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<インタビュー>安斉かれん 過去の自分、そして現代の生きづらさに立ち向かう1stアルバム『ANTI HEROINE』

インタビューバナー

Interview & Text:高橋梓


 3月29日、安斉かれんが自身初となるアルバム『ANTI HEROINE』『僕らはきっと偽りだらけの世界で強くなる。』を2枚同時リリースする。さらに、3月15日からは6つの先行シングルと11のビジュアライザーを順次公開し、アルバムに対するワクワク感を高めている。ほとんどの作詞を自身で手掛けつつ、作曲にも参加した楽曲がたっぷり詰まっている同作たちは、「安斉かれん」というアーティストを深く知るために欠かせない作品と言えるだろう。そこで、Billboard JAPANではインタビューを実施。作品についてじっくり話を聞いた。

“自己否定”がテーマの1stアルバム

――まずは、1stアルバムをリリースされるにあたっての心境をお伺いさせてください。

安斉かれん:初のアルバムなので、率直に嬉しい気持ちとワクワクする気持ちです。前向きな気持ちしかないですね。新しい曲にもたくさん挑戦しています。特に『ANTI HEROINE』はレコーディングでも毎回新しいトライをしたので、新鮮でした。


ANTI HEROINE - Concept Movie / 安斉かれん


――『ANTI HEROINE』というタイトルも印象的ですよね。どんな意味が込められているのでしょうか?

安斉:まずは普通に語感がかわいかった(笑)。それと、このアルバムのテーマが“自己否定”なんです。自己否定といっても悪い意味じゃなくて、「過去の自分を乗り越えて新しい挑戦をしよう」みたいな意味です。あとは最近の風潮に対する思いも込められていますね。私のように表に出る人や、ヒーロー、ヒロインと言われる人ってまっすぐじゃないといけないってみんな思っていますよね。だからその逆の“アンチヒーロー”、“アンチヒロイン”が表に出ると叩かれがちで。一方で、世間では多様性を認めようという声が大きくなっていたりもして。すごく生きづらい世界だなと思ってこのタイトルをつけました。


――安斉さんも「生きづらい」と感じることがあるんですね。

安斉:ありますよ! でも私だけじゃなくて、みんなあると思うんです。便利な時代だから、SNSで感想も見えちゃうし。嬉しいものもあれば、そうでないものも絶対ありますよね。嬉しい意見も、そうでない意見も、発信した人は自分の中の正義感と戦って書いていると思うんだけど、それも大変だなって。


――最近、そういったSNSによる弊害に対して問題提起をした作品を発信するアーティストの方も多い気がします。

安斉:そうですね。ただ、それ自体も誰かのアンチになっていたりするわけじゃないですか。それがもう大変! 一生終わらない(笑)。なので、それぞれの意見を受け入れることを強要するんじゃなく、「自分らしく生きていこう」って言いたくてこのタイトルにしました。このアルバム、全部の曲に「◯◯のアンチヒロイン」ってテーマが付いているんです。いろんな角度のアンチヒロイン像が盛り込まれているので、どれかには共感してもらえると思います。



恋愛周辺 (Demo) - Visualizer - / 安斉かれん

――「へゔん」は祈ることをやめたヒロイン、「ら・ら・らud・ラヴ」は腹黒なヒロイン、「おーる、べじ♪」は自分本意な二次災害多発星人系ヒロイン、「18の東京 feat. 初音ミク」は堕天使系ヒロイン、「ギブミー♡すとっぷ」は強欲なダークヒロイン、「恋愛周辺(Demo)」は恋愛依存的な戦隊ヒロイン、「私はドキンちゃん」は善悪に囚われない奔放なヒロイン、「不眠症☆廃天国」は不眠症なヒロイン、「未来の音」は超悲観性なヒロイン、「YOLOOP」は役立たずの幼馴染型ヒロイン、「てくてくカレンダー」は無意識足引っ張り系ヒロイン。『ANTI HEROINE』に収録されているの残りの5曲のアンチヒロイン像もお聞きしてよいでしょうか?

