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<わたしたちと音楽 Vol.36>クリスティーン・シュヴィンク(Shure社長兼CEO) オーディオ業界とSTEM分野の次世代女性リーダーの輩出を促すことが私の使命

インタビューバナー

 米ビルボードが、2007年から主催する【ビルボード・ウィメン・イン・ミュージック(WIM)】。音楽業界に多大に貢献し、その活動を通じて女性たちをエンパワーメントしたアーティストを毎年<ウーマン・オブ・ザ・イヤー>として表彰してきた。Billboard JAPANでは、2022年より、独自の観点から“音楽業界における女性”をフィーチャーした企画を発足し、その一環として女性たちにフォーカスしたインタビュー連載『わたしたちと音楽』を展開している。

 今回ゲストに登場したのは、100年近い歴史を持つオーディオ技術のグローバル・リーディング・カンパニーShureの社長兼CEOであるクリスティーン・シュヴィンク。1989年に品質管理担当のエンジニアとしてキャリアをスタートした彼女は、社内のさまざまな部門で幅広い経験を積みながら、組織を前進させる知見を深めてきた。オーディオ業界とSTEM(科学・技術・工学・数学)分野の道に進む女性の人数を増やし、次世代の女性リーダーの輩出につないでいくことが使命だと語る彼女が、Shureとして取り組んでいるイニシアチブやジェンダーギャップの解消に向けて業界全体で問題意識を共有する大切さをメールインタビューで語ってくれた。(Interview:Mariko O. l Photo:(C) Shure Incorporated)

女性が自分らしく活躍できるように手助けすることが、今の自分の大切な仕事

――若い頃に理想の「女性像」はありましたか?キャリアや人生を歩む中で理想はどう変化しましたか?

クリスティーン・シュヴィンク:若い頃から、指導的役割を担っている女性に注目していましたし、とても興味がありました。女性アスリートや宇宙飛行士、政治指導者たちの活躍は、私にとって女性でも成功できることの証明であり、刺激になりました。男女差別がなく、女性の活躍に対する支援制度が充実したShureでキャリアをスタートさせることができたのも幸運なことだったと思います。1995年から2016年まではShure創業者夫人の ローズ・L・シュア自身が会長を務めていましたので、私は彼女と一緒に働き、彼女の価値観や信念を理解することができました。その時の経験が現在の私の働き方を形創ったといえます。女性が自分らしく活躍できる道を見つけられるように手助けすることは、今では私の大切な仕事となっています。

 すべてを運に任せることはできませんし、助けが必要な時にはサポートが必要です。女性は、テクノロジーが牽引する未来において、必ず重要な役割を果たします。そのために、各組織と連携して、STEM(科学・技術・工学・数学)分野が女性に対しても開かれたキャリアパスであることを社会に浸透させ、この道に進む女性の人数を増やし、次世代の女性リーダーの輩出につないでいく。それが私の使命だと考えています。


――あなたはエンジニアとしてShureに入社以来、30年以上にわたって順調にキャリアを積んできました。さまざまな部署やビジネスユニットでの経験はキャリアや人生にどう影響しましたか?

クリスティーン・シュヴィンク:Shureに入社して今年で勤続34年になります。グローバルカンパニーで勤続年数がこれほど長いCEOは、あまりいないかもしれませんね。

 1つの組織の中にいながら新しいことを経験する 、それはとても大切なことだと確信しています。Shureでは、品質管理担当のエンジニアとしてキャリアをスタートさせましたが、第一線のサウンドエンジニアが日々の現場で直面する問題とは何なのかを目の当たりにしました。当時の私の仕事は、Shure製品を安心して使ってもらえるように、何よりも高い信頼性を確保することでした。世界中でShureブランドを選んでいただけているという事実は、製品のクオリティーに基づいていますから、当社は、最高のパフォーマンスを発揮する製品を提供することにコミットし続けています。

 その後、バイスプレジデントとして品質部門からオペレーション部門に移動し、品質に加えて調達、サプライチェーン、製造管理まで担当する機会を得ました。これだけ多岐に渡る仕事を経験できたことは、私のキャリアパスの中では決定打でしたね。お客様の問題を解決するために、優れた製品づくりに情熱を傾ける世界中の仲間たちと働くことができたのは、何にも代えがたい貴重な経験でした。

 2006年に、グローバルマーケティング&セールス部門を指揮する役割を任され、南北アメリカ、ヨーロッパ/中東/アフリカ、およびアジア太平洋地域の3つのビジネスユニットを統括しました。

