Billboard JAPAN


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<わたしたちと音楽 Vol.23>ハラミちゃん 型破りなピアノで新しい扉が開けた

インタビューバナー

 米ビルボードが、2007年から主催する【ビルボード・ウィメン・イン・ミュージック(WIM)】。音楽業界に多大に貢献し、その活動を通じて女性たちをエンパワーメントしたアーティストを毎年<ウーマン・オブ・ザ・イヤー>として表彰してきた。Billboard JAPANでは、2022年より、独自の観点から“音楽業界における女性”をフィーチャーした企画を発足し、その一環として女性たちにフォーカスしたインタビュー連載『わたしたちと音楽』を展開している。

 今回はゲストにピアニストのハラミちゃんが登場。YouTubeのチャンネル登録者数は217万人以上、動画総再生数6億回を超える。2022年には女性ピアニストとして15年ぶりに日本武道館公演を行った。「ピアノを身近な存在にする」という目標を着実に叶えようとしている彼女が、現在の活動に辿り着くまでには、クラシックの世界への挑戦や会社員時代の苦悩があった。(Interview & Text:Rio Hirai[SOW SWEET PUBLISHING]/ Photo:Miu Kurashima)

ピアノで人を笑顔にする楽しさに、 小さい頃から気がついていた

――幼い頃に憧れていた女性像はありますか。

ハラミちゃん:清水ミチコさんです。私自身、自分でもよくわからないのですが、小さいとき、ピアノを弾く前にギャグのようなものをしてから練習に入る、という行動にハマっていた時期があったんです。それは両親が撮っていたビデオに残っているんですけれど、見ている両親を楽しませたかったし、怒られないことで甘えて自分自身も楽しくなっていたのだと思います。清水ミチコさんはエンターテイメントとして、ピアノを使って人を笑顔にさせることのできる人。


――ハラミちゃん自身が幼少期から挑戦していたコンクールで弾くピアノと、人を楽しませるために弾くピアノには違いはあるのでしょうか。

ハラミちゃん:コンクールは、本番を迎える半年くらい前から毎日ずっと同じ曲を何百回と練習して、たった1回の本番にかける、すごく独特な、職人のような世界です。一方で、学校の友達が笑ってくれた「悲しそうに弾く『アンパンマンのマーチ』」なんかはその場の思いつきでやった一発芸のようなものですよね。だから両者は同じピアノでも全然別物として捉えていました。私、ピアノを弾いているとつい楽しくなって顔が動いてしまうのですが、コンクールのための練習のときには先生に「顔で弾かない」と叱られていて。でも休み時間には思いっきり顔も動かして弾いていて。もう全く違うジャンルですね。

ピアニストへの夢に挫折したとき、 新たな武器を見つけようと思った

――ピアノ自体は、どうして始めたのですか。

ハラミちゃん:初めは習い事のひとつとしてやっていて、ピアノは好きでした。しかも小学1年生のときに、親に音楽大学の受験のテキストを渡されて、「自分の将来は決まった、ラッキー」と思ったんです(笑)。当時は、「これで進路に悩まなくても良いし、ピアノさえやっていれば良いから楽だ」と思ったんですね。それからコンクールにも挑戦し続けてきましたが、高校時代に音大受験のために先生を変えたら、その先生に「あなたはピアニストにはなれません」と言われてしまって……。小学1年生のときからそれがアイデンティティで、積み上げてきた積み木を一気に崩された思いでした。ショックだったけれど、自分でも気がついていたんでしょうね。コンクールに出ていれば、自分のレベルを痛感する機会はたくさんありますから。ショックだったのと同時に、「何か別の武器も見つけなくちゃ」と思うようになりました。


――それから紆余曲折あり、一度はピアノから離れて会社員生活を送られたそうですね。現在のマネージャーでもある会社の元先輩が、東京都庁のピアノを弾いているハラミちゃんの姿をYouTubeにアップしたのが「ハラミちゃん」の始まりだそうですが、それまではピアノを仕事にすることは考えていなかったのでしょうか。

ハラミちゃん:全く考えていなかったですね。コンクールで結果を出したその先でしか食べていけない世界だと思っていましたから。私、もともとは物事を慎重に考えるタイプなんです。人生でも、自分の歩める道をひとつでも多くの選択肢を残しておきたい。だから、音楽大学に進学したときにも教員免許は取っておきましたし、その後も色彩検定という資格を取ってみたりして……。元先輩が最初の動画をアップするときは、「どうせ誰も観てないし、いいか」くらいの気持ちでした。それが予想外に多くの人に観てもらえて、初めは嬉しさよりも恐怖が勝りました。それに、そのときの演奏は私からすればボロボロだったので、たまたまバズった1本にかけようとは思えなかったんです。

