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<コラム>「名状し難いもの」を奏でる音楽家、岡田拓郎



コラム

 世界最大級の口コミ音楽サイト“Rate Your Music”における岡田拓郎の最新作『betsu no jikan』のページには、“決まった形式の中を流れる、流動的で不定形な音楽”という(一見矛盾した内容の)レビューが、ロシア語で投稿されている。遠く離れたロシアのリスナーがどういった経緯で岡田の音楽を見つけたのかはわからないが、それはこのアルバムが言語による制約やイデオロギーの違いから逃れ、聴き手に自由な解釈を委ねた作品になっていることの証左でもあるだろう。はっぴいえんどの後継者と呼ばれた日本語フォーク・ロック・バンド、森は生きているのメンバーだった岡田は、いかにして国内外のプレイヤー/リスナーたちと、言葉に頼らない音楽の交歓をするようになったのか。その演奏を直に聴くことのできる貴重な機会を前に、これまでの活動の足跡を追ってみたい。(Text:清水祐也)


 普段は滅多にないことだが、昨年テレビから流れてきたとある曲に、思わず耳を奪われた。堤真一主演のドラマ『妻、小学生になる。』のエンディング・テーマだった優河の「灯火」という曲がそうなのだが、この出来事は自分にとって驚きというよりもむしろ、答え合わせのようなものだったのかもしれない。なぜなら、優河のバック・バンドでギターを弾いているのが、岡田拓郎だということを知っていたからである。


優河 - 灯火(Official Music Video)


 東京のロック・バンド、森は生きているのメンバーとしてデビューした岡田は、2015年のバンド解散と前後して本格的なソロ活動をスタートすると、並行して様々なアーティストの作品にセッション・ミュージシャンとして参加するようになる。中でも大きかったのが、現在に至るまでリード・ギタリストを務めるROTH BART BARONとの出会いだろう。中心人物である三船雅也は岡田同様に熱心な音楽リスナーであり、2018年には毎回ふたりがマニアックな切り口で音楽について語るYouTube番組を開始。ROTH BART BARONのライブでは終演後ロビーに現れて観客と会話と交わす三船をよそに、岡田は楽屋で寝ているという光景も見られたが、三船という天性のフロントマンにスポットライトを譲り、ステージの隅で黙々とギターを弾き続ける岡田の姿は、まさに水を得た魚であり、自分の居場所を見つけたかのようであった。その三船も参加した2017年のファースト・アルバム『Nostalgia』から2020年の『Morning Sun』に至る岡田の作品には、グリズリー・ベアやアンディ・シャウフといった同時代の海外のインディー・ロックからの影響が色濃く現れており、こうしたサウンド研究の成果は、South PenguinやTaiko Super Kicksといった国内のロック・バンドのプロデュース・ワークにも生かされていくことになる。

 岡田のその他の活動で特筆すべきものは、先述した優河や柴田聡子、安藤裕子といった女性シンガー・ソングライターたちのレコーディングおよびライブへの参加だが、こうした活動のロール・モデルとなっているのは、はっぴいえんどやYMO、ソロ名義での作品のリリースの傍ら、セッション・ミュージシャンとして活動していた細野晴臣だろう。ともすれば糊口を凌ぐための商業的な“お仕事”と揶揄されかねなかったこうした活動に意義を与え、作家性の発露にまで高めた細野の功績は多くの後進に門戸を開くことになったが、それだけに岡田の最新作となる昨年のアルバム『betsu no jikan』への細野の参加は、単なる付加価値以上のものを作品にもたらしてくれたに違いない。

 岡田が細野に参加を依頼することになったのは、2020年に発行された『ニューエイジ・ミュージック・ディスク・ガイド』での対談がきっかけだったそうだが、その前年に開催された細野の大規模な回顧展『細野観光』に足を運んでいた岡田は、会場に展示されていた夥しい数の世界の楽器コレクションの中から、何かひとつを選んで演奏してもらえないかとリクエスト。細野はアルバム中唯一のヴォーカル曲である「Moons」で、木の箱にスリットが入った“ログドラム”という楽器を演奏しているが、かつての細野が示していた環境(観光)音楽や民族音楽、エキゾチックな響きへの興味は、本作でもジョン・コルトレーン「A Love Supreme」のカバーでのガムラン風パーカッションや、ジンバブエの親指ピアノであるムビラを使った「Sand」など、至る所で聴くことができる。

