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<対談>呉青峰×小野リサ 台湾の誰もが知るミューズと台湾のグラミー賞で唯一5大部門制覇したシンガーが奇跡のコラボ
「蘇打綠(ソーダグリーン/Sodagreen)」改め「ユーディンミー(魚丁糸)」のメンバーで、台湾の国民的シンガーとして活躍している呉青峰(ウー・チンフォン/Qing Feng Wu)による通算3枚目のソロアルバム『馬拉美的星期二(マラルメの火曜日)』がリリースされた。19世紀のフランス詩人マラルメが、毎週火曜日に自宅で開いていたサロン「火曜会」をコンセプトに掲げる本作は、和楽器バンドの蜷川べに(三味線)や、アコーディオン奏者の佐藤芳明、大橋トリオなど日本人アーティストが多数参加しており、青峰の多彩な音楽性を様々な角度から引き出すことに成功している。
そこで今回Billboard JAPANでは、「Brown Haired Girl」で共演した小野リサとの対談を実施。曲作りのエピソードなど語り合ってもらった。(Interview: 黒田隆憲/ Photo: Yuma Totsuka)
――まずは、青峰さんにとって通算3枚目となるアルバム『マラルメの火曜日』の制作背景から聞かせてください。
青峰:これまでリリースしてきたほぼ全ての楽曲は僕自身が作詞作曲を手がけてきたのですが、去年、国際的にも活躍されているアーティスト3名とコラボレーションをする機会がありました。その過程で思い出したのが、過去に僕が触れた様々な文芸作品でしばしば取り上げられていたステファヌ・マラルメ(アルチュール・ランボーと並ぶ19世紀フランス象徴派の代表的詩人)という人物だったんです。マラルメは毎週火曜日、自分の家をプライベート・サロンにして様々なアーティストを招き、創作についてディスカッションをしていたのは有名な話なのですが、僕自身の心情や創作スタイルと、何かしら相通じるものがあると感じたんですよね。それで、かれこれ2年くらい前から温めていた曲を引っ張り出し、他アーティストとのコラボを想定した楽曲作りをし始めたんです。
――そのコラボの一貫が、小野リサさんをフィーチャーした「Brown Haired Girl」であると。
青峰:もともとは小野さんとのコラボを想定していたわけではなかったのですが、ちょうどその曲のデモテープを作成していた頃、たまたま小野さんが台湾でコンサートを開くと聞いたんです。それがきっかけで、また新しいメロディラインが自分の中でふつふつと浮かび上がってきまして。もし小野さんの歌声とつながり合うことができたら、とても素晴らしい化学反応が起きるだろうと思ったんです。
これまで僕は、そういった「無意識の触発」や「意図しない偶然性の出会い」を大事にしながら楽曲を作ってきたので、このコラボは絶対にトライすべきだと確信しました。それで、意を決してお声がけをさせていただいたのが今回のコラボのきっかけです。我々のオファーを憧れの小野さんが快諾してくださって、しかもすぐに返答をくださったことに驚きましたし、とても嬉しく思っています。
――青峰さんは小野さんにとって、どのような存在なのでしょうか?
青峰:台湾人であれば、誰もが小野リサさんを知っていますし、その歌声を必ずどこかで聴いたことがあると思います。それだけポピュラーな存在であり、多くの台湾人の憧れです。
実を言うと、今から10年くらい前に中国のナショナル・ミュージアムで開催されたオープニング・セレモニーに小野さんが出演されていたんです。その時、僕は蘇打綠のメンバーといたのですが、近寄り難くて遠巻きで眺めていました(笑)。
小野:そんなふうにおっしゃっていただけて本当に嬉しいです。私はオファーをいただいてから、すぐに子供たちと一緒に青峰さんが歌っていらっしゃる映像などを動画サイトで見て、とても感銘を受けました。表現に対する様々なアイデアをお持ちで、しかも繊細で透き通った高音ボイスを持つシンガーソングライターでもあって。本当に才能が溢れている方だなと思いました。この共演を心から楽しみにしていました。
――青峰さんから送られてきた「Brown Haired Girl」を聴いて、どんな感想を持ちましたか?