安斉:まずは「夜は未完成」。裏テーマとして、友達以上恋人未満の関係性の話をしています。この曲に登場する女の子はこの恋はもう叶わないってわかっていて、都合よく良いところだけを上手に使っているんです。要は、女を武器にしている女の子。純粋な恋愛ばっかりじゃねーぞ!っていう(笑)。「恋愛に奔放なヒロイン」ですね。



夜は未完成 / 安斉かれん

――納得です。

安斉:「ちゃんと世界線」、この“世界線”は自分の世界線のことを言っています。自分の普通が他人にとっては普通じゃない。そういう世界線のことを指していて、私なりに私の中の世界で生きていますよっていう。「アタシ主義のヒロイン」かな。


ちゃんと世界線 / 安斉かれん

安斉:「Secret Love」は、「夜は未完成」と真逆で純粋に恋愛している曲。その気持ちを言えずに自分の中で秘密にしているんです。(言葉に詰まりながら)なので、このアンチヒロイン像は……。うーん、実はこの曲、タイアップなんです。すっごくいい曲で色んな方に聴いてもらっているから、どうしてもこのアルバムに入れたくて。なのでアンチヒロイン像がない(笑)。ので、今作ります! この女の子は恋愛に対して真っ直ぐで恋愛依存的な一面があるので、「恋愛周辺(Demo)」と近いかも。同一人物だと思うので、この子も「恋愛依存的な戦隊ヒロイン」です!



Secret Love / 安斉かれん

――即興でお答えいただけるなんて、さすがです(笑)。

安斉:この曲の歌詞、書いていて恥ずかしかったんです。全然自分と違う女の子像だったから照れちゃって。ドラマの主人公を基にして書いているんですけど、レコーディングも恥ずかしかったです。「この歌い方でいいですか?」ってずっと言っていました。


――続いて「GAL-TRAP」はいかがでしょう。

安斉:これは初めて作曲にも携わった楽曲です。ドラマ『M 愛すべき人がいて』が終わったくらいに作っていて、まだアユ役を引きずっている状態でした。世間のイメージと私自身の乖離があって、「世間のイメージは忘れて、自分の好きな音楽をやってみよう」って言って作って。ちょうどロシアンヒップホップにハマって、PHARAOHなんかをよく聴いていたこともあって、ダウナーな曲を作ることにしました。ギャルがトラップを仕掛けていく歌詞なんですけど、これこそアンチヒロインそのものかも。だって、漫画でもアニメでも主人公は清楚な女の子で、ギャルは脇役でちょっと出てくるくらい。でもそのギャルにフォーカスしたら、その子の人生もちゃんとあって。なので、「THEアンチヒロインなヒロイン」。
 最後は「現実カメラ」ですね。私、加工できないスマホの内蔵カメラを“現実カメラ”って呼んでいるんです。「え、待って。現実カメラで撮らないでよ」っていう友だちとの会話から生まれた楽曲で。加工したり、エフェクトをかけたりするのが今の時代当たり前になっていて、むしろ加工しないともったいないというか。ちょっと前までは加工するのはズルいっていう感じでしたけど、今は加工しないほうが変って言うまでになっていますよね。でも、ちゃんと見てほしいのは現実カメラで撮った自分=本当の自分や自分の中身。っていう女子ならではの葛藤を書いています。これも、めっちゃアンチヒロインですよね。「葛藤に悩むヒロイン」っていう。



へゔん - Visualizer - / 安斉かれん

――たしかに、ヒロインは現実カメラで撮られても怖気づかないですからね。いろんなアンチヒロイン像をお話しいただきましたが、安斉さんはどのアンチヒロイン像に近いですか?

安斉:えぇ~! どれだろう。その時々によって人って変わるじゃないですか。今日は「へゔん」だけど、明日は「ら・ら・らud・ラヴ」かもしれないし……。全部です!


――なんとなくそうお答えいただくのかなと思っていました(笑)。ということは、このアルバムを通して、安斉さんの多面性をリスナーに知ってほしいという気持ちがあったりもしますか?

安斉:うーん。わかってほしいとは思いますけど、100%わかってもらえるとは思ってない。だから、いい意味でわかった気になってほしいかな。「おーる、べじ♪」みたいにちょっと尖っちゃう時もあったり、「へゔん」みたいに考えている時もあったりするんだってくらいがちょうどいいのかもしれません。逆にリスナーのことをわかりたい気持ちの方が大きいです。自分の中で自分がまだ確立していないので、私の音楽を聴いてくれる人はどういう曲がいちばん刺さるんだろうって探り探りやっているんですよ。



未来の音 - Visualizer - / 安斉かれん

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今回は毎週のように歌詞を書いて、歌ってってやっていた

――試行錯誤しつつ、作詞をされているんですね。今回も「私はドキンちゃん」以外はすべて作詞を手掛けていますが、すぐ書けた曲、大変だった曲など差はあるのでしょうか。

安斉:全部大変でした(笑)。「こういうことを伝えたいな」というワードだけだったらすぐ出てくるんです。「おーる、べじ♪」は、そういうワードはすぐ出てきました。メロディもポップだったから「これだったら自分が思っていることを乗せても尖りすぎないだろうな」と思って。ただ、それを歌詞に乗せるのが難しくて、ゆっくり作っていった感じです。


――特に伝えたいワードが出づらかった曲はありますか?

