Billboard JAPAN


Special

<インタビュー>ドラマ『君が心をくれたから』の“悲しみを浄化する”音楽たち――松谷卓がサウンドトラックで表現したもの

インタビューバナー

Interview & Text:黒田隆憲


 テレビ番組『大改造!!劇的ビフォーアフター』の音楽をはじめ、映画やドラマ、CMなど数多くのインスト曲を手がける作曲家&ピアニストの松谷卓が、現在放送中の月9ドラマ『君が心をくれたから』のサウンドトラックを手がけ、話題を呼んでいる。

『君が心をくれたから』は、永野芽郁が主演を務め、共演に山田裕貴を迎えた、長崎を舞台に繰り広げられるファンタジー・ラブストーリー。悲しい過去を背負う主人公の逢原雨が、かつてただ一人だけ心を通わせた高校時代の先輩、朝野太陽の命を救うため、自らの“五感”を失っていくという切ない物語を、松谷の優しく美しい旋律が彩っていく。

 松谷にとって、ドラマのサントラを手がけるのはこれが初。しかも、まとまった作品としては2017年の映画『君の膵臓をたべたい』のサントラ以来、およそ7年ぶりとなる。どのような思いで今回のオファーを受けたのだろうか。

7年のブランクを経て

――松谷さんがサントラを手がけるのは、7年ぶりとお聞きしました。まずは今回のオファーを受けた時の、率直な心境から聞かせてもらえますか?

松谷卓:ドラマ『君が心をくれたから』の脚本をいただき、読ませてもらった時に、「きっと僕なら作れる気がする」と思いました。内容はファンタジックなラブストーリーですが、そこに込められた想いに深く共感したといいますか。自分の音楽との接点を、見つけやすい作品だと感じたんです。

というのも、前作から7年ものブランクがあった理由のひとつが、私自身の気分障害にあったからなんです。音楽を作ることはおろか、聴くことすらできないような状態になってしまった。そのことが日常生活に支障をきたすことはなかったですし、むしろ家族と過ごす時間を大事にすることもできたのですが、外の世界が怖くなってしまい、家から一歩も出ることができない状態がしばらく続いていたんです。


――そうだったのですね。

松谷:全く仕事をしていなかったわけではなく、ちょっとしたお仕事を無理のない範囲でこなすことはできました。が、サントラのような大きな仕事はちょっと難しくて。自分自身の内面とじっくり向き合うことが出来たという意味では、決して無駄ではなかったと思ってはいますが。


――なるほど。

松谷:ようやく去年あたりから、「そろそろ本格的に活動を再開できたらいいな」と思えるようになり、その準備を始めていたタイミングで今回のお話が舞い込んできたので、本当に嬉しくありがたい気持ちです。その一方で、「本当に僕にできるのだろうか?」という不安も正直ありました。でも、こんなチャンスは滅多にないですから、最終的には「ぜひやらせてください」とお返事をした次第です。


せめて音楽で、登場人物たちの中にある悲しみを浄化したい

――今回、ドラマの制作サイドから何か具体的なリクエストなどありましたか?

松谷:基本的に、すべての打ち合わせは対面ではなく電話やリモートでおこないました。最初にお話ししたように、まずは台本をいただき、テーマに沿った音楽メニューのリストのようなものをいただいて。それに沿って一つひとつ作り上げていく感じでしたね。その時点では最終話までの台本がなくて、いただいたのは確か5話目くらいまでだったと思います。ちょうど先週、テレビで第5話が放送されましたが、そこまでは台本で読んでいた気がする。

しかも、最初の打ち合わせの段階ではまだ映像もなかったから、とにかくデモを作って「こんな感じでどうでしょう?」みたいな感じで。しばらくは監督さんと探り合いが続いていたのですが、ドラマの「メインテーマ」として提出したデモをものすごく気に入ってくださり、そこからはスムーズに進んでいきました。


――「メインテーマ」となる印象的なフレーズは、どのようにして思いついたのでしょうか。

松谷:僕は、そもそも曲というのは作る前から“そこ”に存在していて、それを僕はただ見つけさえすればいい、というふうに考えている部分があるんですよね。それがひらめきみたいなものだと捉えているんです。「曲を生み出す」のではなく、ピアノの前に座ってレコーダーを回しながら、とにかく演奏し続ける。すると、その演奏の中に何か“答え”が隠れているときがある。それを、導き出しつつ膨らませていくのが作曲。「メインテーマ」に限らずすべての楽曲を、僕はそのようにして作っていきました。


――本作を聴いて、松谷さんの楽曲に一貫して流れているのは“優しさ”だと思いました。それはどこからきているのだと思いますか?

