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<インタビュー>Tani Yuuki、これまでのラブソングに繋がる初めてのロックバラード「最後の魔法」
Interview:黒田隆憲
Photo:Shintaro Oki(fort)
「Myra」「もう一度」など3曲がストリーミング総再生数1億回を突破、そのうちの1曲でもある2021年にリリースした「W/X/Y」では、〈Billboard JAPAN Streaming Songs of the Year 2022〉で1位という快挙を成し遂げた、シンガーソングライターTani Yuukiの最新曲「最後の魔法」がリリースされる。
この曲は、Taniにとっては初の試みとなるロックバラード。トレードマークのアコギからエレキギターに持ち替えたTaniが、大切だったはずの人との思い出が徐々に薄れていく現象を「魔法が解かれる」と表現。歪んだギターやボーカルが、そのエモーショナルな歌詞を盛り立てている。
11月からは、自身初となるホールツアー【Tani Yuuki Hall Tour 2023 "kotodama"】を控えるTaniに、その意気込みや「最後の魔法」制作秘話について聞いた。
「思い出せない」気持ちをそのまま歌詞に
――アルバム『多面態』からは半年、前作「械物」からは3ヶ月と短いスパンでのリリースになりますよね?
Tani:アルバムを作り終えて、新たに楽曲を増やすための「デモ制作期間」をもうけてもらったんです。そこで出来た曲の一つがこの「最後の魔法」でした。これまでの僕のレパートリーはほとんど全てが実体験に基づいていたり、過去の出来事を思い出しながらそれを再構築したりしているのですが、今回も同じように作ろうと思った時に、記憶としてあまり鮮明じゃなくなってしまった出来事が増えていることに気づいたんです。
完全に忘れているわけではなく、例えば恋愛だったらそのシチュエーションは覚えていても、その時にどんな言葉を交わしたのかとか、そこで自分はどういう感情でいたのかをあまり思い出せない。だったら、その「思い出せない」という気持ちをそのまま歌詞にしてみようと思いました。
――なるほど、面白いですね。「最後の魔法」というタイトルは、歌詞ができた後につけたのですか?
Tani:はい。記憶って、最初は鮮烈でもだんだん薄まっていくものじゃないですか。それってちょっと、魔法が溶けていくような感覚に近いのかなと思ったんです。相手から言われた一言が、まるで呪いのように心に引っかかっていて、それも時とともに少しずつ記憶から遠のいていく……みたいな。これから新たな道を進んでいくために、薄れかけた「魔法」を断ち切る最後の瞬間を「最後の魔法」というフレーズで表してみました。
――アレンジはどのように練っていったのですか?
Tani:今年6月に【Zepp Tour 2023 “多面態”】を無事に終えて、次は11月からのホールツアーが控えている状態なのですが、「次のライブでは、これまでになかったタイプの楽曲があるといいね」みたいなことを、スタッフとも話し合っていて。思い返してみれば、いわゆるロックバラードは作ったことがなかったんです。例えばSUPER BEAVERさんの「人として」のような、ちょっと泥臭さもあるヘヴィなリズムと歪んだギターが軸になっているアレンジにしたいな、と。
ただ、僕自身これまでエレキギターって弾いたことがなかったんですよ。アコギもピアノも鳴っていない、エレキギターがメインの曲というものが初めてだったんですね。なので、音色とかどんな感じにしたらいいのか全然わからなくて(笑)。アレンジャーさんとディスカッションをする機会を設けていただいたのですが、その時に「USロックでいくのか、それともUKでいくのか?」問題が発生し、その辺の音楽を通っていない自分には「なんですかそれは?」という感じだったんです。
――あははは。
Tani:SUPER BEAVERさんの「人として」も、ギターは歪んでいるようで実はクランチだったりするらしく。「そうか、じゃあ、その方向でお願いします」と言ったら、いわゆるUKロック路線でアレンジを組んでくださったんです。でも、それだとイメージと違っていたんですよ。僕の中でこの「最後の魔法」は夜が明けて朝の光が降り注いでくるような、明るく爽やかな印象。例えば漫画『ブルーピリオド』の主人公・矢口八虎が、「渋谷の朝は青い」という台詞があって。淡いブルーで少しかすれていて、灰色も入っているような。
