Special
<インタビュー>結成20周年、シドが辿り着いた「僕らの正解」
Interview:Takuto Ueda
シドが今年、結成20周年を迎えた。
2004年の1stアルバム『憐哀-レンアイ-』以降、インディーズで4枚のアルバムを発表し、2008年にはTVアニメ『黒執事』オープニングテーマの「モノクロのキス」でソニーミュージックからメジャーデビュー。どこか懐古的なノスタルジアを纏うサウンド、心情や情景を細やかな筆致で描き出す歌詞、個性的な世界観を持った録音作品によってキャリアを確立する一方、多くのタイアップ・ソングも手掛けながら、その表現スタイルを絶えず拡張し続けている。
2022年にはフルアルバムとしては11枚目を数える最新作『海辺』をリリース。4人の“原点”と“現在地”を同時に見渡すようなコンセプト“令和歌謡”を提唱した本作は、いよいよ唯一無二と呼ぶにふさわしい彼らのオリジナリティが確立された1枚だと言えるのではないだろうか。
そんなシドの20年間にわたる歴史を丸ごとコンパイルしたコンプリート・ボックス『SID 20th Anniversary BOX』が発売された。『憐哀-レンアイ-』から『海辺』までのオリジナル・アルバムに加え、アルバム未収録のシングル表題曲を集めた『Side A complete collection』、メジャーデビュー以降のカップリング曲を集めた『Side B complete collection』2枚を合わせた全15枚組で、付属のBlu-rayには40曲のミュージック・ビデオを収録、そのほか歌詞大全集やグッズなども同梱された、文字通り活動の集大成となる記念碑的なアイテムだ。
本作の発売を記念し、シドの4人にインタビューを実施。約1年間のライブ活動休止期間を経た1月のワンマンも振り返りつつ、この20年間の歩みに思いを馳せてもらった。
再会の夜を振り返って
――まずは1月の【ID-S限定 SID LIVE 2023 ~Re:Dreamer~】について。みなさんにとってどんなライブになりましたか?
マオ:すごく感動的なライブでした。ずっと記憶に残るステージになったんじゃないかな。コロナ禍や自分の体調面の不調などを乗り越えての再会だったので、やっぱり思い入れも深いです。
――2022年1月から約1年間、シドはライブ活動を休止してきました。それはマオさんにとって、そしてシドにとって“前向きな充電期間”だったわけですよね。
マオ:コロナ禍も重なって、個人的には二つの大きな試練が同時に押し寄せてきた感じでしたね。こういう経験って一生の中でもあまりないだろうなと思います。だからこそ、後ろ向きになるのではなく、例えば10年後や20年後に振り返ったとき、その経験がちゃんと生かされていると思えるようにしたかったし、一人のミュージシャンとしてもそうやって成長していきたい。会えない期間も前向きにコツコツ頑張ってきたことがファンのみんなにも伝わったらいいなと思っていました。
――ライブを終えて、どんな手応えや反響がありましたか?
Shinji:新しくなった渋公(渋谷公会堂)には初めて立ったような気がするんですけど。
――2015年に施設の建て替えが始まり、2019年にLINE CUBE SHIBUYAとして生まれ変わりました。
Shinji:そう、綺麗になった渋公のステージに立てたことがまず嬉しかったですね。ほかのバンドさんを見に行ったりはしていたんですけど。あと、わりと時間が空いたにもかかわらず、バンドのグルーヴがすごく楽しくて。ドラムとベースの絡みもより一層良くなっていて、上物楽器であるギターは自由に遊べて楽しかったです。
――特にそれを感じた曲は?
Shinji:「刺と猫」みたいな曲はあまり譜面通りに弾くことがないですね。リズム隊が本当にグルーヴィーなので、ギターは好き勝手できるというか、自分の世界に入り込めた感じがしました。
刺と猫
明希:僕も同じようなことはやっぱり感じていて。この1年間、シドとしてはライブ活動をしてこなかった期間で、メンバー各々がいろんな方角を向いてはいたけど、しっかり音楽はやり続けていて、ちゃんと帰るべき場所に帰ってこれたんだなという実感はありましたね。
――1年間のライブ活動休止期間はブランクではなく、それぞれの成長期間として向き合い、得たものをしっかりシドに還元する。そういった意識がずっとあった?
明希:そうですね。そもそもそういう意味でのソロ活動だったりするので。ファンのみんなの目や耳は騙せないし、自分としてもスキルを磨いて、シドに戻ってきたときに今まで以上の表現ができるようになっていないといけない。じゃないと本末転倒だと思っていました。この1年間を無駄にせず、しっかりやってきた結果をLINE CUBEでのワンマンで示せたのかなと思います。
――ちなみに、明希さんがこの1年間で得た学びや発見はどんなものでしたか?
