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<インタビュー>甲田まひる、心のままに制作した等身大の1stアルバム『22』
Interview: 高木"JET"晋一郎
Photo:Yuma Totsuka
2021年11月の「California」でのメジャー・デビュー以来、コンスタントなリリースを展開してきた甲田まひる。
シンガーソングライター、ファッショニスタ、タレント、俳優と多面的な存在性を持つ彼女は、ミュージシャンとしてもジャズ・ピアニスト、トラックメイク、ボーカル、ラップと様々なアプローチを展開してきた。そして初のアルバムとなる『22』もまた、全曲の作詞作曲を甲田まひる自身が手掛けると同時に、その多彩な表現欲求をいしわたり淳治やUTA(TINYVOICE PRODUCTION)、野村陽一郎といったプロデューサー陣と共に更に倍加させ、圧倒的にカラフルな作品を作り上げた。しかしそれが浮ついたものではなく、甲田まひるという心に貫かれていることはこの作品を、そしてこのインタビューを通して伝わるだろう。22歳、甲田まひるの現在地点はここだ。
人との出会いから生まれた『22』
――デビューからの1年半はどんな時間でしたか?
甲田まひる:すごく長く感じましたね。たぶん、ひとつひとつに集中できたからそう感じるんじゃないかなと思います。「もう、これでいいや」と流したり、やりすごすようなことがない分、一つのものに費やす時間は長くなるんですけど、だからこそひとつひとつに専念できたし、そこに達成感も大きくて。
――その中でも大きかったことは?
甲田まひる:「人との出会い」ですね。特にこの1年は、本当にいろんな方とお会いすることが多くて、それがアルバム『22』にも繋がったと思います。自分の音楽観も人との出会いの中でどんどん変化して。
――音楽的な観念への変化があったということ?
甲田まひる:音楽に対する捉え方というというより、「手法」が広がったという感じですね。自分が納得するまで作品を突き詰める、ベストを尽くすという根本はブレないんですけど、制作する上でプロデューサーの皆さんとのコミュニケーションだったり、実作業に直接触れる機会が増えると、「こうすればもっとスムーズに進むんだ」とか「(先達の人たちは)なにを基準に判断するのか」みたいな部分が分かるようになって、その中で自分の選択肢がより広がったという感じですね。特にボーカルディレクションはこれまでひとりで進めることが多かったんですが、プロデューサーに判断をして貰うことで「この方向も大丈夫」とか「この歌い方はOK」みたいな可能性が増えて、その積み重ねでもっとゴールの見え方が早くなったり。それに、褒めてもらえると自信に繋がるんで(笑)。
――「22」の歌詞の中でも「近道」という言葉がありましたが。それが見やすくなったと言うか。
甲田まひる:「近道を選んでもいいのかな」と思えるようになった感じです。元々少し優柔不断な部分があるし、そこで出口が見えなくなることも多々あったんですね。そういう時に人から意見を貰えるのはとても大事ですし、本当に信用できる方々なので、託すことができて。同時に、こだわる部分にはしっかりこだわりたいな、ということは変わらず思いました。
――クリエイターとしてキャリアを伸ばす中で、音楽への向き合い方に変化はありましたか?
甲田まひる:大きくは変わってないですね。興味をやたらに広げるのが得意じゃないし、今回も制作中は他のアーティストの曲はほとんど聴かなかったので。もちろん、行き詰まった時に自分のフェイバリットなアーティストの曲を聞いて、頭をリセットしたりはしてるんですが。ただ「ラップが上手い人」は常に探してますね。それは自分にとって刺激になるし、その手法を参考にしたりもするので。
――今回のインタビューは新録曲を中心に伺いたいと思います。まずアルバムのタイトル曲でもある「22」は、Bメロでドラムの置き位置が変わることでBPMが変化したように感じるけど、実はBPM138のままだったり。全体的にもそういった「異物感の封入」が印象に残りました。
甲田まひる(Mahiru Coda) - 22 -
甲田まひる:「22」はデモの段階からそういうビート・アプローチで、「テンポ感が変化して聴こえるように作りたい」みたいには思ってなくて。Bメロは「自分の内側の歌詞」というか、自分の本音を出したので、その危うさを強調したり、ここからサビに向けて疾走感を出すために、あの構成が必要なビート感だったんです。もっとさらっと流れていくような、スムーズな歌詞だったら、もっと違うアレンジになってると思うし、ちょっと異質なセクションだからこそ、この歌詞を活かす構成にしてあげたいなって。
――歌詞にふさわしいサウンドを自然と形にするとこうなるというか。
甲田まひる:そうですね。だから言われて気がついたぐらい、自然な感じでした。
――「ターゲット」での1番はベースが、2番は鍵盤が引っ張るような、パートごとにサウンドが広がっていくような楽器構成もそうですか?