でも、出来上がったアレンジはちょっと夕陽のオレンジ色を感じたんですよね。もちろんクオリティは素晴らしかったのですが、この曲で求めているカラーと違ったので、無理を言って再考してもらったんです。ギターはもう少しディストーションを加え、タンバリンなどのパーカッション類は抑えめにしてもらったのが、今の完成形です。
――夕方から夜に向かって陰影が濃くなっていくというよりは、降り注ぐ陽の光によって記憶という魔法が溶けていくような、そんな印象なのかもしれないですね。
Tani:確かにそれもありますね。あと、歌詞がどちらかというとネガティブなので(笑)、サウンドは逆に明るくというか、暖かいではなく、もっと冷たい、虚しい、切ないを表現したかったんです。でも、最終的には希望が見えるような、そういう楽曲を目指しました。
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ここまでやってきて築き上げたものを、一度壊すタイミング
――ジャケットのアートワークも、曖昧になってしまった記憶を表しているように感じました。
Tani:そうなんです。建物の形は覚えていても、ディティールがぼやけていたり、そばにいたはずの人の顔や輪郭が、他の誰かの印象と混じり合ってしまったり。何度も記憶の中でその人の印象を描き直していくような、そういう様子を一枚の絵にしてもらいました。
――ボーカルのレコーディングでこだわったこと、心がけたことは?
Tani:心の内側を曝け出すような歌にしたかったので、歪んだギターのようながなり声を出してみました。そこがうまくいったかというと「どうだろう?」と思うフシもあるのですが(笑)、それはそれで悶えている感じが出て結果的に良かったのかなと。しかもマイクのチョイスやボーカルのミックスバランスも、ちゃんと歌が立つように工夫してもらっているんです。そこはチームでこだわったポイントでもありますね。
――アンプやマイクの種類でギターのサウンドが大きく変わるように、ボーカルを録るマイク選びも非常に重要ですよね。
Tani:そうなんですよ。実は間接的な知り合いに“機材王”みたいな人がいて(笑)。いろいろな種類のマイクをそれぞれ持ち寄り、比較検証するという超マニアックな集まりを主催されている方なんですけど、そこで僕の声に合うマイクを探してもらったことがあるんです。今回のレコーディングは、アレンジャーさんが所有されていたSoyuz ソユーズビンテージマイクを使用しました。ちなみに自宅でデモを作る時にはTELEFUNKEN TF-47を使用しています。どちらのマイクも、自分の声にすごくよく合っているのでお気に入り。そんなふうにマイクに対する意識や知識を高めてくれた「機材王」にはとても感謝しています。
――この新曲「最後の魔法」は、Taniさんにとってどんな位置付けの楽曲になりましたか?
Tani:僕がこれまで出したラブソングって、つながっているものもあるんです。「Night Butterfly」「W / X / Y」「おかえり」「Myra」「非lie心」「油性マジック」と一続きになっていて。その次にこの「最後の魔法」がくるようなイメージですね。これはファンの方の書き込みで知ったことなんですけど、「油性マジック」で〈油性で彩ってかないでよ 涙じゃ消せないでしょ 塗りつぶすしかないの〉と歌っているのですが、「最後の魔法」では〈思い出せないんだ〉と歌ってる。「魔法」は英語で「マジック」だから、「油性マジックで彩ったものを忘れちゃうのか」と、そのファンの方は関連づけていて「俺より考察してる!」とびっくりしました(笑)。そういう、予期せぬつながりができるのも面白いですね。
――11月からホールツアー【Tani Yuuki Hall Tour 2023 "kotodama"】がスタートしますが、その意気込みをお聞かせください。
Tani:「最後の魔法」はかなり自分の自信作でもあるので、ホールでそれをどう聞かせるのかをいろいろと探っているところです。ちなみに、この曲ではもちろんエレキギターを弾きたいので、先日楽器屋さんに買いに行ったんですよ。ロックバラードなので、思いっきりエモーショナルな気持ちになってもらえたら嬉しいです。
セトリもこれまでとは違うものにしたいという気持ちもありますし、ここまでやってきて築き上げたものを、一度壊すタイミングなのかなと。新たなTani Yuukiがお見せ出来る気がしています。
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