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<インタビュー>歌い手・Mix師を目指す人たちの救世軍!? Cloud Box Lesson校長さぶろうに聞く「Mix師のためのスクールの必要性」
歌い手やボカロPなどネット・アーティストのためのオンラインレッスン「Cloud Box Lesson(クラウドボックスレッスン)」がスタートした。
Adoやyamaなど、多くの人気アーティストのミックスやマスタリングを手掛ける人気Mix師のさぶろうが校長兼ミックス部門の講師に就任。「歌い手として自分の歌声をミックスしたい」「ミックスを学んで自分の作った楽曲のクオリティを上げたい 」「Mix師になりたい」というネット・アーティストやクリエイターのための講座が開講している。
歌い手から教材用音源を広く募集しているのも特徴だ。応募された楽曲は講師と生徒がレッスンの中でミックスを行い、仕上がった音源は応募した歌い手が無償で受け取ることができる。
なぜこうした試みを始めたのか。さぶろう氏とAdoら多くのアーティストが所属する事務所クラウドナインの代表取締役社長・千木良卓也氏に取材を行った。(Interview: 柴那典)
――「Cloud Box Lesson」を立ち上げたきっかけは?
さぶろう:もともと僕はネットで勉強してミックスエンジニアになったんですけれど、当時インターネットやいろんな本に載っている情報はすごく少ないし、勉強する場所が全然なかったんですよ。ミックスの勉強をしようと思うとスタジオに入って先輩方から学んだり、専門学校に入って勉強したりすることが多いんですけど、そういう場所だけじゃなく、オンラインでミックスのことを学べる場所が作れたらいいなと思っていて。以前からブログで自分のミックスの技を解説したりはしていたんですが、それをもっと本格的な形にしたいと思ったのがきっかけです。
千木良卓也:私としては2つの理由があります。イラストレーターやエンジニアは歌手や作家と違って自分が関わった楽曲がどれだけ売れても印税が入ってこないので、固定収入を得る場を与えてあげたかったこと。そしてもう1つは、歌い手文化に関わるなかで、ミックス代が払えない、またはどうしたら良いかわからずにいる小学生や中学生の歌い手に多く接して、その夢の手伝いが出来たらと思ったことですね。そういう子たちは家でiPhoneやスマホを使ってレコーディングしている方が多く、その後「Mix師」と呼ばれるネット上のミックスエンジニアたちにミックスをお願いしようとするのですが、5,000円とか1万円とか、お金がかかる例が多いんですね。若い子たちにとってはその金額を払うことが難しく、高校に入って自分でアルバイトをしてお小遣いができるまでの間、夢への道がストップしてしまうか、もしくはレコーディングした声をカラオケにただ混ぜるという質が悪いミックスを自分でして投稿してしまう子が多いんです。それを見て、費用の制限をなくして無料でミックスをしてあげられる仕組みを作りたいということを考えるようになりました。そんなときにさぶろうから学校を立ち上げたいという話をもらって、協力しようと思いました。
――現状では「Mix師」という存在自体が一般にはあまり知られていないと思うんですが、歌い手やボカロPなどのネット・アーティストにとっては、既存のミックスエンジニアとは違う形で「歌ってみた」をミックスするニーズが広がってきているわけですね。
さぶろう:そうですね。事務所に所属しているアーティストがレコーディング・スタジオで録音して、そこにいるエンジニアがミックスするというプロの現場のミックスだけではなく、今は誰もがクリエイターとして作品を出せる時代になってきました。ボカロ曲や「歌ってみた」を誰でも投稿できるようになったがゆえに、ミックスする人間の数もたくさん必要になってきたと思います。
――千木良さんは、ネット・アーティストと関わるようになって、どんな変化を感じていますか?
千木良:今までよりもたくさんの方が自分の作品を世の中に発信できるようになり、若い世代にすごい才能の持ち主がたくさんいることを知りました。ただ、知識がないせいでせっかくの才能を乱雑に発表しているような状況も多いです。これをちゃんと整理してあげられたら音楽業界全体のレベルが上がると思っています。私にはさぶろうという素晴らしいパートナーがいるので、まずはミックスからそれを始めようと思っています。
――クラウドナインにはAdoさんも所属していますが、千木良さんがAdoさんと出会ったとき、どんな印象を受けましたか?
