Special
<インタビュー>米津玄師が語る「KICK BACK」制作時の“直感”——『チェンソーマン』と結びついた「ドラムンベース」「モーニング娘。」「常田大希」
Interview:柴那典
米津玄師が新曲「KICK BACK」をリリースした。
「KICK BACK」は、TVアニメ『チェンソーマン』のオープニング・テーマとして書き下ろされた一曲。米津玄師が作詞作曲、常田大希(King Gnu/millennium parade)が共同でアレンジに参加している。
同曲は10月19日付のBillboard JAPAN Hot 100で1位を獲得するなど各種チャートを席巻、日本国内のアーティストとして初めてSpotifyのグローバル楽曲デイリーランキング「トップ50 – グローバル」にチャートインするなど世界中で大きな反響を呼んでいる。
米津玄師へのインタビューが実現。楽曲の制作背景や『チェンソーマン』への思いなどについて、語ってもらった。
ジェットコースターみたいな曲を
――まず『チェンソーマン』のオープニング・テーマを作ってほしいという依頼が来たときの第一印象は?
米津:もともと、めちゃめちゃやりたかったんです。原作を読んだときから『チェンソーマン』がアニメ化されるのであれば、何らかの形で曲を作りたいとずっと思っていたので。実際にやれると決まったときは純粋にうれしかったです。話をもらう前から「自分だったらどんな曲を作ろうか」みたいなこともいろいろ考えたりしていました。
――『チェンソーマン』のどんなところを魅力に感じていましたか?
米津:マンガの中では、悪魔が日常的に人間に害を及ぼして、それによってグロテスクなことが巻き起こったりしていて。非常にシリアスな世界なんだけれど、物語の中心にいるデンジというやつが、なんというか、ひたすら馬鹿なんですよね。デンジの存在によって、マイナスの環境やシリアスな物語がどんどんギャグになっていく。それが非常に痛快だと思うんです。義務教育をまったく受けてないような人間が、大真面目にいろんなものをぐちゃぐちゃにしていく。そのさまは今まで見たことないし、痛快な漫画だなと思います。
米津玄師 Kenshi Yonezu - KICKBACK
――話をもらう前からどんな曲を作ろうかを考えていたということですが、曲を作るにあたってはどんなアイディアが最初にありましたか?
米津:最初はドラムンベースをやりたかったんです。今の「KICK BACK」にも名残は残っているんですけど、デモの段階ではせわしないドラムにシンセの長いフレーズが乗っている“ザ・ドラムンベース”みたいな形でした。
――実際の楽曲制作はどんなふうにスタートしたんでしょうか?
米津:まず監督やアニメサイドの方たちとの打ち合わせから始まったんですけれど、監督から貰ったオーダーで覚えているのが「ジェットコースターみたいな曲を作ってほしい」ということだったんですね。転調を繰り返して、パートごとにガラッと変わって、別の曲になっているかと思うような高低差のある曲で。振り回されながら聴いて、気がついたら一曲終わっているような曲を作ってほしいというオーダーがありました。最初は非常に難しいことを言われているなと思いながら考えていたんですけど、転調ってキーが変わるという音楽用語と、曲調が変わるという二つの意味合いがあるなと後から気づいて、どっちのつもりで監督は言ったんだろうと分からなくて、どっちもやりました。
――『チェンソーマン』はいろんな角度から切り取れる作品でもあると思いますが、どんな部分を音楽で表現しようと思いましたか?
米津:『チェンソーマン』で最初に大きく印象に残るのは、やっぱりグロテスクな部分だと思うんです。デンジがいろんなものをめちゃくちゃにしていく、悪魔をグロテスクに殺していく、その流血描写が最初の印象としてある。オープニング・テーマなので、そこを広げていって物語の要約として作るのがいいんじゃないかと思いました。また『チェンソーマン』って、裏切って裏切ってそれが怒涛の展開で続いていくんだけど、その物語の芯にデンジっていう超馬鹿がいるから、破綻するかしないかのぎりぎりのところでポップに裏返っていくんですよね。非常にスリリングな漫画だと思うので、その空気感も表現したいと思いました。
――この曲には<努力 未来 A BEAUTIFUL STAR>という、モーニング娘。の「そうだ!We’re ALIVE」の歌詞のフレーズが引用されています。このアイディアはどういう由来だったんでしょうか?
米津:これは直感としか言いようがないです。なんかわかんないけど、とにかくやりたい、マジでどうしてもやりたいという感じでした。
モーニング娘。 『そうだ!We're ALIVE』 (MV)
――この曲は2000年のリリースですが、米津さんはリアルタイムで聴いていましたか?