松谷:これだけ悲しいストーリーに、重たい曲をつけたら救いようがないじゃないですか(笑)。せめて音楽で、登場人物たちの中にある悲しみを浄化したいという気持ちが僕の中にあったのだと思いますね。たとえば「太陽」という曲は、山田裕貴さん演じる朝野太陽のテーマソングです。ドラマの中では、太陽は決して明るい性格ではないのですが、監督さんからも「明るい楽曲にしてほしい」というリクエストがありました。

心に悲しみを抱えながら、表面上は明るく振る舞う太陽というキャラクターを、音楽で表現するのは大変でした。言葉にならない感情を伝える音楽は、ともすると過剰になってしまう。なので、そのバランスにはとても気をつけましたね。主人公の逢原雨をイメージした楽曲「雨の優しさ」もそう。高校時代から自分に自信が持てず、内にこもりがちだった雨の、心に秘めた優しさを音楽で表現したかったんです。


NEXT PAGE
  1. <Prev
  2. 自分が作る限り、それは日本の音楽であり続けると思っています
  3. Next>

自分が作る限り、それは日本の音楽であり続けると思っています

――「雨の優しさ」は、後半に出てくる旋律がどこか東洋っぽいと思いました。

松谷:なるほど。自分ではそんなに意識していなかったし、幼い頃から日本舞踊を習っていたのも関係なくはないとは思うのですが、自分は日本人であり、どれだけ西洋楽器を使おうが、西洋人の作る音楽には決してならない。自分が作る限りそれは日本の音楽であり続けると思っています。そのことを受け入れながら、自分の音楽を表現したいと思っていますし、この曲の後半ではそれが具体的な形で表れたのかもしれないですね。


――なるほど。その一方で、たとえば「今日の輝き」という曲はどこかアイリッシュ・フォークを思わせます。

松谷:確かにそうですね。この曲は、デモを聴いたギタリストの越田太郎丸さんから「マンドリンを重ねたらいいんじゃない?」という提案をいただいて。それがアイリッシュ・フォークっぽい響きになっているのだと思います。


――かと思えば、「祈(いのり)」はコーラスをフィーチャーしたホーリーな仕上がりです。

松谷:この曲を聴いて「ホーリー」という言葉を思い浮かべてくださったのは、嬉しいですね。というのも、監督さんがキーワードとして提示なさったのはまさにその言葉だったんです。そこから着想を得て作っていたのですが、デモでは完成形をうまく伝えることができなくて。僕の頭の中にあるイメージを、監督さんに信じてもらってレコーディングに臨みました。声楽の4人に説明しながら、私がコンダクトを振りつつ仕上げていったので、思い入れも強い楽曲です。


――「あの世からの案内人」は、サントラの中でもひときわ風変わりな楽曲です。斉藤工さん演じる案内人、日下のテーマ曲ですが、これはどのように作ったのですか?

松谷:案内人は雨に対し、五感を奪う代わりに太陽の命を救うという“過酷な奇跡”を提示する謎の人物です。監督さんからは、怪しさの中にもどこかコミカルな部分を持つキャラクターだと説明を受けました。得体の知れない怖さの中に親しみやすさがある、そんなイメージだったのかなと。ただ、音楽であまりやり過ぎるとメチャクチャになっちゃうんじゃないかと思い、さじ加減はかなり模索しました。ドラマの中で、すごくいい感じで使っていただけたんじゃないかなと思っています。


――「胸騒ぎ」も曲名通り不穏な雰囲気で、バイオリンによる反復はスティーブ・ライヒあたりの影響も感じます。

松谷:ライヒ、大好きなんですよ。「胸騒ぎ」にライヒ感を出そうと思っていたわけではなかったんですけど……やっぱり滲み出ちゃったかな(笑)。実は「事件」という曲にも、自分としてはミニマル的なニュアンスを込めたつもりです。


――実際に、ドラマの中で使われている音楽を聴いてどう思いましたか?

