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<わたしたちと音楽 Vol.7>ハンナ・カープ(米ビルボード エディトリアル・ディレクター) WIMを通じて女性たちが輝ける場を提供し続ける理由

インタビューバナー

 米ビルボードが、2007年から主催する【ビルボード・ウィメン・イン・ミュージック(WIM)】。音楽業界に多大に貢献し、その活動を通じて女性たちをエンパワーメントしたアーティストを毎年<ウーマン・オブ・ザ・イヤー>として表彰してきた。Billboard JAPANでは、2022年より、独自の観点から“音楽業界における女性”をフィーチャーした企画を発足し、その一環として女性たちにフォーカスしたインタビュー連載『わたしたちと音楽』を展開している。

 今回のゲストは、米ビルボードのエディトリアル・ディレクターを務めるハンナ・カープ。毎年恒例となった【ビルボード・ウィメン・イン・ミュージック】を通じて、女性アーティストや音楽業界で活躍する女性が輝ける場を提供することの重要性をはじめ、男性中心の米音楽業界における女性のプロフェッショナルたちを取り巻く問題やここ最近見られる改善点について語ってくれた。また、世界各国の女性アーティストたちが、米ビルボード・グローバル・チャートのトップに立つことを望んでいると明かした。(Interview:Mariko O. l Photo:Jamiya Wilson)

音楽の枠を超え、文化や音楽業界を形成する女性たちに着目

――まず、【ビルボード・ウィメン・イン・ミュージック】の企画が立ち上がった経緯を教えてください。

ハンナ・カープ:音楽業界の幹部を表彰する試みとしてスタートし、2007年に初めてアーティストのリーバ・マッキンタイアに賞を授与しました。業界に焦点を当てたイベントから、徐々にアーティストが中心となった、より規模が大きな消費者向けイベントへと発展していきました。業界で活躍する女性の表彰は、今も重要な要素ですから、毎年時間をかけて音楽ビジネスで影響力のある上層部の女性を記事にして、その中から最も影響力のある方々を発表しています。


――<ウーマン・オブ・ザ・イヤー>を選ぶ際には、どのようなポイントに着目していますか?

ハンナ・カープ:まず、音楽的に最もインパクトを残したアーティスト、つまり商業的に最も成功した楽曲やアルバムをリリースしたアーティストに着目します。ビリー・アイリッシュがシーンに躍り出た年や、2021年はオリヴィア・ロドリゴのブレイクが顕著だったように、どのアーティストを選ぶべきか明確な年もありますが、大型新人やブレイクしたアーティストを選ぶようにしています。また、商業的な成功以外の面も重要視しています。例えば、文化的なインパクトや変化をもたらすことに力を注いだアーティストや、重要な活動を支持したアーティスト、評価に値するような行動をとったアーティストなどです。音楽の枠を超え、より幅広い文化や音楽業界そのものを形成している女性たちにも注目しています。


――過去の受賞者によるスピーチで、特に心に残っているものはありますか?

ハンナ・カープ:毎年、すべての受賞スピーチに感動します。なぜなら、普段は聞くことができない、素晴らしい女性たちのキャリアについて学ぶことができますから。1、2年前に、アラニス・モリセットを表彰した際に、彼女がアーティストとして直面したプレッシャーや壁について語ったスピーチには、とても心を動かされました。もうひとつ特別なのは、ここ2年間はアーティストの母親たちから本人に賞を授与していただいていることです。ご両親のお話を聞くと、そのアーティストの生い立ちがよくわかります。




――なぜ米ビルボードは、業界の女性たちを祝福する【ウィメン・イン・ミュージック】を開催し続けることが重要だと考えているのでしょうか?

ハンナ・カープ:「女性のための号を特別に組まなければならないという考えに賛同できない」という理由から、このイベントや特集号に参加したがらない重役が稀にいます。たしかに理想論を言えば、競争の場は公平であるべきで、女性を祝福するためだけのリストを作る必要はないでしょう。しかし残念なことに、ここアメリカでもいまだに音楽業界の上層部は男性が大半を占めていますし、男性にはない様々な課題に女性は直面しています。

 女性たちが輝ける場を提供するのは、とても重要なことだと考えています。音楽業界に身を置いている女性が困難に立ち向かっているからというだけでなく、私は女性であることによって音楽に何か特別なものをもたらしていると感じています。なので、それを称えることは素晴らしいことですし、このような取り組みを続けていくのは全体的に意味のあることだと思っています。ですが、いつかこのようなアワードが必要のない世の中になることを願っています。


一つずつ積み重なっていくことで、組織の上層部が変わり始めていく

――このインタビュー・シリーズを立ち上げた際、日本の音楽業界も上層部には女性が少ないことを改めて認識させられました。アメリカの音楽業界では、女性の活躍やキャリアアップを促すために、どのように課題と向き合っているのでしょう?

ハンナ・カープ:アメリカの音楽系の会社はいくつかの改革を行ってきたと思います。例えば、女性がより長く産休を取れるように福利厚生を充実させるなど、母親業とキャリアどちらかを選ぶ必要がないよう、両立できるための支援をしています。他にはメンターシップを目的とした取り組みも、業界内で数多く始まっています。若い女性たちが高い目標を掲げることを後押しし、企業のトップに立つ方法を教えるためのメンターシップのプログラムや組織がたくさんあります。

 その反面、大手レコード会社やコンサート・プロモーターにおける上層部のポジションはそれほど多くなく、人事の入れ替わりもあまり頻繁ではありません。時間がかかるプロセスですが、少しずつ変化が見られています。例えば、キャピトル・ミュージック・グループのミシェル・ジュベリーは、何年も前から重役でしたが、1年ほど前にようやく会長兼 CEOの座につきました。このような昇進は頻繁ではありませんが、それが一つずつ積み重なっていくと、組織の上層部が変わり始めていくのがわかります。


――そして女性アーティストに話を聞く中で、社会的な問題について発言することへの懸念も多く聞かれました。日本とアメリカとの文化の違いもありますが、アメリカの女性アーティストたちは自身のプラットフォームとどのように向き合っているのでしょう。

ハンナ・カープ:これまで、少なくともアメリカでは、アーティストたちは社会問題について発言することに対して、多くの恐怖心を抱いていました。これは私たちが政治的に非常に偏った国に住んでいるためです。一方を支持する政治的な立場を取ると、その反対の立場にある多くのファンを遠ざける危険性があります。アーティストとして生計を立てていくのは大変なことですから、ファンの大部分を疎外することに対して大半のアーティストは、恐れています。なので、これまで社会的、政治的な問題については、ほとんど沈黙を守ってきました。もちろん例外はありますが、アーティストにとって大きな課題であり続けてきたと思います。

 ですがここ数年間で、勇敢な行動を見せてきたアーティストが増えてきました。特にテイラー・スウィフトは、メインストリームのアーティストにしては珍しく政治的な発言をしています。彼女は非常に人気があるので、そういったリスクを少し冒すことができると言えるかもしれませんが。また、ドリー・パートンもパワフルなメッセージを発信するアーティストですが、政治的な発言を迫られても、あまりしたがりません。概ねそのようなテンションだと思います。

 その一方最近では、アーティストたちは皆、自分のSNSアカウントを持ち、ファンたちと直接コミュニケーションをとるようになってきました。多くのアーティストが、よりダイレクトかつ頻繁に、自分が感じていることを共有するための手段として、SNSを使っており、それはいい風潮だと感じています。


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