揮されているのが、Adoさんをボーカリストに迎えた、ゲーム『LOST JUDGMENT:裁かれざる記憶』の書き下ろし主題歌「蝸旋」だと思います。ゲームにもAdoさんにも合うものを作るうえで意識したところとは?
jon-YAKITORY:地上波テレビで流れる機会が多い曲だったので、ロックやJ-POPのフィールドでも納得してもらえるものを目指しました。メロディはAdoさんが歌ったときにどう響くのか、どれぐらい音と張り合えるものになるのかが重要だと思っていましたね。デモのボーカルはVOCALOIDで打ち込んだんですけど、まずスタッフさんに聴いてもらったら、やっぱり「こんなにシンプルで派手さのないメロディで大丈夫?」みたいな空気になって。でも、それまでにAdoさんとも何度かコラボさせていただいていたので、Adoさんがこのメロディを歌えばこの曲は絶対力強くなるという確信があったんですよね。
蝸旋 / jon-YAKITORY feat. Ado
――あのメロディとAdoさんの声の迫力があるからこそ、サビの〈お前らのせいだ〉という言葉がさらに強く響きます。歌詞についてはいかがですか?
jon-YAKITORY:歌詞の内容はタイアップに寄せつつも、自分の経験にあるものをエッセンスとして入れました。自分から生まれたものにしないと魂が乗らなくて、中身が軽くなっちゃう気がするんです。だから〈大声で笑うことは/いつになれば/許されるのかな〉とかは自分のスクールカースト5~6軍くらいの経験から生まれたものでもあって。教室で、僕みたいな人間が大声で笑うと「なんかオタクが盛り上がっててキモい」って嘲笑の的になったりしていたので。
――「混沌ブギ」もjonさんが10代の頃ニコニコ動画にのめり込んだときのロマンが詰まっていますし、音楽はjonさんが10代の頃に抱えていたいろんな気持ちを解消してくれるのかもしれませんね。
jon-YAKITORY:10代の頃の“陰キャ貯金”で曲を作っているところはだいぶあります(笑)。自分と同じコンプレックスを持っていた人がそれをエンタメに昇華していたら励みにもなりますし、みんなそういう人を求めているとも思うんです。皮肉なものですけど、10代のときに高く積み上がったコンプレックスが今の自分の武器になっているし、そのうえで、僕は自分がいいと思うものを作り続けているだけだなとも思います。
――冒頭でおっしゃっていた“びっくり箱”ですね。
jon-YAKITORY:カッティングをいっぱい入れたおしゃれな曲も好きでよく聴くけど、作るとなるとどうもしっくりこなくて。音楽好きの人からしたら「ダサい」と思われるものだったとしても、自分の心が動くことや「これはかっこいいわ!」と思わず笑っちゃうことが重要なんです。音楽だけでなく漫画や映画、芸人さんのトークとか、今まで摂取してきたものが自分の作風にも影響しているんだろうなと思います。
その時その時に自分が面白いなと思ったことを
間違えないようにやる
――そんな“びっくり箱”が、国を超えて響いています。「混沌ブギ」は、Billboard JAPANの世界でヒットしている日本の楽曲をランキング化したチャート“Global Japan Songs Excl. Japan”において、特に韓国で安定した成績をみせている。
jon-YAKITORY:K-POPはスタイリッシュでクオリティの高い曲が多いし、隙がないくらいかっこいい人がどんどん上り詰めていく傾向にあると思うんです。日本もその影響は受けているし、だからこそ「クールなものだけじゃなくてコミカルなものが欲しいな」「そろそろこういうの食べたいな」というムードに「混沌ブギ」や吉田夜世さんの「オーバーライド」はハマったのかなとも思っていて。
――確かにここ半年ほど、ヒットするVOCALOID楽曲はユーモラスなものが多い印象があります。
jon-YAKITORY:原口沙輔さんの「人マニア」も、トラックがすごくかっこいいし歌詞にも深い意味が込められているけど、音や言葉の使い方が面白いし聴き心地がいいんですよね。2023年下半期あたりから、そういう面白要素を含んだものがウケやすい傾向にあるのかなと思います。
――最近はjonさんも【MIKU FES’24(春)~Happy 16th Birthday~】へのご出演など表舞台での活動も増えていますが、今後どのようにアーティスト活動を進めていきたいなど展望はあるのでしょうか?
