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<わたしたちと音楽 Vol.19>Sakura Tsuruta 電子音楽の分野で少数派として見つめた世界

インタビューバナー

 米ビルボードが、2007年から主催する【ビルボード・ウィメン・イン・ミュージック(WIM)】。音楽業界に多大に貢献し、その活動を通じて女性たちをエンパワーメントしたアーティストを毎年<ウーマン・オブ・ザ・イヤー>として表彰してきた。Billboard JAPANでは、2022年より、独自の観点から“音楽業界における女性”をフィーチャーした企画を発足し、その一環として女性たちにフォーカスしたインタビュー連載『わたしたちと音楽』を展開している。

 今回はゲストにSakura Tsurutaが登場。バークリー音楽院の音楽療法科を卒業した後に音楽療法士として臨床を経験し、帰国後はアーティストやDJとしてその活躍の舞台を着々と広げている。多角的かつグローバルな視野で音楽に携わる彼女は、音楽業界におけるジェンダーバランスの現状と課題をどう捉えているのか。(Interview & Text:Rio Hirai[SOW SWEET PUBLISHING] / Photo: Miu Kurashima / Location:CANDLE CAFE & Laboratory ∆II)

クラシックピアノとクラブ、その両方がテクノロジーと繋がった

――バークリー音楽院で電子音楽を学んだSakura Tsurutaさん(以下、Sakuraさん)ですが、どうしてそのジャンルに興味を持ったのでしょうか。

Sakura Tsuruta:幼い頃からクラシックピアノを習っていて、高校時代に出会ったピアノの先生がたまたま現代音楽を専門にやっている人だったんです。その先生が、電子音楽と20〜21世紀の音楽の架け橋になってくれました。それから程なくしてクラブにも遊びに行くようになり、ダンスミュージックという観点からも電子音楽に触れることに。その両方からのアプローチで、テクノロジーを使った表現の音楽制作にフォーカスしていくことになったんです。


――日本では、マイノリティであることから“理系女子”という言葉が生まれ注目を集めたほど、テクノロジーを含む理系の専門職に女性が少ないことが問題視されています。アメリカで過ごす中で、ジェンダーバランスに関して意識する機会はありましたか。

Sakura Tsuruta:やはりテクノロジーの分野においては、男性が多数派です。憧れられる存在というのも男性が多いですし、学校の先生もほとんどがそうでした。でも少しずつ変化しているのも感じています。私の所属していた学科の教頭先生も途中から女性になり、生徒も増えてきていますし、女性のアーティストが正当に評価される機会も増えてきました。


もっとフレンドリーに、学び・触れられる機会を

――手の大きさやスタミナなど身体の違いが演奏表現と繋がる楽器と異なり、テクノロジーのジャンルは身体的性別とは関係がないように感じますが、どうしてジェンダーギャップが生まれるのでしょうか。

Sakura Tsuruta:なぜ女性が少数派なのか、私が観察していて感じたのは“学ぶ機会や環境がない”ということ。テクノロジーの表現や教育の場で「初心者向けの講座」とアナウンスされていても、蓋を開けてみたら細やかな説明なしに高度な話が交わされていて、心理的安全性にも配慮がないということも少なくないんです。「女性一人だったら参加しづらいな」と思うこともしばしば。十分な環境が担保されず教養が重ねられず、知識がある人とない人の差が大きくなっているのが現状の課題ではないでしょうか。もっとフレンドリーに学べる環境があると良いのに、と思いますね。


――少数派から脱するために必要な学習の機会が十分に用意されていないのは、他のジャンルとも共通する課題ですね。でもSakuraさん自身も教鞭を執られていますし、アーティストとしてのご活躍はこのジャンルを目指す女性たちをエンパワーメントしているのではないでしょうか。

Sakura Tsuruta:ありがとうございます。2017年に日本に活動拠点を移してから、“女性”DJや“女性”アーティストと呼ばれることに違和感を感じた時期がありました。女性だから、という理由だけでブッキングされたりもして……それらについて異議を唱えると「現場でマイノリティだからこそ、女性であることをアピールしていったほうが良いと思う」という意見があって、最初は納得できなかったんです。日本でチャレンジするには、最初から平等ではなくて何かプラスでやらないと平等にならないのかと。でも一旦その意見も受け止めてみることにしました。


――一度その意見を受け入れようとしたのは、その必要性を感じたからですか?

