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<インタビュー>HANCEが描く映像と音楽の総合芸術とは――2ndアルバム『BLACK WINE』

インタビューバナー

Interview & Text:黒田隆憲

 「大人の、大人による、大人のためのシネマティック・ミュージック」をコンセプトに掲げ、40代でデビューを果たしたシンガーソングライターHANCEが、前作『between the night』からおよそ2年ぶりとなる通算2枚目のアルバム『BLACK WINE』をリリースする。

 インスト曲「BLACK WORLD」で幕を開け、「眠りの花」の壮大でドラマティックなエンディングで幕を閉じる本作は、ジャズやR&B、エレクトロニカなど様々なジャンルを横断し、まるで架空の映画のサウンドトラックのような気分を味わえる。楽曲には主に海外で撮影されたミュージックビデオがあり、HANCE自身が映像に対し並々ならぬ思い入れとこだわりがあることも伺える。

 前回のインタビューでは、会社経営と「二足の草鞋」で音楽活動を続ける彼のモチベーションを聞いたが、今回はアルバムの制作エピソードなどそのクリエイティビティについてたっぷりと話してもらった。

「大人の、大人による、大人のためのシネマティック・ミュージック」

――まずは本作のテーマやコンセプトについてお聞かせください。

HANCE:ファーストアルバム『between the night』の時と同様、今作でも「大人の、大人による、大人のためのシネマティック・ミュージック」というコンセプトを掲げており、根本的なスタンスはずっと変わってないです。ただ前作を出した時は、そもそもHANCEがどんな人物で、どんな音楽をやるのかが周知されていなかったわけですから、まずは自分の「お店」を開くような感覚でいました。飲食店に例えるなら、自分の好みの「味」や「料理」であっても、そのお店のコンセプトに合わない場合は置かないようにしていたんです。


――なるほど(笑)。

HANCE:それに対して今作『BLACK WINE』は、自分の「自宅」に招き入れるような感覚で作りました。なので、そこには自分が小さい頃に使っていた思い出の品もあれば、誰にも見せず押し入れの奥にしまっておいたものもあったりして(笑)。そのため、コンセプチュアルではありつつ同時にパーソナルな内容に仕上がったと思っていますね。


――アルバムタイトルにはどんな意味がありますか?

HANCE:僕はお酒がすごく好きで、ビールや日本酒、焼酎などいろいろな種類を飲むのですが、その中でもワインだけは少し異質な感じがしているんです。深みのある味や香りはもちろん、瓶のシルエットなども含めてどこか色気があるというか、世界観が凝縮されている気がします。それってどうしてなのかをよく考えるんですけど、これまで僕がミュージック・ビデオの撮影のために訪れた、スペインのバレンシアやドイツのベルリン、スイスのチューリッヒなど、どの街でもすごく印象に残っているのが、カフェのオープンテラスでワインを楽しむ人々の姿でした。

基本的にワインは、長年熟成させた方が芳醇な味と香りになっていきますが、それって人々が歳を重ねていく中で味わい深い人生を送っていくこととリンクしている部分があるのではないかと。僕自身も音楽に対し、そういう感覚で向き合い、皆さんの前で演奏をしたり映像を作ったりしている。特に今作は自分のパーソナルな部分をフィーチャーしているので、そこにワインをオーバーラップさせようと思ったわけです。


――『BLACK WINE』というタイトルが象徴するように、歌詞では「理不尽なこの世界=BLACK WORLD」や「白と黒」「過ぎ去った思い出」などをテーマにした曲が多いですね。

HANCE:今の世の中を見渡すと、いろいろなところで「分断」が生まれている。それは、たとえば人種や政治的な思想、ジェンダー問題や宗教……世界のあちこちで起きている戦争や、コロナ禍で私たちが経験した混乱もそう。そこには常に対立構造が存在していて、それぞれの立場から相手を攻撃することに躍起になっているわけじゃないですか。現実の社会には白でも黒でもないグレーゾーンがあるのに、そこがあまり語られていないことに対する問題意識やフラストレーションが、おそらく深層心理として自分の中にずっとあるんです。そして、そのグレーゾーンにこそ問題を解決するためのヒントや糸口があると信じています。おっしゃってくださったように、そうした思いが歌詞の中に散りばめられているのだと思いますね。




