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<コラム>言語、ジャンル、スタイルを自由に操るヒップホップアーティスト=Wez Atlasとは? 豊かな音楽性と“ナラティブ”から生まれる魅力



コラム

Text:森朋之

 ナラティブという言葉が日本の社会に浸透しはじめて、どれくらい経つだろうか。物語の内容や粗筋を指す“ストーリー”とは異なり、ナラティブは語り手自身が主体となって語られる。私たちの人生がそうであるように、決まった筋は存在しないし、どう展開するかもわからない。その人自身のバックグラウンドや状態と有機的につながるナラティブは医療やビジネスの現場でも有効な手段――自分自身の思いや状況を説明するという点において――として知られるが、音楽のフィールドではしばしば、アーティストとリスナーをつなぐものとしても用いられる。アーティスト自身が自らのナラティブを率直に語り、それを受け取ったリスナーとともにある種の共同体を形成する、というように。

 少し前置きが長くなってしまったが、Wez Atlasはきわめて豊かなナラティブを持ったアーティストだ。日記に記した言葉がもとになっているという彼のリリックは、すべてが個人的な体験から生まれている。第三者の客観的な視点ではなく、一人称で表現された思いや風景は、まさに彼のナラティブそのもの。抑制の効いたトラック、静かなフロウのなかに濃密なエモーションをたたえたラップを聴いていると、一人称視点のオープンワールド系ゲームをプレイしているような気分になる。

 1998年、大分出身。日本とアメリカをルーツに持ち、東京を拠点とするヒップホップアーティスト、Wez Atlas。小学生の頃にコロラドに移住し、公立校に通い英語での生活を送っていた彼は、エミネム、ケンドリック・ラマ―、そして、彼がもっとも影響を受けたというJ.コールなどのヒップホップに傾倒し、自らもラップをはじめる。リリックを書きはじめたのは、日本に戻り、都立高校に通い始めてから。思春期特有の葛藤や悩みを紙に刻んだことが、アーティストとしての原点だ。

 日本とアメリカというふたつのルーツを持ち、異なる文化を内面化したWez。彼が紡ぎ出すリリックとラップは、単に英語と日本語のバイリンガルというだけではなく、きわめて豊かな音楽的土壌の上に成り立っている。そのことを示すように、初めてのEP『Saturday』をリリースして間もなく、彼の名前は早耳のヒップホップ・リスナーを中心に知られ始めた。

 2020年にはmichel koとの共作による楽曲「Time」がSpotify JAPANの公式プレイリストに選出されたほか、2021年6月には【グラミー賞】ノミネートプロデューサーであるstarRoとのコラボによる「Zuum!」をリリースし、Spotify公式プレイリスト「Next up」のカバーに抜擢された。


Zuum! / Wez Atlas, starRo


 そして2021年7月に自身初となるミニアルバム『Chicken Soup For One』をリリース。本作を制作していた頃、Wezはまだ20代になったばかり。未来へのビジョンがはっきりしない中で書かれたリリックには、当時の悩みや不安がリアルに込められている。そのなかには苦悩を吐露したような楽曲「T.I.M.M」もあるが、それだけではなく、ネガティブをポジティブに変えようとする姿勢も感じられる。「Fun + Games」では支えてくれる仲間と連帯することの大切さを描き、「Overthink」では〈空気なんて読まなくていいのかも〉という日本語の歌詞によって、“やりたいことをやるんだ”という決意を示す。彼のラップはけっして激しくないが、そのなかには確固たる意思が込められているのだ。

 さらに2023年3月には2ndミニアルバム『This too shall pass』を発表。悩みに悩んで制作した前作『Chicken Soup For One』を経てたどり着いた本作は、“これもまた過ぎ去る”を意味するタイトル通り、どこか達観した心境が感じられる作品となった。1曲目の「Life’s A Game」は、“人生なんてゲームさ”と肩をすくめるようなナンバー。そこには諦念ゆえの前向きさが感じられるが、それもまた(この楽曲を書いた当時の)Wezの偽らざる心境だったのだろう。そして「It Is What It Is」は、“どんな逆境であっても、光を探すことをやめない”という思いが伝わる楽曲。未来に対する前向きなビジョンが感じられるこの曲は、リリック付きパフォーマンス動画がTikTokで1240万回再生を超え 、ソーシャルバズを起こした。

@wezzyatlas

♬ It Is What It Is - Wez Atlas

 VivaOla、Kota Matsukawa、starRo、nonomi、uinなど、彼のクリエイティブを支えるプロデューサー陣とのコラボレーションも深みを増している。トレンドに拘り過ぎず(決して無視しているわけではない)、Wez本人の心地よさやフィット感を重視したプロダクションは、きわめてリスナーフレンドリー。ベッドルームからドライブまで、様々なシチュエーションに似合うことも、彼の音楽の魅力なのだと思う。その訴求力の強さは、アメリカの【SXSW 2023】や、関西最大級のヒップホップカルチャー系フェス【KOBE MELLOW CRUISE 2023】で見せたパフォーマンスへのリアクションでも証明済みだ。

 2023年12月22日にリリースされた新曲「RUN」は、Wez Atlasの新機軸と呼ぶべきアッパーチューンだ。最初に聴こえてくるのは鋭利なディストーションギター。すぐに〈始まる新たなRace/Vamos! Andale! 己の定め〉というラインが連なり、ドラムンベース的なリズム、ヘビィロック直系のベースなどが加わる。さらに楽曲の終盤ではハンドクラップとともに〈賭けに行こう、派手に行こう〉というシンガロング必至のフレーズが響く。nonomi、Kota Matsukawaのプロデュースによるこのサウンドをどう表現すればいいだろうか。ネオ・ミクスチャー? それともグランジロックの進化型? いずれにしても、これまでの音楽性とは大きく違うことはまちがいない。


RUN / Wez Atlas


 リスナーに向けて率直に語り掛け、全身を鼓舞してくれるようなボーカルも新鮮だ。今までの楽曲では抑制を効かせたフロウが印象的だったが、「RUN」はこれまでのスタイルを封印し、ダイレクトな表現に振り切っているのだ。日本語をメインにしたリリックを含め、普段はロックやJ-POPなどを好んで聴いているリスナーにも届くはず。もうひとつ記しておきたいのは、彼はひとつのジャンルやスタイルに留まらず、音楽性の枠を奔放に広げ続けているということだ。

 これまでのサウンドやメッセージを鮮やかに打ち壊し、新たなフェーズへの突入を告げた「RUN」。この曲をきっかけにして彼は、自らのナラティブをさらに豊かなものにしていくはず。そして彼が紡ぐ言葉は、リスナー一人ひとりの日常や人生と重なりながら、大きく広がっていくだろう。2024年、Wez Atlasが最注目アーティストであることは疑いようがない。


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