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<コラム>石橋英子、エクスペリメンタルにしてシネマティックな独自の音世界
Text: 村尾泰郎
マルチプレイヤー/シンガーソングライターとして国内外のレーベルから精力的に作品を発表する一方で、映画、舞台、展覧会などの様々な音楽も手がけてマルチな才を発揮し続ける石橋英子が、5月8日に強力なメンバーが集った7人のバンド編成でビルボードライブ東京に初登場する。2022年には濱口竜介監督の映画『ドライブ・マイ・カー』のサントラを手がけたことが話題となり、海外のレーベルからリリースされたソロ作『For McCoy』も高い評価を集めている彼女の、ジャンルを持たない音楽家として時に謎に包まれた軌跡と魅力にライターの村尾泰郎氏に迫ってもらった。
マルチプレイヤー・石橋英子の音楽性
石橋英子は不思議な音楽家だ。自分で曲を作って歌う、という点ではシンガー・ソングライターだが、ドラム、ピアノ、シンセ、フルートなど様々な楽器を演奏するマルチプレイヤーでもあり、即興の演奏もこなす。これまで、坂本慎太郎、前野健太、メルツバウなど様々なミュージシャンと共演。作曲家として、映画や演劇、展覧会などに曲を提供してきた。ジャンル分けできない、というより、ジャンルを持たない音楽家。説明しようとすればするほど、その正体は謎に包まれていく。石橋がどんな音楽家なのかは、彼女の作品に語らせるのが良いのかもしれない。
彼女が最初に注目を集めたのはシンガー・ソングライターとしてだった。これまで彼女は数多くのミュージシャンと共演してきたが、なかでも重要なのがジム・オルークとの出会いだ。現代音楽、ジャズ、ロックなど幅広い音楽性を持ち、ソニック・ユースやウィルコといったオルタナティヴなバンドに在籍してたオルークは、石橋の才能に惚れ込んで彼女のアルバムのプロデュースを手掛けて演奏面でもサポートしてきた。石橋がジムと作り上げたアルバムは海外でもリリースされて注目を集めたが、なかでも彼女の独創的な音楽性が存分に発揮されたのが『The Dream My Bones Dream』(2018年)だ。
本作は彼女の父親が遺した一枚の写真からインスパイアされて制作された。歌よりサウンドに重点が置かれて、ストリングス、ペダル・スティール、シンセなど多彩な楽器に、ノイズやフィールドレコーディングした音源を融合。ツインドラムが列車の走行音のようなビートを刻み、それぞれの音が効果音のような役割を果たして様々なイメージを紡ぎ出していく。実験的なアプローチと歌が融合した本作は、国内外で高い評価を受けて石橋はイギリスの音楽誌「WIRE」の表紙を飾った。
石橋は作曲家としても才能を発揮。様々な分野から声がかかった。ドイツ映画界の鬼才、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督の戯曲を上演した劇団「SWANNY」の『ゴミ、都市そして死』(2013年)。劇団「マームとジプシー」の『ロミオとジュリエット』(2016年)、『ΛΛΛ かえりの合図、まってた食卓、そこ、きっと』(2017年)などの演劇作品。『夏美のホタル』『アルビノの木』(共に2016年)といった映画の音楽を担当。2019年には『無限の住人-IMMORTAL -』で初めてアニメのサントラを手掛け、2020年にはシドニーの美術館、「Art Gallery of New South Wales」から依頼を受けて展覧会用の曲を提供する。そんななか、大きな注目を集めたのが『ドライブ・マイ・カー』(2021年)のサントラだ。
濱口竜介監督から「風景みたいな音楽を」と提案された石橋は、車窓から見える風景のように自己主張せず、それでいて物語の空気感や人物の感情の変化を伝える音楽を作曲した。バンドが生み出す心地よいグルーヴは、映画の登場人物、みさきの運転をイメージしたという。その滑らかなバンド・サウンドには即興で録音した音源や映画の効果音が巧みに織り込まれていて、繊細にサウンドがデザインされていることがわかる。映画をこよなく愛し、映像と音楽の関係について考えてきた石橋の音楽は、サントラに限らず映画的なところがある。それは映画的な情景を歌う、ということではない。音をスクリーンのようにして、そこに異世界を浮かび上がらせるような、聴き手の想像力を揺り動かす音楽だ。特に近年の作品は、その傾向が強くなってきた。
例えば、2022年に発表した『For McCoy』は、普段から録りためている即興音源を素材として使い、新たに演奏を加えたり、別の音源をミックスしたりして作り上げられた。即興作品ではあるが、そこではドキュメンタリー性よりも、即興で偶然生まれた予期しない音にインスパイアされて、そこから曲の流れ=物語を生み出していくことが重要なのだ。石橋の即興作品には物語を感じさせるが、どんなストーリーかは聴く者に委ねられている。だから即興といっても難解さはなく、リスナーは自分で物語を発見してそこに引き込まれていく。
シンガー・ソングライター、映画音楽作曲家、即興演奏をこなすマルチプレイヤー。そういった様々な顔を持つ音楽家だけに、5月8日に行われるライブがどんなものになるのかは蓋を開けてみなければわからない。参加するメンバーのうち、ジム・オルーク(Gr)、山本達久(Dr)、須藤俊明(Ba)は、長年、石橋の作品をサポートしてきた仲間たち。石橋、オルーク、山本はカフカ鼾という即興のバンドを結成して作品を発表している。今回、そこに2人のサックス奏者、藤原大輔(Ts/Fl) 、松丸契(As/Fl/Cl)。そして、シンガー・ソングライターのermhoi(Cho/Syn)が加わった編成は、2022年8月に行われたライブと同じだ(その際、ベースはマーティ・ホロベックだった)。2022年のライブでは『ドライブ・マイ・カー』と『For McCoy』の曲を中心に『The Dream My Bones Dream』の曲も披露していたが、どの曲もライブ用に新しくアレンジされていた。まるで一枚のアルバムとして曲を作り直したような統一感があり、そこにもひとつの物語を感じさせた。
ジャンルの境界をさまようような石橋の音楽は音楽で迷子になる楽しさを教えてくれて、気がつけば見知らぬ風景が目の前に広がっているような体験がライブで味わえる。タイトルも筋書きもわからない映画を見にいくようにワクワクしながら会場に足を運んで、彼女が生み出す音楽に身を委ねたい。
公演情報
【Eiko Ishibashi Band Set】
with Jim O’Rourke, Tatsuhisa Yamamoto, Toshiaki Sudo, Daisuke Fujiwara, Kei Matsumaru & ermhoi
2023年5月8日(月)東京・ビルボードライブ東京
1st:Open 17:00 Start 18:00
2nd:Open 20:00 Start 21:00
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