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<インタビュー>平井莉生 未来を変えるために伝えたい多様なロールモデル

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 2022年からスタートした【Billboard JAPAN Women In Music】。音楽業界を含め、女性の活躍機会を増やすことを目的に、女性へのインタビューやライブ、カンファレンスなど様々な取り組みが行われている。11月にはWebで連載中のインタビューをまとめた書籍『女性たちの声は、ヒットチャートの外に ~音楽と生きる女性30名の“今”と“姿勢”を探るインタビュー集』が発売に。今回、著書である平井莉生氏に、連載を通じて感じたことや、この課題を伝えていくために必要なことについて、インタビューを行った。(Interview & Text:高嶋直子 / Photo:木村辰郎)

課題を伝えていくことの難しさ

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――まずは、平井さんのキャリアからお伺いできますでしょうか。

平井莉生:子供の時から、ファッションやライフスタイルを扱った雑誌に憧れていて、高校生くらいから雑誌の編集者になりたいと思っていました。そして大学入学後に、当時フリーランスの編集者だった伊藤総研さんのアシスタントをさせていただくことになって。その後2015年に独立して、2021年にFIUME inc.を立ち上げ、今に至ります。


――ビルボードの連載以外でも、女性の生き方や働き方について、様々な業界の200名を超える女性にインタビューをされています。この連載を担当されるまで、チャートやフェスのジェンダーバランスに不均衡が起こっていることをご存じでしたか。

平井:全く知りませんでしたし、そもそもこのお話をいただいた時、「チャートにジェンダーギャップがあることの何が問題なんだろう」と思いました。ですが、ビルボードさんから「チャートは、社会を映す鑑」だと伺ってから、意識が変わり始めて。女性の声が好きな人がいれば、男性の声を落ち着くと感じる方がいたり、リスナーによって、好きなアーティストのジェンダーに偏りがあるのは自然だと思っています。ですが、社会全体のトレンドやムードが反映されたヒットチャートの中で、ジェンダーバランスが均衡ではないというのは、怖いなと。もしかしたら、音楽ビジネスの根底にジェンダーバイアスがあるのかもしれないと思いました。


――今回、30名の女性にインタビューをされて、印象的なメッセージはありましたか。

平井:印象的だったのは、女性の活躍だけではなく、全てのジェンダーの人が平等に扱われる世の中になってほしいという意見が多かったことです。ブラック・ライブズ・マター運動が起こった時に、それに対してオール・ライブズ・マター運動も湧き起こりましたよね。ジェンダーの問題も同じだなと思っていて。男性を虐げてでも女性が活躍する世の中になるのではなく、あらゆるジェンダーの方に平等の機会が与えられるべきです。ただ、今はヒットチャートやフェスの場において女性が少ないという状態が起こっているので、その課題を解決するフェーズだということ。どうしても、女性の活躍について声を上げると、「男性をやっつけろ」という印象を持たれるのではないかと心配される方もいて、このインタビューを引き受けるか迷ったという声もありました。

 映画『バービー』の中に、登場人物のケン(男性)がバービーランドを乗っ取って、ケンランドにしてしまうというシーンがありますが、今の日本は特にケンランドのようですよね。新内閣も女性の入閣が過去最多とはいえ、19名中5名です(2023年9月に取材)。バービーランドになるのも良くないけど、まずは今の状態を変えなくてはいけない、そこを伝えていくことに難しさを感じました。


――女性が活躍できないのは男性のせいだという風に捉えられては、さらに分断を生んでしまいます。女性の活躍機会が増えることは男性にとってもメリットがあることだから、一緒に考えていきたいテーマなんだということを伝えていきたいですね。

平井:以前、同じく女性が少ない映画業界の方に話を伺った際に、「体力面も含めてタフさが要求されるから、女性が長く働きづらい」という意見がありました。じゃあ、男性だったらハードな現場でも我慢してもらうべきかというと、違いますよね。なので女性が感じている課題を解決することは、男性の働きやすさにも繋がっていくと思います。


問題意識を持っていない人にも伝えていくには

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――たしかに、女性の課題を解決していくことは、どのジェンダーの方にとっても働きやすい環境づくりに繋がっていくと思います。平井さんが、こういったテーマの記事を書くようになったのは、いつ頃からですか?

平井:雑誌『Hanako』で女性の生き方についての特集が立ち上がった時からなので、2020年頃からだと思います。SDGs推進の影響もありますが、それ以前と比較すると、ジェンダーギャップについての話題をしやすくなったのは、良いことだなと思っています。ただメディアが推進している世の中と、現実にはズレがあると思っていて。DJ SODAさんの性加害の話を身近な人にしたら、「あんな服装だったら、仕方ないよね」と言われたことがありました。そういう場面に出会った時に自分がどう立ち振る舞うか、すごく難しくて。


――相手との関係性にもよりますしね。

平井:性別に対するバイアスは、世代や地域によって大きく残っていると思います。社会の風向きは少しずつ変わってきているはずですが、教育やメディアがもっと積極的に変わっていかないと加速しないのではとも、思っています。


――ビルボードでも、ライブやプレイリスト、ニュースなどを通じて発信していますが、問題意識を持っている人にしか届いていないのではという心配もあって。こういった課題を、問題意識を持っていない人にも伝えていくには、何が必要だと思われますか。

平井:伝え続けていくしかないと思いますが、エンタテインメントの力は、大きなサポートになると思います。「いま、ジェンダーギャップにおいて、こんな課題があるんだよ」って人に話すと、相手によっては身構えてしまうかもしれませんよね。ですが、「映画『バービー』って見た?」とか、「Awichのライブに行ったら、MCでこんなことを話していたんだよ」っていう風にエンタテインメントのメッセージとともに話すと、すごくきっかけを作りやすいのではないでしょうか。そうやって音楽の力を借りながら、草の根運動のように伝えていくしかないなと思っています。

 先日、雑誌の対談企画の人選をしていたら、「有識者2人が男性だから、あと1人は、若い女性が良いよね」とおっしゃった方がいて。仲の良い方だったので、「そうやって、花を添えるみたいに女性のことを扱うのは時代遅れですよ」って言ったんですが、「そうだよね!昭和の価値観が残っているわ。教えてくれてありがとう」とすぐに理解してもらえたので良かったなって思っています。


――たしかに身近に存在していながらも、気づきにくい問題かもしれません。私もこのプロジェクトを立ち上げるまで、特に男女差別は受けてきていないと思っていました。ですが、「こういう時は女性が、こう振る舞うべき」といったように、性別によって役割を思い込んでいたことに気づいて。

平井:インタビューをさせていただいた方の中にも、差別されたとは感じていないという方もいらっしゃいましたし、インタビュー中に気づかれた方もいました。この書籍には様々な考え方、色んなスタイルの方が登場します。その多様なロールモデルこそが未来を変えていくと思うので、「自分だったら、この質問にどう答えるかな」という風に、想像しながら読んでいただきたいなと思っています。


――共通した質問も多いので、多種多様な考え方を知っていただけそうですね。この連載は、これからも続いていきますが、どういったことを伝えていきたいですか。

平井:今回、書籍のタイトルを『女性たちの声は、ヒットチャートの外に ~音楽と生きる女性30名の“今”と“姿勢”を探るインタビュー集』にしていますが、実はとても迷いました。性別二元論を助長しているようではないかって。ただ、あらゆるジェンダーの方に対して平等な機会が与えられるために、今は様々な場面でマイノリティである女性について考えるフェーズだと思っています。なのでこれからは、そういった性別で区切るような考え方すらなくなるような世の中になっていくと、良いですよね。

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