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<コラム>来日間近、時代を更新し続けるブラッド・メルドーの“ジャズ・ピアノ流儀”とは
Text:佐藤英輔
進化し続けるピアノ流儀
ジャズの重要人物を書き出してみよう。ピアノニストだったら、アート・テイタムやセロニアス・モンクをはじめ、ビル・エヴァンスやハービー・ハンコック、キース・ジャレットといった名前がすぐに出されるだろう。そして、ブラッド・メルドーの名前もまたしかり、だ。
1990年代中期のデビューと、メルドーは挙げられるべき偉人たちの中では若手となるが、そんな彼がジャズ界に多大な功績をすでに残しているのは明白だ。かつてのハービー・ハンコックのごとく、現代ジャズ・ピアノ流儀において<ブラッド・メルドー登場前、登場後>と言える強い位置を彼はしっかり得ている。ましてや、受け取れる情報が膨大に広がり、価値観がより多様化している時代になって以降に、彼はそれを成し遂げた。確かな個性と技量なくして、それはなしえない。
革新的とも言いたくなる独自の左右の指使いの妙が導く、ジャズの扉をまた一つめくったような佇まいや滋味の感覚。それは望外の快感や現代性を聴く者に与え、メルドー登場後のピアニストたちの多くは、その新しい扉を踏まえたうえで自分の表現に向き合うこととなった。
Brad Mehldau - After Bach (Live at Philharmonie de Paris), Part 1
かような状況になって四半世紀が過ぎるが、その流れはいまも継続する。と、書くとなんか現代ジャズの動きが止まっているようだが、メルドーの表現がどんどん広がり、次々に瑞々しい姿を見せていることが<メルドーの時代>を続けさせている。彼は立ち止まることなく、鋭意バージョン・アップし続けている。
たとえば、ここ5年ほどの彼のアルバムを見てみよう。バッハと対峙したソロ・ピアノ作『アフター・バッハ』(2018年)、トリオによる『シーモア・リーズ・ザ・コンスティチューション』(2018年)、電気キーボードやプログラム音を用い、ボーカルも自ら半数で取ることもしたオルタナティブ作『ファインディング・ガブリエル』(2019年)、トリオ中心の演奏が収められるフランス映画のサウンドトラック『Mon Chien Stupide』(2019年)、サックス奏者であるジョシュア・レッドマンらとのストレート・アヘッドなカルテット作『ラウンド・アゲイン』(2019年)と『ロングゴーン』(2022年)、パンデミック期に弾きためたソロ・ピアノ作『組曲:2020年4月』(2000年)、クラシックとジャズ流儀が鮮烈に交錯するオルフェウス室内管弦楽団との『Variations On A Melancholy Theme』(2021年)、かつて夢中になったプログレッシブ・ロックへの大掛かりなオマージュ作『ジェイコブズ・ラダー』(2022年)、そしてザ・ビートルズ曲を取り上げたソロ・ピアノによるライブ盤『ユア・マザー・シュッド・ノウ』(2023年)……。
Brad Mehldau - The Garden
Brad Mehldau - Tom Sawyer (Official Video)
Brad Mehldau Plays The Beatles' "I Am the Walrus"
それらの内容はリアル・ジャズ、そしてロック/今様ポップの流儀を取り入れたものからクラシックに切り込む作品までまさしく多様。そして、メルドーが広い世界を見ながら自在に表現作りにあたり、自らの鮮烈な音楽衝動を解き放っている事実を伝える。とともに、彼のジャズ観やピアノ流儀が時代に即してどんどん前進していることも実感させてくれるだろう。
公演情報
【ブラッド・メルドー IN JAPAN 2023】
2023年2月3日(金)19:00開演
東京オペラシティ コンサートホール:タケミツメモリアル
ピアノソロ
2023年2月4日(土)15:00開演
紀尾井ホール
ピアノソロ
2023年2月5日(日)15:00開演
東京オペラシティ コンサートホール:タケミツメモリアル
with 東京フィルハーモニー交響楽団
2023年2月6日(月)19:00開演
東京オペラシティ コンサートホール:タケミツメモリアル
with 東京フィルハーモニー交響楽団
2023年2月7日(火)19:00開演
住友生命いずみホール
ピアノソロ
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間もなく来日公演
日本のオーディエンスは「とても通な方が多い」