――アルバムはインスト曲「BLACK WORLD」で幕を開け、「眠りの花」の壮大でドラマティックなエンディングで幕を閉じる。まるで架空の映画のサウンドトラックを聴いているような気持ちになりました。

HANCE:そう思っていただけたら嬉しいです。おっしゃるように、アルバムを作るときに僕はいつも映画のサウンドトラックをイメージしています。たとえばコース料理の場合、まず前菜があってメインがあり、最後にデザートで締めるみたいな流れがありますよね。それと同じように、アルバムを作るときにはいつも「流れ」を大切にしているんです。


――前回のインタビューで、ヴィンセント・ギャロやジム・ジャームッシュの世界観に惹かれるとおっしゃっていました。「大人の、大人による、大人のためのシネマティック・ミュージック」を作る上で、そういった既存の映画で何かインスパイアされているものはありますか?

HANCE:おっしゃるように、ギャロやジャームッシュは大きな存在です。でも、僕が何よりも影響を受けているのは母方の祖父なんですよ。祖父は産婦人科医だったのですが、本業の傍らオーケストラの指揮をやりつつ様々なジャンルのレコードを収集している人だったんです。僕自身も会社経営をしながらミュージシャンとしての活動を並行して行なっており、そうした仕事に対するスタンスは通ずるものがあると感じています。

それから幼少の頃、広島にあった祖父母の家へ行くと、僕ら孫たちが公園などで遊んでいる様子を祖父が8ミリフィルムのカメラでよく撮影していたんです。それを上映会のような形で披露してくれていたのですが、いつも映像と一緒にクラシックの曲を流してくれたんですよ。おそらく祖父は、「この映像にはこの音楽が合うだろう」というふうに考えながら選曲していたと思うのですが、それが子供心にものすごく感動的だったんですよね。映像と曲が混じり合い、そこで生まれるケミストリーみたいなものに魅了されたというか。そして、それは今もHANCEとしての音楽活動や作品づくり、叶えたい目標に大きな影響を与えていると感じるんです。


――ざらついた8ミリの映像は、どこかノスタルジックな印象を見るものに与えますが、それもHANCEさんの音楽性に影響を与えているような気がしますね。

HANCE:おそらくあると思います。アナログレコードの封を開けたときに漂う香りや8ミリの映像が醸し出すムード……そういったものは、今お話した自分の原体験とも深く結びついています。


――サウンドプロデュースは、前作に引き続き石垣健太郎さんが担当されているのですか?

HANCE:はい。今回のサウンドはファーストアルバムの延長線上にあり、特に大きく変えたところはないのですが、石垣さんとアルバムを1枚作り上げたことによって、HANCEとして表現したい世界観を共有できるようになったというか。自分が曲を作ったときに頭に思い浮かんだ映像を言葉にしたり、何か近しい写真や映像などを持ってきてもらったり、それを石垣さんに伝えつつ「違っているな」と思うところは修正してもらうなど、何度か繰り返しながら楽曲を練っていく形でした。


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「映像作品を作ることにプライオリティをおきたい」


――今作を作る上で、HANCEさんがインスパイアされた作品は?

HANCE:『つみきのいえ』でアカデミー賞を受賞した、アニメーション作家・加藤久仁生さんの『或る旅人の日記』には衝撃を受けました。セリフのない短編映画なのですが、本作を作っているときは常にこの映像がどこか頭の中に流れていました。すごくファンタジックで温かみのある、でもどこか孤独を感じさせるイラストなんですよね。今回、特にチューリッヒで映像を撮ってきた2曲は、旅をしている主人公の映像作品を作ったような形になっている。割とそこは映像としても、強く影響が表れているかと思います。ちなみに前回のインタビューで、僕がエリオット・スミス好きだと話したときに「エリオット・スミスみたいな曲、作らないのですか?」と言ってくれたじゃないですか。それで挑戦してみたのが「snow sonnet」という曲です。



「モノクロスカイ」ミュージック・ビデオ


――確かに、この曲はエリオット・スミスからの影響を感じますね。この曲の<罪深いこの両手を 空に映して眺めた 優しい歌 想い出した>という歌詞や、「十字星」の<十字架を背負ったままで 男は深くうなづいた>という歌詞には、敬虔なクリスチャンである母からの影響があると思いますか?