Sakura Tsuruta:そうですね。日本では摩擦を生む発言を避けることが良しとされていて、ソーシャルハーモニーを崩さないように“わきまえて”行動する美徳がありますよね。その場では何も言わなくても、よくよく話を聞いてみると「本当はこう思っているんだよね」と本音が出てきたりする。それに気がついて色々な人に話を聞いていくうちに、今の日本の多様性のゴールは最初から全て平等を目指すのではなく、同じ目線から見られるようにマイノリティ側がエキストラで何かしたり、サポートしてもらうことでもあるかもしれないと思うようになったんです。


――様々な国から人が集まっているアメリカと日本とでは、多様性の進度にも大きな違いがあるでしょうね。ジェンダーギャップやフェミニズムに対する考え方に関しては、日本とアメリカでどんな違いを感じましたか。

Sakura Tsuruta:日本では“フェミニスト”というと、過激にラディカルな考え方だと捉えられることもあるようですが、アメリカの都心部ではそういった意識は薄れてきているように感じますね。アメリカでは私自身がテクノロジーのジャンルで活動する女性としても、また有色人種であるという点からしてもマイノリティでした。そう意識するようになってからは、アメリカのフェミニストの歴史に着目して本を読んだりして今に至る時代の変化を学び、「今ラディカルだと捉えられていることもいつかそうじゃなくなるのかな」と思うようになりました。日本国内の音楽イベントでも、ジェンダーギャップを均衡にしようと意識を持っている人たちもいますよね。多様なアーティストがラインナップされるようになり、音楽がより面白くなってきているんじゃないかなと希望を抱いています。


学び得た知識と重ねた経験は、ちゃんと自分に返ってくる

――多様化を意識する層が広がっているのは、まさに希望ですね。“女性”アーティストにフォーカスしたこの連載も、いつしか不要になる未来が訪れることを願っています。Sakuraさんはアーティストとしての活動だけではなく、音楽療法を学び臨床でも経験を積まれた興味深いキャリアをお持ちです。困難に直面した時の解決法について、お聞かせいただけないでしょうか。

Sakura Tsuruta:私自身は、困難なシチュエーションだと感じていたりチャレンジをしているときには、軸がズレてしまっていたり揺らいでいたりするので、自分と向き合うことが大切だと思っています。「何が原因で何を感じていて、求めていることは何なのか」を観察して、自分と相談するんです。音楽療法的なことで言うと、向き合うために「あえて何も聞かない」というのもテクニックの一つ。サイレントの時間を楽しみます。


――日本ではあまり音楽療法について耳にする機会が少ないですが、アメリカではどういった機会で採用されるのでしょうか。

Sakura Tsuruta:ホスピスの緩和ケアとして受けられたり、大学病院でも採用されているんですよ。要介護者や障がいを持った方々の施設に様々な種類の専門ケアが用意されていて、その一つに音楽療法があります。音楽やスピーチを使って治療をするのですが、他のケアと組み合わせて行うことで入院の日数が減るなどのエビデンスがあり、保険適用の治療もあります。日本では稀に、大学病院で取り入れているところがあるようです。


――様々な角度で音楽に取り組まれているSakuraさんですが、キャリア1年目の自分に何かアドバイスをするとしたら? 男性が多い環境に置かれている女性たちを勇気づける言葉でもあるのではないかと思うのですが……。

Sakura Tsuruta:知識を人一倍増やすことでしょうか。それは、後の自分にちゃんと返ってきますから。当時は「そんなこともわからないの?」と言われたくなくて奮闘していましたが、結果スキルアップすることができました。曲作りにおいては、ダサいものができることを恐れないで。カッコいい曲を作っている人でも、最初から全てカッコいい曲が思い浮かんでいるばかりではないと思うんです。とにかく、なんでも引き受けて経験を積む、練習をする、曲を作る。それらは全て、ちゃんと自分に返ってきます。

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