jon-YAKITORY:そういうのは考えないようにしているんですよね。実際Adoさんに「シカバネーゼ」のボーカルをお願いしたのも、未来を見据えてお声掛けをしたわけではなく、VOCALOIDよりも人が歌ったほうが感情が乗るだろうなと思う曲ができたのと、ちょうどくじらさんが「ねむるまち」(※2019年11月公開)のボーカルにyamaさんを迎えているのを観て「こういうのいいな」と思ったのと、Adoさんの歌が好きだったからという思いつきに近いものだったんです。だから、時の流れに任せるのがいいのかなと今のところは思っていて。
――お話を伺っていると、jonさんは先を見据えて計算していくというよりは、琴線に触れる方向へと進んでいくことでステップアップなさっていますよね。
jon-YAKITORY:僕の場合、5年先、なんだったら3年先の計画を立ててもうまくいった試しがなくて……(笑)。見えない未来を考えるよりは、その時その時でただただ自分のやりたいことを必死にやって、そのたびにしっかり考えていくのが大事なのかなと思っています。以前、楽曲提供をさせていただいた望月琉叶さんと一緒にラジオに出させていただいたときに、望月さんが小林幸子さんに「長く続ける秘訣はなんですか?」と質問をしたら、小林幸子さんは「ただ目の前のことにひたすら必死になっていたら、これだけ経っちゃったのよ」とおっしゃっていて、自分の考えも間違ってないのかもと思ったんですよね。
――では今後も、ご自身の心が動いた方向へと進んでいくということですね。
jon-YAKITORY:そうですね。その時その時に自分が面白いなと思ったことを、間違えないようにやる。なんでもかんでも手当たり次第にやっても意味がないので、しっかりと自分が今までやってきたことと照らし合わせながら「こういうふうに持っていったら面白くなるぞ」と思えるものを、一つひとつ必死でやっていきたいです。
リスナーもクリエイティブなことを起こしていくのが
インターネットの面白さ
――とはいえ「混沌ブギ」が国境を越えて響いているならば、世界にアプローチしていくのもひとつの手なのかなとも思うのですが。
jon-YAKITORY:逆にそこには寄り添わないでおこうと思っていて(笑)。
――えっ、そうなんですか。
jon-YAKITORY:ありがたいことに海外の方に聴いていただく機会が増えたので「○○語訳の字幕を付けてください」というコメントが増えたんですよ。でもそれって、もともと制作者側がやるものではない気がしていて。そこを甘やかしたくはない(笑)。今はスマホで簡単に翻訳ができますし、「これってどういう意味なんだろう?」と自分で調べたことがのちのち生きてくることって多いと思うんです。
――そうですね。
jon-YAKITORY:僕もSUM41やグリーン・デイの歌詞を辞書片手に自力で訳したりしましたし、マキシマム ザ ホルモンのCDを買って、歌詞カードを見て「こんなこと歌ってたんだ!」と知ったり、BUMP OF CHICKENの隠しトラックや隠しジャケットにわくわくしたりしてきて。そのひと手間のおかげでさらに面白さや喜びを味わえるし、「自分で見つける」という感覚は失われてほしくないんですよね。もちろん楽しませる準備を整える方々も素晴らしいけれど、僕はそういうスタンスです。
――来るものは拒まないし大歓迎だけれど、迎合はしない。
jon-YAKITORY:拡散してもらえるのはうれしいけど、拡散されるために曲作りをしているわけではないから、それは僕のやるべき仕事ではないかなと思っています。実際「混沌ブギ」を英語カバーしてくれている人もいるんです。僕の関与しないところで勝手に遊び場になっていく、こちらからの一方的な提供だけではなく、リスナーもそれを用いてクリエイティブなことを起こしていくのがインターネットの面白さであり、美しさでもあると感じるんですよね。これからも健全な回り方が続いてくれたらなと思います。
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