慎重にひとつずつ、 自分らしいピアノに近づいて

――動画がバズってすぐにそれでやっていこうと思ったわけじゃなかったんですね。そんなとき、何が背中を押してくれたのでしょうか。

ハラミちゃん:動画を観てくださった方からのコメントですね。「楽しそうに弾いているのが良い」とか「観ているこちらも笑顔になる」といったコメントを寄せていただいて……。確かに、自由にピアノを弾いている私はすごく楽しそうだし、「自由な演奏を受け入れてくれる人がいるんだ」というのが衝撃的で、新しい世界が開けたような気持ちでした。それに、動画をアップした元先輩が「人生1回でも多く笑ったほうが勝ちだよ」と言ってくれて、その言葉にも勇気をもらいました。でも、自分ではハラミちゃんの活動は「そのときの貯金がなくなるまで」と期限を決めていたんです。その間に芽が出なかったら会社員に戻ろうと思っていました。


――1本の動画のバズに留まらず、それから「お米さん」と呼ぶファンも増え続け、様々な快挙を成し遂げてきました。「ピアノを身近なものに」という目標を掲げていますが、そう感じるようになったきっかけはありますか。

ハラミちゃん:特に中学生くらいの頃なのですが、クラシックのコンクールに出場するとき、ドレスを着るのがすごく嫌だった時期があるんです。反抗期というか逆張りしたい年頃で、男装まではいかないけれどジャケットのセットアップで出場して、衣装で減点されたことがあったんです。でも、伝統的なクラシックのマナーも大切なのはわかりますが、その減点に異議があるわけではありません。それに伝統を守ることや技巧を競うこと以外のピアノの楽しみもあると思っていたので、どうしてそれを持ち込んじゃいけないんだろうとも感じていました。ずっとそういう思いがあったので、ハラミちゃんという存在を世間の皆様が受け入れてくださったときに、この楽しさをもっと広めていきたいと思うようになったんです。

物事の裏表を見つめて、 冷静に俯瞰することで見えてくる景色

――このインタビューは女性にフォーカスしてお話を伺っていますが、女性であることは活動に影響していますか。

ハラミちゃん:幸い、あまり考えずにここまでやってこられました。周りにいる男性とも割り勘でしたし、「特別に女性扱いされてる」ということもあまり感じなかったんです。音楽大学の男女比は9割が女性でした。ピアノは小さい頃の習い事から続けている人も多く、幼い頃に子供に習わせる習い事を「男の子はスポーツ、女の子はピアノ」と考える親世代が多いのは事実でしょうね。先ほど衣装の話をしましたが、小さい頃はドレスを着られるのも嬉しかったんですよ。


――Billboard JAPANのチャートでは男性が過半数を占める結果が長年続いているのですが、それについてはどう思われますか。

ハラミちゃん:今回このインタビューのお話をいただいて知ったのですが、それがネガティブな結果だとも思わないんです。女性アーティストが劣っているということではなく、女性が異性のアーティストを推した“推し文化”の結果でもあるんじゃないかなって。女性の中にはマメな方がいたり、他の方に共有したい気持ちからストリーミングが増えたりする事もあるのかなと。だから劣等感を持つ必要はないと私は思いました。


――確かに、それもあるかもしれませんね。今の意見もそうなのですが、ハラミちゃんとお話をしていて、物事をすごく多角的に捉える力のある方だという印象を受けました。キャリア1年目の自分にアドバイスを送るとしたら、なんと声をかけるでしょうか。

ハラミちゃん:私は慎重派だけれど、それも悪いことばかりじゃないんです。「ネガティブな人は、ネガティブな想像をしても耐えられるから、心配性であることは強さでもある」と言ってもらったこともあります。思考の表と裏を回転させる柔軟さを持っていると、心もポキっと折れづらい。そう気がついてからは、何事も表と裏を考える練習をしています。あとは、割合についてもよく意識しています。何かネガティブなことを言ってくる人がいるとして、それは全体の何割なんだろうって。例えば、95%の人が「やめたほうが良いよ」ということには耳を貸したほうが良いかもしれないですけれど、そういう人が5%で、95%が賛成しているとしたら? 「やめたほうが良いよ」という5%の人のために、95%の人の期待を捨ててしまうわけですよね。全体を俯瞰して、冷静に割合を見つめてみると救われることもあると思っています。

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