安斉:「Secret Love」ですね。タイアップ曲だったので、原作を読んで別人格になって書きましたけど、やっぱり自分とは違いすぎるので歌詞が出づらくはありました。



私はドキンちゃん - Visualizer - / 安斉かれん

――「不眠症☆廃天国」と「YOLOOP」は作曲にも参加されています。「GAL-TRAP」のときは特にリファレンスを設けず自由に作曲されたとおっしゃっていましたが、今回はいかがでしたか?

安斉:「不眠症☆廃天国」は、ギターの曲が作ってみたいと思って。ギターは練習中なので、「GAL-TRAP」を一緒に作ったFZさんに「こういうコードを使いたい」と伝えて弾いてもらって。そこに鼻歌を乗せてその場で仕上げていきました。それが楽しくて、もう1曲作ったのが「YOLOOP」。ほぼ1日で2曲作っちゃいましたね。ディレクターもバンド出身だから、みんなで「こんな感じ?」っていろいろ、ああだこうだ言い合いながらやれました。


――ジャムっていたら曲ができた、と。すごくクリエイティブですね。その2曲しかりなのですが、『ANTI HEROINE』には様々なジャンルの楽曲が詰まっていて歌い方にも工夫がありそうです。

安斉:工夫というか、いろんな曲のいろんなパートをレコーディングしたり作ったりしていたので、脳の切り替えが難しかったです。いつもなら1曲を1か月くらいかけてじっくり作っていくんですけど、今回は毎週のように歌詞を書いて、歌ってってやっていたので。



YOLOOP - Visualizer - / 安斉かれん

――その切り替えはどうやってやられたんですか?。

安斉:え、ノリかな(笑)。やるしかないっていう。あとは服装を変えたりしていました。「私はドキンちゃん」の時は、訳がわからないメガネをかけてレコーディングに行ったりして。服で自分をマインドコントロールする技を最近覚えたんです。


――安斉さんはお洋服がお好きですし、たしかに気分が変わりそうですね。ちなみに、「この曲はこう歌おう」というニュアンスのつけ方は、作詞の時点で考えていたりするのでしょうか。

安斉:そこまでかっちりは考えていなくて、レコーディングに向かう時に「ちょっとドレッシーな声で歌おうかな」って想像するくらいです。といっても、スタジオに入ってその日のテンションや一回歌ってみた感じで違ってくるので、ディレクターと話し合いながら決めていますね。でも、持っていったものがそのまま使われることもありますよ。「おーる、べじ♪」なんかは、歌詞をいろいろいじっていて、それに合わせて歌い方を変えたんですけど、結局採用されたのは歌詞も歌も最初のものでした。やっぱりノリを大切にしていくことも重要なのかなって。



おーる、べじ♪ - Visualizer - / 安斉かれん

――フレキシブル……! もうひとつ気になるのが「表現」の部分です。たとえば「ら・ら・らud・ラヴ」は、前向きさとちょっとした腹黒さという相反する2つの要素が詰まっていますよね? それを歌でどう表現しているのでしょうか。

安斉:「ら・ら・らud・ラヴ」の場合は、楽曲全体が明るいのでハッピーさを大切にしています。途中でアンハッピーな歌詞も出て来るんですけど、暗くなりすぎたくもなくて。そういう時はネガティブなジェスチャーをつけてレコーディングしてるんです。そうするとほんの少しだけ声に暗さが出るんですよ。


――安斉さん流のコツですね。ちなみに、「ら・ら・らud・ラヴ」の歌詞は初のコライトです。

安斉:そうなんです。最初にデモで貰った歌詞が良すぎて。書いてあることがほぼ私のことだったんです。〈ベッドに diving 手招いてる alcohol/流し込んだ憂鬱〉とか(笑)。自分で書いていないのに自分で書いた気持ちになるという初めての体験ができたのと、歌っていて元気が出る歌詞だったので、初めて共作にさせてもらいました。



ら・ら・らud・ラヴ - Visualizer - / 安斉かれん

――それ以外にも多くのクリエイターが制作に参加されています。刺激を受けたことも多かったのでは?