 この経験は、企業運営全般、グローバルな事業構造、さらにはお客様の進化するニーズに応えるために何が必要か、多角的な理解を深めるのに役立ちました。

 社内のさまざまな部門で幅広い経験を積み、学ぶ機会を得てきました。世界のCEO達が望んで得られるとは限らないことだと思います。これらの経験があったからこそ、組織のさまざまなレベルでどのような仕事が行われているのか理解することができますし、お客様が当社に何を期待しているかを知っているといえます。


相手に耳を傾け受け入れることと、実際の経験値から生まれる相乗効果

――仕事と両立しながら経営工学の修士号を取得したそうですが、ご自身の現在の目標に近づくために取り組んでいることや意識していることはありますか?

クリスティーン・シュヴィンク:私にとって、強いビジネスリーダーであることは相手の話に耳を傾けることを意味します。私は、ビジネスの状況や今後の動向について逐次報告してくれる、能力溢れる多くの仲間たちと共に働いています。そうした中で、それぞれのリーダーシップを信頼し、お客様の声に耳を傾けることこそが会社の成長に必要な最善の方法だと気づきました。

 当社は常にお客様のための企業であり、アソシエイト(Shureの従業員)はお客様と同じ目線で仕事をすることをためらいません。お客様が直面する問題を解決するためなら、私たちは喜んで現場に向かいます。

 私たちは、ステージを見に来た観客の皆様に感動を与えるという最終目標を共有しています。そのためには、細部にまで気を配り、製品の高い品質を確保し、お客様の真のニーズに深く耳を傾けることで、Shure製品が最高のパフォーマンスを発揮できるように努めることが必須といえます。

 また、私がこの会社で歩んできた道のりの中で、多くのアソシエイトが置かれている立場を自ら経験してきたことも重要な意味を持ちます。成功のための青写真というものはありませんが、私にとって、相手の話に耳を傾け受け入れることと実際の経験値から生まれる相乗効果は、組織を前進させるのに本当に役立っていると感じます。


――一方、これまで仕事で困難に直面したとき、どのように解決しましたか?

クリスティーン・シュヴィンク:仕事の困難を乗り越える鍵は、適切な解決策を提案してくれる賢く有能な人材を自分の周りに集めることでしょうか。多くの人がさまざまな角度から問題に取り組み、1人では思いもつかなかったような解決策を見出してくれます。


キャリアパスについて考え始めるのに早過ぎることはない

――あなたは2016年からShureのCEOを務めていますが、オーディオ業界やテクノロジー業界ではあまり例がありません。これらの分野で活躍する女性を増やしたり、育成したりするには何が有効だと思いますか?

クリスティーン・シュヴィンク:Shureは、これまでも業界への女性進出促進に向けて、AVIXA*やその他の業界団体と深く関わってきましたが、まだまだやるべき事がたくさんあります。女性はテクノロジーの未来に重要な役割を果たしていますが、このキャリアパスについて考え始めるのに早過ぎるということはありません。

 具体的には、中学生の時期から手を差し伸べる必要があると思います。その頃には高校から先の進路について考え始める必要があるからです。

 今日の社会では、STEM(科学・技術・工学・数学)に親しむ機会をすべての子どもたちに提供する学校や地域組織が数多くありますが、その存在すら知らない子供たちも少なくありませせん。参加をためらったり参加しないまま終わるかもしれません。子どもたちにSTEM領域への興味を持ってもらうために、業界としてできることを常に考えていく必要があります。

 そして業界に入った後は、キャリアアップや幹部昇進の機会を平等に与えていかなくてはなりません。

*AV業界を代表する国際的な業界団体。コラボレーション、情報交換、コミュニティー形成を推進する。

――Shureにおけるジェンダーバランスの現状とアプローチはどうですか?

クリスティーン・シュヴィンク:Shure創業者のシドニー・L・シュアは、1925年の創業当時、現在とは大きく異なる時代背景にもかかわらず、ダイバーシティ、公平性、インクルージョンの精神を持ち合わせていました。当時から、これがShureのDNAの一部となっていますね。

 米国のコンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニーは、数年前「Diversity Matters(ダイバーシティの重要性)」と題する調査レポートを発表しました。同レポートによると、チームの多様性が高い企業は優れた財務パフォーマンスを発揮する、という事実があるそうです。

 Shureは近年、IDEA(インクルージョン、ダイバーシティ、公平性、アクセス)への取り組みを積極的に行っており、アソシエイトを巻き込んで、多様性に満ちた職場環境を推進し、採用と定着を図る上でのコミュニケーション活動の具体化を進めています。ジェンダーバランスはその大きな部分を占めています。R ローズ・L・シュア前会長も、自らが模範となって指導しました。