小野:すごくバランスが取れている曲だなと思いましたね。始まりも終わりも、とてもスムーズで、スッと体の中に入っていく感じ。シンプルで、トゥーマッチな表現が一つもなく、とても自然な気持ちで歌うことができました。歌詞も型にとらわれることなく、思ったことを自然に語っているように感じます。頭の中で直感的にキャプチャーしたものを、説明的でなく感覚で捉えようとしているというか。
青峰:嬉しいです。僕のファンはみんな、「青峰の歌詞は難解」と言うのですが(笑)、僕にとって「難解な歌詞」というのはナチュラルなんです。なぜなら直感的に受けたインスピレーションを、そのまま紡ぐように心がけているから。その自然な感じが小野さんにも伝わったからこそ、「始まりから終わりまでスムーズ」とおっしゃってくださったのかなと思っています。
――ちなみに青峰さんは普段、どのように曲作りを行っているのでしょうか?
青峰:僕自身、クリエイティブにおける脳内活動が最も活発なのは夢の中です。しかも、うとうとと眠りにつく直前か目が覚める直前、その二つのタイミングが特に活発で。僕にとって曲作りは、伝えたい世界観を曲にするというよりは、この世界から何かしら伝わってくる記号やメッセージのようなものを受け取り、それをアウトプットすることによって世界と自分がつながるような感覚……つまり、僕が世界とつながるためのツールが「音楽」ということになりますね。
――では、「Brown Haired Girl」のレコーディングはどのように行われたのですか?
青峰:小野さんのボーカル・レコーディングはリモートで行いました。ただ、レコーディングの時間が朝の8時だったんですよ。台湾時間だと午前7時なのですが、ちょうど僕が寝る時間でして……(笑)。僕が寝ている姿を小野さんに見せるわけにはいかなかったので、映像はオフにして、ソファに横たわった状態でうとうとしながら参加させていただきました。
小野:あははは、そうでしたね(笑)。
青峰:ただ、小野さんの歌声が聞こえた瞬間に目が覚めましたし、やっぱりこの曲のミューズは小野さんだったんだと再認識しました。しかもレコーディングが終わった後、小野さんがこの曲に対する感想を添えたビデオメッセージまで送ってくださったんです。国際的なビッグスターでありながら、こんなにも親切にしてくださって……。これまでずっと、雲の上の存在だと思っていた小野さんをリアルに感じることができて、とても感激しました。この曲が自分のミューズを見つけることができて、そのミューズがこの曲を愛してくれる。こんなにも幸せなことって滅多にないと思います。
――ところで、昨日は「Brown Haired Girl」のミュージック・ビデオ撮影があったそうですね?
青峰:はい。とてもスムーズに進みました。ビデオの撮影監督は、僕がよく一緒に仕事をしている人で、昨日は「いい光のもとで撮影したい」ということで、時間の制限があるなか、ゲリラ撮影を決行したため、少しドキドキしましたね(笑)。何より小野さんにたくさんの撮影に付き合わせてしまい、ちょっとお疲れなのではないかと、それだけが心配の種でした。
小野:(笑)。監督をはじめ、スタッフの皆さんのおかげでとてもリラックスした気持ちで撮影に臨むことができました。最初の撮影は昔ながらの喫茶店で行ったのですが、その懐かしい空間にいるうちにいろんな思い出がフラッシュバックしましたね。
青峰:撮影中、たまたま通りかかった人の中には小野さんの大ファンもいて。そういう人たちに対し、終始小野さんが優しく親切な態度で接していたのを見て、「やっぱり温かい人なのだな」と。昨日は仕事でしたが、僕としてはものすごく癒されたひと時でしたね。
小野:普段、往来でゆっくりすることもなかなかできないので、おじいさんが自転車に乗って横切るのを見て「可愛いなぁ」と思いましたし、久しぶりにのんびり過ごすことができました。あと、この日のために、私、初めてエステに行ったんですよ(笑)。
青峰:そうだったんですか!
小野:青峰さんと並んだ時にお邪魔にならないように……(笑)。それも貴重な経験でしたね。いろいろ楽しませてもらいました。
――ところで小野さんは台湾で活動されてもう長いですよね。向こうでのご自身の受け止められ方についてはどんなふうに思っていますか?
