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<インタビュー>辛いこともそれぞれの人生も肯定したい――水槽が語る最新アルバム『夜天邂逅』



水槽インタビュー

Interview & Text: ノイ村

 前作『事後叙景』が総ストリーミング数1,000万回超えのヒットを記録し、MIMiNARIやSuchといった様々なアーティストとのコラボレーションやCYNHN、バーチャルYouTuber「叶」などへの楽曲提供を手掛けるなど、着実にアーティストとしての歩みを重ねていく水槽。自身にとって初のワンマンライブとなる【水槽 FIRST CONCEPT LIVE “ENCOUNTER”】は、発売からわずか15分で初回販売分のチケットがソールドアウトするなど、その勢いはさらに増していくばかりだ。

 約1年半ぶりの新作となる3rdアルバム『夜天邂逅』は、遂に全楽曲の作詞・作曲・編曲を水槽自身が手掛けたコンセプト・アルバム。今回のインタビューでは、前作以降の変化を振り返りながら、“ごく平凡な人間たち”が主役の同作について、じっくりと話を伺った。そこから見えてきたのは、“平凡”という言葉の向こう側にある、一人ひとりの、あるいは“あなたの”人生を肯定したいという水槽の強い想いだった。

――前回のインタビューは約1年半前、前作となる『事後叙景』をリリースする前のタイミングで実施したものでしたね。実際にリリースを経て、あの作品についてどのように感じていますか?

水槽:自分が思っていたよりも、多くの方に聴いていただけた印象ですね。ボカロPの参加楽曲が3曲あって、他は自作曲というのが、結果的にアルバムとしてバランスが良かったのかもしれないです。

――数字の面でも、前作は本当に多くの方に届いた作品だったと思います。ストリーミングでの合計再生数は1,000万再生超えですし、特に、「はやく夜へ」はYouTubeで300万再生近くのヒットになりました。

水槽:ミュージック・ビデオの効果が強かったのかなと思いつつも、「はやく夜へ」が伸びたのは本当に予想外でした。ストリーミングだと「事後叙景」が一番伸びているんですけど、これと「はやく夜へ」は自分の趣味に走った、いっそ聴かれなくてもいいやって思って作った曲だったので、その2つがこんなに聴かれたのは驚きでした。


――再生数もそうですし、SNSのフォロワー数なども増えていて、水槽さんというアーティスト自体への注目度が高まっているように思います。以前、SNSでそういう状態について「傍観していなければおかしくなってしまう」といったことを書かれていましたが、このような状況についてはどのように捉えられていますか?

水槽:最近というより、SNSのフォロワーが数千人だったり、再生数が5万~6万だったりした頃から、数字が怖くて「どうしよう」と思っていて……。でも、その時は傍観する技術がなかったんですよ。今は技術を手に入れたというだけで、本当は数字に対して「どういうこと?」って思い始めたら「わーっ」てなっちゃうので、あえて思わないようにしているという感じですね。

――数字に対しては、どこか距離を取って見られているんですね。

水槽:音楽の再生数に関してはあまり考えなくなりましたね。以前は、新曲を出したときに1時間ごとにチェックしていたんですけど、今は無頓着になったと言ってもいいくらいです。

――それは自然にそうなっていったんですか?

水槽:そうですね。再生数って音楽への評価だと思っていたところがあって……。でも、自分が作ったものって、もう作り上げた時点で最高なんですよ(笑)。完成して、ミックスが終わって、マスタリングが上がったら、その時点でものすごく満足するようになりましたね。

――なるほど。

水槽:以前はそうじゃなかったんです。制作中と公開後のどちらに幸福度の比重があるかというと、昔は圧倒的に公開後に偏っていました。みんなに聴いてもらって、感想をもらって初めて「幸せだ」と思えたんですね。だからこそ再生数に固執してたところがあったんですけど、最近は制作中のほうに9割くらい幸福度が傾いていて、だからこそそう思えるようになったという感じです。

――その変化は、やはり水槽さんご自身がトラックメイキングに重点を置かれるようになったというところが大きいのでしょうか?