米津:そうですね。世代なので、小学生のときにずっと聴いてました。「そうだ!We’re ALIVE」って、サビで<幸せになりたい>って歌っているんですよね。それも「♪しー“や”わせになりたい」って歌っているんですよ。それが、なんだか当時の自分の耳にすごく残ったんです。なんで「しあわせ」じゃなくて「しやわせ」なんだろうって。当時遊んでいた友達とそこだけ歌い合うみたいなことをやっていて、それを非常に強く覚えていて。『チェンソーマン』のオープニング・テーマを作るとなったときに、それを思い出したんですよね。そこが紐づいてからは早かったです。曲を久しぶりに聴き返して「これしかないな」と。自分が『チェンソーマン』のオープニング・テーマを作るなら、これをサンプリングする以外の選択肢がないという状態でした。
――サビでは<ハッピーで埋め尽くして>や<ラッキーで埋め尽くして>といった歌詞もあります。“幸せ”という言葉がひとつのキーワードになっているんでしょうか?
米津:デンジってめちゃくちゃ恵まれない環境で生まれてきて、ああいうとんでもなく不幸な状況では、人間って具体性を失っていくと思うんですよ。「とにかく幸せになりたい」っていう。「じゃあ幸せになるためにはどうしたらいいか」というところにまで考えが及ばない。だから“ハッピー”とか“ラッキー”みたいな、ある種の平坦な言葉、わかりやすい言葉で構築していく必要があるなと思いましたね。
マンガを描くように曲を作り続けてきた
――この曲には共同アレンジに常田大希さんを迎えています。以前からお二人の親交は深いですが、この曲を一緒に制作することになったきっかけは?
米津:前から大希と飲んでるときに「『チェンソーマン』ヤバいよね、すごいよね」みたいな話はしていて。オープニング・テーマを担当することが決まったあと、また飲む機会があって 「そういえば『チェンソーマン』やることになったんだけど、一緒にやんない?」って話をして。ライトな感じで始まりました。
――常田さんとの制作で曲に加わったエッセンスはどんなものがありましたか?
米津:やっぱりすごいなという感じでしたね。自分のデモはストイックなドラムンベースで作っていたんですけれど、そこに不良感のようなものがブーストされた。頼んでよかったなって感じですね。
――「KICK BACK」はすでに国内外で大きな反響を巻き起こしていますが、チャート・アクションも含めて、楽曲の反響をどんなふうに感じていますか。
米津:ありがたいですね。何より『チェンソーマン』が素晴らしいということに尽きると思います。特にあのオープニング映像は俺が今まで観てきたアニメのオープニングの中でも一番と言っていいほど素晴らしいと思います。
――海外にはおそらくこれをきっかけに米津玄師という名前を知った人もいると思います。米津玄師というアーティストは少年マンガやアニメーションのカルチャーにとても大きな影響を受けてきたわけですし、そういうミュージシャンがアニメの主題歌を作るということ自体も今の日本のポップ・カルチャーの大きな特徴だと思います。それを踏まえて、改めて、米津さんが少年マンガやアニメーションのカルチャーから受け取ったもの、受け継いでいるものって、どういうものがあると思いますか?
米津:そもそも俺はマンガ家になりたかった人間なんです。ミュージシャンがマンガから影響を受けているというより、マンガ家になりたかったやつがたまたまミュージシャンになっているというか。なので、いまだにマンガ家になりたいと言っていた小学生、中学生くらいの頃の自分がいるんです。その頃からマンガを描いていましたけど、音楽に移行したので、まだ折れていない。挫折がない。本当にマンガ家になるんだったら、編集者に持ち込みをして「ここがダメだ」とかいろんなことを言われて「あ、俺って才能ないんだ」と思ったり、いろんな経験をしていたと思うんですけれど、その経験がないので、いまだに心のどこかで自分はマンガ家になれるんじゃないか、なんなら音楽よりそっちのほうが向いているんじゃないかと思っているんですよね。マンガから影響を受けてミュージシャンをやっているというより、マンガを描くように曲を作り続けてきたような感覚がある。だから、そこは自分の中で非常に密接なものがあります。
Chainsaw Man - Main Trailer /『チェンソーマン』本予告
――今回のシングルのジャケットも米津さん自身がチェンソーマンを描いていますが、どういう意図を込めましたか?
米津:最初はデンジと早川アキとパワーの3人のバージョンもあったんです。でも、それを見たときにちょっと違うなと思って。で、それはやめて、映画のポスター・ビジュアルみたいな感じにしたいと思って、あの形になりました。手を描いたあの構図は『パラサイト』のポスター・ビジュアルから影響を受けているところはあります。『パラサイト』のポスターは足だけが端に見えていて、その不穏さが格好いいと思ったので。そういう不穏さと格好よさ、かつ情けなさを紐解いていったらああなった感じです。
――『チェンソーマン』を手掛けた藤本タツキさんの作風に対しては、どんな印象を持っていますか?
米津:不肖の身ながら、世代が同じというところもあって、見てきたものが近いんじゃないかという気がしますね。非常にシンパシーを感じる部分があります。あと、すごいイマジネーションというか。闇の悪魔と戦うシーンの見開きで、宇宙飛行士が半分になって道を作っているシーンとか、ああいうイマジネーションをちゃんと出力できる画力がありつつ、ワンダーもある。彼にしか描けないものを持っている。稀有な才能だと思います。
関連商品