Billboard JAPAN


Special

<わたしたちと音楽 Vol.38>AAAMYYY 次世代に良い環境を引き継ぐために、当たり前を更新する

インタビューバナー

 米ビルボードが、2007年から主催する【ビルボード・ウィメン・イン・ミュージック(WIM)】。音楽業界に多大に貢献し、その活動を通じて女性たちをエンパワーメントしたアーティストを毎年<ウーマン・オブ・ザ・イヤー>として表彰してきた。Billboard JAPANでは、2022年より、独自の観点から“音楽業界における女性”をフィーチャーした企画を発足し、その一環として女性たちにフォーカスしたインタビュー連載『わたしたちと音楽』を展開している。

 今回のゲストはソロのシンガーソングライターとして、またバンドTempalayのメンバーとしても活躍するAAAMYYY。2022年末に“産休”に入ることを発表し、妊娠・出産を経て2023年3月には現場復帰、現在も精力的な活動を続けている。1人の女性として、アーティストとして、変化してきた心境について語ってくれた。(Interview:Rio Hirai[SOW SWEET PUBLISHING] l Photo:Mariko Kobayashi)

ライフステージの変化を経て、
等身大の自分を受け入れられた

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――AAAMYYYさんは、実際にライフステージの変化が自分の身に起きるまでには、そのことについてどんなイメージがありましたか。また、創作活動や作品にはどんな影響があったのでしょうか。

AAAMYYY:自分が結婚をするとか、子供を産むとか、何も想像してこなかったんです。ずっと子供のままの気持ちで、大人になっても好きなことをして生きていくんだろうなと思っていたんですよね。今まではバンドをやるにしても自分のソロをやるにしても、人の目に触れる活動だからこそ、“理想のミュージシャン像”みたいなものを掲げて、それに向かっていくことを良しとしていたのですが、妊娠・出産を経験して「それも違うな」と思うようになりました。改めて、妊娠・出産を経験しているアーティスト仲間に話を聞いたり、SNSでの発信を見るようになって、自分を重ねて見て「私も1人の人間だったんだ」「母親になったんだ」という実感が湧いてきたんです。それまで抱いていた理想像みたいなものは一旦端に置いておいて、1人の人間として何が幸せなのか、本当に音楽で表現したいことは何なのか、改めて自分の在り方を考え直す機会になりました。理想像を目指すのではなく、自分でいることの基礎に立ち返るというか……等身大で良いんだと思えるようになりましたね。


子育ての“当たり前”を更新して、
次の世代に生きやすい環境を手渡す

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――これまで理想の姿に近づけるための努力をする方向性だったのが、変化したんですね。AAAMYYYさんも親交がある、chelmicoのRachelさんや羊文学の塩塚モエカさんにインタビューしたときに、「アーティストとして活動しながら子供を育てるロールモデルが身近にいない」ということが話題にあがりました。AAAMYYYさんがお子さんをライブに連れて行ったりしていることは1つのロールモデルになり得ると思いますが、AAAMYYYさん自身が自分の周りで参考にしている人はいますか?

AAAMYYY:それこそRachelには、妊娠や結婚をどう公表するかについて相談していたんですよ。そうやってRachelと話をしていて、彼女も子供がいるけれど、「これまで通りに活動を続けていくし全く変わらない」というスタンスがすごくカッコいいなと思いましたね。芸能人が結婚を発表すると、必ず「妊娠は?」という話題になるのも違和感があって……誰にでも起こりうることだからこそ、わざわざ発表するようなことじゃなくなれば、身構えるようなトピックスじゃなくなるんじゃないかって。「結婚したら、売れなくなる」という恐れがあるような人もいるでしょうし、公表しない自由もあっていいんじゃないかと思ったので、私も「結婚しました」というのもわざわざ言わなかったんですよね。周りに同世代のアーティストも多いから、“誰にでも起きること”として現場にも当たり前に子供を連れていくし、そうすると当然迷惑をかけてしまったりするけれど、自分1人で子育てはできないじゃないですか。これからライフステージが変わるような次の世代にも、生きやすい環境を橋渡しできたら良いなと考えながら、「これが普通だよ!」という思いでやっています。


――「迷惑をかけちゃいけない」という考えでがんじがらめになってしまう人も多いなか、AAAMYYYさんが「迷惑はかけてしまうものだからこそみんなでやっていこう」ということに辿り着いたのはどうしてでしょうか。

AAAMYYY:これまでは私はちょっと完璧主義的な部分があったんですよ。他人と一緒に暮らし始めると、家族であっても「ドアを開けたら閉めてほしい」とか、「洗い物してくれるのはありがたいけどシンクが水浸しのまま」だとか、「こういうところが嫌だ」って思うことってあるじゃないですか。でもあるとき、人に完璧を求めすぎてしまうと、求められたほうも苦しくなるし、自分自身も辛くなるって気が付いたんですよね。さらに妊娠・出産したときに、今までできていたマルチタスクができなくなって、1つのことくらいしかできなくなったときに周りの人がすごく助けてくれたんです。身をもって、許してもらえる優しさや寛大さを体験して、「私もこういうふうになろう」と思いました。