水槽:そうですね……、歌い手って一つの曲をみんなで歌うじゃないですか? だから、数字で如実に差が出てしまいます。この人とこの人の「歌ってみた」のどちらが優れているかなんて、数字では分からないですよね。でも、同じ曲を歌っている以上は並列で見られてしまう。オリジナルは唯一自分が作ったものなので、やっぱり自分で曲を作るようになって、ちょっとずつそういう思考がなくなっていったのかもしれません。

――なるほど。ちなみに今でも「歌ってみた」自体は今でも続けられていますよね。

水槽:ずっと制作が立て込んでくると、なぜか「歌ってみた」をやりたくなるんですよ。「これはどういうことなんだろう」って自分なりに分析したんですけど、きっと今の自分にとって「歌ってみた」はインプットの一種なんですよね。誰かが作った曲を自分の中に落とし込む行為が、自分にとって読書や映画と同じで、制作の合間のリフレッシュとして新しいものを取り込むような感覚で「歌ってみた」をやっているんだと思います。

――歌い手をメインに活動されていた水槽さんにとって、「歌ってみた」がアウトプットからインプットに変わったというのはすごく象徴的な変化であるように思います。変化という点では、「ライブ」も今の水槽さんを語る上で重要なキーワードになるのではないかなと思っているのですが、前回の時点では、元々ライブに対して苦手意識があったけれど、「やる側としても見る側としてもライブの魅力に気付いた」と語られていて、実際にあれから積極的にライブを実施されるようになりましたよね。

水槽:はい。それまでは音源派というか、あまりライブ自体に興味を持っていなかったのですが、2021年に見た中村佳穂さんのライブがものすごくて……。その影響で去年は、今までずっと好きだったcinema staffのようなバンドや、それまで音源だけ聴いていたアーティストのライブにたくさん行くようになったんですよ。そこから「水槽のライブに来てほしい」というより、もっと「ライブの入り口に自分がなりたい」という意識が生まれたんです。今のインターネットの音楽シーンのアーティストを聴いている子たちが、水槽を通してライブというものに初めて参加して、「楽しい」って気付いて、自分と同じように他のアーティストのライブにも行き始める、というようなことが微力ながらでもできたらいいなと思っていますね。

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――『夜天邂逅』について深く掘り下げていければと思います。まずは何と言っても、今回は遂に全曲が水槽さんの作詞・作曲・編曲・歌唱になりましたね。

水槽:『事後叙景』を作った時から、次は全部自分の曲にしようと思っていました。

――トラックメイキングと言えば、先行楽曲を聴いていた頃から感じていたのですが、何よりも前作からの音像の進化ぶりに驚かされました。何かトラックメイキングにおけるプロセスの変化のようなものはあったのでしょうか?

水槽:まず、単純にうまくなったというのは絶対にあります。『事後叙景』はまだトラックメイキングを始めたばかりの頃の作品で、ちゃんと聴けるレベルにはなっていると思うんですけど、今のほうがもっと上手に、早く、自分が思った通りのものをアウトプットできるようになったと思います。あと、もう一つは演奏者ですね。楽曲に合ったミュージシャンの方を起用するのが、今回は特にうまくいったなと。

――本作にはcadodeのebaさん(「呼吸率」)、PaleduskのDAIDAIさん(「EAR CANDY (feat. Bonbero)」)、LITEの山本晃紀さん(「イントロは終わり」)など、錚々たるメンバーが集まっていますよね。この人選についても水槽さんご自身で決められたんですか?

水槽:はい、「この曲にはこの人がいいな」というのがすぐに思い浮かびました。実は「呼吸率」のebaさんのギターとか「まさかこうなるとは」と思うこともあったんですけど(笑)、そうやって元のイメージから大きく変わったとしても、特に問題はなかったですね。


――『夜天邂逅』を聴いていて、前作と比べて水槽さんのラップパートの印象が変わったように感じられました。以前、Instagramに「イントロは終わり」を境にラップのスタイルが変わったと書かれていたかと思うのですが、具体的にどのような変化があったのでしょうか?

