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<コラム>かしぶち哲郎没後10年、「リラのホテル」リリース40周年記念トリビュートライブをビルボードライブで開催

コラム

Text:佐野郷子

 この夏、ムーンライダーズ・ファンには見逃せないステージがビルボードライブで実現する。【moonriders division special 2days】と称した2デイズで披露されるのは、鈴木慶一+松尾清憲の新ユニット「鈴木マツヲ」のファースト・ライブと、かしぶち哲郎の『リラのホテル』リリース40周年記念のトリビュートライブ。ここではかしぶち哲郎と、名盤の誉れ高き『リラのホテル』について検証してみたい。

 ムーンライダーズのドラマー/ボーカルとして、プロデュースや楽曲提供、映画音楽などを手がけ、様々なジャンルで活躍したかしぶち哲郎が2013年に他界して10年。また、今年はかしぶちが1983年に発表した初のソロ・アルバム『リラのホテル』のリリースから40周年にあたる。




 かしぶち哲郎は、1950年11月9日生まれ。1971年にムーンライダーズの前身となったはちみつぱいに加入。オーディションのときに、ガットギターで弾き語りをしたという逸話があり、唯一にして不朽の名盤『センチメンタル通り』に「釣り糸」というオリジナルを提供する。

 解散後は、細野晴臣のトロピカル・ダンディーズや少年探偵団などに参加しつつ、ムーンライダーズへ。1977年の1stアルバム『ムーンライダーズ』の「紡ぎ歌」、「砂丘」にはすでにかしぶち特有のロマンチシズムとエキゾチシズムが横溢。『イスタンブール・マンボ』では、さらにそれを推し進めた「ハバロフスクを訪ねて」、『ヌーヴェルヴァーグ』ではワルツ・チューンの「オールド・レディ」、ミルトン・ナシメントの曲にかちぶちが訳詞を手がけた「トランベシア」と、バンド初期から彼にしか醸し出すことができない作風を開花させてゆく。ニューウェイブに舵を切り始めた『MODERN MUSIC』の「バック・シート」ではミステリアスで醒めた情景をシャープに描いてみせた。

 メンバー全員が作詞・作曲を担い、それぞれの個性を堪能できるのはムーンライダーズの面白さでもあるが、80年代に入ると音楽性はさらに先鋭化、ヌーヴェルヴァーグを筆頭に映画のタイトルをモチーフにした『カメラ=万年筆』でかしぶちが提供したのは「狂ったバカンス」。同名の60年代のイタリア映画は、美少女に翻弄される中年男を描いていたが、かしぶちは欧州映画の頽廃や虚無の匂いを音楽に取り込んだ先駆的存在でもある。1982年に難解すぎるという理由で発売が一度は見送られたアルバム『マニア・マニエラ』では、ファンの間ではアンセムとなっている「スカーレットの誓い」の歌詞を佐藤奈々子と共作。『マニア・マニエラ』の反動のように突き抜けたポップ・アルバム『青空百景』は「二十世紀鋼鉄の男」と「O.K.パ・ド・ドゥ」を収録。凝りに凝った意匠を施した作品を次々と発表しながら孤高のバンドとなっていく過程で、キラリと光るポップネスを放つメロディーと歌詞で、かしぶちの作家性は熟していく。

 初のソロ・アルバム『リラのホテル』は1983年にリリースされた。前年に鈴木慶一は高橋幸宏とザ・ビートニクスを、武川雅寛は『とにかくここがパラダイス』を発表するなどメンバー個々の活動が始まり、かしぶちのソロ・アルバムの構想も81年に始まっていたという。

 本作は、70年代から親交のあった矢野顕子を共同プロデューサーに迎え、演奏、アレンジにも参加し、4曲をデュエット。バンド外活動で自身のルーツと嗜好を存分に反映させたヨーロピアン・テイスト溢れる珠玉の名曲揃いのアルバムに仕立てた。幼少期からクラシックに親しみ、フレンチ・ポップス、ジャズ、映画音楽などを好む彼のヴォーカリスト/ソングライターとしてのスタイルと魅力はここで確立されたと言えるだろう。

 アルバムに収録された10曲は、かしぶちが長年作り続けてきた曲から厳選され、表題曲「リラのホテル」はあがた森魚の『日本少年(ヂパング・ボーイ)』(1975)が初出。こんな大人びたロマンチックな歌を高校時代に書いていた早熟ぶりには驚かされるが、映像を喚起するファンタジックな世界観と気怠い色香は今なお鮮烈だ。矢野顕子とデュエットした「Friends」は、まさにヌーヴェルヴァーグの洒落た恋愛映画のようだし、映画『男と女』のラストシーンを彷彿させる「冬のバラ」の色男ぶりもかしぶち哲郎だから説得力があった。「屋根裏の二匹のねずみ」の若い二人はジャック・ドゥミのシネマに登場するように愛らしく、哀しい。「Listen to me, Now!」の子供たちのコーラスは、ムーンライダーズの「砂丘」を連想させ、アルバムはめくるめくかしぶちワールドが展開する。

 レコーディングには細野晴臣、坂本龍一、大貫妙子、松任谷正隆、矢野誠、白井良明らが参加。ストリングスは坂本龍一、矢野誠が担当と、83年当時の今をときめくミュージシャンが集結。欧州映画のサウンドトラックを思わせる非ロックの音像は、前年にピエール・バルーのアルバム『ル・ポレン(花粉)』のレコーディングとライヴにムーンライダーズで参加し、インスパイアされたことも大きいらしい。それにしても、「堕ちた恋」、「憂うつな肉体」をフランスの伊達男さながらに歌える才能はこの国では貴重というほかない。

 男と女、ロマンス、デュエットというムーンライダーズではできなかったテーマと音楽性は次作『彼女の時』に継承され、以降も多くの映画音楽や石川セリの『ファム・ファタル』などのプロデュース作品にも繋がってゆくことになる。そんな稀代の才人、かしぶち哲郎の原点ともなったのが『リラのホテル』というアルバムなのだ。

 40年の時を経て、8月に開催されるトリビュートライブは、アルバムに参加していたムーンライダーズの白井良明を中心にしたバンド・メンバーと、ゲスト・ボーカルにコシミハル、坂本美雨、Daokoを迎えて行われる。また、今回の公演への出演はかなわなかったが、矢野顕子からは以下の通りコメントが届いた。

 『リラのホテル』をかしぶちくんといっしょに作ることができて、
 本当に良かったです。40年経っても400年経っても、
 このアルバムはきっと聴く人の耳に幸せな時間をもたらしてくれるはずです。

 かしぶち哲郎の没後10年の年に、今も色褪せることのない名盤が甦る一夜限りのステージでどんな世界を見せて、聴かせてくれるのか。ファン必見のプレミアム・ライブになるのは間違いない。



かしぶち哲郎 feat.矢野顕子「リラのホテル」

リラのホテル

2013/08/14 RELEASE
MDCL-5013 ¥ 3,300(税込)

詳細・購入はこちら

Disc01
  1. 01.ひまわり
  2. 02.リラのホテル
  3. 03.Friends
  4. 04.冬のバラ
  5. 05.屋根裏の二匹のねずみ
  6. 06.Listen to me,Now!
  7. 07.堕ちた恋
  8. 08.恋ざんげ
  9. 09.憂うつな肉体
  10. 10.春の庭

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