千木良:最初にAdoと会ったときは、たしか彼女が16歳の頃だったかと。とにかく彼女は当時からボカロの大ファンって感じでしたね。出会った頃から歌の能力はすごかったですし、ものすごく努力をしている意志が強い子というイメージでした。16歳のときはまだ荒削りでしたし、いまだに成長している途中ですけれど、当時から歌に対する姿勢はすごかったです。
――Adoさんとの出会いからボカロや歌い手の界隈に深く関わるようになっていったわけですね。
千木良:それまで“知っていたり聴いていた”だけのことが、Adoと関わることによって関係者になったというか、自分もそこで発注する立場になり、発注される立場にもなりました。ボカロPやMix師、絵師ともコミュニケーションをとることも多くなったので、主体的に関わるようになりました。
――マネージメント事務所の人間としてボカロや歌い手の界隈に携わることで見えてきたこともたくさんあったのではないかと思います。
千木良:現在もですが、2019年当時のボカロ業界はまだまだ発展途上だなと思いました。素敵な作品を作っているボカロPはたくさんいるけど、印税や出版など、原盤の意味を知らない方もいます。「Mix師」と呼ばれる方々も、5,000円の方もいれば3万円の方もいて。私の目線から見ると5,000円で行っている方のほうがレベルが高いこともあります。しかし、発注する側の歌い手はそれがわかりません。絵師の方々も、たとえばイラストの権利をどうするか、イラストレーターが権利を持つのか・買い取るのかなど、仕事のやり方はいろいろな形がありますが、全く整備されていません。損している方々もたくさん見てきました。とはいえ、才能を持った子がものすごく集まっている業界だったので、これが発展していく上で、悲しい思いをする子が少なくなるような整備は必要だと思っていました。
――さぶろうさんがMix師になったきっかけはどんなところにあったんでしょうか?
さぶろう:僕はもともとボーカロイドとか「歌ってみた」が好きなリスナー側だったんですけども、あるとき、「ボカロPを始めてみたい」と思って。なので、僕のスタートはボカロで曲を作る側だったんです。でも、途中でミックスのほうが楽しくなってきて、ミックスをしたいから曲を作るという謎の逆転現象が起きて、自分の曲だけじゃ物足りないから他の人のミックスもやりたくなり、友達のボカロPから音源をもらってミックスする、というのを続けていたら、今に至るという感じです。ミックスが楽しくて、たくさんやっていたら、いつの間にかエンジニアになっていたという感じです。
▲ミックス&マスタリング:さぶろう
――さぶろうさんは、Adoさんやyamaさんなど、いろんな歌い手さんのミックスをやられてきましたが、ご自身のスキルはどう磨いてきたんでしょうか?
さぶろう:僕にはミックスの先生がいなくて、インターネットでいろんな記事を見たり、YouTubeで動画を見たり、本を読んだりと、散らばった情報の中から自分で選別して失敗と成功を繰り返してきました。なので、自分の課題に1つ1つ丁寧にアドバイスをしてくれる先生が欲しいと常々思っていたんです。スタートからゴールまで、一貫して全部を教えてくれる人がいたらなと、そのときから思っていたのもあって、このスクールを作ろうと考えました。
――さぶろうさんはクラウドナインに所属していますよね。事務所にはアーティストだけでなく、さぶろうさんのようなエンジニアや絵師さんも所属しているわけですが、それはどんなきっかけだったんでしょうか?
千木良:もともとシンガーをマネジメントすることが多かったのですが、シンガー以外で初めて所属したのはAdoのイメージディレクターであるORIHARAです。前提として手伝いたいと思える人間性を持っていて、尚且つORIHARAは私達が手伝ったほうが伸ばせるという自信があったので所属しないかと提案しました。同時期に沼田ゾンビ!?というイラストレーターも所属したのですが、同じ理由で声をかけました。その次に所属したのがさぶろうで、さぶろうは、すごく新しい感じがしたんですよね。従来のミックスエンジニアはミックスを仕事としているイメージなんですけれど、(さぶろうは)「ミックスさせてくれないと死んじゃう」みたいな、ミックス中毒のように見えて。仕事としてやっておらず、でも趣味でもない。かつ、プロレベルでしっかりとできて、さらにさぶろうという色がある。オーソドックスに教科書通りに行っているわけでもなく、アーティストや楽曲の色を活かすミックスを行っているのに、それをビジネスとしてやっていないように見えました。能力がとても高いのにビジネスを全くしていないと思えたので、私達が入ったほうがいいなと。
▲イラスト&映像:沼田ゾンビ!?
――さぶろうさんとしては、今、千木良さんがおっしゃったような感覚はありますか?
さぶろう:そうですね。正直、今でもミックス中毒でやっているようなところがあります。お金うんぬん、仕事うんぬんというよりは、生活の中で、ミックスしてないとソワソワしてくるような感じがあって、まさに千木良さんのおっしゃる通りです。
――ミックスエンジニアは基本的には裏方に徹する方が多いと思うんですが、さぶろうさんは個性や特徴として、どういうところを意識していますか?
さぶろう:僕は、自分が手がけたアーティストがメジャーに行ったり、他の方がミックスするようになったりしたときに、「昔はちょっと荒々しかったけど、あのときのほうが勢いあったよね」って言われる音源を作りたいと思ってやってるんです。いわゆる、綺麗にまとめた美しさじゃなくて、その人にしか出せない味を誇張することをコンセプトにしています。特にボカロとか歌い手界隈って、個性を尖らせれば尖らせるほど、リスナーも面白いと思ってくれるので、その人にしか出せない良さを最大限出そうと。従来のエンジニアの方とは違う音作りの道を進んできたので、それが新しいと思っていただけるのではと思います。
自分のこだわりを出す方法を学ぶことで自分の歌のレベルを上げることができる
――「Cloud Box Lesson」では実際にどういったレッスンをやっていくんでしょうか?