水槽:『事後叙景』だと、いわゆる語尾だけで韻を踏むような感じだったんですよ。ただ、そのリリース後に、夜猫族のリーダーのnomaが「事後叙景」をInstagramのストーリーズに載せてくれたことがあって、そこで彼らと繋がったんです。夜猫族のラップって私が思っていた日本語ラップの韻の踏み方ではなくて、語尾だけで踏むというより、同じ母音や一文字の音でどんどん踏んでいったり、語尾と次の言葉の頭で連続して踏んだりしていて、そんな彼らのラップを見始めて、自分のスタイルもかなり変わりました。韻というよりはフローを聞かせる感じですね。「ブルーノート」や「イントロは終わり」には特にその影響が出ていると思います。


――アルバムの世界観についてもお伺いできればと思います。1曲目の「夜天邂逅」の中に<無数の取るに足らない物語をその末路を/意図しようがしまいが/違う鍵だとしても開いてしまうのだろう>という言葉があって、これがすごく本作の、あるいは水槽さんの描く世界を象徴しているような印象を受けました。これまでの楽曲でも「取るに足らない」物語の一場面を切り取って描かれてきたかと思うのですが、何故そこに惹かれ続けるのでしょうか?

水槽:自分って、キャラソンしか、個人の物語しか書けないんですよ。『事後叙景』は架空の世界観を舞台にしていたので、結構ドラマティックなことが起きたりもしていたんですけど、『夜天邂逅』はただ彼女と別れただけの人とか、普通の人たちばっかり。だけど……人生ってめちゃくちゃ大変じゃないですか(笑)。本人にとってはただごとじゃない、生きていくだけで精一杯みたいなことが毎日起こる。そこにフォーカスしたいんです。

――本作で描かれる人物のほとんどは、多かれ少なかれ何かしらの問題を抱えていて、でもそこから脱することもできない状態にあって、でもそれを日常として生きていて、その場面にすごく共感してしまうのですが、やはりそういった人々の姿を描きたいという想いがあるのでしょうか?

水槽:例えば「呼吸率」は心療内科や精神科に通っていて、服薬もしているっていう曲で、非日常かと思いきや、そういう人ってたくさんいるんですよね。全然特別なことではないけれど、この人にとってはたまらなく悲しいし苦しい。自分で自分のことを凡庸だと思っている、どこにでもあるようなことで悩んでいて情けないなと思っているけれど、でも苦しいものは苦しいんですよ。そういう曲もあれば、「カペラ」や「ブルーノート」みたいに、ただ失恋してウジウジしてるだけの人もいて、みんな等しく辛いんですよね。

――「極東より(feat. 鯨木)」に出てくる2人もいいですよね。クールではあるのだけど、どこか悲しみというか、諦念のようなものが漂っていて。

水槽:この人たちは「さとり世代」じゃないですけど、つらいとか悲しいとかわざわざ言わないんですよね。もちろん、そう思うことはあるけれど、別にそれをSNSに投稿するとかはしないっていう。そういうサラッとした人たちもいるなと思って、そこにフォーカスしてみようと思いました。


――やっぱり水槽さん自身がすごく高い解像度で共感されているからこそ、ここまでリアルに感じられるんだと思います。

水槽:自分とは全然違う人間でも、それを見るのが好きなんです。実際、鯨木もどちらかというとそっち側の、サラッとした人間なので、彼といろいろ話している中で感じた「こういう発想なんだ」というものを反映していますね。

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つらいものはつらいし、それを肯定したい

――アルバムの最後を飾る「ハートエンド」についてもお伺いできればと思います。『事後叙景』の最後に収録されていた「白旗」も剥き出しだなという印象があったんですけれど、この曲は<誰でも書けそうな歌詞だな/ああでもお前には書けないよ、>だったり、さらに強い言葉が並んでいて圧倒されました。

水槽:これ、実は誰も攻撃していないんですよ。ずっと自嘲しているだけで、<誰でも書けそうな歌詞だな>っていうのも、別に誰かに言われたわけではないんです。自分で思って、自分で怒って、自分でつらい、みたいなことをずっとやっているみたいな感じ……。でも、こんな夜はいくらでもあって、結局、明日の朝になったらなんだかんだ大丈夫になっちゃうし、仕事とかにも行けちゃったりするじゃないですか? ただ、つらいものはつらいし、それを肯定したいんです。それは決してネガティブなことではなくて、みんなそうやって、一つひとつの物語の中で生きているんだっていうことを言いたいんですよね。

――「ハートエンド」に<白旗を上げたまま行く/君に出会った>というフレーズがありますよね。楽曲名にもなっていますし、水槽さんの中で「白旗」というモチーフがすごく重要なのではないかなと感じていたのですが、いかがでしょうか?