松谷:今回は、映像がまだ上がっていない中で台本を読みイメージしながら作った楽曲が、実際の映像と一緒になっているのをテレビで観て、本当に感激しました。僕が知り得なかったいろんな思いが、音楽とともに伝わってくる。「こんな奇跡ないよな」って。冒頭でお話ししたように、今回は長いお休みを経て初めて取り組んだサントラでしたが、全くの自然体で作らせていただきました。しかも、スタッフやミュージシャンなどたくさんの人たちに支えてもらい、感謝の気持ちでいっぱいです。


――4月20日には【松谷卓洗足学園コンサート】を開催予定ですが、どんな内容になりそうですか?

松谷:正直、まだ何も考えていないんです(笑)。今回のサントラは、スコアは書きましたがレコーディングとコンサートでは作り方が違うので、コンサートでどう表現したらいいのかをこれから考えます。いずれにせよ、この音楽を作った時の思いを目の前の人たちに直接届けられるのはとても光栄なこと。サントラだけでなく、僕が今まで作ってきた楽曲も演奏しようと思っていますので、是非とも楽しみにしていてください。


松谷卓「君が心をくれたから オリジナルサウンドトラック」

君が心をくれたから オリジナルサウンドトラック

2024/02/21 RELEASE
ESCL-5919 ¥ 2,750(税込)

詳細・購入はこちら

Disc01
  1. 01.「君が心をくれたから」メインテーマ
  2. 02.恋の約束
  3. 03.あなたと出会えて
  4. 04.おだやかな日々
  5. 05.戸惑い・闇
  6. 06.雨の優しさ
  7. 07.トラウマ
  8. 08.今日の輝き
  9. 09.小さな楽しみ
  10. 10.あなたの心と命
  11. 11.祈(いのり)
  12. 12.あの世からの案内人
  13. 13.変えられない運命
  14. 14.失われる恋
  15. 15.事件
  16. 16.残された時間
  17. 17.喪失
  18. 18.胸騒ぎ
  19. 19.残された日々
  20. 20.優しい恋
  21. 21.感謝
  22. 22.ちょっとコミカル?
  23. 23.太陽
  24. 24.恋と青春と
  25. 25.想う気持ち
  26. 26.何色でもない花 (Piano Style Ver.)

関連キーワード

TAG

関連商品

ペンティメント
松谷卓「ペンティメント」

2005/04/13

[CD]

¥3,204(税込)

ビフォー・アフター・コンプリート
松谷卓「ビフォー・アフター・コンプリート」

2004/09/23

[CD]

¥3,960(税込)

アンフォルメル
松谷卓「アンフォルメル」

2003/12/03

[CD]

¥3,204(税込)

ラヴ・アワ・プラネット
(オムニバス) 松谷卓 ディープ・フォレスト 木村亜希子 クレモンティーヌ ラファエル・フォン・ブライドン 斉藤恒芳 KRYZLER & KOMPANY「ラヴ・アワ・プラネット」

2003/11/19

[CD]

¥2,700(税込)

ビフォー・アフター
松谷卓「ビフォー・アフター」

2003/08/06

[CD]

¥3,204(税込)

Epoch2.
松谷卓「Epoch2.」

1999/07/23

[CD]

¥3,204(税込)

ビフォー・アフター・コンプリート
松谷卓「ビフォー・アフター・コンプリート」

2004/09/23

[CD]

¥3,960(税込)

アンフォルメル
松谷卓「アンフォルメル」

2003/12/03

[CD]

¥3,204(税込)

ラヴ・アワ・プラネット
(オムニバス) 松谷卓 ディープ・フォレスト 木村亜希子 クレモンティーヌ ラファエル・フォン・ブライドン 斉藤恒芳 KRYZLER & KOMPANY「ラヴ・アワ・プラネット」

2003/11/19

[CD]

¥2,700(税込)

ビフォー・アフター
松谷卓「ビフォー・アフター」

2003/08/06

[CD]

¥3,204(税込)

Epoch2.
松谷卓「Epoch2.」

1999/07/23

[CD]

¥3,204(税込)