さぶろう:レッスンは動画講座とマンツーマンの二本柱を考えています。世の中に散らばっている情報って細切れなんですよ。「ここはこうしたほうがいい」という情報の欠片だけを合わせると大抵失敗するんですよね。なので、ミックスについて一貫した解説動画を発信したいという思いがあって、動画講座では1曲を通してどんな考え方や方法で仕上げていくかというのを思考の流れとともに解説しています。細かいミックスの技術は勿論ですが、どんな作品にも応用できるように考え方の根本のところに重きを置いています。マンツーマンレッスンでは、生徒の課題に寄り添って、その方の魅力を一番引き出せるようなミックスに一緒に仕上げていきたいと思っています。
――歌い手から教材用音源を募集して、それを無償でミックスするというアイデアについて詳しく教えてください。
さぶろう:たとえば、駆け出しのMix師は歌い手の依頼を無料で受けて実績を作ったりしているんです。その窓口をスクールが担うことによって、僕がマンツーマンでレッスンしながら、無料でミックスしてほしい歌い手を上手くマッチングできるのではと考えました。
――音源を提供する歌い手側からすると、高いレベルのミックスを無料で受け取れるというメリットがある。
さぶろう:そうですね。僕が監修するので、クオリティをある程度保証しつつ、無料でミックスの依頼ができるシステムにしています。
――千木良さんはどう思いますか?
千木良:私としては、お金を理由に夢のスタートを遅らせてほしくないんです。歌い手文化がここ数年で盛り上がって、やってみたいと思う人が増えたので、とにかくその人口を減らしてはダメだと思っています。この勢いを止めてはいけない。しかし、現段階ではMix師が少ないので、その出口をしっかりと広げないといけないです。もともと趣味でやってる人とビジネスでやってる人が混在する業界がゆえに起こっているトラブルもありますし、新しく始めた方が昔からの暗黙のルールでトラブルになることもあります。だからと言って入り口を狭めてしまったら衰退してしまうので。こういう発展途上の状態は悲しむ人が出やすいタイミングなので、自分に出来ることを1つずつやっていきたいです。
さぶろう:ミックスにしてもイラストにしてもミュージック・ビデオにしても、ちゃんとお金をもらって、仕事としてやっていくようになったのが、本当に最近のことで、「Mix師」という職業もまだできたばかりなんです。
――Mix師になりたい方以外にもレッスンのメリットはありますか?
さぶろう:僕がミックスを教えるのはMix師だけじゃなくて、自分の歌を自分でミックスしたい歌い手、自分の曲を自分でミックスしたいボカロPの人にも学んでもらえたらと思っています。そういう人たちがミックスを学ぶ場所は本当に少ないので、僕のスクールで知識ややり方を学んでもらったあとは、自分でやりたいようにカスタマイズしながら、作品のレベルを高めていくことができると思います。
――歌い手にとっても、自分の歌を自分でミックスすることで歌の理解度や伸ばし方を知ることができる。
さぶろう:自分のこだわりをより出しやすくなると思います。歌い手やボカロPは自分でミックスする人が多いので、そういう人たちにも活用してほしいですね。自分のこだわりを出す方法を学ぶことで、プロに頼んでいる歌い手も、自分の歌のレベルを上げることができると思います。
――この先の目標についても聞かせてください。さぶろうさんとしてはどういうところを目指していますか?
さぶろう:ミックスもいろんな個性があるので、まずは講師を増やしたいと思っています。あとはMix師の地位向上というか、Mix師が職業としてもっと成立する形にしていきたいですね。世の中にミックスという言葉をもっと広めていきたいです。ミックスの楽しさをみんなに知ってもらい、その楽しさを発信したいという思いが一番大きいですね。
――千木良さんとしては、スクール全体のこの先をどう考えていますか?
千木良:何より音楽人口を増やしたいという思いがあります。家でiPhoneやスマホを使って「歌ってみた」を録音して投稿する人もどんどん増えています。ただ、歌っている子ですら、ミックスとエディットとマスタリングの違いがよくわからないような状態。必ず知っておいたほうが良いとも思いませんが、事務所の立場としては正確な情報を丁寧に知る機会は作ってあげるべきかと。加えて、展開も広げていきたいです。ミックスから始めていますが、ミュージック・ビデオを制作できる人も育てたいですし、いろんな分野を広げていきたいです。若い子たちが自分の納得のいく状態の作品をどんどん発信できるようになっていったらいいなと思っています。
さぶろう:学びの場所を増やしたいんですね。今までみたいにスタジオの現場で学ぶ人も、専門学校に通う人もいていいんですけれど、今はそうじゃない人が浮いている状態なんです。ネットで音楽をしようと思っても、やり方がわからないし、教わる場所も少なすぎる。だから、ネット上で学びたかったら「Cloud Box Lesson」という、選択肢として確立できたらいいなと思います。