甲田まひる:それも「この曲に対してのベストの展開」がこのサウンドでしたね。だからロジックというよりも、もっとヴァイブスの部分ですね(笑)。
――「驚かせたい」みたいな、そういうある種の色気は……。
甲田まひる:無いですね。「この曲を一番格好良くするには、どういう展開が一番しっくりくるのかな」という考え方です。例えば「California」は、ころころ気分が変わっちゃう女の子がテーマで、いろんな面が見えるような、そういうストーリー性を曲にも持たせることでリスナーを振り回したかったから、とにかく目まぐるしく展開するような曲にしたし、世界観にフィットするサウンドがメインなんですよね。
――この曲の歌詞はどういったマインドで書かれましたか?
甲田まひる:「このアルバムのリリースの時には22歳になってるな」と気がついた瞬間に、「次の曲は『22』にします」と決めて、そこからイメージを広げていった感じですね。22歳だから書けること、今の自分の書きたいこと、自分の気持ち……それを自分の言葉で綴らないといけないと思ったんですね。どう受け止められるかはわからないけど、とにかくノンフィクションで形にしたいなって。
――いまの自分の感情をそのまま出すというか。
甲田まひる:そうですね。
ジャンルよりも自分の「好き」を基準に
――<いなくなったとして 探さないでよね><みんなの前で 声が枯れるくらいに今泣きたいだけどそれが出来ない>と言われると、ちょっとギョッとしますね(笑)。
甲田まひる:確かにそう言われると、どう思われるのか怖いな(笑)。でも今の正直な気持ちですね。
――そういったちょっと不安定なマインドが形になりつつ、後半は<これでもありったけの愛を持って生きてるの>という、根本的な自己肯定を形にするのは興味深いですね。そして<結局真面目なI'm 22>というワードへの着地も興味深い。
甲田まひる:<結局真面目>という歌詞は、デモの段階から生まれていて。それをいしわたりさんに見せたら「この“結局”が面白いよね。ただ“真面目”じゃなくて“結局真面目”ってことは、不真面目な部分もあるということだから」と仰ってくれて。そこで自分の中にある気持ちに改めて気づいたし、そこでどうしたら<結局真面目>という部分がもっと伝わるかなと、さらに歌詞を書き直しました。
――踏み外したいけど、結局真面目、というアンビバレントを抱えてるんだなって。
甲田まひる:自分は本当に二面性があるなと思うんですよ。変に自分にブレーキをかけちゃう時も、なにも考えずに突っ走っちゃう時も、自分では変だとすら思ってないぐらい変なことをしちゃう時も、なんでと思う部分で真面目な時も、たくさんあるんですよね。「こうしたほうがいいよ」という自分と、「そうじゃないでしょ」という自分がいる。だからこの「結局真面目」も、本当は不真面目だからそう書いているのか、本当に真面目だから書いているのか、自分でもどっちなのかなって。だから(二重人格もテーマの一つになっている)『ツイン・ピークス』にハマってるのかもしれないです(笑)。
――『ツイン・ピークス』は、ファーストシーズンがもう30年前のドラマですね。ラジオでは獅子文六を最近読まれているとお話されていましたが、そういった「クラシックなもの」に興味を持たれるのは?
甲田まひる:ジャズに出会った8歳のときから、昔のモノに魅力を感じることに気づいたし、それが自分の好みなんだと思いますね。自分の経験としても、昔のモノを掘ることで、自分にとって素晴らしいものと出会うことができてるんですね。だからアーカイブを掘るので精一杯で、現代にまだ追いつけていない(笑)。古着も含めて、どうしても前の世代のモノに魅力やシンパシーを感じるんですよね。自然と胸が踊るんです。
――再発見というよりはもっとシンプルな興味というか。「Ignition」ではbcc、つまりブートキャンプクリックの名前を挙げられていますね。
甲田まひる:SNSに自分の音楽用のアカウントがあって、その名前にはブーツとキャンプの絵文字を付けて、自分の推しグループを絵文字に隠してるんですけど、まだ誰にも気づかれてないですね(笑)。
――ブーキャンは90年代NYヒップホップを代表するグループですが、いわゆるブーンバップの中でもよりタフなクルーですね。そこにシンパシーを覚える理由は?