安斉:デモテープを聴いた時の衝撃がすごくて。「へゔん」は本当に天に召されるかと思う響きでした。「ギブミー♡すとっぷ」はチャーチズが歌っていたから「すげぇぃ!」って純粋に思ったり(笑)。それにこの2曲は元々英詞だったから、それを日本詞に直したらちゃんとハマるのかなって心配でしたけど、ぴったりハマって。こういう作り方もあるんだなって、新たな挑戦になりましたね。


――そんな楽曲たちが3月15日から先行配信され、ビジュアライザーも公開されています。ビジュアライザーはすべて同じカットの映像ですね。

安斉:そうなんです。なので、全部キャラクターを演じ分けました。自分じゃない自分を演じています。しかもワンカットなので、失敗が許されないっていう(笑)。曲によって違いはあるものの、“ライブ”を意識して撮影してました。



ギブミー♡すとっぷ - Visualizer - / 安斉かれん

――このビジュアライザーで安斉さんのライブがちょっとだけ体験できるかもしれないですね。そして、もう1枚『僕らはきっと偽りだらけの世界で強くなる。』も同日リリースされます。

安斉:はい。このアルバムは自分の中でかなりエモい作品。デビュー曲から収録されているんですけど、昔の曲を振り返るとすでに懐かしいというか。『ANTI HEROINE』でいろんなことに挑戦して新しい安斉かれんを見せられているからこそ、よりエモさが増していると思います。なので、絶対2枚合わせて聴いて欲しいですし、変化した私を楽しんでいただけたら。



不眠症☆廃天国(Hollywood Edits) - Visualizer - / 安斉かれん

自分を客観視することで、メンタルが強くなりました

――ありがとうございます。では、安斉さんご自身についても少し質問させてください。以前、アーティスト活動をされているのは音楽やクリエイティブ活動が好きだからとお話されていましたが、最近のモチベーションはどこにあるのでしょうか。

安斉:変わらないですね。「音楽が好き」「クリエイティブが好き」に尽きます。最近もそれ以外に好きなことがないくらい。好きなことはとことん好きになるんですけど、それ以外のことにあんまり興味が持てないんです。「ちょっとこれもやってみようかな」って思えなくて。


――潔いですね。最近特にアツいと思っている音楽ってありますか?

安斉:全部アツい(笑)! でも強いて言うなら、ボカロ曲。中高生くらいはずっとボカロを聴いていたんですね。今回初音ミクちゃんとコラボしたことがきっかけで、もう一回聞き直していて。「脳漿炸裂ガール」あたりが自分の中でリバイバルしています。あとは、最近NewJeansにハマっています。それと、ミュージックバーに行くことがあって、そこで昔の曲が流れていてそこからハマったりすることもありますね。



18の東京 feat. 初音ミク - Visualizer - / 安斉かれん

――音楽好きなところは変わらないとのことですが、デビュー以降ご自身の変化はあったのではないでしょうか。

安斉:慣れてきたのはありますね。デビューした時は10代だったので、周りを気にして気持ちがダウンしちゃうこともあったけど、今は悩まなくなりました。昔は「自分はひとりだ、孤立している」と思って生きてたけど、今はもっと自分を客観視していて。世の中でどういう立ち位置にいるのかを冷静に見ることで、「生きていれば平気かな」って、メンタルが強くなりました。


――同世代の悩んでいる方にとってはヒントになりそうな考え方です。

安斉:ちょっと弱っている時ってどうしてもネガティブに物事を捉えたり、変なプレッシャーを感じたりしちゃうと思うんですけど、いい意味で、自分がいなくても世界は回るんですよね。そう考えるともっと気楽に生きられるって気づきました。



てくてくカレンダー - Visualizer - / 安斉かれん

――おっしゃる通りです。ありがとうございます。では、最後にファンの方にメッセージをお願いします。

安斉:自分でもずっと聴いてしまうくらい、とてもいいアルバムができました。過去と向き合い、今の私を詰め込んだアルバムになっているので、ぜひ自分の中のアンチヒロイン像と照らし合わせながら聴いてみてほしいです。


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