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<インタビュー>宅見将典(Masa Takumi)、12年かけて挑んだグラミー賞受賞と“夢の叶え方”

インタビューバナー

 マルチインストゥルメンタリストとして活躍する宅見将典がMasa Takumi名義でリリースした通算5枚目のアルバム『Sakura』が、第65回グラミー賞最優秀グローバル・ミュージック・アルバムを受賞した。これまでもSLY&ROBBIE AND THE JAM MASTERSのメンバーとして参加したアルバムで、2度グラミー賞にノミネートされた経験を持つ宅見だが、受賞したのは今回が初めてとなる。そんな宅見が来る5月13日、ビルボードライブ東京で受賞後初のライブパフォーマンスを行う。パーカッショニストの楯直己や、箏奏者の丸田美紀など『Sakura』のレコーディングにも参加したミュージシャンを迎え、あの和洋折衷サウンドをどのように再現するのか、今から期待が高まる。日本ではAAAやDA PUMPの楽曲の作曲など、王道のJ-POPソングを数多く手掛けてきた宅見。「グラミー賞受賞」を人生の目標に掲げた彼は、その達成に向けてどのような戦略を立て、努力し続けてきたのだろうか。現在の心境や、ライブに向けての意気込みはもちろん、夢を見続けることの大切さについても語ってもらった。(Interview & Text:黒田隆憲)

グラミー賞受賞を経た今の心境

――まずはグラミー受賞おめでとうございます。

宅見将典:ありがとうございます。


――今の心境をお聞かせいただけますか?

宅見:音楽家としてこの世界に身を置いたのが今から25年ほど前で、アメリカに住んだり通ったりしながらグラミー賞を目指すようになってからは12年が経ちました。でも、いざこうやって夢が叶ってしまうと実感が全然わかなくて。受賞した瞬間の映像を見る機会も何度かあったのですが、そのたびに「え、マジで?」って思ってしまいますね。ひょっとして、噛み締めるのに同じくらい時間がかかるのかもしれない。12年後にようやく実感できるのかな?と思ってしまうくらい、今は全く現実味がないんです。


――ということは、ノミネートされてからも実際に受賞するとは思っていなかったということですか?

宅見:全く思っていなかったですよ。ノミネートされている他のアーティストや作品を見た瞬間、「あ、これはムリだろうな」「ノミネートできただけでも十分だ」と自分に言い聞かせていました。とにかく授賞式の会場へ行って、あの場の雰囲気を味わってくることが大事だなと。そこで自分の名前が呼ばれるだけでも夢が叶ったようなものなので、なおかつ受賞するなんて夢のまた夢といいますか、夢の中でもう一つ夢を見るくらい難しいだろうなと。


――「受賞した実感がない」とおっしゃいましたが、反響は物凄いのではないですか?

宅見:そうですね。家族や友人が喜んでくれたり、これまで会えなかったような人たちに会う機会が増えたり。ラジオやテレビに呼んでいただき、こうやって取材をしていただくことも増えるなど、確かに反響はありますし見える景色も大きく変わりました。ただ、受賞してみて気づいたのは、日本ではまだ、グラミー賞自体それほど認知されていない状況だということです。まずはそこからご説明させていただくことも、僕がこうして受賞したことで担うことになった役目なのかもしれないですね。






――この12年はグラミー賞に向け、「執念」とも言えるような時間と労力を注ぎ込んでこられたそうですが、なかでも特に印象に苦労したのはどんなことですか?

宅見:最も大変だったのは、日本とアメリカの国民性や常識、価値観の違いに慣れること。例えば「謙虚さ」「奥ゆかしさ」のような、日本人として自分が美徳だと思っていることが、他の国では全く通用しない場合もある。実際アメリカに住んでいると、謙虚でいたり奥ゆかしくしていたのでは、自分にチャンスなど絶対に回ってこないんです。なので、とにかく自分自身の常識や価値観を変える必要があるな、と。いざ音楽を作り始めれば、そのやり方は日本と全く違うわけではないのですが、そこに至るまでのコミュニケーションや文化の違いとどう向き合っていくか、どのようにクリアし音楽業界に溶け込んでいくかは、めちゃくちゃ大きな課題でしたね。


――海外で活動する上で、英語力と、それを使ったコミュニケーション能力は必須であると、以前のインタビューでもおっしゃっていましたね。

宅見:はい。「音楽に言語は関係ない」などと言いますが、実際に向こうの人たちと音楽をやるまでの過程に英語は絶対に必要。だって、日本に住んでいて日本語を普通に使っているだけでも「あの人は話が面白い」「あの人といると退屈」「何を考えているのかよくわからない」みたいに判断されるわけじゃないですか。相手の言ったことを理解し、自分の気持ちを自分の言葉で伝えることはものすごく重要で、そのための共通言語をマスターするのは必須です。しかもアメリカって仲間意識がすごく強いので、一旦仲間になればいろんなプロジェクトに呼ばれるようになるんですよ。


――英語はあくまでもツールですが、そのツールが使えなければスタート地点にも立つことさえできないということですよね。そして、「この人と一緒に仕事がしたい」と思ってもらえるコミュニケーション能力が必須なのは、日本で同じ言語を扱う人たちと仕事をする上でも全く同じだよなと改めて思いました。