甲田まひる:90sのヒップホップのように、キックがでかければでかいほどいいとか、スネアがはち切れそうなぐらい響いてるみたいな、大味な音が好きなんですよね。整ってる必要もないと思うし。
――タフでラフなビートがあればいい、と。
甲田まひる:そこにアーティストのマインドが出ていると思うし、何とも言えないシンパシーを感じるんですよね。ジャズの中でもビバップに興味を持ったのは、自由なジャズの中でも、ビル・エヴァンスやオスカー・ピーターソンよりも、パド・パウエルを聴いて「この方がもっと自由だ!」と思ったからだし、どのジャンルでもよりぶっ飛んでる人たちが好きなんですよね。だから自然に90年代のヒップホップの中でもよりタフな方、整っていない方に興味を持ったんですよね。
――「One More Time」のドラムのワンループ感にはそういった部分が出ていますね。
甲田まひる:この曲は打ち込んだものをあまりクオンタイズせず進めていったので、ドラムを差し替えてたら歌と一切合わなくて、さあ困った……みたいな。我ながらフリーすぎました(笑)。その意味でも、一番自分っぽい曲だと思います。
――<君がのこのこ生きてる間に 今朝も殺される夢を見たり>という歌詞は凄味がありますね(笑)。
甲田まひる:ラップだと歌詞を気負わず書けるんですよね。「ラップは何でもあり」だと思ってるし、それが自分の中で勇気になる。そしてラップの方が自分の感情が入るし、そういう表現が出やすいですね。ヴォーカルの部分は、どうやってうまく歌えるかな、みたいなことを考えるし、ある意味では「演技」してる部分もあって。
――それは「歌唱表現」ということですね。
甲田まひる:それも面白いんだけど、ラップには楽しさしかないんですよね。この曲の小節数に関しては、記憶が定かではないですけど、ローリン・ヒルの「Doo-Wop (That Thing)」のヴァース数とかを研究した覚えがあります。90年代の曲はがっつりロングヴァースで聴かせる曲が多いし、そのオマージュの部分もあるので、この曲に関しては敢えて短くしようとかはなかったですね。
――一方でHomunculu$をプロデュースに迎えた「Ame Ame Za Za」は、TRAP以降の楽曲らしく2分に満たない構成ですね。同じラップ曲でも言葉をゆったりとる「One More Time」と、ライミングによる語感で持っていく「Ame Ame Za Za」という違いも面白い。
甲田まひる:ライムはツルッと出るという感じではないけど、韻を考えこむというタイプでもないですね。移動中に思いついたラップを、形にする時にライミングも含めて整理する感じです。やっぱりパッと思いついた部分にその人の人間性が出ると思うし、その自由な感じを作品に出したい。そういうことができる人に憧れる部分もあるので。
――そういったヒップホップ感と、「CHERRY PIE」や「Sugar=High」のようなポップス性が共存しているのも甲田さんの特徴ですね。
甲田まひる:ヒップホップやジャズと同じぐらい、ポップスも好きなんですよね。それこそ自分で歌いたいと思ったのが、アリアナ・グランデとかリアーナを知って、私もこういう風に歌ってみたい、踊ってみたい、こういう女性になりたいと思ったからなんですよね。だから何か特定のジャンルというよりも、「これが自分の好きな音楽」という基準が、自分の中に保てればよくて。
――特定のジャンルに殉ずる必要はないですからね。
甲田まひる:100パー好きなことやってますから。だからジャンルにこだわりはないし、自分の可能性を狭めたくはないなって。細かい話になると、ブーンバップが好きだからって、例えば(2000や3000のような90年代に使われていた)MPCの実機を今の音楽制作に使わなきゃいけないかって言われたら、そうではないと思うんです。
――「S950でサンプリングして、シーケンサーで走らせて、テープディットして」という90年代的な手法は現実的ではないですね。それは制作フローに関してもそうだし、わざわざ当時の機材を買うなら、その分DTMソフトを充実させたほうがいい。
甲田まひる:もちろん「実機が欲しい」というのは気持ちとしてはあるんですけど、いま制作に(時間やお金を)費やすべきところはそこじゃないなって。だから拘る部分のバランスは考えていますね。
心の赴くままに制作したことで、自分の可能性を実感した