明希:この1年間に限らず、僕は8年ぐらいソロ活動をさせてもらっているけど、そっちでは自分で歌ったり歌詞を書いたりしていて、どんなサウンドメイクをすれば歌いやすくなるのかとか、楽器のプレイヤーとしてではなく、もうちょっと客観的に曲と向き合うことができて。
AKi「OVERRUN」MV Full ver.
――視点の広がりというか。
明希:それもそうだし、単純に経験値にもなる。あとは、いろんな環境でライブしてきたことも大きいですね。これはライブに限らずですけど、必ずしも自分の理想とする環境でやれるとは限らないし、むしろそうじゃないことのほうが多くて。そういうときは、いかに冷静に自分を表現するかが大事だと改めて感じました。基本的なことではあるんですけど。
――ゆうやさんはいかがですか? 1月のライブを振り返って。
ゆうや:すごく久しぶりのライブだったので、いろんな懐かしい感情が湧いてきたし、単純に嬉しかったですよね。楽しい感情が勝って、不思議とそこまで緊張もせず、早く演奏したいという気分が溢れていたような気がします。
リリース情報
関連リンク
20周年と原点
――懐かしいといえば、セットリストはファンにも嬉しい新旧楽曲入り交じった構成でした。あれはどういうふうに決めていきましたか?
ゆうや:ベースはマオくんが作ったよね? それを見ながらみんなで細かく構築していった感じです。
マオ:20周年の最初のライブでもあったので、まずはそれを意識したセットリストでした。その後の『海辺』ツアーも決まっていたので、そこでやるライブのことも考えながら決めましたね。シドはすごく熱心にライブに足を運んでくれるファンの子も多いので、なるべくいろんな曲を聴いてもらいたい。そういうことも意識して、お客さんの立場になって考えたセットリストだったと思います。
――いざ当日、パフォーマンスしてみてどんな手応えがありましたか?
マオ:個人的な話でいうと、ソロ活動のときとシドのときのすみ分けをはっきりしたいなとは思っていて。ちょっと変な話なんですけど、久しぶりのシドのライブでは“シドのマオになる”というか、変身するような意識でやっていました。例えばツアーだと公演数を重ねるごとに定着していくんだけど、1月のライブではまだ変身する感じがありましたね。あと、お客さんが声を出せないライブも今後減っていくだろうとは思っていたので、ある意味これもまた貴重なライブだなって。声を出せないもどかしさも楽しみながら、ファンの子たちと目を合わせて合図を送り合うような意識はすごくあった気がします。
――まさしく1月末からはライブにおける観客の“声出し”が解禁され始めています。シドは4月から最新アルバム『海辺』を表題に掲げた全国ツアーが控えていますが、こちらはどんなライブになりそうでしょうか?
Shinji:僕がさっき言ったこととつながるけど、長く活動してきたシドのグルーヴが新曲にも出ていると思うので、それをライブで表現したらどうなるかが楽しみですね。
――新鮮な手応えもあるかもしれませんね。
Shinji:そうですね。例えば新曲をリハーサルスタジオで合わせたとき、昔は「大丈夫か?」みたいなこともあったんですよ。ライブを積み重ねて、最終的にようやくいい感じにまとまってくるのがツアーだったりもしたんですけど、最近はリハの初音出しでもけっこうまとまるのが早くて。今度のツアーも最初からいい感じになるんじゃないかなって、このあいだの渋谷を経て思いますね。
ゆうや:『海辺』をリリースしたのが1年前なので、お客さんにここまでじっくり作品を聴き込んでもらって参加してもらうライブというのは珍しいですよね。だからこそ、ライブでは音源以上のものを見せなきゃいけないと思ったり。プラス、声出しができるという話らしくて。いよいよ来たなって感じです。もしかしたら『海辺』ツアーが今年4月からでよかったのかなとも思っていて。普通だったことが普通じゃなくなったからこそ、より感じる価値のあるライブというか。そういう意味でも楽しみです。
――みなさんにとっても『海辺』という作品とじっくり向き合い、咀嚼できた期間になりましたよね。それがライブにも影響するような予感はありますか?
ゆうや:それはあると思いますよ。ちょっと熟成された感というか。特に『海辺』はけっこうコンセプト強めに作ったアルバムなので、令和歌謡というテーマとか歌詞の世界観に対する理解の幅みたいなものが1年間でもっと広がったんじゃないかな。
――今年で結成20周年を迎えるシド。これを記念するのにぴったりなアイテム『SID 20th Anniversary BOX』がリリースされます。どんな経緯で発売が決まったのでしょう?