妊娠・出産を経験して実感した、
男女の違いと協力できるところ

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――子供が生まれるまでの経験も関係して、今の考え方に変化していったんですね。

AAAMYYY:そうですね。何を当たり前に感じるかって、人それぞれ違うじゃないですか。例えば、日本社会においての当たり前も、1つの基準としてありますよね。それに沿っていろいろな家族が、それぞれ良し悪しの基準を持っていくのだと思うんですけれど、その基準としての“当たり前”も固定されているものじゃなく、時代や環境によって変化していかなければならないものだと思っています。自分や周りを見ていると、どんどんやりやすい環境になっているし、これからもっと良くなっていくんじゃないでしょうかね。


――今AAAMYYYさんたちの世代が「環境が良くなっている」と感じているということは、次の世代にとっても心強い意見ですね。ご自身のライフステージの変化は、自分が作る作品に影響を与えていると思いますか?

AAAMYYY:もちろん、影響はあると思います。私が出産した直後は、簡単な子守唄がどんどんできていくような感じで、クリエイティブでした。逆に言うと、自分がこれまで作ってきた音楽を作るには時間もないし、集中できる環境もないから、子守唄しか作れなかったんですね。何もできなくて、それはフラストレーションではあったんですけれど、「大切な瞬間を切り取っておきたいから心境を書き溜めておこう」、「制作できるときにちょっとシンセを入れてみよう」……と、できることをやっていました。以前、男性アーティストのほうが、子供が生まれたときの変化を表現に変換してアウトプットするのが早いと言われたことがありました。変化によるインスピレーションは性別に関係なくあると思うのですが、それをアウトプットするのに使える時間は男性のほうが長いんじゃないかな。体へのダメージや授乳などを考えても、やっぱり女性のほうが子供ができてから表現に使える時間は短いのだと思います。


ライブ会場やフェスの現場で感じる
みんなの意識が変化していること

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――音楽業界やエンタテインメントの業界について調べてみると、現場でジェンダーギャップを感じなくとも、管理職層になると色濃く残っている事実が見えてきます。それはやはり、妊娠・出産を経験したあとにカムバックしづらい現状があり、そこには子育てや家事は女性がするものだというアンコンシャスバイアスが影響しているのではないかと考えていたのですが、アーティストもその影響は受けているのですね。

AAAMYYY:やっぱり妊娠してお腹が大きくなって、産んだあとも自分の体がドリンクバーになったりするのを体感すると、男性の体と違って女性の体は子供を産み育てられるものとして設計されているんだなと思います。その違いはどうしてもあるものの、家事に関しては性別関係なく分担できるはずのものですよね。「家事は女性がするもの」というバイアスがあると、どんどん男性が家事をやらなくなってできなくなってしまう人が出てくるのかもしれないけれど……。


――性別役割分担意識の話は、パートナーとだけでなく一緒に活動しているバンドメンバーの間でも発生しそうですが、普段活動していてジェンダーギャップを感じることはありますか。

AAAMYYY:最初は、超男性社会の中にポツンといる感じだったので、あえてオーバーサイズの服を着たり、女性性をゼロにしていくようなことをやっていたときもありました。そういう経験によって仲間との信頼関係ができた部分もあったと思うし、全てが悪かったとは思わないんだけど、振り返ってみるとそこまで意識しなくても自然体で良かったのかな。今周りにいる人々のなかにはジェンダーの感覚が凝り固まっている人もいれば、すごく新しい考えを持っている人もたくさんいます。例えば、Tempalayのドラマーの藤本夏樹はすごく自発的に楽しく子育てしているなぁ、と近くで見ていて思います。またSIRUPはライブのときに、サポートミュージシャンがいる楽屋に託児所のような子供専用の部屋を作って、みんなが家族を連れてきて一緒にいられるような場所を配慮してくれたりしました。そうやって少しずつ仕事場に家族を連れてくるのが当たり前になっていったら良いですよね。


――少しずつ、現場のムードが変わっていってるのが伝わってきました。一方で、Billboard JAPANの2023年の年間総合ソングチャート”JAPAN Hot 100”では、男性の曲が64曲、女性の曲が19曲、混合グループの曲が16曲、性別非公開の曲が1曲という結果でした。

AAAMYYY:THE 1975のマシュー・ヒーリーのようにジェンダーギャップのないイベントにしか出ないと宣言するアーティストが現れたり、リナ・サワヤマさんが同性婚の権利についてMCで明確に主張したりと、人権に対する発言がアーティストから出てくることはごく当たり前だと思うし、世の中も私たちもいよいよ感覚をアップデートしていく時だと思います。男女で分け隔てられなければ、実際このチャートの比率に一喜一憂する必要はなくなると思うし、同じ人間同士お互いを思いやれば何かをハイライトせずに純粋に音楽を楽しめる時がくると私は思います。


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