 技術者、ミュージシャン、サウンドエンジニアなど、アソシエイトのバックグラウンドの多様性も重要です。こうした多様性を受け入れることは、私たちのお客様である、大手テレビ局や映画制作スタジオ、教育機関、ミュージシャン、コンサート会場、さらにはヘッドホンやイヤホンを使用するグローバル企業や一般消費者といった多岐にわたる人々への理解を深めることにもつながります。

 世界30か国以上の国々で活躍するアソシエイトたちの存在は、ローカル市場のニーズをきめ細やかに把握し、地域ビジネスの拡大に大きな貢献をもたらしてくれています。


ジェンダーギャップ解消への取り組みを継続的に行っていく必要性

――ヨーロッパと米国では、女性はさまざまなプログラムやメンターシップを通じてキャリアやキャリア開発の支援を受けられるそうです。Shureは「WE VIBE」という女性にフォーカスした取り組みを立ち上げましたが、具体的な内容を教えていただけますか?

クリスティーン・シュヴィンク:Shureは、IDEAへの取り組みを中心とする社内活動にコミットしています。過去2年にわたり、当社のアソシエイトとのパネルディスカッション「インクルージョンパネル」を開催してきました。これはアソシエイトのバックグラウンドや課題、より良い職場形成に向けて1人1人がどのようなアクションをとるべきか話し合う場です。インクルージョンパネルは、すべてのアソシエイトが質問できるようにライブ配信され、録画も提供されます。

 「VIBES」は、“女性の活躍”、“LGBTQIA+への理解”、“文化的/人種的公平性” にそれぞれフォーカスしたアソシエイト主導のリソースグループで、各当事者が会社側に期待する方針や活動、その他の支援機能について検討する上での指針となっています。

 女性の活躍を支援するグループ「WE VIBE」では、より多様性に富んだ職場やコミュニティへの貢献を望むすべてのアソシエイトに、追加のリソースやサポートを提供しています。

 また、業界に向けた社外イベントとして、ミュージカルや映画テレビ制作、ライブサウンドなどの分野における世界中のプロフェッショナルとのパネルディスカッション「Women in Technology」を開催しています。

 さらに、若い次世代がオーディオ業界、特にSTEM分野に進みやすくするためのサポートや、インクルージョンの強化に重点的に取り組んでいる多くの団体への支援も行っています。


――この取り組みに何を期待していますか?また、この取り組みを通じて何を達成したいと考えていますか?

クリスティーン・シュヴィンク:これらの取り組みの目標は多くありますが、主な目標は次の2つです。この業界でより多くの女性が活躍できるように取り組み、ダイバーシティを推進することと、今この業界で働いている人々を称え、支持することです。


――米ビルボードは、2007年から毎年主催する【Women In Music】で、その年に活躍した/大きな影響を与えた女性アーティストや業界人を表彰しています。Shureの取り組みを含め、ジェンダーギャップの解消に向けて業界全体で問題意識を共有する上で重要なことは何ですか?

クリスティーン・シュヴィンク:2023年は音楽業界の女性にとって勇気づけられる1年でした。2023年、米国のコンサートツアーで最も興行収入を挙げたのはテイラー・スウィフトとビヨンセと報じられています*。また、米国に限らず、世界中で新進気鋭の女性アーティストが続々と登場しています。Shureは、音楽を始めたばかりの女性の指導を支援するプログラムや、成功を掴む機会を提供するプログラムを世界中でサポートしてきました。

 また、音楽シーンの舞台裏を支える女性が増えていることも見逃せません。Shureは、こうしたジェンダーギャップ解消への取り組みを通じて、私たちにできる努力を続けています。

*米フォーブス誌発表

――最後に、キャリア1年目の自分にアドバイスをするとしたら何と言いますか?音楽業界を目指している若い女性の中には、あなたの言葉に勇気づけられる人も多くいると思います。

クリスティーン・シュヴィンク:「仲間を見つけ、遠慮せずに助けを求めなさい」ですね。女性は、「男性より劣る」とか「能力がない」などと思われないように自力で解決しなければ、と考えがちです。わからないことを尋ねたり、困った時に助けてくれる人脈を広げることで、いつかは実際に自分の力となります。将来的に、自分も助けを必要とする人たちの良き相談相手となる方法を学べます。

 簡単に言えば、1人で抱え込まなくていいのですよ、という事でしょうか。


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