マオ:周年なので、やっぱり記念の何かがあるといいなと思って。僕らやスタッフたち、それにファンのみんなが振り返ったとき「あんな作品があったよね」と思えるような、そんなボックスがあったら素敵だよねという話から決まりました。CDがなかなか売れない時代になった今、そのCDというものに対して価値をどうやって付けるか、会社の人たちもすごく頑張って考えてくれたので、素敵な作品ができたんじゃないかなと思います。
――せっかくなのでお聞きしたいのですが、シドの大きな転換点になったと感じるアルバムを1枚挙げるとすれば?
Shinji:うーん、やっぱりアルバムを出すたびに転換期というのはあったと思うけど、特に思い出すのは一番最初の『憐哀-レンアイ-』のとき。もう本当に時間がなくて、電車の中でメロディーを考え直したりしていて、いま振り返ったらよくやっていたなと感慨深くなりますね。
――インディーズ時代の1stフルアルバムですから、いろんなリソースが困窮していて余裕がなかったと思うのですが、その感じは楽曲を聴いていても感じられたりしますか?
Shinji:そうですね。すごく手作り感があって、それはそれで代えがたいものというか。当時の血と汗を感じますね。アルバムには毎回バンドがやりたいことを詰め込むけど、やっぱり1stアルバムはそれが色濃いなって。
――ゆうやさんはいかがですか?
ゆうや:『いちばん好きな場所』は15周年の2018年にリリースしたんですけど、もうそんなに経ったのかと思いますね。15周年と20周年のあいだにはコロナ禍があったり、ちょっと空白期間みたいなものがあったような気がしていて。メジャーデビュー直前に始めた【いちばん好きな場所】というツアーでは、シドの原点という意味で全国のライブハウスを回っていて、15周年で改めてメッセージを打ち出したというか、ずっと大事にしている場所なんだという思いを伝えるために、このミニアルバムを作ったんですよね。それから20周年までが一瞬だったこともあって、今でも思い出として残っています。
シド 『いちばん好きな場所』Music Video
――15周年に自分たちの原点を再認識した。そこにはもちろんアニバーサリーというタイミング的な動機もあったと思うのですが、みなさん自身の心境や周囲の環境の変化などの要因もあったりしたのでしょうか?
ゆうや:シドは2016年にも活動をお休みさせていただいたんですけど、それを経ての2017年に5thアルバム『NOMAD』を出したときの団結力がすごく大きくて。そこからの15周年ということもあって、ファンのみんなへの感謝の気持ちをすごく表現したかったというか。ちょうどタイミングよく一致団結できたのが『いちばん好きな場所』だったのかなと思います。
――その2年後に世界中でパンデミックが起こり、社会がめちゃくちゃになってしまった。変な言い方ですが、取り組みとしては滑り込みセーフだったのかなと思います。
ゆうや:そうですね。特に【いちばん好きな場所】ツアーの会場は小さいライブハウスが多かったので、コロナ禍では一番大変だったでしょうから。たしかにあのときやれてよかったな。とても良い思い出になっています。
リリース情報
関連リンク
自然体で歩んできた
――明希さんはいかがでしょう?
明希:もちろん一枚一枚で大なり小なり転機があったけど、いま挙げるとすれば『海辺』ですかね。バンドが5年、10年と続いてきて20年目を迎えて、単純にサウンドのブラッシュアップ以外の部分、なんというか人間性みたいな部分がいよいよ曲にも反映されてきたのかなって。正解を求めるというより、自分らしさを追求するような音作りになってきた。
シド 『海辺』Music Video
――理論や技術ではない音楽の要素というか。
明希:自分たちにしか出せない演奏のライブ感というか。クリックではなくメンバーに合わせる、みたいな。リズムやメロディーもそうだし、僕は歌詞を書いてないけど言葉もそう。音楽が人間らしくなって、ちゃんと温度がある感じ。
――生き物としてのシドが呼吸し始めたような。
明希:例えばサウンドアレンジの正解って、やっぱりトレンドに左右されたりする部分もあると思うんですよね。それは別に悪いことではないけど、そうではない自分たちの正解、シドの正解というものを各々が出せているんじゃないかなと思います。この後にできるアルバムがどうなるか楽しみでもありますね。
――ある種のアイデンティティの確立であるようにも思うのですが、それは“令和歌謡”というコンセプトがもたらしたアルバム全体の統一感ともリンクしているような気がします。
明希:あると思いますね。ただ、歌謡とかロックとか、いろんなジャンルを表す言葉は指標にすぎなくて、実際にどんなアルバムなのかは蓋を開けて、聴いてみないと分からない。そこにシドらしさ、僕らが思う正解を表現できたのかなと思います。
――もともとシドは、初期の昭和歌謡曲的なエッセンスを取り入れたサウンドスタイルが評価されたバンドですが、ある時期からそれを封印して、より多彩な表現アプローチを試していくようになったという歴史もあるかと思います。いま思えばそれも“シドらしさ”の模索だったのかなと思いますが、初期から築き上げてきた個性や強みを失ってしまうのではないかという不安などはなかったですか?