宅見:おっしゃる通りです。僕は2011年の段階では英語が全く話せなかったので、まさにゼロからのスタートでした。単語を暗記し、グラマーもしっかり勉強しましたね。それに「芸は身を助く」じゃないですが、まだ英語がそんなに達者じゃなかった頃は、趣味でやっていたマジックにも助けられました。コミュニケーション能力って、「相手にどうやったら興味を持ってもらえるか?」だと思うんですよ。アメリカはパーティー文化というか、そこら中でパーティーが開かれているので、そういう場でいかに相手のニーズに応えられるか。自分の文化を知り、相手の文化を知って、会話の共通点を探っていく力も重要なんです。


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アルバム『Sakura』に込めた自分らしさ

――それって、今年グラミー賞を獲得した今回のアルバム『Sakura』にも通じるのかなと思いました。例えば曲名を、アメリカ人にもわかる日本語にしたり、和楽器を巧みに利用して「アメリカ人のイメージする日本」を音で表現したり。相手の興味を引き出しながら、いかに自分らしさをアピールするか。そこを考え抜いたからこそ本作は評価されたのではないかと。

宅見将典:ああ、確かにそうですね。曲名で使っている日本語は、アメリカ人の半数くらいが知っていそうな言葉を選びました。例えば、アメリカ人のほとんどが知っているような日本語、例えば「ありがとう」とか使ってしまうとちょっとやり過ぎかなと(笑)。おっしゃるように、そういうリサーチはコミュニケーションの一種かもしれない。ある意味、日本という文化を広げる「観光大使」を担うような気持ちで作っていましたから。


――他にも、アメリカの昨今のトレンドに合わせ、低音を作り込むなど極めて「戦略的」に作られていて、それがこの『Sakura』というアルバムをどこにもないユニークなものにしている。

宅見:そうですね。アメリカで流行っているあのかっこいい重低音と、和楽器の演奏を融合させた作品というのは、実は今までありそうでなかったのかなと思います。そして重低音をフィーチャーすると、自ずとテンポもゆっくりになってくるんですよ。速いとリズムがもったりしてしまう。それは、実際にやってみて気づいたことでした。


――パーカッショニスト楯直己さんによるボーカルも、『Sakura』のサウンドに無国籍なムードを加えています。

宅見:楯さんとは10年ほど前、フィギュアスケートのエキシビジョン『メダリスト・オン・アイス』で演奏するバンドに、ギタリストとして呼ばれたときに知り合ったんですよ。楯さんはパーカッショニストとしてそこに参加していたのですが、演奏中に感極まると歌うんですよ。「なんて素敵な声なんだ」と感銘を受けて。声を聴いた瞬間どこか違う世界に連れて行かれるような、そんな魅力を持っていると思ったんです。それからは、楯さんと現場でお会いするたびに「いつか僕の作品で歌ってください、お願いします」とラブコールを送っていました。その願いが10年越しでようやく叶ったので感無量ですね。


――パーカッショニストである楯さんの、「声」に着目していたというのが面白いですね。

宅見:僕自身、どちらかというと曲作りをしたり前に出て演奏したりするよりも、裏方というかプロデューサー的な立場で誰かを采配する方が得意なんです。それに、以前からお世話になっていた人たちに「恩返しがしたい」という気持ちも今回ありました。アルバムで箏を演奏してくださっている丸田美紀さんも、レコーディングやミックスをお願いしたエンジニアさんも、みんな僕がまだキャリアが浅い頃から採算度外視で支えてくださった方たちなので。そういう意味でも今回、『Sakura』がグラミー賞を獲れて本当に良かったと思っています。



――来たる5月13日は、そんな楯さん、丸田さんも迎えたグラミー賞受賞後初のライブがビルボードライブ東京で行われます。

宅見:ビルボードライブ東京は、本当に大好きな場所なんですよ。もちろん何度も訪れていますし、もし今の自分の音楽をライブで再現するとしたら、絶対にビルボードライブ東京でやりたいと思っていました。ある意味、自分にとっては最終目的と言ってもいい。ビルボードライブ東京で演奏する以外のイメージが自分の中にないんです。


――そこまで気に入ってくださっていたのですね。

宅見:あの天井の高さ、ステージ後ろのカーテンが開く瞬間……もうベニューとしての魅力があり過ぎて。あんな場所、日本には他に見当たらないじゃないですか。六本木の東京ミッドタウンの雰囲気も大好きですし、初めてビルボードライブ東京に足を踏み入れた時のドキドキ感……「なんて素敵な場所なんだろう」と感激した日のことは、今でも覚えています。そんな場所で自分が演奏できるなんて思っていなかったし、どれだけお客さんが来てくださるのかわからないですけど、とにかく全力を尽くしたいです。


――12年かけて挑んだグラミー賞受賞を果たした今、どんなことをやってみたいですか?

宅見:これまでソロ名義でインスト曲をずっと作ってきましたが、今度は映像のための音楽も作ってみたい。そして、今まさに夢を追いかけている若いクリエイターに対し、「夢の叶え方」や「モチベーションの上げ方」などを新しい価値観として伝えていきたいという気持ちがあります。今は情報が多過ぎて、何か夢に挑戦する前に「やめておこう」と思う人が多いじゃないですか。でも、失敗を恐れて尻込みしているところからは、大きな成功なんて生まれないんです。「できない」と思ってもやってみる。難しいことでもチャレンジすることに意義がある。このことは、若い人たちに絶対に伝えていきたいですね。12年前の自分を励ますような気持ちで。





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