「私にとって様々なものに触れる理由は、それぞれがそれぞれに影響を及ぼし合っていくからなんです。つまり、もし私が(マンドリン奏者の)クリス・シーリーとプロジェクトをすれば(2017年作『クリス・シーリー&ブラッド・メルドー』)、そこでの経験がトリオの音楽にも活かされます。そうしたことは、逆もまたしかりです」とも言う(以下引用するのは、2019年にした質疑応答から)メルドーだが、今ここまで自在に音楽制作を実践しているジャズの担い手は彼をおいて他にいない。そして、その核にあるピアノ演奏はより研ぎ澄まされるとともに円熟し、さらなる風情と感興を接する者に与える。そりゃ、彼がジャズ界最たる“特別銘柄”にならないはずがない。
Chris Thile & Brad Mehldau - Scarlet Town (Live)
さて、そんな絶対的存在であるブラッド・メルドーが4年ぶりに来日する。ライブについて彼はこんな意見を持っている。「ライブ・パフォーマンスが大好きです。なぜなら、私は即興演奏が好きだし、観客からインスピレーションを受けることもあるからです。少なくとも私にとって、観客は音楽創作に参加する一演奏家なのです」
また、日本について彼はこんなコメントをしている。
「とても神秘的だと思います。何もかもがアメリカとは違います。秘密で溢れています。日本ではすべてのジャンルの音楽に対して深い尊敬と関心があり、オーディエンスもとても通な方が多いです。これが、いままで私が日本で感じてきたことです」
4年ぶりとなる今回のメルドーの日本公演は計3回のソロ・ピアノ公演と、オーケストラと共演する出し物が用意される。彼はソロ・ピアノ表現について、「ピアノのソロは私にとっては挑戦なんです。実は、30歳になるころまではソロ演奏について特に話すべきことはしてきませんでした。ソロ演奏は絶対的な自由がありますが、翻って途方もなく大きな責任もかかってきます。それはまるで、たった一人きりで他に誰も乗っていない船で広い海原を航海しているようなものなんです」と語る。
先に触れたように、メルドーはコロナ禍に録音された複数のソロ・ピアノ作を出しており、行き方はいかようにでも、という感じだろう。また、その日の心持ちや“演奏共演者”たる観客から受けるヴァイブの作用で、日により表情を変えるのではないだろうか。
また、これまでその奥にある確かな素養を透かしてみせるかのように、メルドーはクラシックにアプローチする作品リリースやライブなどもしているが、今回の日本公演では東京フィルハーモニー交響楽団と共演する日が2日用意される。それらは2部構成のもとなされる予定で、両日ともに2部はメルドーの「ピアノ協奏曲」が披露される。そして、1部のほうは初日がバッハにまつわる曲をオーケストラやソロで披露するのに対し、2日目の1部はソロで自らのピアニズムを開く予定だ。なお、オーケストラ公演には、広い視野の持ち方で定評を得るクラーク・ランデルが指揮者として同行する。
「私の音楽に対する姿勢というのは感謝と謙遜です。おそらく今の私はかつての私より謙虚なことでしょう。いろいろなことを学べば学ぶほど、何も知らないんだということを理解したからです。そういうようなことは昔からよく言われていますが、私はそれが真実だと思います。最近は一つの楽器としてピアノの構造について、また調律についてこれまでよりも熱心に学んでいるんですよ」
ただいま、52歳。働き盛りにあるブラッド・メルドーは黄金期を迎えている。
公演情報
【ブラッド・メルドー IN JAPAN 2023】
2023年2月3日(金)19:00開演
東京オペラシティ コンサートホール:タケミツメモリアル
ピアノソロ
2023年2月4日(土)15:00開演
紀尾井ホール
ピアノソロ
2023年2月5日(日)15:00開演
東京オペラシティ コンサートホール:タケミツメモリアル
with 東京フィルハーモニー交響楽団
2023年2月6日(月)19:00開演
東京オペラシティ コンサートホール:タケミツメモリアル
with 東京フィルハーモニー交響楽団
2023年2月7日(火)19:00開演
住友生命いずみホール
ピアノソロ
関連リンク
ユア・マザー・シュッド・ノウ:ブラッド・メルドー・プレイズ・ザ・ビートルズ
2023/02/10 RELEASE
WPCR-18585 ¥ 2,750(税込)
Disc01
- 01.アイ・アム・ザ・ウォルラス
- 02.ユア・マザー・シュッド・ノウ
- 03.アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア
- 04.フォー・ノー・ワン
- 05.ベイビーズ・イン・ブラック
- 06.シー・セッド・シー・セッド
- 07.ヒア・ゼア・アンド・エヴリホエア
- 08.恋をするなら
- 09.マックスウェルズ・シルヴァー・ハンマー
- 10.ゴールデン・スランバー
- 11.恋することのもどかしさ (ボーナス・トラック)
- 12.火星の生活
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