マオ:特になかったですね。もともと4人それぞれ、自分がやりたい音楽を持ちながら集まってできたバンドがシドなので、そのときどきの気持ちに従って、自然な表現をしてきたという歩みだと思っていて。
――では、逆に停滞してしまうことに対する恐怖があったりもした?
マオ:いや、それも別になくて。本当に自然体でやってきましたね。例えば『星の都』ぐらいまではライブハウスでやっていて、それまでは「4人で頑張って人気になるぞ」みたいな感じでやってきたけど、『play』を出した頃からはホールツアーも始めて、ホールならではのセットや演出を用意してもらったり、そこでスタッフのみなさんの力ってすごく大きいんだなと気づいたんです。あとはお客さん。振り返ると、良いライブというのは自分たちが良いパフォーマンスをするだけではなく、スタッフやファンのみんなの良さが重なったときにこそ生まれる。そういうことってたぶんバンドが変化してきたからこそ感じられたことだと思うので、変わり続けてきてよかったなと思いますね。
――先ほどの『いちばん好きな場所』の話にもつながりますが、変化を続けてきたからこそ、原点の大切さにも気づけますもんね。
マオ:振り返ったときに気づくことも多いですね。こうやって偉そうに言ってますけど、当時は周りの人たちのありがたみに気づけていなかったし。「やってやるぜ!」と自分の力をすごく信じていたので。20年やってきたからこその感情があって、それが今は本当に宝物だなと感じています。
――絶えず変化を続けてきたシドですが、みなさんが今後、表現していきたいサウンドや歌詞について、展望を伺ってもいいでしょうか?
Shinji:いまだに「こんなことも知らずにやってきたのか」みたいな演奏面での発見がたくさんあるし、いろんな引き出しを増やして新作に生かしていきたいですね。
――積極的にインプットも続けて?
Shinji:そうですね。昔はそんなことしなかったけど、最近は勉強することが楽しいというか。それが生きる瞬間に「やっていてよかったな」と思います。
――ほかのアーティストから刺激を受けることも?
Shinji:もちろんありますよ。この20年間でバンドブームがちょっとしらけてしまった時期もあったように思うけど、最近はすごくかっこいい若いバンドも多いし、そういう人たちから吸収したり、どうすれば自分たちも戦っていけるかは日々考えていますね。
ゆうや:トレンドもキャッチをしつつ、やっぱり自分たちらしさ、オリジナリティをずっと追求しながらやっていくんだろうなと思います。20年やってますし、それこそ『海辺』を作ったときも、どんなところを強みとして打ち出せるか、メンバーやレコード会社の人たちとすごく考えたので。
――そこに対しては、キャリアを重ねるごとに自信も生まれてきたのではないですか?
ゆうや:そうですね。簡単に口で言葉にできることではないけど、今はSNSとかでお客さんの声がダイレクトに届く時代だし、求められている“シドらしさ”と自分たちが感じている“シドらしさ”を擦り合わせながら、一本の木になっていけたらいいのかなという気がします。
――明希さんはいかがですか?
明希:もっと自分の直感を信じてもいいのかなって。「これだ」と思った瞬間に行動するような。『海辺』でこの4人らしさを表現できたので、そのイメージで21年目を迎えたときにどんなアルバムができるのか、今からわくわくしているし、自分の中に芽生えたものに素直に従っていこうかなと思います。
マオ:僕はバンドの中で歌と歌詞という、お客さんから見ても特に分かりやすい部分を任されていると思っていて。そこに対する責任はもちろん、やりがいみたいなものも20年ですごく感じるようになったので、そこを追求していきたいというのがまず一番です。歌に関しては、分かりやすく言うと深みのある歌を歌いたい。若い頃の歌にはあの頃にしか出せなかった良さがあると思うし、逆に20年間歌い続けてきた今の僕にしか歌えない歌もある。年齢を重ねてきた喉という楽器が奏でる音色を追求していきたいですね。
――歌詞については?
マオ:歌詞も同じようなテーマだけど、やっぱり深い歌詞を書ける人になりたくて。今までは自分の中の引き出しから「こういうことを書いてみたい」という好奇心を詰め込んだような歌詞を書いてきたけど、これからはより自然体な、生き様を映したような歌詞が書ける作詞家になりたいです。そのためにも普段からいろんな音楽や映画や本に触れて、どこかに旅してみたり、自分の人間としての層を厚くしていく。常にヴォーカリストとしてのマオ、作詞家としてのマオを意識して生きていきたいですね。あとは、バンドとして長く続けるという目標があるので、4人とも健康で楽しく、笑顔で頑張れたらいいなと思っています。
リリース情報
関連リンク
関連商品