 岡田は昨年アメリカの音楽サイト“アクアリウム・ドランカード”でもカバー曲を発表しているが、そこで映画『源氏物語』のサウンドトラックだった細野の「木霊」と並んでドン・チェリー「Brown Rice」のカバーを選曲していたことからもわかるように、『betsu no jikan』のもうひとつの特徴になっているのが、ノンサッチやインターナショナル・アンセムといったレーベルを中心とした、現代アメリカのジャズ・シーンとの共鳴だ。本作は岡田がドラマーの石若駿と録音したベーシック・トラックを複数のミュージシャンに送り、演奏を重ねてもらったものを再度編集する形で制作されているが、そこには大所帯アンサンブルのビルド・アン・アークを率いてスピリチュアル・ジャズの復興に務めたカルロス・ニーニョや、ウィルコのギタリストでもあるネルス・クライン、サックス奏者のサム・ゲンデル、さらにはジム・オルークといった、岡田が影響を受けた錚々たるメンツが名を連ねている。パンデミックによる制約を逆手に取った手法であり、この時期だからこそ実現した、大胆な試みだと言えるだろう。

 しかしかつてのはっぴいえんどがそうだったように、海外の音楽への憧れや理解は翻って、岡田に日本人としてのアイデンティティの模索と、自覚を促すようになる。森は生きている時代の作品に見られた日本的な情緒はドラマーでもある増村和彦の書く文学的な歌詞に拠る部分が大きかったが、ソロ以降の岡田の書く歌詞は、次第に俳句のような余白の多いものになっていく。コロナ禍を境に言葉の入った音楽が聴けなくなっていたという時期に制作した『betsu no jikan』に至っては、先述した「Moons」を除けばインストゥルメンタルに比重を置いた作品になっているが、エチオピアの修道女でもあったエマホイ・ツェゲ=マリアム・ゴブルーを意識していたという同曲のピアノや、ニグロ・スピリチュアルのような「Deep River」のメロディが、聴き手によっては日本を連想させるというのは、エチオピアと日本の音楽の旋律的な相似だけでなく、岡田自身のパーソナリティが無意識のうちに音に滲み出た結果でもあるのだろう(個人的には本作のアートワークから、武満徹が音楽を手掛けた、60年代の日本映画を連想したりもする)。

 余談だが、旅行雑誌『TRANSIT』での細野晴臣の連載をまとめた書籍『HOSONO百景』に、“森”という項がある。2010年にCMの撮影で屋久島を訪れた細野は、現地でギターを弾くよう頼まれていたが、結局は持参したログドラムを演奏することになったのだという。その楽器の音が一番屋久島の森と共鳴したからで、それが細野にとっての“森の音楽”なのだそうだが、細野が「Moons」でログドラムを弾こうと思ったのは、岡田が“森は生きている”というバンドにいたことから連想したのか、それとも曲を聴いてログドラムの音色が聴こえてきたからなのかはわからない(細野は鈴木茂、林立夫とのティン・パン名義のアルバムで、デヴィッド・トゥープが参加した「Soylent Green」という曲でも同じ楽器を弾いている)。しかしそこには音が喚起する記憶や、言葉を超えたメッセージが込められていたのではないだろうか。

 感情は、言葉にできた時点で完結するという。だとすれば、言葉になる以前の”名状し難いもの”が収められた本作が、ジャイルス・ピーターソンのラジオでオンエアされるなど海外でもリスナーを獲得しつつあるというのは、岡田本人にとっても予期せぬ驚きだったかもしれない。「作品をライブで再現することには興味がない」と語っているだけに、来たる東京公演がどんなものになるのか予測もつかないが、岡田がギターの最初の一音を弾いた瞬間から、きっと聴き手を“別の時間”へと連れて行ってくれるはずだ。

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