――アルバム冒頭の「Ignition 」は、まずボーカルとピアノで丁寧に始まるのが印象に残りました。そしてそれが自分にとって武器であり、まず届けたい部分ということなのかって。
甲田まひる:「Ignition」の冒頭はゴスペルをイメージしてるんですが、自分が使ってる楽器は声とピアノということを、アルバム1曲目として最初に聴いてもらいたいというのはありました。でもまだ気持ち的には「武器」まではいかないですね。まだ今の自分の技術では表現したいことのすべてを伝えきれていないと思うし、葛藤もたくさんあって。でも、それが入り口になってくれれば嬉しいですね。入り口を作りたいというのが、いまの優先度では一番大きいので。
――その後のラップ・パートでは、自分のバック・グラウンドを形にされています。その意味では甲田さんの歌詞は、メロの部分は抽象的に、ラップでは具象的と、歌唱表現に伴って書き口が変化する部分が強いですね。
甲田まひる:ラップは言葉遣いも具体的になるんですよね。ラップの面白さの一つには、固有名詞を入れ込みたい部分があると思うんです。
――直截的な言葉になるというか。
甲田まひる:そういうラップが好きだし、自分のリリックもそうなっていく場合が多いですね。逆にフックやメロディは抽象的にするのが好きで、そこでバランスを取る感じは「ごめんなさい」や「夢うらら」のときぐらいからも定着し始めた感じですね。
――「Toyhouse」でも、ラップ・パートは自分のバック・グラウンドにも繋がりながら、メロの部分はポエジーな表現になっていますね。
甲田まひる:でも、ポエジーに書くことは苦手なんですよ。風景描写も苦手だし、自分らしくないなと思う部分もあって。だから「Toyhouse」も、ポエジーな表現を目指したというよりは、テーマにした子供の頃に遊んでたおもちゃの家のイメージを書いたんです。
――その意味では実は具象に近いんですね。
甲田まひる:ちっちゃい頃はおもちゃと同じ目線でいれたけど、今は外からしか見えない。夢も心も変わってないんだけど、今は戻れない。でも成長したら……というのが、この曲のイメージで。「昔の記憶」は、自分の中で大事な要素なので、それを形にしたらこの内容になりました。
――「in the air」はバラードですね。
甲田まひる:この曲のプロトタイプができたのは2年ぐらい前で、その時からほぼリリックは変わってないですね。いつ歌ってもしっくりくる内容だし、自分の中で変化しない部分を歌った曲になったと思いますね。
――アルバムのラストは「M」。これは「まひる」のイニシャルですね。
甲田まひる:アルバム的にも最後に頭文字が来たら、ファースト・アルバムという意味での締まりになるかなって。割と内向きな歌詞が多かったと思うので、憧れも含めて、強気な部分だったり、タフな形をしっかり残して終わりたいというのがありました。
――だから読後感のいいアルバムになったと思います。全体的なお話を訊いて、ロジカルな部分よりも、ノリやヴァイブスで作られる部分が大きいのも少し意外でした。
甲田まひる:アルバム自体、自分の好きなように作っていったので、本当にどういう形になるか予想もつかなかったし、制作を進める中で「あ、これはギリギリでアルバムとして纏まるな」と思ったぐらいで(笑)。その中で、自分が纏めるための舵の取り方だったり、トータル・コーディネートの方法が分かっていった感じですね。それもあって、これからもこういう風に自分の楽曲を纏めることがあると思うので、そのために曲をいっぱい書こうとモチベーションは上がりましたね。次の作品のイメージは具体的にはまだ湧いてないですけど、「どんな風にでも進める」という手応えにはなりましたね。だから、この先にどんな挑戦ができるのか、楽しみになりました。
――自分自身に可能性を感じることができたと。
甲田まひる:そうですね。「これをやりたい」もそうだし、「これができなかったから、次はこうしたい」というイメージもたくさんあって。それから、パフォーマンスとしてもアウトプットしたいですね。これをどうライブとして形にするのかが、今の課題というか。リスナーの方もそれを待ってくれてると思うし、人前で歌って聴いてもらうことが、目下の目標ですね。
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