小野:最初に台湾で公演を開催したのは、かれこれ20年くらい前だったと思います。初めてアジアの国で演奏するという、私にも大きな機会にもなった最初の台湾公演で、私の父が台湾生まれということもあり、両親も一緒に渡航しました。「アンコールに中国語で何か歌ってもらえないか」と現地で急遽ご提案をいただき、台湾に到着してから短い時間で練習して、その日のアンコールで披露したことを今でも覚えています。オーディエンスの皆さんが一斉に合唱してくださったのが本当に感動的でした。日本のオーディエンスももちろん素晴らしいのですが、そこで一緒に歌ってくださる台湾の皆さんの陽気な感じが、私の母国ブラジルに通じるところもあって、懐かしい感じがしました(笑)。
それ以来、様々なアジアの国で演奏する機会がありましたが、なるべく現地の言葉で何曲か歌うようにしているんです。
――20年前と比べると、台湾の音楽シーンや国民性の変化も感じますか?
小野:これは台湾だけの話ではないのですが、送り手であるアーティストも、受け手であるリスナーも、古今東西の音楽にネットで簡単にアクセスできるようになったのは大きいと思います。様々なエッセンスを取り入れた音楽も増えましたし、リスナーの耳も進化していますよね。両方が一緒にレベルアップしているように感じます。とはいえ、根本的には、受け手の心にちゃんと届くかどうかが大事だと思いますし、そこは20年前と変わらない気がしています。
――最初に青峰さんがおっしゃっていたように、今回のアルバム『マラルメの火曜日』は「コラボレーション」がキーワードになっています。コラボの楽しさ、意義について小野さんはどう感じられていますか?
小野:一人で曲を作るとやはり自分のイメージが強すぎて、幅を持たせるのに苦労することが多いのですが、共作だとお互いの個性を受け入れながら一緒に一つのものを作っていくことになる。アイデアや空気感など、共有できる素晴らしさを味わえるのがコラボレーションの最大の魅力ではないでしょうか。ジャズやブラジル音楽もそうですが、昔は詞を書く人、曲を作る人、演奏する人、歌う人など、専門分野の人たちが集まり、力を合わせることでエンターテイメントを作り上げてきました。今は一人で作れる時代になってきている中で、逆に作業を分担化することの素晴らしさを見直しているところもあるのかなと思います。
――今作は、小野さんを筆頭に和楽器バンドの蜷川べにさん、アコーディオン奏者の佐藤芳明さん、大橋トリオさんなどたくさんの日本人アーティストが参加しています。青峰さん自身、日本の音楽からの影響はどのくらいあるのですか?
青峰:学生時代は、やっぱりJ-POPの影響が僕らの世代は多かれ少なかれ、みんなあると思います。中でも僕が影響を受けたのは、椎名林檎さんや大橋トリオさん。なので今回、大橋さんに参加してもらえて大変光栄に思っています。
――ちなみに今作を作る時によく聴いていた音楽は?
青峰:僕はいろんな作品を普段からランダムに聴くので、特にこれという作品は思い付かないですね。あらゆるジャンルの作品から自分の好きなエッセンスを養分として吸い上げ、再構築して自分の音楽に落とし込んでいます。
ちょっと前に長期休暇を取る機会がありました。普段なかなか取れなかった休暇の中で、自分の過去曲……例えば未発表曲や他のアーティストに提供した楽曲などを整理する時間を作ることができました。それがあったからこそ、今回のアルバムは「創作とは何か?」というテーマについてメタ的に考察するものになったのだと思います。
小野:今回は日本を取り上げていただいて、私も参加することができてとても光栄でした。アルバムを一つ作れば、それが10年、20年後にも残り、様々な世代に引き継がれていきます。そんな作品をこれからも大事にひとつひとつ作っていっていただきたいです。
青峰:素敵なお言葉をありがとうございます。今回は英語の歌詞のみならず、中国語で歌ってほしいという要望も快諾してくださって、その仕上がった成果にすごく満足しています。今回は僕が作った楽曲に歌を入れていただきましたが、もしまたこういうチャンスが訪れたなら、今度は小野さんとゼロから一緒に曲作りをしてみたいです。
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