HANCE:おっしゃるように「snow sonnet」と「十字星」は、人は生まれながらにして罪を背負っているという「原罪」がテーマになっています。「原罪」の概念に関しては、やはり幼少の頃からずっと感じ続けていたし、それに対する葛藤……ともすれば自己否定につながりかねないことへの複雑な気持ちが、自分の中に強くあると思っています。母に連れられて教会へも行っていましたし、母を通して知ったキリスト教からの影響が自分の中にある。当時に、そういった罪の意識からどうやって希望を見出していくか? みたいな考えも、キリスト教から学んだものです。アルバム最後に収録されている「眠りの花」は7分を超える大作ですが、葛藤している主人公が徐々に心を解放し、最後は光に包まれていくような感覚があります。


「十字星」ミュージック・ビデオ


そもそも最初にこの曲を作ったのは今から20年以上も前。当時の僕はまだ20代の若者で、その時の心境を綴った歌詞でした。今回リメイクするにあたり、今の自分の感覚に合わない言葉や言い回しは排除して、今表現したいテーマに修正した部分もあります。とはいえ、歌詞はほとんど当時のままなんですよ。20年前に書いていたことが、今自分が直面している世界を捉えたときに体感として差がなかったことは、感慨深いものがありました。もちろん、当時は表現しきれなかった部分を表現できるようになったところもありますが。


――この曲のミュージックビデオは、ドイツのベルリンで撮影されています。

HANCE:1988年にベルリンの壁が崩壊したとき、「まさか自分が生きている間に、こんな歴史的な出来事に立ち会えるなんて」と、祖父が号泣していたのを間近で見ていたんです。僕はまだ子供だったので、そのときに何が起きているのか分からなかったのですが、でもその光景がものすごく強く記憶に刻まれた。それに、冷戦時代の暗い過去と、先進国ならではの華やかな部分が入り混じった雰囲気をぜひ体感してもらいたいなと。「眠りの花」を映像作品として形にすることにより、20年間ずっと自分の中に閉じ込めていた感情を世に解き放ったような気持ちになりました。そういう意味でいうと、この曲には自己セラピー的な要素もありますね。


「眠りの花」ミュージック・ビデオ


――HANCEさんは、毎回ミュージック・ビデオにも並々ならぬこだわりを持っています。映像作品にこだわる理由も聞かせてもらえますか?

HANCE:僕の活動のトップにあるのは「映像作品を作る」ということなんです。映像と音楽が混じり合い、わずか数分の間で展開される「ミュージック・ビデオ」というフォーマットに対して、総合芸術としてすごく惹かれるんですよね。それを作るためにHANCEをやっていると言っても過言じゃないかもしれない。今回、映像を撮ったのはセカンドアルバムの12曲のうち、10曲なんですよ。本当はアルバム全曲に映像をつけたいくらい。これからも映像作品を作ることにプライオリティをおきたいし、そこを一番に見ていただきたいという思いがありますね。


――最後に、HANCEとしての活動の今後の展望についてお聞かせください。

HANCE:来年1月24日には今作の発売記念リリースパーティーを東京・南青山【月見ル君想フ】で行う予定です。サックス奏者も含めたフルバンド編成で、HANCEのアルバム世界を再現したいと思っていますので、ぜひ足を運んでもらいたいです。海外では2月にスイスのローザンヌ、7月にハンガリーのブタペストで開催される音楽フェスに出演することが決まっているのですが、まだまだ国内でも海外でもHANCEという名前は知られていないと思うので、曲を作ること、映像を作ることは僕にとってライフワークなので今後も続けていきつつ、ライブ活動ももっと積極的に行なっていきたいです。


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