水槽:そうですね……昔の自分って「自分が天才である」という可能性を信じていたんですよ。「こんなところで終わるはずがない、もっと何かきっかけがあれば」って思っていた時期があって。でも、あるタイミングで「あ、どうやら天才じゃない」ってスパーンと気づく瞬間があったんですね。それが自分の中で「白旗を上げる」というモチーフに繋がって……、白旗を上げてからがスタートだと思えたんです。<閃いたようなその白旗を/掲げてた震えた手をどうか忘れないで>(「白旗」)というのは、自分自身がその日のことを忘れないように、という意味もありますし、曲を聴いてくれる人に向けて、あなたが決定的な挫折をした日、何かに気づいてしまった日のことを忘れないで一緒に生きていこうというメッセージを込めています。「白旗を上げる」って、自分にとって全然マイナスのニュアンスじゃないんですよ。むしろすごく格好良いこと、この世のほとんどの凡人にとって格好良いことだと思っていますね。


――これまで、アルバムの最後の楽曲(「遠く鳴らせ」(『首都雑踏』収録)、「白旗」)では、水槽さんご自身のことについて書かれてきましたよね。

水槽:「遠く鳴らせ」は水槽というアーティストから自分自身に対してエールを贈るような曲で、「白旗」はそれがリスナーに向けられていて、実は矢印がそれぞれ違っているんです。「ハートエンド」は、自身が水槽というアーティストと“邂逅”したという曲ですね。自分はもうどうしようもない、<「幸せでいるなよ」>って言われても言い返せないような人間で、白旗を上げているけれど、やれることはあるんだと前に進んでいるからこそ、生きていける。そういう意味を込めています。

――なるほど。

水槽:「ハートエンド」を出そうって思えるようになったのが、『事後叙景』の時との大きな違いかもしれませんね。なにも格好つけてない、むしろあまりにも格好悪すぎる曲なんですけど、それを格好良いサウンドにパッケージングできる自信があったし、格好良い人たちが集まってくれたし、「これを出しても大丈夫だな」って思えるようになったんです。

――「ハートエンド」はもちろん、個人的にはアルバム全体を通して、まさに白旗を上げていながらも、それでもなんとか生きようとしている人に対する優しさや寄り添うような想いを強く感じました。「呼吸率」も重い内容ではありつつ、ここに出てくる人はあくまで生きることについては諦めていなくて、そこにすごく救われるんですよね。

水槽:「ハートエンド」もガタガタ言いながらも全然生きる気なんですよね(笑)。それはどの登場人物もそうで、「EAR CANDY (feat. Bonbero)」に出てくる子も生きようとしか思っていない、生に対する執着しかないですね。無様かもしれないけど愛おしいですよね。


――ミュージック・ビデオでは、そんな登場人物たちが、どの作品でも最後にある場所に集まっていきますよね。

水槽:はい、あれは表参道 WALL&WALLです(【FIRST CONCEPT LIVE “ENCOUNTER”】の開催場所)。嫌なことがあって、充電が切れたような気持ちになって、今日はもう本当につらいけれど、かといって家にまっすぐ帰る気分でもなくて、これまで出てきた登場人物たちが心の拠り所にしている音楽を求めてライブハウスにやってきて、“邂逅”するんです。つまり、【ENCOUNTER】に来てくれるリスナーの方たちの中に(MVに出てきた)彼らもいるんですよ。

――なるほど。アルバムやMVだけではなく、【ENCOUNTER】というライブを含めて、実際にリスナーの方々がその場所に集まることによって、『夜天邂逅』が完成するんですね。

水槽:はい。今回は本当にライブで完成する、ライブありきのアルバムになっています。もし以前のようにライブをやる気になっていなかったとしたら、このコンセプト自体が生まれなかったかもしれません。

――【ENCOUNTER】はどのようなライブになりそうでしょうか?

水槽:やっぱりミュージカルというものが自分の原点なので、今まで出演させていただいたようなライブとは違った、ショーとまでは言わなくとも、しっかりと世界観が作られていて没入できるもの、水槽らしいものを作れたらいいなと思っています。「CONCEPT LIVE」と銘打っていますし、音楽ではあるのだけど、まるで舞台を見ているかのような、そんなライブを見せられたらいいですね。

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